『ひらがな先生と50音の字童(じどう)たち』
50音小学校は、今日から始業式。
新しい学年に上がった、ひらがなの字童(じどう)達はドキドキワクワクしながら教室に入っていきます。
では、中の様子を覗いてみましょう。
新しい担任の先生が、自己紹介を始めるみたいです。
「起立、きをつけ、おはようございます。えー、今日から、この5年☆組の担任になった音(いん)です。母音や子音の音(いん)ですね。音先生と呼んでください。」
「いや、『あー?!!』じゃなくて。どうしたの、”あ”さん。自己紹介が気に入らなかったの?」
「今、どこかに納得する要素あった?」
「”い”さん、何が”いい”の?制する様かな。それの手際が良かったのかな。」
「大丈夫?吐き気、催した? 一応黒い袋はこれだけどね。」
「”え”さん、喋り出そうとした? 何か大臣の間で話し始めようとしてなかった?」
「おーう、じゃないよ。”お”さん。そんなフルハウスみたいなの、いらないからね。」
「今、何かに気づいた? 家の鍵閉め忘れたかな?あっ、一年間、よろしくお願いします。」
50音小学校は、ひらがな達が通う学校。
昨年度は、学級崩壊や担任の変更などで問題が山積みでした。
音(いん)先生は、新しく赴任してきたこともあって、気合十分で授業を行います。
「じゃあ、教科書13ページ開いて。」
「いや、”か”さん。4月だけどなんでいるんだ、じゃないのよ。」
「黄色? 黄色の蚊なの? どうしよう。赤道近くの国にしかないような病原菌を持ってたら。」
「刺された?くっ、って刺されたんちゃうん?ダメージ受けてくっって聞いたことないけどな。漫画とかでしかみたことないね。ちょっと保健室では、抱えきられへん病床になるかもやな。」
「なんやねん、斜に構えてー。黄色い蚊おったら、普通に大人でも慌てるやろー。」
「いや、こう?、じゃないのよ。蚊を殺すときは、こう、じゃないのよ。」
「おおじゃないって。未知の病原菌持ってるかもしーへん黄色い蚊を素手で叩いてるから。」
「刺された?刺されたんちゃうん?小キックくらったみたいな声聞こえたけど。2匹目がおるかもしれへんやんか。」
「うるさい!うるさい!文字みんなで話すな!」
「……ね。」
「F先生がな。隣のクラスの先生や。ねさんの、上靴とってるのみたらしいねんな。」
「さー、か。でもな、しさんが見てたらしいで。」
「しー、って。いや、さっき言っていいって話やったやん。すさんも見てたって。」
「すーっ……、って。あんまり言われたくないこと過ぎて小さく息吸ってるけどやね。」
「……あとなあ、”ね”さんの、この、くるんって部分とって、”わ”さんみたいにしたのも、”さ”さんやんな。なんで、そんな意地悪するねん。」
「せー、って言われたん。”せ”さんに。」
「そうなんや。”そ”さんも言ってるってことは、間違いないな、”せ”さん。なんで、そんなことしたんや。」
「……そっか、”ね”さんと”け”さん、付き合ってるんやあ。それが、なるほどなあ。悔しかったんやなあ。でもなあ、これだけは言っとくけど、悪いやつっていうのは若いころこそ魅力があるけど、年齢重ねていったら切実な人の方が絶対いいからな。」
「ほら、”そ”さんも言ってるやろ。じゃあ、とりあえず涙拭いて。音(イン)先生とエフ先生の恋の失敗談教えるから。
「小さく息を呑むな。」
「はい、じゃあ、まず給食減らす人から来てください。」
「たさん、たー、じゃないって。なんで殴るねん!」
「ほんまや、血ー出てるやん、”ち”さん、ちょっとエフ先生読んできて。」
「鼻血がつーって出てる。”つ”さん、保健の先生にも声かけてきてもらっていい?」
「”て”さん、落ち着いて。てててててって走るのやめて。」
「とさん、やり返すのはやめて。とーっ、って。今、鼻血出てるから。気持ちはわかるけど、ちょっと落ち着いて。なんで”た”さんも”と”さんも、こんなことになったんや。」
「”な”さん、今はなーって相槌いらん。」
「にさん、給食の増やしは後や。肉団子二個欲しいじゃないねん。」
「どうしたん、”ぬ”さん、ヌーみたいに突撃してきて。え、二人とも、”ね”さんが好きやった?」
「あー、そっかそっか、”け”さんとのアレは知らんのやろうなあ。」
「ノーノーノー。”の”さんナイス。何もないよ。」
「”あ”さん!あっあっあっで指をさして案に、”け”さんと、”ね”さんが何らかの関係性があることを示唆するなよ。」
「おー……やね。これはフルハウスやね。」
「はー……やわ。”は”さんと今同じ気持ちやわ。”た”さんと、”と”さん、すごい顔してるから。」
「ひさん、どうしたん、大きな声で。」
「黄色い蚊や!しかも……」
「三匹おるやん!」
「”た”さん、”と”さん、さすがやな、二人。蚊を退治してくれてありがとう。…何その握手。喧嘩を経て、友情芽生えた的なやつ?」
「みんな笑ってる。」
「肉団子二個とか言わへんで。」
「四つ増やしするわ!!」
「雨、止んだね。」
「まーまーまー、ええやん。」
「身をはさんだのはかわいそうやけど、次から蓋するときは気を付けや。」
「むむむっ、ってどうしたん。川平慈英なん。」
「ほんまや、芽が出てる!ふたもせずに放置してたやつは出てるな。やっぱり植物の成長には、日光も必要やねんなあ。」
「もー。そんな水ヒタヒタにしたらタネも腐るよ。もう、これで一学期の理科も終わりやなあ。」
「や、じゃないねん。夏休みは宿題はあるねん。しゃーないねん。」
「湯で種は育つかなあ。」
「よっ、じゃないねん。先生ヨイショしても宿題は無くさへんで。」
「ちょっと、ラララーって歌うのやめて。」
「リーリーリーって盗塁仕掛けるのもやめて。」
「ルルルーって歌うのもなしね。」
「礼。まだ、朝の、挨拶してなかったんや。」
「ローに入れるのはやめてほしい。ハイにギア入れてや。これから、みんなに重大発表あるからね。」
「わーってなんや。大きな声出して。」
「和を乱すな。和を。」
「うわあ。ドア蹴破ったらアカンよ。んーって蹴破って。えー、転校生の、んさんです。よろしくお願いします。」
「いやあ、エフさん、運動会お疲れ様でした。大変やったねえ。これでもまだ11月には学芸会もあるからやばいよね。まだ頭の中に南中ソーランがこだまし続けてるもんな。」
「いやあ、”や”さん、大かつやくやったもんな。最後の”やー!!”の掛け声。」
「”お”さんも、よかったね。あの”おー!!”って掛け声、めちゃくちゃよかった。」
「”さ”さんは、なんか途中で卓球のあいちゃんみたいな掛け声なってたなあ。」
「”へ”さんは、オードリーの春日みたいやったね。」
「”な”さんも頑張ってたか。あいつ、休み中にインナーカラー入れてたけどな。」
「なんや、あいつ。あー、そうそう、そういえば、この前”な”さんに二人でおるところ目撃されたりしてん。まあ、流石に二回はバレへんやろ。……あー、そうやなあ。」
「なんか、”ん”さんがなかなか友達できへんというか。そうやね、浮いてるって感じやなあ。まあ、”さ”とか”せ”とかの攻撃的な女子とかが目標にしたりせんかったらええようにはみてるけど。」
「”ん”さんなあ。なんかこう掴みどころがないというか。大体、”んー”とか、”んんん”とか、”んん”とか、同級生におったら確かに自分もなんて話したらいいかわからんようになるかもなあ、って。」
「クラスでの問題っていったら、まあ、”け”がなあ。いや、その立ち歩きとかは教室飛び出さへんようになったからええねんけど。確かに、”け”も、謎のインナーカラー入れてたけど。なんか、転校するかもしれへんらしくってさ。……まあ、そこがなあ。」
「”え”さん!!!えー!!じゃないから。そういうことじゃないから。そういうことに見えるかもしれへんけど、そういうことじゃないから。」
「ちょっと、本当に良くないかなあ、って先生は思っていて。うん、このコソコソ笑う空気っていうのかな、それが今この教室にあるのよね。」
「んさんの朗読、先生はすごい好きやねん。一生懸命で、こう、誠意が伝わってくるよね。みんな想像してほしい。「ん」って一文字だけで感動させることがどれだけすごいか。先生は、みんなにその想像力を持って欲しいねん。」
「でも、その一生懸命を笑う空気が今、この教室にあるよね。想像力を捨ててしまっている人たちがたくさんいるよね。運動会、先生は本当に感動しました。心を動かされたし、あの時、みんなの力が揃っていたと思う。」
「でも、今、みんなはバラバラや。文字一つ一つがつながれば、君たちは何にでもなれる。どんな言葉通りにでもなれる。」
「先生はそう信じてます。」
「だから次の学芸会、先生は、5年☆組全員で力を合わせて一つの劇を完成させたいと思ってる。」
「”ん”さん、まだ、学校にこれてないねんな。で、いろいろと話を聞いてみたねん。そしたら、名前が出てきたねん。」
「5月にうわぐつとか、このくるんってなってるところを盗んでたあなたが、なんでそんなことしたんかな。んさんの、感じを笑うのは、何でなんやろ。」
「けさんに別れようと言われたから。そっかあ、それは、うん、なるほどやな。けど、これだけいわせてもらうな。」
「自分の不幸を人に向けるな。あなたは誰よりも痛みをわかってるはずやろ。」
「”ん”さん。何でここにおるんや。練習?学芸会の?でも、そんな本番まであと一週間もないのに。」
「…完璧や。”ね”さん、掛け合いできるか。」
「完璧や。完璧の掛け合いや。……謝る気持ちがあったら、それで大丈夫やよ。」
「”け”!何でおるねん。”け”も、練習する?じゃあ、みんなで練習するか。」
それでは、まもなく5年☆組の公演が始まります。
「見つけましたね。少女が空から降ってくるわけですよね。これよ。これなのよ、冒険の始まりを告げるのよ。」
「それが非常にいい、と。可愛かったんやろうね。」
「敵も上からやってきた。」
「感心してる場合じゃないで。逃げろっ」
「”かーっ。あんたやるねえ”、みたいな。いますね、こういう冒険活劇でやってくるお姉さん海賊みたいな。」
「なんだ、敵か?みたいな。きーっと威嚇すると。」
「くっ、小キック。お姉さん海賊小キック炸裂。どうやら、海賊は取引をしたいと。少年少女を匿ってやる代わりに、少女が持ってるそのブレスレットがほしいと!どうするんや、少年!」
「少年は海賊の意見に従うんですね!」
「少女は怒ってます!何でやねん、と。」
「身をおこうってことやね。でも、少年の意見的には、キリのいいタイミングで逃げる作戦やねんね。賢いね。」
「”さ”、じゃあ、海賊のところで、雑務をこなすぞ。」
※ここから歌パート
静かにしないと怒られる。
すーっと、どこでも拭き掃除。
せーって言われるその前に。
そーっと歌って雑むだよ。
あいうえおーっと、海に落ちるぜ。
かきくけこーだと、教わりながら。
さそすせそーっと、雑務する。
「たーっ、お姉さん海賊の蹴り炸裂。うるさかったもんね、もう、歌ってたもん。静かにっていってたのに、後半は歌うことに気持ちよくなっていたからね」
「ちっ、て舌打ちね。まあまあ、そんな日もあるよ。」
「あ、鼻血が出てるって少女がね、少年の鼻を抑えるシーンがきたね。…いいねえ、ドギマギしてるねえ。二人のこの感じ、いいねえ。」
「手で顔を押さえながら海賊も見てるやん!この微笑ましい少年少女のシーンを見てるやん。お姉さん海賊こういうの実は好きなんやね。」
「戸を開けて、閉めて、開けて、閉めて。いや、何はしゃいでるねん。っていうか、引き戸とかあるんや、この世界に。」
「なーなーって少女が少年に話しかけると。なるほど、どうやら、彼女は、どこかの国の女王様なのね。」
「にーっ、笑うんや。すごいでしょ、みたいな。少年、胸、撃ち抜かれてるんちゃう?だから追っ手から逃げてたんや。」
「ヌーって出てきた。追っ手や!逃げろっ。」
「ねーねー、私たち、離れてもずっと一緒だよね。少女が少年に尋ねます。あの、そりゃあ、そうだよ。俺たち、こんな形で出会ったけど、ずっと一緒だよ。」
「ノーノー、そんな青春ごっこはそこまでにしなさーい。私は、この少女の叔父にあたる存在。この石は全てを征服する力を持っているの。」
「はあ?だからって、少女を襲っていい理由にはならないだろ。」
「ひひひ、これだから、世間を知らないガキは嫌いよ。あのねえ、小さな命一つくらいねえ、奪われたって関係ないのよ。この石で私は世界を牛耳る。」
「ふー、やれやれ、お話はそこまでかい。海賊のお姉さん!逃げな、少年少女。」
「”へへへ、私が時間稼ぎしてやるよ。” ”でも、お姉さん。”」
「ほー、あなた、本気なのですか。」
「まあ、私は昔から、そういうのが好きだからね。」
「”逃げな、少年!”まみーっ!海賊の女性、まみか。」
「むむむ。いらん、今、川平慈英はいらんな。いや、石が光って、二人が空を飛ぶ!」
「めーっ」目がやられるぞーっ。あいつら飛行艇から閃光を放つ。」
「もー、危ないやん。うわ、もー、くらいのテンションで済ますんや。」
「少女が。やー!って言ったら、石から謎のビームが出て、焼けたやん。」
「ゆだ!ゆが出たぞ!石から謎のビームと湯が出てる!!」
「よっ、じゃないよ、少年。いいねえ、じゃないよ。すごいよ、なんか。」
「少女は、ある場所に行きたいから、この街に降り立った。そう、それは、ご先祖様のお墓、だった。」
※ここは劇中歌。
らららー。
りーりーりー。
るるるー。
れれれ。
ろーろー。
「”わあ、ここがご先祖様のお墓か。”でたな、悪いやつ。」
和を乱す、悪いやつ。
「ねえ、覚えてる、この舞台の題名。」
「残念だけど、最初から50音全文字が揃ってたんだ!」
「いけええ!みんなで怪盗を倒せっ!!」
中略。
「どかーんばコーン、覚えてろよーっ!!!」
「そうして、二人にはさよならの時がやってきました。」
「また、会えるよね。」
ねー。
ん?
ねー。
ん
「また、会えるよね。」
ん。
「大きく手を振ると、”け”は、みんなにさよならといって、遠い場所に行きました。”け”は、もう後ろを振り向きません。その後ろには、一つの言葉になった50音たちが、笑っていました。」
「そして、」
「エフ先生と」
「音(in)先生も、その場に駆けつけます。」
起立、気をつけ、さようなら。
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