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父の想い

「さぁ5時になった、本日のラストスパートだ!ここに並んでる野菜も果物も値札の半値だ、お客さん買わなきゃ損だよー」

大根とほうれん草をちょうだい!

レタス二玉、あとトマトね

「毎度あり!早くしないと売り切れちゃうよ!買った買った」


「大根とほうれん草のお客さんお待たせ、

150円になります。ちょうどね、毎度あり!」

「こちらはレタス二玉トマトが一山で300円、千円のお預かり、はい700円ありがとう」


長茄子ちょうだい

八朔を4個にキャベツね

アタシは舞茸とーーー


  ワイ   ワイ   ワイ  マイドー ワイ ワイ


「やれやれ、売ったな〜亜希子、お疲れ!」

「お父さんもお疲れさま」

「さっさと片付けてメシだメシ」

「今日は『ウオサダ』さんの店でお刺身を買ったのよマグロとカンパチ、つぶ貝」

「『ウオサダ』のなら新鮮だし味も間違いないな、晩酌の肴にもちょうどいい」


ブンブン  ブウウ ーー


「商店街はバイク禁止なのにどこかのバカが、全く」

父の機嫌が悪くなってしまった。


亜希子は台所でお味噌汁を温めていた。

母が突然、逝ってしまい父と二人だけの生活になってだいぶ経った。

あの夜のことは忘れることは無い。

高校生だった亜希子の携帯に警察から電話があった。


母が  事故  飲酒運転の 病院


人はいつどうなるかはわからない。

判っているつもりだった。

けれど自分の身に起こった時にハッキリ知ることになる。

判ったつもりでいただけだったということに。


亜希子はコンロのスイッチを切ると、保存しておいた果物の皮を剥いて、薄く切り始めた。

独特の切り方をするのがこの果物の特徴でもある。

「いい香り。ふふちょっとだけ」

そう云って摘むと口に運んだ。


柔らかな微笑みを浮かべた母の写真。

仏壇に先程の果物を乗せたお皿をお供えした。

亜希子は目を閉じて手を合わせた。

「お母さん今日も無事に終わりました。

ラ・フランスが食べ頃なの、お母さんの好物よね、どうぞ召し上がれ」


父がお風呂から上がったようだ。

亜希子はテーブルに野菜の煮物とお刺身を用意して、お味噌汁をお椀によそった。

「あ〜いい風呂だった。亜希子も入るといい」

冷蔵庫から瓶ビールを出して栓を抜くとコップと一緒に父の席に置いた。


「じゃあ入ってくる」

「あゝ、疲れを取るといい」

「うん、そうする」


洗面台で化粧を落としながら鏡を見ると

自分が母に似てきたことに気づいた。

「目尻の下り具合といい似てる。それとも単に齢だからかなぁ」

さっき母の写真を見たからか、亜希子は泣きそうなのを堪えていた。


「お父さんが悲しむに決まってる。泣くなら湯船で泣けばいいんだから」

着ている物を脱ぐと、亜希子はお風呂場に入った。

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チュン    チュン


「気持ちがいい朝だなぁ」

亜希子はシャッターを開けて空を見上げた。

父はとっくに市場に行った。

仕入れはまだ亜希子には任せて貰えない。

当然だろうと亜希子も思っている。

「そこまで目利きじゃないもの。さて掃除しようっと」


店の周りを箒で履くことから一日が始まる。

その動きが突然止まった。

1ヶ月くらい前からだろうか、亜希子は何となく違和感を感じていた。

誰がこの場所に居たのではないか。

別に痕跡があるわけじゃないけど、何故か亜希子はそう感じる。


今度、夜中に様子を見てみようか。

それも怖いから、防犯カメラを付けた方がいいかな。

よく考えてからにしよう。

今日は商店街の特売日だから忙しくなるぞ!頑張ろ。


晩秋のこの時期から鍋物の食材が売れるようになる。

今日は特に大目に準備をしておくことにする。

シャッターと外壁の隙間を掃除していた時、亜希子はある物に目がいった。


しゃがんで、それを摘んだ。

「これ、確か御守りの鳥の羽根だったような」

亜希子の脳裏にあることがよぎった。

「そんなことあり得ない。絶対に違う」

鳥の羽根を手にして亜希子は店内に入って行った。

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その日は予想した通りに大盛況になった。

梨や柿などの果物もよく売れた。

「お父さんがたくさん仕入れてくれたから良かった」

「オレが何年この仕事をしていると思ってるんだ。勘に狂いはない」

「はいはい、そうでした」


「それより亜希子」

「なに?」

「オレや店のことはもういいから、自分の将来のことを考えた方がいい、オレは亜希子に犠牲になって欲しくは無い」


「犠牲だなんて思ったことは無いわよ。

他にやりたいことも無いし、何より八百屋の仕事が私は好きなの」


「結婚は考えてないのか。30になるだろ」

「突然云われても……相手も居ないのに」


「本当は忘れられないんじゃないのか」

「お父さん、何いきなり」

「あの時オレが反対ーー」

「お父さん変よ、私さきに戻る。ごめんなさい」


亜希子は急いで階段を昇ると部屋に入った。

そしてあることを決めた。


その晩のこと。

時刻は午前0時を廻ったところだ。

亜希子は2階の自分の部屋の窓から、こっそり下を除いた。

人通りも途絶え、静まり返っていた。

「私の気のせいなのかな、でも……」


それから少し経ったころ、うとうとしていた亜希子はハッと目が覚めた。

外に誰がいる気がしたのだ。

身を低くし様子をうかがう。

静ずかに歩く音が聴こえる。

その足音は亜希子の真下、店の前で止まった。


やっぱり誰がシャッターの前に居る。

何をしてるんだろう。

亜希子は窓から顔を出し、下を見た。

すると一人の男性が亜希子の店の前に

座っていることが判った。


気味が悪いので警察に電話した方がいいかもしれない。

そう思った時、男性は立ち上がると歩き始めた。

その歩き方は、少しだけ脚を引きずっているのが判った。


その姿は、紛れもなく……。

亜希子は部屋を出ると階段を降りて、裏口から外へ出た。

シャッターの前で行ったり来たりを繰り返していた男性は、亜希子に気がついた。

「亜希ちゃん……」


時間になり父はいつも通り市場に仕入れに向かおと軽トラに乗るところだ。

「お父さん」

「亜希子か、行ってくる」

「はい、帰って来たら少し時間をください」


「少しならいいぞ、忙しいからな」

そう云って父は市場に向かった。

「雄二さん、出かけましたよ」

店に隠れるようにしていた男性が顔を出す。


「雄二さんが歩けるようになるなんて思ってなかったから驚いた」

「一生、車椅子生活だと医師に云われた時に僕は決めたんだ。絶対に歩いてみせるって、でも」

「一番の目標は亜希ちゃんのと、お父さんに

見てもらいたかったから」

「……そうなんだ。あ、はいこれ」

私は鳥の羽根を取り出した。

「探してたんだ!ありがとう」


「朝、おじさんが仕入れに行く時に歩けるようになった僕を見てもらおうとしたんだ。だけどいざとなると怯んでしまって。

ダメだよな僕は」


雄二さんは私と同じ高校の一つ先輩で、

交際を始めたばかりの頃、母が飲酒運転の車に跳ねられたのだった。

そのことがあってから半月後に今度は雄二さんがバイク事故を起こしてしまった。

幸い人を巻き込むことは無かったが、スピードの出し過ぎが原因で雄二さんは大怪我を負ってしまった。


このことを知った父は雄二さんとの交際を許さなくなった。


母を亡くした私。父にとってはかけがえのない伴侶を失ったことの大きさ。

私は父の気持ちを思うと何も云い返すことが出来なかった。


「お帰りなさい」

「で、オレに何の用だ。手短かにな」


「おじさん、ご無沙汰しています」

「あ……!」

「雄二さんがお父さんに会いに来てくれたの」

「お前、歩けるようになったのか」

「はい、この10年リハビリに精を出していました」


「……そうか。大変だったろう。良かったな」

「ありがとうございます」

父は荷台から品物が入った段ボール箱を降ろし始めた。

私も手伝って箱から野菜をだし陳列を始める。

「仕事は」


「無職です、けれど探してるので必ず見つけます」

「探さなくてもいい」

「え……」

「この店がお前の職場だ」


驚いた私は雄二さんを見た。

彼も信じられない様子だった。

「何をボサッとしてる。それから母さんに線香の一つも立てたのか。まだなら直ぐに行って来い」


「は、はい!」

私は雄二さんを自宅に案内するために付き添った。

私たちの姿を見た父は

「母さん、どうやら後継が出来たようだ」

そう呟くと、荷台からの箱降ろしの作業を続けた。


       了
































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