Together ②MV by ディマシュ 感想 & 妄想考察
前回に引き続き、以下は2023年4月9日に発表されたディマシュの『Together』のMVについて、4月27日にFacebookで発表した文章を加筆訂正したものです。「全体像」「時系列」「MV感想&妄想考察」です。
(Dimash 15)
(14,066文字)
(第1稿:2023年4月19日)
動画:『Dimash Qudaibergen – Together』 by Dimash Qudaibergen(公式)
【イントロ/MVってゆーものは…】
まーとにかく。
今回のディマシュのMVは、非常に美しくて可愛らしいのに、ストーリーが分かりにくくて大変だった。
むかしむかし、1981年8月に「MTV」という音楽番組がアメリカで始まり、楽曲のミュージック・ビデオ(MV)が盛んに作られ始めた。その当初から、ストーリーのあるMVは本当によく分からないものだった。
そのMVのテーマがたいてい、ストーリーと音楽(とミュージシャン本人映像)の「2本立て」になってしまうからだ。
たった3~4分のMVに、この2つのテーマを入れなければならず、しかも映像監督や脚本家達はここぞとばかりに自分達の趣味嗜好を詰め込むし、上手くすれば自分達を売り込む手段に出来るから、力入っちゃうし。
ディマシュのMVはどれも潤沢な予算が出ているらしく、監督も脚本家も超~頑張ってるし(笑)
しかも今回は、ちょいハード寄りのSFが舞台で、見せ方はサイコスリラー、なのに推理サスペンスが進行しているという、かなりややこしいスクリプトなので、余計に分かりにくい。
自分は12時間近くかけてビデオの時系列を詳細に書き出してみたからなんとなく分かったけど、普通そんなこと、誰もしないよね……。
【MVの全体像と、登場人物】
(登場人物)
まず登場人物は、ディマシュと、彼の実際の弟と、妹。
3人きょうだいの1番上がディマシュで、2番目が7才年下の妹のラウシャン、3番目が13才年下の弟のマンスール。3人はストーリー上でも3人きょうだいをそのまま演じている。
(全体像)
全体像は、以下の通り。
① ストーリーは、兄の宇宙船が故障し、コールドスリープ装置に避難して眠る兄を、弟が助けに来るという話。
② エピソードは、現実の部分と、眠る兄の見ている夢の部分に分けられる。
③ 夢の中の兄は、2つの人格に分裂している。
A=自分が夢を見ているとは知らず、夢に感情的に反応している人格。
凍りついたコーヒーカップに驚いてぶん投げたり、無重力で浮き上がってしまってじたばたしている時の兄。
B=これが夢であることに気がついている人格。
夢だという証拠を集めて、Aの人格にその事を伝えようとしている。
無表情の時の兄はこの人格だ。
④ 夢か現実か判断がつかない場面もある。
・プロローグの、植物と「OXYGENIUM」(酸素)を見つける場面。
・兄の宇宙船のソファで兄弟が歌を歌う場面と、TVゲームに興じる場面。
どちらも「事故前のエピソード」とも「弟がここにいたらいいのにという兄の願望が作った夢」とも取れ、1回見終わったあとは「弟が兄を助けてから、地球を目指すまでに起きたこと」とも考えられる。
(リスナーのスキル)
さらに、ストーリーを理解する上でリスナーに必要なスキルがあって、「兄の表情の有無を見分けられるか」と「兄と弟の顔を見分けられるか」の2点。
だが、私のようにディマシュ沼にすっかり落っこちて毎日動画を見てるようなファンならともかく、普通のリスナーには無理ですって💦
(おまけのティザー動画)
(最初の投稿の時ここに埋めたIG動画のアカウントが非公開になったため、動画を差し替えました。’24年3月28日付)
下の動画は、TikTokでのティザー。
ディマシュが宙に浮く場面はMVとは別撮りで、もっとじたばたしているディマシュが見れます(カワイイ)。
動画:dimash_official_dqのTiKToKより 2023-4-11
【ストーリーの鍵】
ストーリーを理解する上で重要なシーンは、3つある。
始まって2分30秒後、「ヴァース2」が始まってすぐのあたり、目を閉じて立っている兄(ディマシュ)が、透明な筒状の装置の中でうなされているシーン。
これはコールドスリープ装置。
「コールドスリープ」は和製英語だ。英語圏では冷凍睡眠(cryogenic sleep)とか、冬眠(hibernation)と言うようだ。
このMVの脚本家はcryonicsと話していた。
この装置が出て来て初めて、兄の身に何が起きているのかが明らかになる。彼がぶん投げた凍りつくコーヒーカップは、宇宙船の故障で起きた船内温度の低下や重力の喪失とともに、兄の「冷凍睡眠」、この両方を暗示していることに気がつく。
次に重要なのは、その少し前、「プレ・コーラス1」の1分30秒。
弟 が電子機器の乗った机の前に座り、マイクで誰かと交信しているシーン。相手はもちろん、兄だろう。
横顔の弟の口許にあった笑みが急に消えるので、この時兄の宇宙船に異変が起きたと思われる。
前のシーンが無重力になった船内に浮かんでしまった兄の姿。次のシーンで凍ったカップが空中でゆっくりと回る様子が映るが、どちらも弟が察知した兄の窮地を暗示している。
そして3つ目、3分23秒、「コーラス3」の終わり頃、弟が電子機器の机に座って、なにか作業をしているシーンが映る。
弟の両手の上あたりに白い煙が立ち登っていることと、弟の道具の持ち方から見て、おそらく弟は「はんだごて」で機器の電子回路を「はんだづけ」していると思われる。弟は兄の宇宙船に到着し、船の故障を直していることになる。
この3つのシーンが、ラストに兄が目覚める前までのストーリーの中で、現実に起きていることではないかと考えている。
あとはたぶん全部、兄の夢だろう。
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【時系列】
では、ストーリーの時系列を追ってみよう。(ちょっと長い)
(プロローグ、音楽なし)
どの惑星か、または衛星かは分からないが、船外活動用の宇宙服を着た2人の宇宙飛行士が星の表面を歩いている。
彼らが植物を発見するこのシーンでは、舞台が宇宙であることと、「OXYGENIUM (酸素のラテン語名)」が分かればOKだろうと思う。
初見では、ストーリーが始まる前に2人のミッションが成功した場面かと思ったが、2回目以降は弟が兄を目覚めさせたあとの出来事とも思える。
さらに、これも実は兄の夢で、彼は眠りながら宇宙船の酸素残量を気にしていると取れなくもない。
これ以降、ストーリーはサイコスリラー化するので、最初のこの段階で、この曲のメインテーマである「2人が揃えばやり遂げられる」という明るいイメージをリスナーに見せておく必要もあったと思う。
弟「兄貴、やったね! ミッション成功だね!」
兄「そうだな、おまえのおかげだよ」
みたいな会話を妄想中(笑)
(イントロ ~ ヴァース1 ~ プレ・コーラス1)
ベッドに腰掛けた兄の後ろ姿や、朝の光を見る彼の横顔の目は、プロローグとは別人のようにミステリアスで感情が無い。
これは、全体像で見た③-B、自分が夢を見ていることに気がついている人格のようだ。便宜上この人格を「探偵D」と呼ぶ。
もしかしたら夢の中ではもう何度も朝が来ていて、時間ループのようになっているのかもしれない。
だが、次の場面でコーヒーカップを持ち、左手の指に装着したデバイス (ちょっとカッコいい)でホログラムを操作しているのは、夢の中でこれが夢だとは知らず、現実だと思っている人格③-Aだ。
これがループする夢だったとしても、Aの人格の兄は毎回、凍りつくカップに恐れおののき、重力が消えて浮き上がる自分に困惑する。
夢のループ中に蓄積していく同じ感情によって、「探偵D」はこれが夢だと気がついたのかもしれない。
そして次のシーンで、弟が兄の宇宙船との交信が急に途切れたことに気がつく。
ちなみに、兄がホログラムを操作して出現させた「青い星」の姿は、2015年にNASAの太陽観測衛星『STEREO-A』が写した「青い太陽」を模しているのではないかと考えている。
それは、衛星に搭載された「極紫外線撮像装置」が171オングストロームという、人間には見えない波長で太陽を写した写真だ。(注1)
『STEREO-A』は地球より小さい軌道で太陽を周回するため、地球が太陽の向こう側に隠されてしまう時期がある。衛星はこの時期には地球との交信が出来なくなり、その間セーフモードに入る。セーフモードとは、機体の健全性維持のため重要な機能以外を自律的にシャットダウンすること。「青い太陽」はその期間に地球から確認出来ない太陽の側面を捉えたものだという。
それはまさに、兄の身に起こる出来事を暗示した画像だと言える。
この「青い太陽」かもしれない画像の前で、兄の体は突然宙に浮き、地球との交信を失うのだ。
(コーラス1~ブリッジ)
コーラスに入る頃、凍ったコーヒーカップがくるくると回りながら部屋の中を漂っている様子が映る。これは宇宙空間で制御を失った兄(の宇宙船)がひとりぼっちで漂っている様を暗示しており、彼と彼の宇宙船の「依る辺無さ」を感じさせる役割を持っている。
地球を映し出しているTVモニターのある部屋に兄がやって来て、ロケット発射の様子を見ている。このロケットに弟が乗り込み、自分のもとに向かっている、と③-Aの兄は考えているようだ。
弟が兄の宇宙船の異変に気がついた時にどこにいたのかははっきり分からないのだが、インテリアの様子から見て、兄と同型の別の宇宙船に乗っているものと思われる。なのでロケット発射も、兄の夢が作った出来事だと思われる。
兄は、立場が逆でも自分がそうするように、弟が自分を助けに来るだろうことを信じていて、弟が近付いている予感を、背後に聴こえる兄弟2人の歌として感じている。
歌の気配に気がつき、兄が振り向くと、背後のソファ、歌う自分が座っていたソファに白い布が掛けられ、まるで人間が座っているかのようなフォルムを作っている。
不振に思った兄は、その薄気味悪い白い布を取り払う。
サイコ系または心霊系の映画でよく見る演出だ。
たいてい、布の下には死体がある。
でなければ……
(ヴァース2 1/3)
なんとそこには、自分が座っていた。
そう、でなければ、布の下にいるのは、もうひとりの自分なのだ。
ソファに座っている兄は、感情の無い恐ろしい目で、横に立っている兄をゆっくりと見上げる。
自分の姿に驚く兄は、思わず自分の顔を確かめようとして頬に手をやる。すると、兄の顔は弟の顔に変化していた。
初見ではまだ「探偵D」に気がつかなかったので、この恐ろしい目のディマシュの表情を、最初は日本の怪談映画でよく見る「強く恨んでいる幽霊」の目だと思ってしまった。
兄は弟を恨んでいるわけではないが、「この状況を変える=白い布を取り払う=(コールドスリープ装置に外部からアクセスして眠りを覚ます)ことが出来るのは弟のお前だけなのに」と思っているのだろうか?と。
だが「探偵D」を発見したあとでは、この白い布の下の兄は、夢を見ている自分にこういう形で接触し、まだ分からないのか?と目で問いかけているように見える。自分を外から見るように、客観的な視点で見ろ、自分だと思っている顔が弟の顔に変わるような不可解が起こるのは、これが夢だからなんだぞ、と。
(ヴァース2 2/3)
次のシーンで、このストーリーの鍵である「コールドスリープ装置」が出現する。
夢で自分の顔が弟の顔に変わったことを確かめたその右手の指が痙攣し、うなされるように身動きする兄。コールドスリープからの覚醒が始まっているのかもしれない。
ちなみにディマシュ関連でコールドスリープが出て来るのは2回目だ。
最初は2017年中国TVのバラエティー番組での短編ドラマだった。
dearsならきっと見てるだろうから、ハードSFのガジェット(小道具)だけど、理解してくれるかなと制作側が踏んだ可能性もある。(注2)
(ヴァース2 3/3)
赤いライティングに染まった廊下と、赤い暗室。兄は暗室に吊り下げられた写真の1枚に目を止め、その時の出来事を思い出す。
髪の長い少女がバースデーケーキを持って歩いて来る。
家具の鏡に映る兄弟はソファに座り、笑い合っている。一般視聴者はこのエピソードで初めてこの2人が兄弟だと知ることになる。
この少女がディマシュの実の妹のラウシャン。
このエピソードを撮影した日か、次の日が、実際に弟マンスールの誕生日だったようだ。
また、ソファで笑い合う兄弟の背後に2枚の馬の絵と、灰色の馬のオブジェが飾ってあるが、3人の出身国カザフスタンの国章には、国の神話に登場する馬が左右に2頭描かれている。MVの2枚の絵などはその神話の馬かもしれない。なので、3人きょうだいの場面は地球の自宅での兄の記憶と考えられる。てゆーか、それ以外ないすけどね。
撮影場所は、宇宙服や室内用スーツの胸に書かれている「nef」という名前のカザフスタンの住宅デベロッパーが提供した高級住宅の室内だそうだ。
(プレ・コーラス2)
夢の中の兄の思い出は続く。
自撮りする妹に兄と弟が駆け寄って来て彼女を囲み、3人で画面におさまる。「何なのよ~ふたりとも!」とでも言うような表情の妹。
ディマシュの一族は全員が本当に仲が良く、お互いに何のわだかまりも無く愛情を向け合う姿を様々な動画で見ることが出来る。
このスクリプトを考えた脚本家や監督も、3人きょうだいの様子はこの場面で兄が見ている夢と同じく、夢のように美しいと思ったに違いない。
廊下や暗室の赤い色は「危険」を暗示し、夢を見ている兄も、自分の身に迫る危険(船の故障、OXYGENIUMが暗示通りなら酸素供給のタイムリミット) を思い出し始めており、危険が大きくなればなるほど家族に会いたい思いがつのっていく。
(コーラス2 1/2)
別の写真に手を触れて、夢を見る兄がさらに別の夢を見る。
自分の船に到着した弟と、TVゲームに興じる兄。
2人が装着しているのはVR(バーチャルリアリティー) ゲーム用のゴーグル「メタクエスト2」で、視界360度に立体的な空間を作り出す装置。
つまりこの場面は、コールドスリープの「夢」の中にいる兄が、弟とTVゲームをする「白昼夢」を見ていて、その白昼夢の中の兄弟はVRという「夢に近い空間」の中にいるという、3段階に夢の世界が重なった、非常にトリッキーなシーンになっている。
ただ可愛く遊んでるだけに見えますけどもね。
これは、命の危険にさらされた兄が、自分の精神を守るために逃げ込める唯一の場所が、家族の愛情の中だったことを示している。絶望的な状況でも兄が希望を失わずにいられるのは、そこに行けば自分を迎えてくれる「愛」が待っていることを知っているからだ。
その「希望」を象徴するシーンが、5回ほど繰り返し出て来る「ソファで歌う兄と、ギターを弾く弟」の映像だ。
この曲のメインテーマは、歌詞の中の「sing with me and we can make it (- together)」(歌おう、僕達が一緒ならきっとうまくやれるさ)。
歌の中で2回繰り返されるこのフレーズの時、ソファで歌う兄弟のシーンが2回とも、映されている。
(コーラス2 2/2)
バスルームの洗面台の前に立つ兄。
鏡の前の兄は夢を見ている人格Aだが、鏡の中の兄は「探偵D」だ。
「探偵D」の表情の無い冷たい目は、「見ていろ、これが夢だと証明してみせるぞ」と言っているかのようだ。
兄Aが洗面台に顔を伏せ、次に顔を上げると、またしても自分の顔が弟の顔に変化する。
弟の顔の兄は少し驚いたような目をするが、これが夢であることに気がつき始める。
私が「探偵D」の人格に気がついたのも、この場面からだった。
(コーラス3 1/2)
バスルームから出た兄は、赤い廊下をどこかへ向かって歩き始める。
画面が1回転する様子は、夢を見ている兄の混乱を暗示する。
廊下の壁に手をついて苦しそうに息をする彼の姿には、現実の事故の際、コールドスリープ装置に向かっている時に、薄くなる酸素に苦しんだ記憶が混ざっているように見える。
(コーラス3 2/2)
次は3回目の現実のシーン。
弟が「はんだごて」で故障した電子機器の回路を修理しているらしい。
手元から上に向かって、白い煙が見えている。
凄い重要なシーンなのに、わずか2秒なんすよここ。故障した兄の宇宙船に到着して直してるんだろうけど、一時停止しないとわからんって……。
(ヴォカリーズ)
続いて同じ電子機器の机から兄が立ち上がり、正面の壁の前に立つ。
この、とてもよく似た兄弟をどうやって区別するかが非常に難しい。
兄の方が顎が発達しており、弟はまだ16才なので顔が幼く顎が未発達なことと、椅子から立ち上がる所作がディマシュの動き方だということぐらいしか見分ける手掛かりが無い。
兄弟の服の色を変えたらどうよ?とも思ったが、全体の色彩構成の美しさが崩れるだろうしなあ。
ここはもう、気合いで見分けて頂くしかない。
正面の壁には写真が何枚も貼られ、刑事ドラマで見かけるプロファイリング作業をしたような線が引かれている。この線はよく見ると「編み物で使う毛糸」だった。ホントに赤いのかもしれない。
写真は「バースデーケーキを持つ弟」や「弟のストラトキャスター(エレキギターの種類)」「妹らしい人物」。他は分からない。
兄は一番上の写真を見つめたあと、そばの黒板に何かを書こうとする。
黒板には「red room(赤い部屋)」、その下に「MANSUR(弟の名前)」、左上に「GRAVITY(重力)」と書いてある。
兄はその真ん中に「 Is it dream?(これは夢か?)」と書いた。
夢を見ている兄も、自分が夢を見ていることに、ついに気がついた。
(コーラス4)
それと同時に、兄は何かの気配を感じて顔を上げ、目を凝らし、耳を澄ませる。
コールドスリープ装置の中で眠っている兄の姿。
そこへ、弟がやって来た。
弟は右手を透明な筒にかざすと、
「ドン!」
もう一度、
「ドン!」
その音の衝撃波で、兄が今まで見ていた夢が巻き戻り、彼はようやく目を覚ます。
兄は弟の方へゆっくりと顔を向けると、笑顔で自分を見ている弟を見て、うっすらと微笑む。
(アウトロ)
2人が宇宙船のコックピットのソファに座り、左側の兄が、右手のデバイスでコンソールのホログラムを出現させる。宇宙船はおそらく弟の船だろう(兄の宇宙船は故障したので)。
昨年打ち上げられた、宇宙飛行士の若田光一さんが乗った「クルードラゴン5号」では、船長 (コマンダー) は左側だったので、この場面でも兄が座っているのは「船長」の席のようだ。弟が席を譲ったのかもしれないし、弟は兄とのミッションでは、年齢的に乗組員(パイロット)の設定なのかもしれない。
だが兄は、青い円形の「発進スイッチ」を複製して、片方を弟の方へスライドさせる。
「お前ももう、立派な船長だよ」
弟は兄の意図を察して兄に笑いかけ、兄も口許をほころばせている。
ホログラム画面には「次の目的地」に「地球」と表示された。
後ろ姿の兄弟が、同時に青い円に触れる。
宇宙船は、地球へ向かって飛行を開始するのだった。
めでたしめでたし。
**********************************
【MV 感想&妄想考察】
(共通認識)
個人的に驚いたのは、このMVのストーリーの骨格と、自分が4月5日にFacebookに投稿した「歌の妄想ストーリー」の骨格が、かなり似ていたことだった。
「隔絶された部屋にいる」
「心や魂の領域で起きている」
「1人の人間の意識が、2つに分裂している」
「ひとりは状況に混乱し、もうひとりはクリアな意識を持っている」
「クリアな方が、混乱した方を助けようとしている」
「最後に、ふたり揃って遠ざかる」
MVの脚本家と監督も、この曲のデモ(音楽のみ)を聴いて、たぶん私が感じたのと同じ印象を受けたんだろうと思う。
そうかー。
私がディマシュの歌を聴いて受ける印象やイメージは、漫画出身でパロディ漫画を描いていたような、ちょっと空想が激しい人間の頭が勝手に考えた連想や妄想だと思ってたんだが、わりと他の人とちゃんと共通しているのかと思って、ちょっと、いや、かなり安心した。
MVの脚本家は、「ディマシュの音楽は、現実とファンタジーの境界線上にあるものだ」「MVのコンセプトとして、必然的に"夢と現実の融合"が浮かんだ」とインタビューに答えていた。
ほんとにその通りだなと思う。
(目覚めの方法)
さて。
このMVのメインモチーフは、兄がコールドスリープ装置で眠っていることから、『眠れる森の美女』、通称「眠り姫」に題材が取られていることがわかる。(注3)
「眠り姫」は、③-Aの夢を見ている兄で、宇宙船のアクシデントという「呪い」によって眠ることになり、その眠りから目覚めることが出来ないでいる。
で、みんなが知ってるディズニーアニメの「眠り姫」は、王子のキスで目を覚ますわけで、このMVでも、やって来たのはまさに若き王子様、16才。
だがこの2人、ドラマ上でも現実でも、実の兄弟なのだ。
私は初見の時、弟はいったいどんな方法で兄の目を覚ますのだろうかと、ワクワクドキドキしながら見てたわけですよ。
そしたらなんと……
「ドン!」
ですよ、
「ドン!」
装置の透明な筒を、叩いただけだったという(笑)
もう、笑いが止まりませんでした、あんまりにも可愛らしいオチで。
無理矢理こじつければ、2人ともミュージシャンなので「音」がパスワードみたいなものだったと言えなくもないってことでしょうかね。
(印象深い妹の役割)
以上のように、ストーリーは超難しいし、ディマシュは2人いるし、宇宙で不思議なことは起きてるし、兄弟は見分けがつかないし、ミステリアスなMVなんだけど、見終わったあとに残るのは、曲の明るさと、3人きょうだいの幸せそうな雰囲気だ。
特にディマシュの妹が非常に印象的だった。彼女がバースデーケーキを持って近づいてくる姿は「儀式のための水盤を捧げ持つ巫女」のように見える。このイメージは、コールドスリープで眠る兄にとって、3人きょうだいの記憶がとても神聖なものだと思わせる。バースデーケーキだから、祝福の女神かもしれないな。
(恩恵と呪い、ディマシュの不運)
白い布の下にいた、もうひとりの兄の無表情で冷たい目。
これは、ディマシュ本人が自分を客観視している時の「顔」ではないかと思う。
ディマシュのインタビューを見ると、本人が自分を非常に厳しく律していることがわかる。
彼は「声」というギフトを「創造主 (または自然)」から与えられたが、それは人間にとって「恩恵」ではあるのだが、裏を返せば一種の「呪い」でもある。
凡人の我々は、天才が神様から与えられた「才能(ギフト)」を羨望するが、それを神様が望んだように開花させ、維持させることがどれほど大変か、ほとんど全く知らない。
とにかく大変だ。ディマシュがインタビューで答えた内容によると、毎日3~4時間の発声練習、冷たい飲み物は飲まない(コーラかジュースを飲んでいても、コップに水滴が全く付いていない)、喉を守るためにしゃべらない日もある、その他、本人がそれを特殊なことだと思わずにやっていることがもっと数多くあるはずだ。能力を維持するためにそれらを毎日全部やらなければならない。
そして、本人は自分が望む領域にはたどりつけていないと、毎日毎日、自分に失望しながら生活することになる。
しかも本人は、なぜ自分がそこまで「それ」をやるのかわからないまま、「ギフト」に人生を縛られ、自由意思を奪われてしまうのだ。
神のギフトとは、そういうものだ。
そして、ギフトの恩恵が大きければ大きいほど、試練もまた大きくなる。
今までのディマシュの音楽活動における大きな試練は、
1:アメリカのスター発掘番組を、番組側の不誠実さが原因で、彼が途中棄権したという事件。
2:COVID-19によって、彼のハイノートが最も美しかった(かもしれない)時期にコンサート活動が出来なかったこと。
3:ロシア・ウクライナ紛争によって、中国に次いで大きなファンダムがある両国での音楽活動や、ロシアの作曲家との縁を、現時点で政治的に絶たれている(ように見える)こと。
この3つがあるが、どれもディマシュ本人の落ち度ではない。
しかもこの3つとも、「中断」や「停滞」であり、自分のあずかり知らぬ理由で眠らされた「眠り姫」と同じカテゴリーの出来事だ。
コールドスリープ装置の中でうなされながら眠る兄の姿は、一見輝かしく見える彼本人の経歴の裏に隠された「不運」を暗示しているように、私には見える。
「探偵D」の冷たい瞳は、その「不運」を乗り越える道を探し出そうとしている瞳なのだろうという気がする。
(弟、マンスールについて)
一方、現在16才の弟マンスールは、まだ子供の年齢域にいるためでもあるが、彼が兄に向ける笑顔は、このMVでも、ライブなどのステージでも、普段の生活の写真などでも、びっくりするくらい無邪気で忌憚のない目をしている。こんなのが横にいたら、この子もしかして天使ちゃうか?と思っちゃいますよマジで。自分を冷たく見ている「探偵D」から見ても可愛くて仕方がない弟なのだろう。
そして、私の妄想上では、この弟の「天使性」は、地球規模の「不運」に翻弄される兄にとっての「救い」であり、何らかの突破口を開く鍵となる可能性を秘めているように見える。
なにせこの弟は、この曲を15才で作曲したくらいだ。
ディマシュは「作曲も楽器も、自分より才能あるかも……」と思っているかもしれない。(←漫画脳の妄想です)
ちなみに現在21才の妹ラウシャンは医大生で、兄のコンサートの進行とプロンプト役を務めている。兄の全曲の歌詞から、約4時間におよぶ複雑なステージ進行(まーびっくりするほど複雑)を全て記憶しており、段取りをすっかり忘れてステージで話に夢中になっている兄を、イヤモニ越しに大声で怒鳴りつけたりもしているらしい。
ディマシュは「妹が3人の中で一番頭が良いしな……」と思っているかもしれない。(←漫画脳の妄想です)
(呪いがもたらす不運と幸運)
ディマシュのファンのdears全体のうち、半分ぐらいは彼の運命の重さや過酷さを知っているだろうと思う。だから、このMVでの彼のあの恐ろしい表情は、dearsにとっては非常に納得出来る意味を持ち、なおかつ、その対照としての楽しそうな彼の笑顔が記憶に残る。
そして、この曲や、ディマシュの全ての歌の一番大きな特徴は、歌詞にもある「このありふれた日常の迷宮」を、束の間、完全に忘れることが出来るという、ある種の魔法を持っていることだ。
COVID-19以降、我々の文明は大きな転換期とそれに伴う混乱期に突入した。あらゆる分野で露呈する劣化と分断、長年の怨嗟の噴出、美徳の喪失、責任の欠如、など。
「日常の迷宮」というよりも「混沌の迷宮」と言ったほうがいいかもしれないが、先が見通せないこの不安定感は、ある種の面白さはあるのだが、時には活力が削られていくような気になることもある。
しかも、私の息抜きの場である音楽も現代産業のひとつなので、社会的変化の影響をいやでも受けてしまっている。
ところがディマシュの場合、先に上げた彼の3つの「不運」によって、彼の音楽世界や、彼の魂の最も美しい部分が、現在の人間社会の精神的な混乱や混沌をもたらしている「何かの侵食」から、しっかりと守られているようなふしがある。
このMV全体と音楽のイメージが、なんだかとても「健全」で「健康的」で「幸せそう」なのだ。
これは、ディマシュの「呪い」に起因する3つの「不運」がもたらした、不思議な「幸運」ではないかと思う。
その雰囲気が結界のような役割を作り出し、このMV全体とサウンドの持つ、混じり気無しの非現実性と愛らしい天真爛漫さ……おそらくこの3人きょうだいに共通した性格だろう……によって、視聴者は心おきなく混沌きわまりない現実を忘れ、この「SFおとぎ話」の世界を、可愛いなあとニコニコしながら見ているうちに、現実の影響で失った活力を取り戻すことが出来るのだ。
人の運命とは、ことほどさように人の理解の埓外にあり、運の良し悪しの判断は一概には出来ないものなのである。
【まとめ】
結論としては、このMVのスクリプトは複雑だが意外と良く出来ており、30分程度のドラマで見てみたい気もすると思った。
画面構成や色彩、インテリア、宇宙服などのデザインも、非常に上品で、美しい。
またストーリー上の暗示の部分が、計らずもディマシュの内実を描写する結果になっていて、おそらくは彼のあの駄々漏れの表現力をキャッチした結果なのだろうが、監督や脚本家は本当に良い仕事をしたと思っている。
・MV撮影の舞台裏を編集した動画。
『ДИМАШ БЭКСТЕЙДЖ НОВОГО КЛИПА / ПЕРЕВОД( DIMASH の新しいビデオの舞台裏 / 翻訳 )』
by DearsDimash EurasianFanClub 2023/04/09投稿
右側に英語翻訳あり。
「カザフのアーティストの生活は過酷で、見せられたもんじゃないよな」
【おまけ】
それはそうと、なぜ兄弟が宇宙の惑星の表面で、ヘルメット無しで音楽が演奏出来ていたのか?という謎だけど、無理矢理こじつけよう。
太陽系内には、人間が呼吸出来るほどではないが、大気が存在する惑星や衛星は少なくない。
背景の宇宙空間や星の表面の様子から、ここは土星の衛星「レア」かもしれない。最も大気が濃いのは「衛星ガニメデ」のほうだが、この衛星は靄が濃く、こんなにはっきりとは周囲が見えないだろう。(注4)
そして、ここからはMVのおとぎ話になるのだが、兄弟はこの衛星で植物を発見し、酸素があることに気がつくと、慎重に調査した結果、人間が呼吸できることがわかった。
そこで2人は「わーい!」とヘルメットを脱ぎ捨て、楽器やマイクを持ち出して、即興で作った、
『僕たちのハンサムな顔を見て!』
というタイトルの喜びの歌を歌い始めたのでした。
ってことで(笑)
(終了)
【注解】
(注1)青い太陽
記事:『NASAが公開した「地球からは見えない太陽」が青いワケ』
(注2)中国TVのドラマ
動画:『【英語】幻楽之城 - If I Never Breathe Again / When You Believe (日本語字幕)』By MsLijeBarley 2018/11/25
・動画概要欄より、中国、湖南TVの音楽バラエティ番組『幻楽之城』
2018年9月14日放送回。
・この番組のショートストーリーの中で、ディマシュが演じた主人公が、「コールドスリープ装置」を利用する。番組では「ハイバーネーション(冬眠)」と言っている。これは録画ものではなく、生放送でのライブ・ドラマという、非常にチャレンジングな内容だった。
(注3)「眠れる森の美女」
ディマシュのMVを見ていると、よく童話のモチーフを連想することが多い。『眠れる森の美女」は、前回の『ZHALYN』でも私の勝手な連想として出てきたが、このMVでは実際に主題として使われていたので驚いた。
だがこの程度は序の口なのである。
次に感想文を投稿する予定の『The Story of One Sky』では、主題とされた童話の使われ方がもっとすごいことになっていた。
(注4)土星の衛星
なぜ土星の衛星「レア」(と仮定して)に植物があったのか。
これについては謎ではあるのだが、SFファンなら、ある映画を思い出すかもしれない。
アメリカのSF映画『サイレント・ランニング』(1972)だ。
『2001年宇宙の旅』などの特撮を手掛けたダグラス・トランブルの初監督作品で、1979年5月、テレビ朝日の『日曜洋画劇場』の放映が、日本初公開となった。自分は当時その放映を見ていたが、とても印象に残る映画だった。
地球が完全な人工の世界と化した未来、地球上の植物は絶滅し、土星軌道上の貨物船に接続された「植物ドーム」にわずかに残るだけになっていたという設定のストーリーで、この「植物ドーム」は、主人公の植物学者によって地球からの破壊命令を逃れ、宇宙を漂うことになる。
主人公と一緒にいたロボット2体(実際には3体)が、とにかく天使のように可愛らしく、遠ざかる「植物ドーム」の中で植物に水をやる1号の姿に号泣したものだ。
(その後、私は同じような光景を目にするのだが、それは宮崎駿監督のアニメ映画『天空の城ラピュタ』のロボットだった)
最初にこの『Together』MVのティザー動画を見た時、真っ先に頭に浮かんだのがこの映画だった。あの時宇宙に逃れた「植物ドーム」から、何らかの理由で植物が土星の衛星にたどりついて繁殖を始めたという裏ストーリーが、このMVにはあるのではないかと、私は考えてしまったのだ。
それが合ってるかどうかはわからないが、つじつま合わせにはぴったりの映画なので、ここに記しておく。