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「転がすゴルフ」ゴルフをシンプルに考える


 ゴルフは歴史あるスポーツであると同時に、大多数の一般人においてはレジャーである。

 よく晴れた日に、よく手入れされた広大な庭園のようなコースを歩きまわりながら、美しい風景を楽しみつつボールを打ち進めていく。昼にはレストランでその地方地方の名産品を使った料理が楽しめるし、18ホールを終えた後には清潔な大浴場に浸かってじっくりと癒されることもできる。社会人ゴルファーの方々は、そういった週末を仲の良いゴルフ友達と過ごすことを楽しみにしている。

 また、ゴルフは接待や会社のイベントに利用されることもあり、上役や取引先と距離を縮めるためのアイテムとしても活用されているのは周知のことだろう。筆者はかつて営業会社に勤めていたのだが、同僚の1人にゴルフの腕が抜群に良く毎回役員のコンペに呼ばれていた人がいた。その人は上役達と非常に仲が良くなり、事あるごとに何か仕事を任されていた。周囲の社員達は、あいつは上役に取り入っている、というような評価をしていたが、なんのことはない、その人がゴルフという自分の武器を駆使して上役達に気に入られた結果なのだ。何も悪いことではない。

 しかしながら、そういった接待や社内コンペのようなイメージがつきまとうのもゴルフである。サッカーや野球やラグビーやマラソンのようなスポーツには、そういった接待のイメージを持つ人は少ないだろう。そういった、ある意味昭和的なイメージがゴルフを面倒くさいものと考えさせているのは否定できない。

 また、社内コンペなどに参加したことのある人なら一度は体験したと思うが、まず最初はうまくいかない。打ったボールがあちらこちらに飛んで、走り回ってボールを探した挙句にスコアは最低最悪、大恥をかいたので二度とやりたくない、全く楽しくない一日だった、そういった人も多いと思う。何を隠そう筆者もそうだった。初めてのラウンドは社内コンペだったが180叩いた。これは平均すると1ホールで10回打っている計算になる。毎回のホールでボールがなくなるので、一緒に探してくれたキャディや同伴者にも迷惑をかけっぱなしだった。その日は、もう二度とゴルフはすまいと硬く心に誓った。

 しかし、私は今もゴルフを続けているし、今では最高のレジャーであると確信を持って言えるまでになった。それはスコアがプロ並みに良くなったとか、そういうことではない。私の平均スコアはいまでも90前後だし、80台は出ることもあるがダブルボギー、トリプルボギーだって叩くしスリーパットもする。

 ではなぜ、そこまでゴルフを楽しめるようになったのか。それは、ある時から楽しむための視点が変わったからなのだ。それによって、それまでゴルフに感じていた気負いや不安要素のようなものがほとんど払拭されたのだ。

 まず、大前提として、社内コンペなどを経てゴルフが苦手になってしまった筆者のようなパターンの人には2つの苦手要因がある。1つ目は、ラウンドしながら同伴者である社内の人とコミュニケーションを取らなければならないこと。2つ目は、自分のプレーがぐちゃぐちゃで恥ずかしいということだ。

 これが、颯爽とティーショットを打って相手のプレーまで気を使えるような余裕があれば良いのだが、何しろこちらは林の中に打ち込んでいる。バンカーにボールが深くめりこんでいる。グリーンオーバーしてまた奥の林に走って向かっている。同伴者のプレーを気遣うような余裕など一ミリもないのが実情である。毎ホール自分のスコアを伝えるのだが、同伴者が5打とか6打とかでプレーしている中、10打でした、と伝えるのが恥ずかしくて仕方なかった。

 私は社内コンペがあるたびに練習場へ行って、時にはレッスンなども受けてみて上達に励んだが、一向にスコアは良くならず、その会社を退職する直前のコンペのスコアは128だった。その日に行きつけの立ち飲み屋で、店員の女子大生が初めてゴルフに行ったという会話になり、130も叩いちゃいました、といって笑った時には、ああ私には本当にこのスポーツに対するセンスがないんだろうなあと絶望したのを覚えている。

 ゴルフに対してそんな絶望の日々を過ごしていた私だが、ある日、YouTubeで青木功プロのショート動画を目にしたことにより、その価値観が一新され、深くゴルフの魅力にのめり込んでいくことになった。

 その動画で青木功プロは、全英オープンの対策に河川敷で練習したことを話していた。全英オープンとは英国で開催される由緒あるトーナメントなのだが、その会場であるセントアンドリュースというゴルフ場は海沿いにあるためとにかく強風である。ちょっと打ち上げてしまうと海風に持って行かれてOBしてしまったり池に落ちてしまう。しかもコース面のそこらじゅうにうねるような起伏があり、ボールが落下した位置が悪いと、その起伏に跳ね飛ばされてあさっての方向にバウンドしてしまう。ここでは、いわゆる飛ばし屋というような飛距離で戦っていくゴルフが通用しない。300ヤード打てたとしてもコース外や池にまっしぐらでは意味がないからだ。そこで青木功プロは、地面を転がしていくことを戦略とした。

 なるほど確かに地面を転がしていけば強風の影響を受けにくく、バウンドによる意図しないトラブルも発生しにくい。そして彼はこうも言った。ゴロゴロ転がしてやってみるとこれが意外と普通に飛ばしていくよりもやさしい、と。私はそれを聞いた瞬間、これだ、と声に出していた。

 ゴルフ練習場に行ったことがある方はイメージできると思うが、基本的にゴルフをプレイする人たちはボールを遠くへ飛ばそうとして練習している。私の場合は、上司からまず7番アイアンを練習せよと言われ、それが120ヤード以上まっすぐ飛べば他のクラブもなかなか打てるぞと教わった。私はそれを愚直に守り、120ヤードをまっすぐ打てるまで何度もクラブを振った。しかし当然ながら、たまにまぐれ当たりのヒットが出て120ヤード以上飛ぶこともあったが、基本的にはボールは右に行ったり左に行ったり、ちょこんと当たってそのへんに落ちたりを繰り返した。ドライバーなどは、どうやったらそんなに右に行くのかと思うほど強烈なカーブを描いて飛んでいき、隣の打席で練習していたおじさまを何度も驚かせてしまった。今思うと、私はひたすらフルスイングを繰り返していた。ゴロになったらそれはミスヒットであり、悔しがるべき対象であった。しかし、青木功はそうではないと言う。

 私は家にあったゴルフバッグを持つと、近所の練習場へ向かった。一階の打席を指定して入り、何ヶ月ぶりかに7番アイアンを握った。ボールを置き、7番アイアンをスッと引いて、ボールにコツンと当てる。ボールは綺麗な低空の弧を描き少し先に着弾すると、コロコロと転がって30ヤード付近に止まった。もう一度同じように打ってみる。再びボールは30ヤード付近に止まった。また打つ、転がる、30ヤード、打つ、転がる、30ヤード。

 感動だった。ゴルフを始めて数年が経っていたが、私は初めて自分の思い通りの位置にボールを打った。しかも何度も。

 今度は少しクラブを引く幅を長くしてみる。ボールは50ヤード付近まで転がった。しかも、フルスイングしていたときよりも打感がいい。フルスイングしていた時はガツッと硬い打感だったのだが、これは柔らかいような跳ね返るような、そんな気持ちのいい打感だ。おそらく芯の付近に当たっているのだろう。私は興奮していた。私は徐々にスイングの幅を広くしていった。ボールはすでに100ヤードまで到達していた。しかしスイング幅はかつてのフルスイングの6割ほどだし、まだまだ伸ばせるような気がした。私はドライバーを手に取った。ティーではなく、マットの上にボールを置いてアイアンと同じように小さい振り幅でボールを転がす。すると、ボールは凄まじい勢いでまっすぐ転がっていき、あっという間に100ヤード付近まで行ってしまった。もう少し振り幅を広くすると、低く打ち出されたボールは2、3回バウンドしながら鋭く転がり、150ヤードの距離板に当たって止まった。

 私は練習場のベンチに座って考えた。ゴルフのコースは、パー5、4、3の3種類から成り、概ねパー5は500ヤード前後、パー4は400ヤード前後、パー3はそれ以下である。例えば500ヤードの場合、転がしの1打150ヤードで割ると3打あまり50ヤードとなる。この50ヤードを転がしてグリーンに乗せ、パターを2打とすると、なんと6打で終えられるではないか。しかも転がしていけば林に突っ込んだり池に落ちたりするリスクも減らせる。いける。150ヤード転がすことができればゲームになる。

 そんなことを考えたのは初めてだった。これまでは、とにかく振って、着弾したところからまた精いっぱい振ってを繰り返していたのだから。

 それから私は、7番アイアンの他にもウッド、ウェッジを全て転がしで練習した。自分にとっては、フェアウェイウッドが150ヤードの転がしに最もやさしいことを発見し、グリーンまわりではユーティリティを使った。久しぶりに行った友人とのラウンドでスコアは100を切り、変わったプレイだなあと面白がられつつも、非常に楽しい時間を過ごした。毎回の恐怖だった谷越えは、いつのまにかまっすぐ飛ばせるようになっていたクラブたちですんなりとクリアできていた。

 転がしのゴルフには課題もあった。例えばバンカーや池を越えて打つ時はどうしてもボールを打ち上げなければならない。そのために9番アイアンを練習した。バンカーアウトも練習した。

 私のゴルフは変わった。転がしという軸を持つことで、気負いがなくなり、楽にゴルフを楽しめるようになった。狭いコースでも、まあ転がせばいいかという思考になってOBにならない。必然と地形を良く読むようになり、コース設計の意図なども楽しめるようになった。

 最近では友人達と気軽に回るときは、グリーンまではユーティリティ一本で回る時もある。それでも大きくスコアは崩れないし、目土やボール探しの余裕も生まれた。コンペに呼んでいただくこともあるが、一見とても地味なプレーだから、とにかく可愛がられる。それでいてスコアも迷惑をかけない程度には悪くないから、一緒に回っている方から楽だと言われることもある。

 このゴルフはとてもシンプルである。自分でやれることは地面の状態に合った距離感を見極めて打つことだけだからだ。しかし、想像してみると原初のゴルフとはこのようなものだったのかもしれない。ゴルフは、羊飼いが木の棒でボールを転がして打ったのが起源とも言われている。そんな時代に300ヤードのビッグドライブなんて存在しなかった。シンプルで良いのだ。私はそう思っている。

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