バレンタインデーに惚れ薬
バレンタインデーに惚れ薬
ポンと昔の昔のことじゃよ。
安芸の国(あきのくに)っちゅうから、いまの広島県に一人の男がおったそうな。
ある日な、男は伊勢の国の神宮までお参りに行くことにしたんじゃと。その旅の途中、大坂(おおさか)で、鴻池(こうのいけ)という大金持ちのお店の前を通ったんじゃと。するとな、お店の中に、それはそれは綺麗な娘さんがおったんじゃと。
「男として生まれてきたからにゃぁ、こういう綺麗な人をお嫁さんにせにゃぁなぁ。どうしたら連れて帰れるかのぉ。」
男はお店の品物を眺めながら、その娘さんも眺めながら考えておったんじゃよ。
(そうじゃそうじゃ、惚れ薬を振りかければ良いのぉ)
男はそう思いつくと早速、薬屋をあっちこっち見つけて、やっと惚れ薬を手に入れて戻ってきたんだと。惚れ薬とはな、イモリの黒焼きと、あとなんか色んなのを入れて作った薬でな、それを振りかけられると、どんなものでも、その振りかけた人を大好きになってしまうっていう面白い薬なんじゃよ。鴻池のな、店に戻ってみるとな、まだあの綺麗な娘さんがニコニコしながらいたんだと。男はな、よっしゃ!、と急いで惚れ薬を出すとな、パッと娘さんに向かって振りかけたんじゃよ。ところがな、なんとその惚れ薬はな、娘さんの手前にあったお米を入れる大きな箱の米櫃(こめびつ)にかかってしまったんじゃと。こりゃぁしまった、と男は思ったんだけれども、もう遅いわなぁ。米櫃はいきなり、ゴロゴロと転がって男の後をついてくるんじゃと。
「待ってくだされ」ゴロゴーロ、
「連れて行ってくだされ」ゴロゴーロ、
「いとしゅうございますぅ」ゴロゴーロ、、、
男はなワーワー叫びながら逃げたんだと。世の中で何が辛いって米櫃に追っかけられるほど辛いことはないってなぁ。
ほんと、おしまい。
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