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#1 「幸せの国」デンマークの暗い冬に立ち向かう

“The year has 16 months: November, December, January, February, March, April, May, June, July, August, September, October, November, November, November, November.”
ー Henrik Nordbrandt(デンマークの詩人)

デンマークの11月は、暗く、長い長い冬の始まりだ。
その日は11月によくある、深い霧のかかった、どんよりとした雨雲の立ち込めた日だった。テーブルを挟んだ向こう側にいるデンマーク人の夫は、私にふとこう言った。

「Your mission is to be happy(君の使命は、幸せになることだ)」

その言葉を、聞き流すこともできた。というより、これまでに何度も、彼は同じことを言っていたかもしれない。
でも、この時の私には、聞き流すことができなかった。それはたぶん、冬が近づく気配を感じながら、「このままではまずい」という自覚があったからなんだと思う。

39歳、大きなお腹と不安を抱えてデンマークへー


デンマークは、国際的な幸福度調査でたいてい1位ないしは上位にランクされる「幸せの国」、である。私が北欧のこの小さな国に移住することになったのは、幸せになるため・・・ではなく、成り行きだった。

デンマークに来る前まで、私は日本の新聞社の特派員としてアメリカに赴任していた。当時おつきあいをしていた現在の夫とは、日本(夫)とアメリカ(私)との間で遠距離恋愛中で、彼が時間を捻出しては、数ヶ月に1度、アメリカに会いに来るーーという生活を送っていた。その赴任中に、妊娠が判明したのである。

特派員の仕事はもちろん、やりがいがあったし、それまでのキャリアの集大成のように感じてはいた。けれど同時に、自分にとっての人生の優先順位は間違えちゃいけない、という声は、いつも頭の片隅にあった。当時、私は39歳。妊娠できたのは、本当に幸運だったと思う。

しかしそのために、予定されていた任期の途中でアメリカでの仕事を終えなくてはいけないのは、とても心残りだったし、何よりも、送り出してくれた上司や、迷惑をかけてしまうアメリカの同僚に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

迷いに迷った出産場所

ところで私は妊娠7ヶ月になろうという頃になっても、まだ出産場所を迷っていた。エクセル表に「アメリカ、日本、デンマーク」と3つの国を並べて、それぞれで出産・子育てした場合のいい点、悪い点を書き出していったりもしたが、どうにも決め手がない。日本は家族や友人のサポートを得られて楽だし、帰るつもりで大量の家具や荷物も残している。アメリカは、いい病院を見つけて妊婦生活にとても満足していたし、そもそも大学院に行ったり仕事したりしていたので、文化にも言葉にも慣れている。友人もまあまあいる。

一方のデンマークは、世界中を眺めてもこれほど子育てがしやすい場所はそうない、ということはわかってはいるものの、私はかなり躊躇した。デンマークで暮らすということは、私がそれまで築いたキャリアやら友人関係やら、慣れ親しんだ様々なものから切り離されて、40になって「0」からスタートするということだ。さらに、滞在資格も言葉の面でも、夫に何もかもを頼り切るということになる。大学卒業以来、自立した生活を送ってきた私にとって、これは相当恐ろしいことだった。

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