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ウクライナ情勢で変わる北欧 デンマークの歴史的国民投票が6月1日に
ロシアによるウクライナ侵攻を受けて、ヨーロッパの安全保障環境は大きな転換点を迎えています。北欧では、歴史的経緯から中立の立場を取ってきたフィンランドとスウェーデンが、NATOへの加盟申請を正式に決定し、ロシアの狙いとは逆にNATOが拡大する方向へと進んでいます。
これと比べると地味だしわかりにくいのですが、北欧のデンマークでも来週の6月1日、歴史的な国民投票が予定されています。どういう内容なのか、なぜ今国民投票なのか、情勢は、といったことについて、まとめてみました。
30年来の方針を変えるか否かの国民投票
デンマークがEUの前身のECに加盟したのは1973年です。1992年には、EU創設を目指すマーストリヒト条約批准に関する国民投票が行われたのですが、なんとここで、デンマークでは50.7%と僅差ながら「反対多数」という投票結果になります。欧州統合が深化することによって、小国であるデンマークの主権が脅かされることを懸念する国民が多かったためです。
この否決は”デンマーク・ショック”と呼ばれ、EU創設の機運を削ぐことになりました。条約は全加盟国の批准が発効の条件となっていたため、妥協案として、デンマークは4つの「適用除外事項」(オプトアウト)を獲得。このオプトアウト条件付きで、翌年の1993年に再度国民投票を行った結果、今度は「賛成多数」となった…という経緯があります。
というわけで、デンマークは、ある意味”ごねた”結果、4分野の適用除外が認められているわけですが、それが以下の分野。
1. ユーロ導入
2. 警察·司法
3. 欧州市民権
4. 共通安全保障·防衛政策
それぞれどういう内容であるか詳しく知りたい方は、こちらのデンマーク国会サイトに掲載されています(英語)。
4つのうち、最後に書いた「共通安全保障·防衛政策」についての適用除外条項を削除し、今後はEUの安全保障分野での作戦にも参加することについて、「Ja(Yes)」か「Nej(No)」かで答えるのが、6月1日の国民投票。
国民投票で賛成多数になれば、EU加盟時に獲得した適用除外規定のうちひとつを自ら放棄することになるわけで、30年来の方針転換になる、というわけです。
ちなみにデンマークでは、私のような外国人でも4年以上住んでいると地方選には投票できるのですが、今回の国民投票に参加できるのは、デンマーク国籍を持っている人のみです。
なぜ今、国民投票をやるのか
フレデリクセン首相が国民投票の実施を発表したのは、ロシアによるウクライナ侵攻からまもない3月のことでした。「歴史的な時には、歴史的な決断が必要だ」と語り、オプトアウトの削除を促しました。
この時には、今後2年間で70億クローネ(約1280億円)の国防費を投じる方針も表明。段階的に国防予算を増やし、2033年までにNATOの目標値である国内総生産(GDP)比2%まで達するようにする、ということです。
私はこのニュースを聞いた時、国防費の増額はわかるとして、国民投票の方は「これって何か実質的意味あるのかな?」とやや不思議でした。
というのも、デンマークはNATOが1949年に創設された時からの原加盟国であり、デンマークのラスムセン元首相が2009年から2014年までNATO事務総長を務めたりと、NATOとは密接な関係を持っているためです。言ってみれば、安全保障分野はNATOにカバーされているわけで、これにEUの防衛・安全保障分野のオプトアウト条項を削除するのって、ロシアに対抗する欧州連帯の姿勢を示す、という政治的な意味あいはともかく、何か実質的な安全保障強化につながるのかな、と疑問だったわけです。
実は先日、今回の国民投票の意味合いについて、デンマークの防衛政策の専門家が外国人記者向けにブリーフィングをしてくれたのですが、その時の説明がわかりやすかったので、少しご紹介。説明をしてくれたのは、コペンハーゲン大学・軍事学センターのクリステンセン氏と、デンマーク国際問題研究所(DIIS)のニッセン氏の2人。
![](https://assets.st-note.com/img/1653510231325-nsbKU3Msrk.jpg?width=1200)
2人の話をざっくりお伝えすると、EUでは近年、共通安全保障・防衛政策の分野の協力が急速に進んでおり、「これは経済政策なのか、それとも安全保障政策に関係するものか」という線引きが難しい活動がかなり増えている、ということです。また、EUが安全保障に関する政策の意思決定を行う際、デンマークは適用除外条項のためにテーブルにつくことができず、もどかしさを感じる場面も多いらしいんですね。なので、少なくともデンマークの政策決定に関わるエリート層の間では、オプトアウト条項は削除すべき、という意見が大多数を占めていることが、調査結果でも示されてきたそうです。
また、面白いと思ったのは「ドイツの影響」というコメントでした。ドイツのショルツ首相はウクライナ侵攻を機に、独連邦軍の増強のために1000億ユーロ(約13兆円)を投じる方針を発表しました。東西冷戦終結以来の平和主義的な姿勢を大きく転換して、軍備増強に舵を切る、としたわけです。2021年の防衛予算は全体で500億ユーロ弱だったので、倍増する計画です。
このドイツの大きな方針転換は衝撃だったそうで、デンマークとしても欧州の結束を示すために自分たちができることとして、オプトアウトの削除により、欧州の中核であるEUの安全保障政策により深く関与していく姿勢を示していこう、という政治的な決断があったようです。
なお、賛成多数になったら具体的に何が起きるのか、についても説明があったのですが、原稿が長くなってきたのでこれはまた別の機会に。
過去には2度「否決」 今回の見通しは
実は、デンマークがEU加盟時に獲得した4つの適用除外条項をめぐっては、過去にも2回、国民投票が行われており、なんと両方とも否決されています。
過去の国民投票では、2000年にユーロ導入、2015年には警察·司法分野での適用除外条項を放棄するかどうかを問い、いずれも反対多数となりました。
なので、今回の国民投票で賛成多数となったら、3度目の正直となるわけですが、この情勢についても専門家に聞いたところ「はっきりは言えない」ということでした。
世論調査の数字で見ると、賛成の方が一貫して多いのですが、未定としている回答者が最近になっても29%ほどいるためです。「賛成派は今回の国民投票は楽勝と思っていたので、キャンペーンにほとんど力を入れていない。一方の反対派は、自分の政党の勢力を伸ばすために国民投票を利用しているところもあり、予想以上に支持を広げている」ということでした。実際、首都コペンハーゲンを離れてユトランド半島の方に行くと、「Nej(No)」を呼びかけるポスターをあちこちで見かけました。
EUの適用除外条項をめぐる国民投票では、反対派が毎回呼びかけるのは「EUに主権をこれ以上明け渡してはならない」という主張。今回も「No more EU」というスローガンが踊りますが、「戦争反対」というものもあったりします。
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さて、6月1日はどうなるか。結果はまたお知らせしたいと思います。
(追記:結果について)
デンマークではきょう、30年来の方針を転換してEUの共通安全保障・防衛政策に参加するかを問う国民投票でした。投票終了から約1時間半、開票率7割の段階ですが、賛成66.5%でかなり優勢。出口調査の結果も各社65%以上になっていて、選挙特番は賛成派陣営のお祝いムード一色となっております pic.twitter.com/Eg2ji2C3u1
— Yoko Inoue 井上陽子 (@yokoinoue2019) June 1, 2022
国民投票は、賛成66.9%、反対33.1%という結果でした。思ったよりも差が開いて、選挙特番もかなり早い段階から賛成派のお祝いムードに湧いていました。
ただ、投票率が65.8%と、最近のEU関係の国民投票(2000年は87.6%、2015年は72%)と比べても低い数字でした。デンマークは、NATO創設時からの原加盟国で関係も深く、安全保障面での実質的な影響を感じる人が少なかった、ということかなと思います。
ただ、これで自動的に全てのEUの作戦に参加するわけではなく、一つひとつ、国会で議論した上で決まります。具体的な動きはこれからです。