勝手にチャレンジ1000 0096 ジョンとノエル再び
くりのすけがうちに来る前、うちにはジョンとノエルという二匹の犬がいた。正確には、ノエルのいるところにジョンが来た。
ノエルは、クリスマスの朝、我が家に登場したので、ノエルという名前になったのだけど、鼻黒で、ちょっと寂しげな顔をした茶色い、柴犬風の子犬だった。あくまで風(ふう)で、足先が白く、雑種であることは明白だった。長じて面長で、目の周りにくっきりとアイラインの入ったなかなかの美人さんになったが、なんとも功利的で無駄なことはなにもしない、という、犬らしくない犬だった。犬なんて、無駄な行動と遊びの塊だと思っていた私は、いつもなんだか釈然としない気持ちで彼女を見ていた。ニコリともせずに、いや、夫にはチラッと微笑んで、ほっそりした足先で「ここ掻いて」と、ちょんちょんと夫をつつく。するとデレッと目尻を下げてよ~しよしとわしゃわしゃする夫を見て、なんとも嫌な気持ちになったものだ。社内で気になる気だるげなお姉さんOLという風情で、妙に器用に手、というか、前足を使い、あなたはもしかしてネコなのでは?と、聞きたいことがよくあった。何より驚いたのは、当時ノエルは外飼いで勝手口にいたのだが、その時、勝手口のドアを開けようとすると、ちょうど鼻先に当たるくらいのところに座っていた。それで、そのドアを開けようとしたとき、ノエルは、迫ってきたドアに立ち上がることなく、その姿勢のままちょっと頭を後ろに引いてギリギリドアを避けたのだ。犬の視点から考えたら、見えない力で目の前を大きなドアが掠め、ドアの向こうから人が出てくる、って、ちょっとした大きな動きだと思うのだが、それを、例えこちらが、ノエルが退く猶予を与えるくらいにゆっくりと開いたとはいえ、立ち上がることなく、なんでもないことのように、ドアが当たらないよう頭を引いたのだ。賢いというか、無駄な動きをしないにもほどがある、と思った。ビックリした。
そんな風なお姉さんのところに、預りっことしてやってきたのがジョンだった。
ジョンのことは以前に書いた。
この子はまた、ノエルと正反対というか、人懐こく、無駄な動きの塊で、陽気で無邪気な男の子だった。もともと姉、弟の二匹で飼われていたが、虐待ということで二頭とも保護され、気が強くて人を噛んだという姉と離され、一匹でうちに来た。うちに来たときに、ノエルがいるのは全然気にせず、むしろ、すぐに懐こうとした。が、気だるいノエルはなんだか煩わしそうに相手にしていなかったのが可笑しかった。
二匹で飼うとき、その二匹が仲良くなればいいな、と、誰しも思うだろう。しかし、世の中に溢れる様々な動物動画のような仲良く楽しげなほほえましい関係にならないことも多い。飼い主のうちで出会った二匹が相性がよくないということがあっても不思議ではない。だから、その子達がひどく険悪で、喧嘩をしてばかりで一緒にしておけない、というのでなければ、とりあえず二匹で普通に生活しているのであれば、多頭飼いとしてはそれだけで成功だ、とも言える。ジョンとノエルは二匹ともさほど攻撃的な性格ではなかったので、懐こうとするジョンを、自分の利にならないことには関心がないノエルが、鬱陶しい子ね、あっちにお行き、と、邪険にあしらう、という感じで落ち着いた。それはそれでそういう形で味のあるというか、私たちの笑いを誘うものであった。朝、本当は夫はノエルと歩きたかったらしいが、力の強さの関係で、ノエルをわたしが、ジョンを夫がつれて散歩するのも楽しかった。
7年前ノエルが亡くなり、去年ジョンが亡くなった。
我が家の出来事ではないのだが、先日、末っ子の勤務先でちょっとしたことが起こった。
末っ子は訪問看護師として利用者さんのお宅に行くのだが、その中の一人の、聴覚障がいの高齢者の方が、見知らぬ人から生まれたばかりの子猫を押し付けられて困惑している、というのだ。いきさつは結局よくわからないのだけど、とにかくその利用者さんは障害もあり、とっさにその人に抗弁することもできず、子猫を押し付けられても育てられないし困る、ということで、末っ子と同僚で訪問看護の事務所に連れて帰ったということだった。で、事務所では既に猫を飼っているのでこれ以上は飼えないということになり、とりあえず診察してもらった動物病院で猫疥癬が見つかり、当てにしていた保護ネコカフェでも引き取ってもらえず、あそこはダメだろうか?と、電話がかかってきた。
うちの近くに生体販売をしないペットショップかあるのだが、そこのオーナーが、いろんな事情を抱えた犬やネコを預り、育て、里親を探す、ということをしておられるのだ。すてられたり、野良で保護した子猫や、飼い主が病気で面倒見れなくなった犬とか、連れてこられる子達を守り、新しい家族を探し、高齢で貰い手のない子達は自分の家族にし、常々すごいことだと感嘆している。
捨てネコを捨て置けず拾ってきたけど責任持てないとか、勝手に餌付けをして自分のうちで子供を産まれてしまって困惑、とか、ここに連れてきたらいいよね、って軽く思われても困るのよね!
と、憤りつつ、目の前で口を開ける子にミルクをやり、エサをやり、獣医に連れていき、散歩に行き、と、とにかく育て、守り、神様のようなオーナーだ。近所の警察や動物病院とも繋がり、個人の活動だが、息長く、継続的に発展している。本業のエサとか、グッズの購入ということでうちもお世話になっていたのだけど、時にはアルバイトの人やボランティアのお手伝いの人がいるとはいえ、いつもいつも本当に頭が下がる活躍ぶりなのだ。
え?あそこに?
勝手に保護して連れてくるな!と言われるかも、だけど、どうだろう。
「ネコ疥癬は隔離が必要だから、別のとこで育てる。ケージを用意して待ってるから。」
ありがたいお返事をいただき、末っ子が子猫を連れてやってきた。連絡を受けて私も見に行った。
子猫は二匹いた。
「ジョンとノエルにしたから。名前。」
「え?」
子猫は茶色と黒白の二匹だった。
「茶色がノエル、黒白がジョンにした」
あー、ホントに、ジョンとノエルの色だ。ちゃんと、二匹のこと、覚えてくれてる人がいる。
「なんだかうれしいなー。でも、ネコにジョン、って変じゃない」
といってみたけど、ストーリーがある方が面倒見るのに覚えやすいし、と、笑って言われた。
子猫のジョンとノエル。うちのジョンとノエルと違って、二匹は今のところぴったりくっついて離れないようだ。オーナーの熱く真摯な献身できっと元気に育ってくれるはず。どんな世界が待っているかな。楽しいことがたくさん待っていて、素敵な家族に会えたらいいね。
見知らぬおじさんの手から、末っ子に繋がって、ゆかりのある名前を付けられた子猫たち、これは私も何かせねばなるまい。末っ子がオーナーに届ける、という猫用ミルク、私がお支払させていただきました。