パリでティータイムを
私のフランス人の友人でコーヒーを全く飲まない女性がいる。と言うよりお茶が大好きなのだ。よく一緒にお茶するのであるが私と一緒のときは出来るだけ日本茶が飲める店に行きたがる。
一度彼女宅近くのカフェに行った時に、メニューを見たらお茶がなかった。
それで諦めるとは思っていなかったが、案の定サーヴィスに紅茶かハーブティーはないのか聞いた。返事は「ありません」の一言。それで暫く2人でやりとりをしていたので「違うところに行く?」
と提案する直前であった。
「私、お茶しか飲みませんの。」と友人は穏やかに、しかしキリッとした態度でキメた。その時の口調を日本語で表すには「の。」という最後の一文字は不可欠であった。そのサーヴィスはしばらく姿を消したと思いきや、戻ってきて「わかりました、ご用意致します。」と丁寧に返事をした。
出されたのは熱湯入りのティーカップにティーバッグ、何の銘柄かは覚えていないが、おそらくイギリスブランドだと思う。友人はと言えば、まるで何事もなかったように美味しそうに紅茶を飲んでいた。
ちょっと格好良いなあと心から思った。
私は飲み物は何でも好きだ。一日中何かしら飲んでいる。飲み物に好き嫌いはない。ただし外でお茶系を飲む機会はコーヒーやワイン等に比べてぐっと少ない。
自宅では逆にお茶ばかりだけれど。
多くの書籍やインターネット情報によると、フランスに紅茶が入ってきたのは1635年、ところが当時はあまり歓迎されなかったそうだ。原因は身体に良くないという理由から。そこでコーヒーやココアに場を譲ったそうだ。カフェ文化なるものはここでライヴァルの紅茶を蹴り落としたから発展したのかなと単純に考える。そして紅茶が入って来たのはイギリスよりフランスの方が早いと聞くが、その後広まっていったのはイギリスの方なのもフランスの健康に対する観点の為かも知れない。
そんな中で紅茶に救いの手を差し延べたのはかの<太陽王>ルイ14世だと言われている。実は王は消化器官に問題があり(あれだけ食べれば当然だと思うが)、医者から処方されたのが何と紅茶だそうだ。
もちろん紅茶として飲んでもよいし、サラダに入れたり、煙草みたいにして吸ってもいいし、軟膏剤にして使用しても良いし、とにかく驚くべき事に最初は身体に害があるとして嫌えんされていたのに医者の一言で、また太陽王が愛飲していたと言う事で紅茶のステイタスは一転したのであった。
しかしながら値段が高かったので貴族以外には手がでなかった。
どうもコーヒーの影に隠れている様な感じもするけれど、紅茶も立派にフランス飲み物文化において重要な地位を築いていたのであった。ちなみに19世紀後半から20世紀初旬のコーヒー文化についてはnoteの記事で<もしもパリにカフェが存在しなかったらーその1とその2>を読んで、この紅茶編と比較するとコーヒーと紅茶がフランスの生活の中でいかに人と人との繋がりに役立って文化発展にも貢献しているかがわかるかも。
さて、ここでアーティスト達が紅茶を描いた作品の中で2点ほど紹介しよう。
クロード・モネ(1840-1926)
ランチ
1873
オルセー美術館
タイトルは<ランチ(Le Déjeuner)>なのだが、第一ブランのテーブルの上に乗っているのは明らかにティーセットである。
食後の風景と言ったところであろうか。実は手前のフルーツが個人的に好きで、これはフランスに住み始めてから発見したレーヌ・クロードという名のプルーンに違いない。
毎年ちょうど今頃から出てくる甘いフルーツ、たくさんの花に囲まれて優雅に過ごす夏。この庭でのティータイムは私にとって理想である。
そして次は
ピエール・オーギュスト・ルノワール
(1841−1919)
ティータイム
1919
バーンズコレクション(米国)
今回この様な絵を探した。着席している女性は女優である。優雅さがにじみ出ており、メイドさんらしき女性がシルヴァーのティーポットでポーセリンのティーカップに紅茶を注ごうとしている。どうやら彼女は一人らしい。テラスでこの様にくつろぐのは貴重で大切な時間であろう。この様な生活習慣を持つ事で女性らしいエレガントさを身につけると言うことかも知れない。
何枚か探してみたところ、紅茶の絵の中に描かれているのは圧倒的に女性が多い。同じ時代でカフェに関しては<カフェ・コンサート>的な雰囲気を持つものがあったり、また、人との出会いを求めてカフェにやって来る人が多かった。男性が多い印象が強く、熱く討論をかわしたりであった。それに対して紅茶は、少なくとも上の2枚に関してのイメージはそれとは全く異なる。
単なる飲み物と侮ってはいけない。
時代の流れのなかでの生活シーンを理解するにはかなり興味深いと思う。モネやルノワールなどはそんな私のリサーチにいつも貴重な力を貸してくれる。信頼できる存在なのだ。
カフェに対して、ティーサロンはフランス語では<サロン・ドゥ・テ>という。サロン・ドゥ・テはナポレオン3世の時代に妻のウジェニー皇后によって始められたらしい。ちょっとした社交の為の場所だったのかなと思う。特に若い女性が社会経験を積むのに下手なところに出入りするよりこういうところで人生を学ぶほうがよほど良しとされたのであろう。
現代ではフランスの紅茶は人気があり、特にマリアージュフレール、パレ・デ・テ、ダマンフレール、クスミティーなどは注目の銘柄である。他にもあるが、例えばビオ専門店などで売っている紅茶にもかなり良いものもあって、以外にたくさんになるので紹介しきれない。別の機会で話したいと思う。私はそれらのブティックに置いてあるポットに入った茶葉の匂いを嗅ぎまわるのが好きである。
色々試してみてお気に入りを探す楽しみは香水探しに共通するものもある。
さて最後に、紅茶にまつわるフランスでのちょっと意外な話しを2点ほど。
まず、日本との大きな違いは、基本的にティーサロンやカフェなどでメニューの紅茶欄をみると、ミルクティーやレモンティーは基本的には存在しない。故に別に頼まなくてはいけない。レモンスライスは問題なく持ってきてくれるが、ミルクは持ってきてくれても冷たかったりするが、これには理由がある。元々紅茶は貴族が飲んでいたのでカップが素敵なデザインのポーセリンだったりする。そこに熱々の湯を注ぐとカップが傷むといけないので冷たいミルクを注いだそうだ。
また、これはコーヒーにも共通するが、フランスには長いことアイスコーヒーやアイスティーなるものが存在しなかった。私がフランスで暮らし始めた23年前にもまだなかった。カフェでたまに作ってくれたりもしたが、それは耐熱ガラスのコップに氷をどばどば入れ、そこにエスプレッソを熱いまま注ぐのであまり美味しいとは言えなかった。
恐らくスターバックス上陸以来簡単にアイスコーヒーやアイスティーが飲めるようになったと記憶している。
そして少し前にスーパーマーケット等でアイス用の紅茶なるものを見かける様になった。
14区によく行くお茶屋さんかあった(今は無い)がある日私がよく買う夏用のハイビスカス入りブレンドティーをアイスで飲むのを勧めてくれた。「氷を入れると味が変わってしまうので冷蔵庫で冷やしてね。」と一言添えて。
また、クスミティーやパレ・デ・テなどではアイスティー専用の紅茶を売り出した。何か贅沢かと思うが、この地球温暖化に伴ってティータイム等を優雅に楽しむのも一工夫が必要だ。しかも味わい様々で美味しいのだ。ガンガンにクーラーの効いた部屋で熱い紅茶を飲むか、庭の木陰でアイスティーを飲むか…何れにしてもティータイムの成功はあなた次第!