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TKGブームの舞台裏・後編 〜独占しない商標戦略〜

前回の記事「TKGブームの舞台裏・前編」で、ブロガー向けのサンプリングプロモーションがきっかけとなって、TKGブームに火がついた経緯を書いた。

TKGブームにはもう一つ大事な要素があった。
「商標」である。

商品名やブランド名などを商標登録しておくと、許可なく他者が使用できなくなるという商品やブランドの価値を守るために必要な制度なのだが、一方で、使いたい名称が、登録されている商標と同じ、もしくは類似していて使えなかったり、その仕組みを利用して、例えば有名人の名前などなんでもかんでも商標登録をして、商標の使用料で稼ごうなどという迷惑な人が出てきたりもする。
基本的には、商標権を持つことで、その名称を自分たちのいいように(多くは独占的に)使うことができるというもの。

TKGの商標を取ろうとは当初は考えていなかった。
頭が回っていなかったという方が正確か。卵業界はまともにマーケティングをやっている会社もなく、そもそもそういうことに厳しくない。商品名でもないし、販促に使うだけ。TVなどのメディアでも普通に使われているので、商標を取る必要があるとまで考えなかった。

メディア露出が増えてきた頃に、TKGという言葉を作った代理店A社から、勝手に使うなとクレームがきた。
TKGの商標使用権を一業界一社に販売するというビジネスをやっていて、使うなら使用料を払えということだったか、他に売ることになっているからうちでは使うなということだったか。

慌てて商標登録を確認した。
商標は、使用する分野毎に登録するのだが、確かに出版、広告、飲食店などいくつもの区分で登録されている。
それなのに、なぜか「卵」そのものの区分だけ登録されていない!!
卵かけご飯なのに卵で登録していないなんて、なんで見落としてしまったの??

私たちは即出願した。

私たちが使えないのも困るが、一社しか使えなくなったら、TKGが広まらなくなる。TKGをみんなが使えるように守らないといけない。

出願を取り下げろとクレームされて

しばらくすると、A社からクレームがきたと弁理士事務所から連絡があった。自分たちが先に考えた知的財産だから出願を取り下げろ、ということ。
担当していたスタッフNさんは真面目で人がいいので、その代理店が先に考えたことだし取り下げるしかないと言う。

いやいや。ちょっと待って。
商標は先に出願した方が登録できるもので、卵の区分で登録していなかった彼らの落ち度だ。こちらの出願は法的に何の問題もない。Nさんは、他社のアイデアを自分たちのものにしてしまうことに対して、モラル的に疑問を感じたようだったが、私たちはA社に使うなとは言わないし、使用料を取るつもりもないから、罪悪感を感じる必要もない。
クレームは無視した。

数日後か数週間後か、A社から電話がかかってきた。
責任者を出せというので私が対応した。

「取り下げないのはどういうことだ!」
「こちらの発案だとわかっているのか!」
怒り心頭である。

私は決して冷静沈着なタイプではないのだが、相手が怒り過ぎていると却って冷静になれるものである。

極力穏やかに、一切の感情を排して説明した。

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TKGという言葉はすごくいい。キャッチーで、さすが代理店の発想。
TKGの本も活用させてもらっていて本当に感謝している。
私たちもプロモーションをやってみて、そのインパクトに驚いている。
まだまだ広がる可能性がある。
TKGが盛り上がると、卵のニーズが増え、業界の発展に繋がる。
ブームになれば、A社にとっても、商標権使用料よりも大きな様々なビジネスの可能性が広がるはず。

みんなが使うからブームにもなるが、使用者を限定してしまうと露出が減ってしまって広まらなくなってしまう。それではもったいない。
私たちは、使用者を限定しないし、使用料を取ることも、許諾を求めてもらうこともしない。
誰でもが自由に気兼ねなく使えるようにするために、商標登録をするのである。
それがリーディングカンパニーとしての責務だと考えている。
だから、お互いのために、一緒にもっと大きなブームに育てませんか。
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このような話を1時間くらいしたが、理解してもらえなかった。
自分たちが考えたんだ、取り下げろ、の一点張りである。

「あなた方が考えたことはわかっています。
感謝をしているし、敬意を持っています。
取り下げてもいいですが、商標登録されたら、一般に開放されますか?」

先方の答えは「No」だった。

「では、取り下げません。」

この電話の会話が、実は録音されていた。
A社は、こちらの権利化を妨害するための情報提供(A社の発案であると、こちらが認めた証拠)として特許庁に提出したそうである。
審査官の判断により、先方の申し立てが却下され、私たちが商標登録できることになった。

改めて弁理士さんに確認したら、先に考えたという理由ではこちらの出願の不登録事由には当たらず、A社の行為は残念ながら無駄だったようだ。
法的根拠に乏しいとわかっていたから、脅すかのように怒鳴っていたのかもしれない。

独占は良い戦略か

卵業界では、他メーカーでもスーパーでもどこでも使えるようにしていたが、A社が押さえていた出版や広告やその他の分野でTKGがどれだけ人の目に触れただろうか。
あの時に、A社が卵の区分も忘れず出願していて、私たちがWebサイトや販促品などTKG関連の全ての露出をやめなければいけくなっていたら、TKGはもう少し小さなブームか、もしくはネットでちょっと流行った程度で終わっていただろう。

商標という制度はつい独占に使いたくなるものだし、良いものができたら独占するのが自社の利益になると考えるのは自然かもしれないが、商標に限らず独占が最善の戦略かどうかはよく考えた方がいい。

製菓メーカーB社が、市場にない新商品を発売し、大ヒットとなった。
数ヶ月後、ライバル会社C社が、類似した商品を発売することとなり、B社は売上が落ちたらどうしようと戦々恐々となったそうだが、蓋を開けてみれば、売上は落ちず、C社の商品も売れて、市場が2倍になったのだそうである。
B社の開発担当者から聞いた実話である。

1社だけでやっているより、競合がいた方が人の目に触れる機会が増え、流行っているように見えるのだ。そして、みんなが乗っかってさらなる流行になる。
競合他社が行う宣伝は、考えようによっては自社にとっても有難いことなのだ。

最近の例だと、街中にこれでもかというくらいタピオカのお店があるが、あんなにたくさんあるから流行っていると思ってみんな行く。飲料メーカーがタピオカ入り新商品を発売し、外食店のメニューに入る。

TKGの商標を取って開放したのは、綺麗事ではなく、みんなが使ってくれて卵市場が盛り上がることが、とりもなおさず自社のプラスになるからだ。
目先の利益ではなく、俯瞰的に見た利益の最大化を常に心がけている。
結局のところ、自分だけの幸せを目指すより、みんなでハッピーになった方が自分の幸せも大きくなるものじゃないかと考えている。

ブランドを守るという意味では、商標登録をして他者を排除しなくてはいけないが、商標はこういう使い方もできる。
きっと、他にも戦略的に商標を使っている人はいるはずで、そういう人たちの話がもっと聞いてみたいものである。


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