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【感想・ネタバレ】セレクトオブリージュがとても好きだったという話

セレクトオブリージュとハミダシクリエイティブのネタバレを含みます。他メーカーを含むいくつかのタイトルは出ますが、その他のネタバレはありません。

はじめに

はじめに・ピーキーさについて

 「セレクトオブリージュ」はピーキーな作品だと感じました。商業のピーキーな美少女ゲームというと前近代(2008~2012くらいのイメージです)では「霞外籠逗留記」「素晴らしき日々」「はるまで、くるる。」など、もう少し近代に近づいた場合「景の海のアペイリア」などが思い浮かぶかもしれません。それらはピーキーではないと考える人も多いと思います。重要なことはその点です。どの方面から見て何がピーキーであるかというのは、ピーキーという概念の射程の広さから、単語だけでは絞りきれません。

 「セレクトオブリージュ」をピーキーだと呼ぶのは、キャラゲー、ひいてはまどそふとのブランド名を押し出したキャラゲーとしてピーキーな試みをしているように感じた、という意味で捉えていただきたいです。

 具体的にどの作品がピーキー「ではない」かというと、「ワガママハイスペック」や「ハミダシクリエイティブ」です。ハミクリは体験版部分が一番きついと言われる中、体験版部分で既に大興奮していた僕の場合かなり説得力に欠けるかもしれませんが、まどそふと、ひいてはキャラゲーというジャンルでハミクリは非ピーキーな形で異常な完成度を持っていると感じています。この分野で誰かに勧めるなら、僕はハミクリです。未だにこの作品に完全に脳を焼かれています。

 ピーキーさの話に戻りましょう。ハミクリでいうなら、このnoteでいうピーキーな部分は序盤のお兄の駄目人間ぶりです。ここがかなり苦しいが、耐えれば一気に開けてくるという方をよく見ます。

 もちろん、序盤のお兄が駄目人間であることには理由があります。デバフ特化型実妹(何?)という異常存在であるひよりんが徹底的に丹精込めてお兄をデバフ漬けにしているからです。お兄は本来そんな人ではないのにこうなってしまっているから、くじ引き会長の話が始まるわけです。

 もちろん体験版の時点からお兄には変なところがありました。アメリをどうしても助けてしまったり、物語開始時点の前で新川くんにとても懐かれていたりです。たとえば僕のような人間はそこにお兄の面白さを期待したわけですが、それは「深く読めば体験版の時点でお兄の良さは先読みできる」ということを意味しません。

 そもそも留保や疑問点を付しながら読んでいくという形は、「キャラゲーに求めているものとは違う」という人も多々いらっしゃるはずです。そういった場合、体験版の時点でお兄の「おっ」となる部分があったとしても妹の金でガチャを回している姿はそれだけで既に強いノイズです。こういったノイズをより除き、主人公やサブキャラクターを含めプレイ時間の最初から最後まで安心して魅力が総じて高いとなれば「千恋*万花」などが挙げられるでしょう。

 という話をするとピーキーであることは一般化してマイナスであるように見えますが、必ずしもそうではありません。たとえばハミクリの「お兄」に体験版の時点で僕が強い興味と好意を持ったように、ピーキーさが刺さることがあります。とはいえ、それはリスクを高める要素でもあるでしょう。

 キャラクターの個性という点ではハミクリのひよりんは尖りまくっています。外面は人当たりがよく、しかしながら内面は深く閉じ、そう上手くはいかないと思いつつも、兄をデバフ漬けにして二人ぼっちになろうとしている実妹は異常存在です。ただ、だからといってプレイヤーを多く振り落とすヒロインなのではなく、むしろ尋常ではなく人気が高いです。

 つまり、ここでは「個性的」と「ピーキー」に別の意味合いを乗せて語っています。ピーキーなキャラクターの個性は尖っているのですが、より人を選ぶ、振り落とされる可能性が高くなるものとしてここではピーキーと扱っています。安定性を求めるなら個性が尖っていて、かつピーキーでないことがよいです。個性的なキャラクターが多数登場して魅力が高く、プレイヤーが脱落するおそれもちいさい。そういった意味でキャラゲーのオススメを訊かれたらハミクリを推薦するだろう私です。

 「セレクトオブリージュ」はピーキーです。体験版冒頭から拷問です。キャラゲーに柔らかな癒やしを求めている場合、この時点で既にきついです。さらに龍司くんがいます。体験版時点でのやられ役、そして多くのルートで敗北者としてフェードアウトしていく龍司くんの存在はこの世界にある「悪意」として強調されます。この作品には棘があることをこれでもかと示されます。たとえばハミクリにおいて共通ルートの時点でお兄が苦手だと思っていた人たちが、共通ルート中すぐによく付き合ってみたら良い人達だった、と柔らかに示されるのとは対照的でしょう。「セレクトオブリージュ」には敏感な「悪意」と「警戒心」が常に漂っています。作中世界の日本で唯一のスラムである珠賀良区から一発逆転を狙う主人公である凪くんは、だからこそ「手負いの獣」と評される状態でした。周囲に警戒されていると共に、主人公自身もまた周囲を警戒している。それが「セレクトオブリージュ」のはじまりです。こういった世界における人間関係とその変遷を描いた作品が「セレクトオブリージュ」だと一面的には言うことさえできます。

 こういった棘のあるピーキーさ自体は珍しいものではありません。

はじめに・ギミックについて

 「セレクトオブリージュ」には伏線を張って張って張り巡らせて回収する、というたとえば先に挙げた「はるまで、くるる。」や「景の海のアペイリア」のようなシナリオギミックで叩き込む構成をしていません。

 あるいは、「さくら、もゆ。」のように壮大かつ極めて長大なシナリオで泣かせにくるようなこともありません(こちらもメモをとりながらプレイしても整理が大変なゲームですが、よくわからなくても情緒をぐちゃぐちゃにしてくれます)。

 偏執的なまでに設定を作り込むということもありません。「珠賀良区」のようなものがなぜあるのかという説明はありますが、徹底的には落とし込まれていません。「バアさん」の影響力についてもなぜそこまで高位高官に話をうまくつけられるのかの説明はありますが、詳細は掘り下げられません。「オートマタ」に載せる「AI」や「心」についても詳細な議論は省いています。

 これらは露骨に切り落とされています。「AI」に関する技術的な議論や「心」についての哲学的議論など素人でもやろうと思えばいくらでもでき、むしろつい書きそうになってしまうところ、紙幅を割かずにばっさりやります。

 「やりたいことのために必要なものを持ってきて、必要以上の話はしない」という引き算がそこにあります。これはシーンの展開にしてもそうで、数日後や週末などに何かすると決めたら平然と約束したすぐあとに約束の日が来ることが頻発します。必要があれば約束の日までにイベントを挟みますが、要らない時間はばっさり切り落とします。

 こういった引き算も珍しいことではありません。こういった引き算、特にギミックや設定面でのそれは一定の需要を逃すでしょうが、一定の需要に応答します。不要な話はせず必要なところに集中して話してくれます。キャラゲーとしてのそれは、このメーカーに限らず洗練され続けているように思います。なので、この点も特筆すべき要素ではないと思います。

はじめに・「ピーキーなキャラゲー」

 振り返ってきた2点について、「セレクトオブリージュ」はそれぞれにおいて特殊なものではないと思います。この作品がピーキーなのは、この2点の両方を併せ持つ点です。

 悪意や警戒心、この世界の不完全さ。永遠にはできないもの。社会的重圧。貧富。成功、あるいは失敗、あるいは道徳と運。

 こういった要素はたとえば哲学的諸分野を持ちます。学際的に他分野でも研究されています。上述は社会的であったり実存的であったりする問題ですが、技術的な問題であればより自然科学を援用して語ることができるでしょう。

 つまり、これらの問題それ自体を主題として詳細に取り扱う場合そういった議論を避けて通ることは困難です。あるいは、それをしようとするとシナリオゲーになってしまうと言えるかもしれません。

 そして、これらの問題を消臭してピーキーさを抜けばキャラゲーとしてのリスクを落とすことができます。ただし、フックを減らすことになるので「ならばどう刺すか」という点でテクニックはもちろん必要です。

 「セレクトオブリージュ」の場合、キャラゲーとしてピーキーな要素を数々持ち出しながら、決してシナリオゲーに偏りません。先の通り、不要な議論はばっさり切り落としています。

 つまり、消臭していないしシナリオゲーにもなっていないのです。

 シナリオゲーを求める層とキャラゲーを求める層のどちらにも一見アプローチできていないように見える、「どっちつかずの中途半端な作品だ」と評することが、だからできると思います。

 これは決して誤った評価ではないと思います。一般にそうであるかどうかはともかく、そう判断すること自体は何もおかしなことではありません。「求めていたものではない」と判断される場合がこの作品には十分にあると思います。

 ここではその商業的成功度は云々しません。表題にある通り僕は「セレクトオブリージュ」が強く突き刺さっています。決して精細な議論が嫌いな人間ではありません。むしろ「道徳的な運」や「クオリアの問題」などについてnoteを作成しているほど哲学的議論に関心が強いです。

 また、キャラゲーとして教科書的に特化していることを非常に愛してもいます。僕がキャラゲーを勧めるならハミクリであり、僕の中でハミクリはあまりにも異常な作品です。教科書的かつ異常というと不思議な雰囲気ですが、比喩するならば、バッハのチェンバロに関するグスタフ・レオンハルトの演奏だと言えるでしょう。当時の歴史を研究し、解釈を定めた上で譜面に忠実に完全。それは教科書的ですが異常です。

 どちらも好きで、「さらに加えて」僕は「セレクトオブリージュ」のような作品が大好きです。できればこんな「変なバランス」の作品がたくさん増えてほしいとすら思っています。少しずつ、その話をしていきたいと思います。

 このゲームがどんな風に変なのか、まず述べてから具体におろしていくこともできると思います。ただ、今回は具体から結論にのぼらせていこうと思います。最初に抽象的に示すと解釈の幅が広すぎて、具体的に述べてから結論した方が「それが言いたいのか」とわかりやすいだろうと判じたためです。では、はじめましょう。

体験版時点での期待について

テイオーと龍司

 僕は体験版の時点で「セレクトオブリージュ」は「変なバランス」のゲームになるんじゃないかと思っていました。体験版時点でそう僕に強く思わせてくれた人物は主として二人いて、それは「成宮帝雄(テイオー)」と「獅童龍司」です。

 この二人はいわば「男友達」と「やられ役」です。体験版時点で龍司とテイオーはいじめる側といじめられる側です。主人公である「布波能凪」にとってはテイオーは友人、龍司は敵です。

 凪は壁が現れたらぶち破るタイプの人間です。本編ではすり抜ける術も教えたのにと説教され、それを自身の欠点と認識し、反省すべきとしているほど、敵が現れたらバカ正直に倒します。ギミックとしてはトリッキーな手を使うのですが、「敵が向かってきたら打倒する」のが彼の戦略です。

 体験版では底辺で掴んだ一枚の希望から成り上がっていく過程、希望を示すのでその道程で龍司が立ちふさがり、凪に叩きのめされます。また、体験版と本編の冒頭で描かれる拷問の様は体験版の時系列では描かれないため、凪は龍司の報復を受けることも体験版時点で暗示されています。

 底辺から少しずつ這い上がり、障害を排除する。そういった体験版にはもちろん先例があります。近い例では「ヘンタイ・プリズン」はそうでしょう。

 「セレクトオブリージュ」で極めて奇妙なのは、「成宮帝雄」がいることです。序盤の敵が味方になることはテンプレ展開とさえ言えます。たとえば龍司と凪が最初はバチバチしていたけれど、いいコンビになっていく、などはよく見る形でしょう。原作はエロゲでは断じてありませんが今アニメが放送されている「ATRI」もそうですね。

 凪の龍司への対応は極めて平熱です。熱くもなく冷たくもありません。「敵対するなら潰す」「潜在的リスクなので警戒する」「ねちねち復讐に時間を費やすこともないが、彼のために時間を使うことも一切ない」です。

 凪には目的があります。家族を幸せにすることです。しかもそれは短期的な目的でも即物的な幸せでもなく、スラムで満足な選択肢すらなく辛うじて最低限を生きている子たちに自ら幸せになるための道を切り開く、というものです。彼はその目的のために一生懸命であり、その大目的自体であれ、そのための中小設定された目的であれ、目的のためなら手段を選ばないところがあります。徹底的に解決します。逆に言うと、興味のないことにはとことん興味がありません。凪にとって体験版で打倒した龍司は警戒しておくリスクです。手を差し伸べることもなければ、殴り飛ばすこともしません。つまり凪と龍司という関係において凪から何か起きることはありません。

 「へんなやつ」はテイオーです。龍司は徹底的にテイオーをいじめ抜いています。テイオーと凪が友誼を結んだら、テイオーが凪を裏切るような形で罠として使おうとするタイプです。彼はとにかく一線を越えた悪行を繰り返します。

 ですが、テイオーによると龍司は元々そんな人ではなかったそうなのです。実際風紀委員の長を努め、それを学生会長であり、本作のヒロインの中で最も多面的に物事を見ることができるだろう一色奏命が一時その座に置いてよいと判じていたほどです。龍司は本編開始前、とても真面目で、とても勤勉な人だったそうです。

 たとえ過去がそうであっても、今がこうであるなら凪の対応は非常に淡白です。「一定の警戒を払う」だけです。良くも悪くも何も接触しません。

 ですが、テイオーは違います。凪に別の道を示されても、龍司に手を差し伸べ続けることを諦めないと決めました。自分が虐められても、凪にひどいことをしても、龍司ならいつか立ち直れるとテイオーは信じていて、信じ抜きます。凪がその考えに同調することはありませんが、凪はそのテイオーのやり方を強く尊重します。

 体験版時点で龍司はテイオーに救われるどころか、冒頭において凪への報復が実行されると予告されています。けれど同時に「テイオーはそれでも折れない」と確信できる軸がテイオーにはありました。

 セレクトオブリージュはジャンルとして「反逆の成り上がり学園恋愛ADV」を掲げています。

 体験版をやる前までのイメージとして単に「凪くんが障害を全て打破して成り上がる話」だったらあんまりかなあ、と漠然とした不安を抱いていたのですが、それを一番わかりやすい形で吹き飛ばしてくれたのがテイオーでした。

 龍司がただ蹴落とされて消えるだけのギミックではなく、何があっても友達としてテイオーが手を伸ばし続けること。世界がそうあるのなら、この物語はもうただ凪が成り上がるだけのものではないな、と思いました。凪が支配的な物語でもないと。

 テイオーの良いところは、凪がテイオーを尊重しているように、テイオーもまた凪を尊重しているところです。龍司についての希望を口にしながら、テイオーは凪に何も強制しません。実際、凪は龍司について基本放置します。それどころか、テイオーは友達だからと龍司に手を伸ばしながら、同時に、友達だからとあれこれ不慣れな凪の世話を焼いてくれます。

 成り上がりとは別軸であるテイオーの姿が体験版時点でとても魅力的に見えました。さらに、龍司が報復をすることはわかっていたので、テイオーが諦めないことまでは確信していたのですが龍司がどうなるのかはまるでわかりませんでした。取り返しのつかないようなことを龍司はして、テイオーが諦めず、さすがに取り返しがつかないのでどうなるんだ龍司? とずっと思っていました。

凪が答えにならないこと

 「セレクトオブリージュ」は反逆と成り上がりの話らしいです。ジャンルとしては。なので、凪がブレない芯を持っていて成り上がりの過程で敵は打倒され、ヒロインや味方は感化されるのかなと思っていました。

 そういった面もありはするのですが、体験版の時点ですら凪は正解を携えているわけではないことがすぐにわかります。

 生まれの特殊性があるにせよ(体験版でそれはわかりませんが)彼の体験版クリア時点でのイメージは「スラム育ちの兄貴分」です。

 決して安全ではない場所で、決して綺麗なだけではない生き方をしてきたので、彼の警戒心はとても強いです。ですが、孤児院の子どもたちのような「身内」に対しては非常に、とてつもなく義理堅いです。尋常ではありません。そもそもこの子たちのためにこそ成り上がとうとしており、自分のことはどうでもいい節があります。「身内」についても決して固定的ではなく、たとえばテイオーのようなあんまりにも善良かつ友好的な人は特段の躊躇なく「身内」に入れてしまいます。「身内」に入れたからには非常に義理堅いです。

 ですが「身内」以外にはあまり関心がありません。目的型人間なこともあって、非常に無頓着です。メインヒロインたちに向かって同時に「結婚」を要求するほどです。彼は「結婚」を互恵利他的な取引、つまり「互いのためになるもの」として成立させる努力を怠るつもりはありませんが、そもそもそのように「結婚」を要請する発言自体が極めて失礼であり相手の尊厳を無視しているという自覚がまるでありません。彼の学習効率の偏りにもあらわれますが、興味のあることとないことへの差が著しいです。

 体験版時点で見る彼は「身内」に激重な「兄貴分」であり、かなり説教臭いところがあります。本人にも自覚があり、たまに謝ります。スラムの孤児院で子供がわーきゃーしているところで兄貴分をしていたら、まあ説教臭いのは当然です。

 彼の兄としてとてもよいところは、その説教臭さがたやすくおちょくられる点にあります。体験版ではメインヒロインの一人、夜刀くくるとのやりとりにそれは強く現れています。

 凪くんが調子に乗って言い放ったことはちょくちょくそのままそっくり本人に打ち返されます。だいたい凪くんは吠え面をかきます。ヒロインは才女の集まりなので、凪くんは滅茶苦茶吠え面をかくことになります。

 凪くんは「説教臭い面倒な兄」なのではなく「説教臭くおもしろい兄」なのはとても魅力的でした。「まず考える」凪くんと「まず動く」トウリですが、トウリも凪くんの妹とはいえ孤児院ではお姉さん分であり、対凪くんを含めて形は違いますがちくりとお小言を言うことがあり、その「やり方」に凪くんがお仕置きすることがあります。さらに言えば、凪くんとトウリの育ての親である「バアさん」にも説教臭いところがあり、やり方についてトウリにくどくど言われることがあります。

 つまり、凪くんは説教臭いのですが作中における答えを手にして成り上がりながら周囲に答えを説教的に与えているというより、ただ単に育ての親が説教臭いので説教臭く、かつて断言したことでうまくおちょくられると顔を真っ赤にして打倒される人間です。作品の答えを握っているのではなく、「単に環境的に説教臭いだけ。親も妹も割と小言言うタイプ」、ということはとても魅力的にうつりました。

 有り体に言うと「反逆の成り上がり学園恋愛ADV」というジャンル、まあそう読めなくもないけど割と大嘘なんじゃないの? と体験版の時点で私は期待しました。

 体験版の時点ですら、手負いの獣のようなギラついた目で学園にやってきた凪くんは、じんわりとあたたかく絆を広げていきます。もちろん彼は体験版の時点でたくさんの突拍子もないことをして、その中にはそれはよくない、ということもたくさんあるのですが、同時に彼の良いところもたくさんあります。彼にはできないことも。「手負いの獣が反逆の成り上がりしようとしたら本気で頑張っているうちに頑張っていることは評価してもらえるし、大切な人が増えた。牙を抜かれたわけでも飼いならされたわけでもないけれど、たくさんの傷が少し癒えて剥き出しの警戒心をゆるめられる場所ができつつある」体験版読破時点で、そんなイメージがありました。

 体験版時点でおおはしゃぎしていた記憶がとても強いです。製品版を完走した今、もっとおおはしゃぎしています。

体験版をクリアした時点での雑感

・凪くん
先の通り説教臭いけど転がしやすくもあるスラムのお兄ちゃん。身内とそれ以外、興味のあることとないことの差が激しい。

・蓼科さん
とっても好きなのですが、本編を含めて言語化できないです。なんだろう、この人の魅力をどう語ればいいんだろう……! 言語化すると必ず何かを取りこぼすのですが、この人を語ると取りこぼす量が大きすぎるというか、ほぼ取りこぼしてしまいそうなので語れません。ろくろのポーズでフリーズします。僕の能力不足……!

・奏命様
まどそふとは詩桜先輩みたいな属性好きだよね! というイメージに加えて形式的な処理に強い印象がありました。曖昧な状態から理路なくひらめきで突然答えを示すのではなく、互いに言葉を発して「こう言ったからこうなる。当然こうなる。必然的にこうなる」と徹底的に詰める感じ。無駄な議論が始まっても、互いに焦点が違うことを互いの焦点を明示して示して切って捨てるなど、とにかく理路整然としています。議論の処理がエレガントだなと、現れるたびに小気味よくなる人でした。体験版であまり出番ないのにこれだけ述べている時点で奏命様にかなり脳をやられる予兆はあったのですが、体験版時点では奏命様にそこまで脳をやられる予定はありませんでした。ハミクリで僕がやられたのは錦さんとひよりんだしまあ大丈夫だろ的な余裕がありました。ぶっ壊されましたけどね。

・トウリ
まだ読めぬ、と警戒態勢をとっていました。君は何を考えている……! と威嚇していました。まあ製品版でそのまま引き倒されたのですが。カマキリが乗用車に威嚇しても無意味ですからね。勝てるわけがなかった。

・夜刀くくる
体験版の時点で完全に破壊されました。体験版に含まれる夜刀くくる成分は一日に摂取してよい夜刀くくるの基準値の30倍くらいありますからね。蓼科さんは僕が言語化できていないだけで割と危険な値を出していると思います。奏命様は多くを出していませんが、必要なエッセンスを提出しています。トウリは謎。お兄ちゃんは十分。夜刀くくるは暴れ散らかしています。なんだろう、攻略ヒロインの共通ルートでの一番おいしいところ。マイナスや無関心からごく僅かにプラスになるまでというトロの部分を意味わからん火力でパなされ続けていた気がします。この子単体でイカレた強さしているんですけど、凪との相性が良すぎて二人で喋っているだけで面白いですからね。さらにこの子トウリとの相性も良すぎますし、会長との健全な緊張感もよいです。しかも七さんとの関係も良好。興味あること以外には無頓着な子なのですが、キュートアグレッションを引き起こしかねないほど可愛いので、いくらなんでもちょっと良すぎないか? と震えていました。夜刀くくる体験版でバレてない? と思っていました。僕はまだ本当の夜刀くくるの破壊力をしらない。

・ファイブ
 昇格! あわよくば昇格! いっそグランドがこの子で隠されていてもいい! というくらい体験版時点で大好きでした。手負いの獣状態の凪くんのずっとそばにいてくれたのがファイブです。良いことをしたら評価し、悪いことをしたらお小言を述べ、特殊な経緯で入学している彼に必要な補佐をきちんと行っています。ファイブは常に適切に凪くんを扱ってくれている、というのはどうしても偏見の強い環境の中で救いでした。姉のような妹のような、距離は適切にあるけれど決して見放さず褒めたり叱ったりする。その責務はともかく、ファイブ個人に対する凪くんの信頼もあつく、その小柄な体に対して凪くんの兄属性が発動しそうになることもしばしばで、ファイブは基本的にお姉さん的にお小言を口にするので、そのあたりの諸々を見てもこの関係性好きだなー! と無限に思っていました。製品版で僕は召されました。どいつにもこいつにもやられているな僕は。

・北条姉妹
 体験版時点では意識してませんでした。ファイブ! 七さん! と非攻略対象について叫んでいたこの頃の僕は北条姉妹について幸福でしたね。何も知らないことはときに幸福なのよ……それでも既に僕は製品版を知ってしまったのだ……体験版時点ではほぼ意識していなかったので虚空からトラックが飛び出してきて轢殺されたくらいの衝撃を受けました。なんだこれ? 体験版の話なので於きましょう。

・七さん
 体験版のそう多くはない出番で好きなタイプの人だと思いました。昇格と無限に叫んでいました。またしても僕は何も知らない。ここでは多くを語れません。

・真智さん、汐莉ちゃん
 体験版で語るのは不可能な人です。難しいとかではなく情報量的に。体験版プレイした直後の僕に真智さんの印象どう? と訊かれると「えっ……!?」となるでしょう。さすがに立ち絵があるので何かあるなとは思っていましたが、それ以上のことは何もわかりません。

・バアさん
 この親にしてこの子ありだな!!!! と思っていました。凪くんについてもトウリについても。それは製品版をプレイしても変わらないのですが、程度が全ッ然違います。

・テイオー
 好き。超好き。体験版終了時点でとてつもなく好感度高かったです。「セレクトオブリージュ」の主要キャラクターは採点が厳しい子が多いというか、「本当に身内にいれる」相手を見定める傾向にあると思うのですが、皆テイオーを友人として愛して、心配して、そして彼の考え方を尊重しているのがすごくよかったです。テイオー個人としても、テイオーの置かれている関係性としても。だからこそテイオーの伸ばし続ける手にどんな意味が製品版で付されるのかすごく気になっていました。製品版をためらわず買うことに決めた大きな理由のひとつです。

・龍司くん
 君がずっと心配でした! どうなるんだ君はと滅茶苦茶ハラハラしながら製品版を待っていました。体験版冒頭で凪くんにやり返すのはわかっていたのですが、だからこそただで済むはずがないというか今度こそどん底に落とされるだろうこともわかっていたので、その先大丈夫なのか心配でたまりませんでした。このゲームが逆転成り上がりモノならただ脱落して消えるだけなので心配しなくていいのですが、テイオーの姿を見て単にそれだけのゲームではないと思ったので、だからこそ一番龍司くんを心配していました。テイオーが心配しているから龍司くんを心配しているのではなくて、単純に龍司くんが心配でした。テイオーのそういう姿勢はそれ自体として敬意を覚えつつ、龍司くんは龍司くんで心配だったのです。本当に心配させてくれたよ君は……


製品版の攻略順について

 発売されて買ったはいいものの「絶対ハマるものは最高のタイミングで遊びたい」というオタクのしばしば持つ悪癖によりしばらく寝かせてありました。こうして「絶対ハマる!」と思いつつ積まれるゲームが多数あるのですが、幸いにして「セレクトオブリージュ」はすぐにタイミングが来たので突撃しました。攻略は以下の順でした。

蓼科さん→奏命様→トウリ→夜刀くくる

 何も情報を持たなかったので最初は「善いことをする。でも誰にも傾かない」を貫いて通常エンドに行こうと思っていました。いったん通常見てからみたいなところが僕にはあります。ただ単にいいやつしてたら蓼科さんのルートに突入したときは、なので蓼科さんらしいなーとかなりほっこりしつつ大笑いしました。攻略順でゲーム体験が結構変わると思うのですが、僕はこれで大満足でした。あるルートで得た情報を持って他のルートを読む時の味が最高の形で楽しめたと思っています。

共通ルートの温泉の段階で気になる子を少し

 体験版範囲から旅行、ひいては温泉という共通ルートの終盤までの範囲はそう長くはないのですが滅茶苦茶気になるやつが何人かいました。

・奏命様
 「何のために」という理由は異なれど「結婚相手を見つけてつかまえる」目的を持っていたことはほんのり面白かったです。いや、一色家の面白さのこれはほんの序章なのですが。ここから滅茶苦茶になっていくので最高に楽しい人達でした、一色家。

・蓼科さん
 僕が最初「通常エンド」を迎えようとしていたこともあって、共通ルートで蓼科さんの告白を受けたときは、凪くんは「そういう人」で蓼科さんは「そういう人」だから、そうなっちゃうよなあ……! と地獄感情になりました。共通でこれやると蓼科さんルート以外では必ず蓼科さんが振られますからね。確定した地獄。地獄の人生ゲームで順当に凪くんとくっついて世界がすごいことになってる中二人で村で出産祝いもらいまくってるのが、順当にいけば蓼科さん感が滅茶苦茶強くて好きです。地獄。

・トウリ
 一周目の時点の共通では致命傷ではありませんでした。トウリはワンチャンを狙わず諦めた上でサポートに回っているという気は薄々していたからです。問題はトウリルートに入ろうと選択肢を積み重ねた上での温泉シーンです。龍司くん再襲撃事件の後、ボロボロになった凪くんがトウリを抱きとめたとき、選択肢が影響してトウリへの言葉に割と強い追記が入るんですよ。お兄ちゃんからトウリへの意識の変化は強い。お兄ちゃん側は納得なんです。ヤバいのはトウリです。トウリルートに入ろうと思うと共通の過去回想の選択肢で無法が発生するではないですか。本編開始前にトウリはお兄ちゃんのお兄ちゃんにそういうことをしている、という過去の確定。さすがに過去これやってるなら温泉での言葉変わるんじゃないかと思ったら、お兄ちゃん側は小さなやりとりで追記が入っているのに、トウリ側は「諦めている」として全く変わってないんですよね。一言一句。あれだけのことをして?! トウリの覚悟を見て地獄になりました。トウリルート入る前提の一時的な地獄ではあるのですが、地獄ですよ。トウリもお兄ちゃんも話さないから問題にならないですけど、あの過去バレたらあんなことしたのにずっと兄妹やってたことについて二人して正座だと思います。

・龍司くん
 やっぱり底に落ちている。テイオーは手を伸ばしている。つらい……龍司くん、君はどこへいくんだ……どこへもいけないのか……でも手を伸ばされ続けるのも辛いよなあ……テイオーの優しさもそうなのですが、龍司くん再襲撃のときの凪くんの提案も辛いのですよね。テイオーは友愛として再起できると手を伸ばすのですが、凪くんは目的型人間なので利害の一致で私情はともかくとして提案ができて、それ自体が龍司くんを滅茶苦茶に追い込みます。能力的にはできる人であるはずなので、あの奏命様が龍司くんについては高く見積もりすぎて何度もエラー出しているのも、善人すぎたり、合理的すぎたり、優秀すぎたりして龍司くんを誰も救えないどころかどんどん追い詰めていくのがひたすらきつくて龍司くん心配委員会に入っていました。

・テイオー
 滅茶苦茶嬉しかったシーンがあるんです。テイオーが観光についてきたところです。テイオーはすごく友達想いで、(おそらく)バアさんからの言葉もあって観光を「主人公&ヒロインズ」の形にして自分は別行動するつもり満々でした。彼は善人なのですが取り繕うのが滅茶苦茶下手なので、現地に到着したときにプロ仕様らしいカメラを取り出してみんなを撮影したのも、人生ゲームでGMをしたのも、テイオーの趣味が(もちろん彼の素敵な善意も)爆発しているのがわかります。ですが、「観光についていかない」というテイオーの態度は露骨に不自然であり、「良かれと思って」自分を除こうとしているのがバレバレです。彼はゲームを愛しており、少なくともCSの恋愛ゲームには一定の知識があるようです。こういう場面で「男友達は退くもの」という意識もあったでしょう。彼自身が持つ善意と、バアさんからの頼みと、ゲーム知識。ここは退くところだなとテイオーはナチュラルに判断しているのですが、退くのはいいもののうまい理由がないので滅茶苦茶不自然になります。ここで凪が「こいつはなにをばかなことを言っているんだろう?」的な空気でナチュラルにテイオーを引きずってくるのが最高でした。奏命様や夜刀くくるのような滅茶苦茶採点厳しい人も含めて皆「テイオーが一緒で当然」という態度なのが最高の気分でした。ハミクリの新川くんみたいに容姿が女性的、中性的というわけでもないのに、男友達がついてきてこんなにうれしいことある? テイオーの人徳のなせるわざです。

・夜刀くくる
 何? 一途って何? 夜刀くくるは一途であるとはどういうことですか? 奏命様? いえ貴方が言うなら間違ってはいないのでしょうけれど、だからこそ何? 怖いんですけど。夜刀くくるを最後にすると決めていたので、ひたすら怯えていましたからねこの単語に。夜刀くくるという人間と彼女が持つ関係性が強すぎるのでどんなルートが来ても単純にキャラクター性の暴力で僕は死ぬと確信していたのですが、一途の二文字を食らってパニックに陥っていました。凪くん含めてみんな一途な人ではあるんですよ。トウリとか特にそうではないですか。それでも奏命様が露骨に意味深にあえて「一途」と夜刀くくるを表現したんですよ。怖すぎましたね。夜刀くくるに破壊されるので覚悟しておいてください、と言われているようなものでした。ギロチンにセットされて覚悟してくださいと言われてもどうしようもないですからね。あの人魔王? 魔王でしたね。

蓼科さんルート

 先にも語りましたが蓼科さんのことは本っ当に何も上手く言語化できないというか言語化すればするほど取りこぼしてしまう気がして上手く語れません。なので少しだけルートの話をしましょう。

 汐莉ちゃんってピーキーじゃないですか。もう平成の世からピーキーであることがわかりきっているというか。汐莉ちゃん好き嫌い別れると思うんですよ。もしかすると龍司くん以上に。よく出したなと思います。穏当な仲での関係性も書こうと思えば書けるじゃないですか。でもあえてかなりピーキーになっている。個別ルートで一時的にとはいえここまでルートサブヒロインを主人公にもルートヒロインにも敵対的に描くことは特にキャラゲーではかなりリスキーだと思います。僕は好きなんですけど正気か? と思っていました。好きです。

 能力差も話の一つの軸ではあると思うのですが、特に関係性が好きでした。成果を出しても報われない汐莉ちゃんの努力。ちゃんと今までの努力に価値を与えた上で、お父さんに何してんだテメー! と二人で殴りにいったくだりはほっとするものでした。

 冷たくは、登場していないお父さんを上手く装置にしたとも言えるのかもしれませんが、蓼科さんがずっと父への敬意をいずれ超えるべき立派な背中として語っているからこそ、お父さんさあ……となるところがだいぶあり、お父さんが絶対的存在にならないところがよかったです。

 龍司くん再襲撃事件で警察の膿の話したり、正義の話してからこのお父さんのクソボケぶりなのでしょうがねえなあ!!! 感があり「セレクトオブリージュ」の闇や悪意や苦しみに「それを対処できる人が立ち向かう」姿はそれができる者のつとめ、一種のノブレス・オブリージュを感じるものでした。

 二人の交際について、特に周囲の悪意が強かった(裏からの操作の影響が強いでしょう)のがこのルートであり、そこは凪くんが機転の一手を打ちました。汐莉ちゃんが苦しむのも無理からぬことで、けれどよい環境で本人も尋常ではない、本当に異常な努力をして今に至っている蓼科さんだからこそ汐莉ちゃんに手を差し伸べることができたというのは、「どうしようもなさそうなこと」に「できるやつがやる」と叩きつける点で一種の高貴さを感じました。

 そんな蓼科さんの復活を立場上祝賀できないものの、出席せずに一報を入れて端的に評価してくれる奏命様は最高の人でした。そりゃ蓼科さんも泣く。蓼科さんはすごい人なのでそのうち泣かずに普通と思ってほしいです。いやでも奏命様にめっちゃ褒められたらどれだけ自信持っても狼狽えますよね。

 また、これは蓼科さんたちの姿を通して見た二人の面白さなのですが。蓼科さん側は完全に凪くんを受け入れる姿勢になっていて、凪くんはきちんと向き合いたいからステイを主張していて、蓼科さんはそういうところもいい、と完全に惚気けきっているのを夜刀くくるとトウリが目撃するシーンがあります。滅茶苦茶状況は焦れているのですが、諦めて一歩も進まないトウリからすれば焦れた進行はあまり問題ではなく、むしろ本人のテンションは滅茶苦茶に上がっています。一方で夜刀くくるは自分の言うことではないと自覚しながら、本当によくないと苦言を呈しています。二人の性格が出ていて滅茶苦茶好きです。絶対に最初にやってよかったルートだと思っています。普通にいいやつしてたら普通に蓼科さんに入るようになっていたことに感謝しかないです。

奏命様ルート

 まどそふとが送るこの属性のヒロインの破壊力について僕は無学でした。履修しました。完ッ全に理解した。カット入るたびに何らかのダメージ入ってました。

 奏命様の魅力は体験版の時点でも一面的には理解していたのですが、別方面での魅力はたとえばルートに入った瞬間すぐに理解できます。

 奏命様は結婚相手の選定に厳格ですが、基準を満たせば誰でもよい人です。凪くん以上がいれば即乗り換えると断言しています。そしてフェアな人でもあります。結婚という契約をするからといって契約に甘んじるのではなく努力すべきは双方であると断じています。

 そのうえで、奏命様は結婚に情を要請していません。必要ないからです。情が交じることへの一定のリスクも指摘しています。さらに、彼女には家族計画についてある程度定めておきたいタイムリミットがあります。

 一色家の当主として責を果たすためには、社会に出てからの妊娠・出産は仕事に障りが出るため都合がよくなく、学生時代にそこまでは終わらせて当主の仕事に専念したいのが彼女の考えです。

 ここまでくると「いいからやることやれ」と意固地になりそうなものですが、奏命様にはそういった意固地な面がありません。

 凪くんは家族という関係が成立してしまうからこそ、擦り合わせの重要性を主張します。彼は孤児院の出身であり、弟妹が増えることは日常茶飯事です。他人が突然家族として輪に入ってくる環境で兄として育ってきたので、歩み寄ることの重要性を経験則として熟知しています。

 奏命様はこれに対して内面的な負担は考慮すべきと判断して凪の考えを尊重します。さっさとやることをやるという自分の目的を上手く達成しようと立ち回りながら、同時に無理矢理強引にねじ伏せるということをしません。凪を尊重した形でやりたいようにやるが、凪が意志を貫くのもよし、必要だとは思っていないものの、恋愛感情を自分が抱くことも興味がある、否定しないのでやってみろ、という態度に立っています。

 一挙手一投足が国を動かすレベルの人物なので本当にやることはさっさと済ませておきたい人なのですが、それでも凝り固まって焦るということをしないのが奏命様です。きちんと理詰めで目的や理由、正当性、方途を示せば無下にしない人です。

 目的をきちんと定めて適切にそこへ至り、目的も手段も道筋も、全てを検証に開いて修正可能にしている。ただでさえ非凡なのに非常に柔軟性が高く多面的にものを見る。目的に向かって動くという点では奏命様と凪くんは似ているのですが、一色奏命様はその点を徹底的に磨いている人です。

 しかも悪いことに凪くんには恋愛経験がありません。あろうことかルートに入った段階では奏命様が好きだという認識でもありません。凪くんは目的型人間なので、上手く目的を定めないと上手く動きません。さらに奏命様ももちろん惚れておらず、否定してはいないものの恋愛に必要性を見出してもいないので、完全にどうしたものか状態です。

 ただ奏命様にとって「結婚」は軽い決定では決してなく、怜悧な評価があると共に単純に凪くんへの好感度自体は高いです。凪くんの方も恋愛的にはよくわからないものの奏命様への好感度は非常に高く、奏命様と家族になることにとても意欲的です。だからこそ順序を踏みたいと強く思っています。互いに好いて、くっついて、結婚する。こうでなくてはと思っています。

 なので、お互いに好きではないのに特に凪くんがなんとかして好きになってもらおうと七転八倒します。仲自体はとても良好で、惚れさせようとしていることについてもむしろ奏命様は好意的なので、だいたい愉快そうにしています。凪くんの手法についてこうしたほうがよいなどと攻略の手伝いを自ら行うほどです。

 ただし、奏命様は自分のスタンスも変えるつもりはなく、強制はしないものの凪くんのスタンスをちょくちょく折ろうとしてきます。具体的にはめっちゃ誘惑して順序を飛ばして事に至りさっさと子供を作ってしまおうとします。

 しかも、そのやり口がえげつないです。単純に扇情的であるならば凪くんという男はかなり耐えられる方です。彼の欲は孤児院にいた頃相方のレイとせっせとエロ本を作りまくっていたほどに強いのですが、その欲は身内を傷つける場合基本的にどこまでも抑圧できます。なので単純に情を煽るだけではあまり意味がありません。「ここまでやって拒否するのは逆に奏命と奏命の尊厳を傷つけるのでは?」などと「奏命のためを想うからこそ拒否しにくい」誘惑をしかけてきます。滅茶苦茶質が悪いです。自分の攻略に手を貸すだけあって、相手の攻略もしっかり組む人です。自分が目的を達成しても、凪が目的を達成してもよし。その態度で容赦なく奏命様は凪くんを攻略します。

 そのときの凪くんの半死半生の回避ぶりや、必死になって惚れさせようとする姿勢や、経験がなくなんかしまらないところを奏命様は可愛いと思って見ています。

 一色家には奏命様と凪くんだけではなく、奏命様の従者である北条姉妹が同居しています。当初北条姉妹は凪くんに興味はなく、共通ルートでの出来事で評価が地に落ちたりもしたのですが、奏命様ルートでは凪くんはどんどん北条姉妹と仲良くなります。それはもう物凄く仲良くなります。尋常ではなく。

 北条姉妹にとって奏命様はとても大切な人です。それは単に一色家だから大切なのではなく、一色奏命という個人を北条姉妹はとても深く大切に思っています。自分を大切にしてほしいと思い、たとえばコーヒーをバカスカ飲むのはやめてほしいと常々思って忠言しています。

 その点、どうしても順序を踏んで奏命様と結婚したい凪くんは二人にとって同志です。だいたい凪くんの評価を定めてからは共闘的な意識があるのですが、スラム育ちな上に恋愛を含め社交慣れしていないということもあって、北条姉妹はあれこれ凪くんの世話を焼き、奏命様攻略戦にも協力的です。逆に奏命様による誘惑作戦はよくないと思っていて、さすがにこれは絶体絶命というタイミングで凪くんがなんとか拒否できたときは思わず二人して「偉い!!!!!」と褒めまくる始末です。一色家ご当主様が孤立して悪者みたいな立場で、なぜかスラムから拾った野良犬婚約者と自分の従者のはずの双子が三人して結託していますからね。ご当主様孤立で一対三。謎空間。このシーン大好きです。みんな一色奏命が大好きなんだよ……それ前提で北条姉妹が凪くんをかなり可愛がるようになります。

 奏命様のような意味ではないものの、北条姉妹的にも凪くんは「可愛い」判定が出ます。しかも身内なので「手のかかる可愛い弟」みたいなものです。凪くん、スラムでは兄貴分だったのですが一色奏命も北条花も北条空も三年生で、このルート、一色家においては凪くんが末っ子なんですよね。一色家のできる三人の掌の上でころころされている感がすごいです。「スラム育ちのお兄ちゃん」がしっかり顔に出ているというか、そういう人生経験が顔になっているので、そういう顔で転がされているのがいっそうお可愛いところがあります。

 そうやっていいように転がされて必死になりながら、それでも奏命様が愛のない行為をしたり結婚したりするのは嫌なので凪くんは必死になるのですが、とにかく奏命様のことしか考えていないので、自分を振り返るといやこれは好きとしか言えないだろう、と相思相愛のうち片方がクリアされてしまうのはどこまでも家族優先で自分を蔑ろにしやすい凪くんらしいところで好きです。条件を片方クリアしたのはいいものの、好きになったからこそ奏命様からの誘惑に耐えられる自信がなくなって慌てだす様などお可愛らしさの塊でした。

 余裕がなくなった凪くんからの精一杯の警告で奏命様の糸がぷつんと切れるのもいいのですが、そこで即襲撃せずに淡々と北条姉妹のところにいくのがたいへん奏命様です。北条姉妹と凪くんからの「そういうのはよくない」に奏命様も同意したので、頭の中でブチッとなっても即押し倒さずに二人に筋を通しに行き許可を得るのが道理を大切にし、また北条姉妹をとても大切にしている奏命様らしくてここも大好きです。好きなところしかないな?

 凪くんと北条姉妹が結託して奏命様に抗戦していたのですが、一点して北条姉妹の認可のもと奏命様が襲ってくる、しかも凪くんはもう惚れて陥落しているというのは完全に詰みであり、魔王による攻略と呼ぶに相応しいものでした。勝てるわけなくない?

 あとは希望の未来に突っ走るだけかと思いきや、出生の問題で凪くん側に子を為す能力がほとんどないという彼にとっての絶望的状況が示されるのもはらはらさせられるものでした。奏命様は一色家を担っており、子をなすことを重視しているので凪くん的には大問題でした。

 非常に凪くん的には繊細なことなのですが、奏命様は全く衝撃を受けていません。字面だけでも不可能とは言われていないとし、そもそもデータを見て対処すべきと判断します。実態を単に事実として正確に把握し攻略する。ただそれだけのことなので奏命様的には大したことではないようです。一色家が血に依存するという考え自体愚かと断じつつ、それはそれとして子をなすことに障害はあっても解消すればそれで終わりと考えています。

 この問題は国の主要な人物が集まった場で決定的にバアさんが指摘しますが、徹底的に奏命様は喝破して「最低」三人産むとまで断じます。理念と具体的な確約を同時に出すのは実に彼女らしいところでしょう。一色家は血に依存しないという主張から「それはそれとして」ここまで言い切るので蹂躙です。一色家、怖いですね。

 ここのバアさんのやり口がああ凪くんの親だなあという感じがすごくします。主要な人物が集まる場で「確たる結束」を強固にする目的のためにあえて致命的な瞬間に爆弾を放り込む、目的のために無茶苦茶やるところは実に凪くんの親であり師匠です。トウリがバアさんに対し小言モードに入るところまで含めて凪くんの親であり師であるとしか言いようがありません。この親にしてこの子ありです。

 実の親の真智さんについては、滅茶苦茶、とんでもなく不器用な人ですが、当の凪くんがあんまり気にしておらず、大家族に属しているだけあってつまり最終的に真智さんも家族になってもらおうと動いているのが彼らしいです。気づいたら弟妹が増えているだけあります。実の親が単に実の親だからという理由では家族にしませんが、家族に値するなら家族にしてしまうことは、義理堅すぎる彼にとって平常運転です。

 滅茶苦茶家族の話するやん!!!! と思いました。血の話。夫婦になる話。「今後夫婦になるわけでもない赤の他人だけれど一緒に住んでいる人」と家族になる話。実の親と義理の親。めっちゃ家族の話をトウリではなく奏命様でやるの納得感しかないです。奏命様でやるべき話ですし、トウリには別のやるべき話があります。奏命様→トウリの順で読むの我ながら完璧だったと思います。

 奏命様本当に好きすぎましたし、一色家という家が居心地良すぎました。僕HLの関係性だと男子が年上で女子が年下の組み合わせが好きなんですけど、一色家は凪くん末っ子ですからね。完全に開拓された感あります。性癖の道が開かれた。奏命様で開かれるのと一色家で開かれるのと二種類開かれたのでもう終わりですね。完全に終わり。

トウリルート

 繰り返しになるのですが、過去にああいうことしておいてトウリと凪くんがくっついていないのは二人とも正座で説教されていいです。逃げた場合の凪くんは朴念仁で済みますが逃げなかった場合トウリとまとめて怒られてください。トウリはどちらにせよやる気で凪くんが逃げられるかどうかに全てがかかっていたのでトウリは確定お小言ですね。一生隠し通すべき。バレたらみんな怒る。たぶん一番キレるのはくくる。

 トウリルートは「人と人を繋ぐ」というトウリの特質に強くスポットがあたっているのが見事でした。完全に腑に落ちるルートでした。

 「セレクトオブリージュ」の個別ルートは個別ヒロインと主要サブヒロインに焦点があたる形なのかな? と思っていたのですがトウリルートは異質です。色んな人がわいわいでてきます。なにせあのトウリのルートですからね。

 その影響は凪くんにも及びます。テイオーの部に入ったことはとてもびっくりしました。凪くんが家族のためとか好きな人のためとかではなく、シンプルにただただ自分のやりたいことを始めるの驚愕しかないですからね。前2ルートを通ってきたのでとにかくこのルートは驚愕の連続でした。凪……エンジョイしろ……

 また、凪くんの基本スタンスに変化が見られたのも非常に驚きでした。驚天動地でした。龍司くんの現況については他ルートでもわずかに触れられるのですが、凪くんのスタンスは「不干渉」です。痛めつけるようなことはもちろんしませんが、手を差し伸べる義理はないし、それは龍司くんの尊厳に傷をつけるだろうとも思っているのが彼の基本です。ですが、トウリが人をつなぎ、テイオーが必死で頑張る中、落ちていく龍司くんに凪くんは挨拶をするようになります。かなり動揺しました。凪くんには再襲撃時の自分の提案が龍司くんを更に追い詰めたという自覚があり、そこは反省していますが、それは「障害への対処法」という自分に関する反省であり、龍司くんについてはあくまで「自業自得」だと判断しています。龍司くんのプライド的にも変な罪悪感を抱くのは違うというのが凪くんの考えで、だからこその尊厳ある不干渉が凪くんのスタンスでした。擦れ違ったら挨拶するというのはかなりのことです。

 これを更に前からやっていたのがトウリで、龍司くん再襲撃は凪くんをズタボロにし、トウリを大泣きさせたのですが、孤立して沈んでいく龍司くんにトウリは周囲の目があっても挨拶し続けています。

 トウリはそれだけではなく、クラスなどで深い繋がりを得て、周囲の偏見を解し、初手で凪くんと友好的かつ自然に話せる友人を何人も得ています。普通できることではないです。さらに親友のくくるとよく交流し、奏命様の覚えもたいへんよく、蓼科さんとは一時ライバルで、バイトをし……ととにかく人間関係にやたら強いです。化け物です。奏命様ルートまで終わってから共通ルートでヌルッと奏命様の懐に入り込んで和やかにやりとりしているトウリは恐怖存在すぎますからね。蓼科さんとくくるがどんびきしている理由しかないです。

 非常に巧みだと思ったのは、凪くんもトウリも互いの時間、互いの関係を持つようになったので、一緒にいられる時間がどんどん減っていくことです。トウリの力が人を繋ぐことにある以上、トウリがそれをどんどん構築し、乏しい凪くんも少しずつ自分の居場所を作っていく。自然と兄離れ、妹離れが進む。

 そうやって凪くんの自分のための生活が色づいていくのに、やりたいことや大切な関係を大事にしながら二言目には「トウリトウリ」なのが完全に夢中としか言いようがないです。

 さっさと結婚してしまえば二人まとめて一色家に入り、凪くんの目的に一気に接近できるのに「いきなり結婚を定めてしまったらやっぱり違うとなったときにトウリが困る。トウリの確認のためにお試し期間が必要」という理由でまず恋人から始めるという凪くんの態度は徹底的に「トウリトウリ」でテイオーも和むというものです。

 互いに兄妹離れが進んでいるはずなのに、トウリが大切すぎてとにかくトウリが傷つくことのないように動くのが凪くんらしすぎます。ずっと「トウリトウリ」なので凪くんには蓼科さんに関してちょっと言うことがあるような気がするのですが、蓼科さんは誇り高く進んでいき、「そういうこと」にしているから何も言えないのですよね。蓼科さん、そういうところ……

 この「互いの時間が充実しているからこそ会えなくなる」状況が続いて恋人という関係に凪くんが不安になるのは納得感しかありませんでした。この二人は家族でないとだめで、しかももう結婚という形でくっつくしかないという説得力の塊でした。互いの時間を減らしながら互いの関係を深めていく様子、とてもよかったです。自分自身をもっと大切にしてほしいというトウリの凪くんへの願いが叶いつつ、トウリ自身の夢まで現実か疑われるレベルで叶うスーパーハッピーエンドですからね。凪くんが凪くん自身のしたいことをしている!? そんなバカな……!

 なんか……すごいことになってるな……とスーパートウリパワーに震えていたのですが、これで終わらないからトウリが怖いです。

 トウリルートは基本善意の塊です。しかも、主としてトウリと凪くんにあちこちから善意が向けられます。二人が作って繋いだ関係に皆が祝福、応援してくれています。「トウリが何かする」というより凪くんの状況が滅茶苦茶良くなることを含めて「トウリへ向けて」善意が飛んできます。トウリがやってきたことはすごいことだし、みんなトウリが大好きだということをこれでもかとぶつけられます。それは凪くんも同じく。

 基本がこれなので、もうこの基本だけで満腹なのですが、おそらく胃袋くくるの人間のために作られているのかまだやります。龍司くんの再起です。

 トウリが気がけて、凪くんも少しスタンスを変えて、テイオーは変わらず手を差し伸べ続けている。それでも、あるいはだからこそ龍司くんは自分自身を許せなくなっています。善意ある人々だからこそ、そんな人々にひどいことをした自分自身が、元々生真面目な龍司くんには許せません。だから、善意が強ければ強いほど彼は追い詰められることになります。

 最終的に彼は完全に人生が終わる寸前まで追い詰められますが、学園のオールスターと言っても過言ではないメンバーが龍司くんを救い出すために動いてくれます。バアさんという切り札が使えずとも、皆の力だけで龍司くんを危機的状況から、びっくりするほどあっさりと救い出します。バアさんの薫陶を受けた蓼科さんが強すぎますからね。繋がり方がバグ。さすがトウリ。さすがバアさん。さすが蓼科さん。スタンガン絶対使うと思っていましたが蓼科さんの戦闘力とくくるのオペレートで不測の事態が発生するはずもなく……このための衛星だった。ありがとう一色家。

 ただ、救い出せたのは物理的な窮状だけで、龍司くんの精神的な窮状が何か救われたわけでは一切ありません。

 凪くんは龍司くんに一度手を組もうと提案しています。これは龍司くんへの対応としては完全に失敗です。私情をおいて合理で利己を求めれば手を組むのが互いに有益。一人では何もできないのだし互いに利己的に考えるなら手を組むのが有益。私情をおいて本気でそう言えてしまうことが龍司くんに殺意を定めさせています。

 奏命様も龍司くんについてはネガティブな意味で見誤り続けてきました。凪くんも予測を裏切るのですが、彼の場合はポジティブです。彼女はとんでもなく盤面を見るのが巧みなのですが、高く買っている人間が愚挙に出ることの適切な想定を比較的苦手としています。あくまで彼女の異常に秀でた能力の中で「比較的」な話なのですが、龍司くんについては都度都度評価を下方修正しながら毎度「まだ評価が高すぎた」と反省しています。

 凪くんと奏命様は似た二人で、能力により適切に目標設定し適切に進行し、適切に修正する人です。筋道を立てて動きます。たとえば凪くんは命の危機に平然と互恵利他の提案をしますし、奏命様は凪くんを抱くと決めても即押し倒さずに、まず部屋を出て北条姉妹の了承を得ます。また、そもそも単純かつ純粋な害意に当人たちは煩わされません。目的達成のために動く人たちなので、ノイズの処理に慣れています。

 なので、この二人はどうしても龍司くんに適切に寄り添いにくいところがあります。「ちゃんとしたくてもできない」ということを飲み込みにくいです。「ちゃんとしたいならする。できないなら、できない理由を潰す」とナチュラルに考えてしまう二人です。能力があるので、できるだろうと思ってしまいます。評価を修正してもどうしても高くなってしまいます。自己評価の低い龍司くんにはかなり苦しいです。

 テイオーは別の理由で苦しいです。テイオーは常に龍司くんを友人として信じています。真面目に頑張っていたあの頃に戻れると信じ抜くことを決めています。テイオーのような世界に殆どいないだろうとんでもないお人好しは、それを真正面から受け止められる人にとってあまりにも得難い人です。しかしながら、再起できずにいる人にとっては、だからこそ苦しいものです。テイオーのような得難く素晴らしい人を自らが不当に傷つけたとなっては尚更です。しかも風紀委員長を担うほど生真面目だった人がそう自罰しているのでどうしようもありません。

 方向性は異なれど、皆龍司くんに「前を向いて一歩進もう」と手を差し伸べるのですが、それも必要なこととはいえ、それだけでは龍司くんは立ち直れないどころか余計に堕ちていってしまいます。

 「今どうしようもないことが苦しい」ことに適切に寄り添えるのはトウリだったというのは完璧でした。彼女が強い善意の持ち主で、気配り上手で、凪くんにしたことについて謝ってほしいと願いながらも龍司くんを心配するような人格であることも理由の一つですが、「諦めて一歩も進まなかった」ことにかけてトウリは年季が違います。自分でも明確に意識できない頃から凪くんが好きで、ずっと諦めてサポートに徹してきたトウリなら、前に進む以外のところを見ることができます。「龍司くんは今苦しい」ということを問題にして、手を差し伸べるのではなく背中を支えたトウリの方法は、当たり前のように前進し続ける皆には当たり前に見えて難しく、また背中を支えるにせよ、その支え方すら滅茶苦茶上手かったという点はトウリの経験にもよるでしょうし、異常才覚にもよるでしょう。基本的に「トウリの頑張りが祝福される」ルートの結実として、「トウリと凪が繋いだ仲」が龍司にまで辿り着いて、「トウリが救う」のはトウリルートの成果として圧倒的でした。最初トウリが報われて嬉しい~! という気持ちだったのですが、トウリ怖すぎますね。一色奏命様が人材として希求する理由しかないです。こっわ……

 トウリに支えられてからも龍司くんが回復するまで滅茶苦茶時間が経過しているので、やっぱり龍司くんは傷を癒やす時間が必要だった反面、だいたい治ったらテイオーと凪くんが「いいかげんにしろ!」するのも必要なことで、やっぱりみんなが必要で、それを繋ぐトウリが強いです。

 裏方で経理し努力と贖罪を真摯に積み上げるつもりだった龍司くんが社長で承認されて混乱の極点に達する様はお笑いでしたね……体験版のときからずっと心配して、ずっと君のそんな姿を見たかったんだ……! 男衆三人で微妙にギクシャクしたりバチったりしつつも仲良くやりな……! あと状況が全て改善してもシンプルに夜刀くくるが龍司嫌いなの面白過ぎますね。ごく単純に、シンプルに、普通に嫌いなのでめっちゃ笑えます。トウリがなんとかするつもりらしいのですが、できるのか……? いくらトウリでも……いやしかしトウリだからな……

 当たり前のように龍司くんが最も頭の上がらない相手がトウリになっているのも滅茶苦茶可愛いです。超怖い空気出してる龍司くんがほわほわしているトウリに極大感情(非恋愛感情)を抱いて大切に接して、凪くんがモヤり、それを見たトウリが興奮しまくる流れはトウリが言うとおり何度もやってほしいですし、龍司くんは一生トウリを尊重するでしょうからトウリの望むようになるでしょう。どうしてこうなったんだろうね龍司くん。自業自得だよ! 君が頑張ったこと含めてね! あれだけの事件があって龍司くん再起に複数人がついてきたの尋常ではないですからね。龍司くん君凄いやつだからな。

 「ハミダシクリエイティブ」のひよりんルートを終えたときにすごいものを見た……と放心したのですが、「セレクトオブリージュ」のトウリルートは真逆の方向にすごいものを見て感服しました。ひよりんルート、兄妹ぼっちの閉じ方がめちゃくちゃ綺麗で大好きなんですけど、トウリルートの開いて開いて開きまくって龍司くんにすら届く、開きまくると不安定になって凪くんが不安になってトウリと完全にくっつく、というのは開き方が巧すぎて、どちらの味もそのときの気分で楽しんでいいんですか!? って頭がおかしくなりますね。僕は二人で閉じる不健全な話大好き人間なのですが、善意善意善意善意善意パワー! 気遣い! でトウリの化け物ぶりをみるとすっご……と震えてしまいます。凪くんとトウリがくっつくのは、トウリが最初からずーっと言ってたように「凪くんが凪くん自身を大切にしながらくっつく」この形だよなあという満足感しかないです。その過程でみんなと繋がりとんでもないことをするトウリのパワーも味わい尽くせました。量がおかしい! トウリルートですからね。親友のくくるも満足の量です。

 家族の話を奏命様でやって、みんなとの繋がりの話をトウリでやるの本当によかった……

 あと、ルート初手で予言する奏命様と、奏命様の言う通りになって吠え面をかく凪くんの図はお可愛いものでした。奏命様が言うならもう決定事項なんだよ……諦めな凪くん。魔王には勝てない。

夜刀くくるルート

 ほぼ夜刀くくるとフルネームで呼んでいる時点で負けてますからね。無理。プレイ前から頭を抱えていました。「この順番でやるべきではなかった」とプレイ前の僕が呻いていたのです。

 夜刀くくる、一生株を上げ続けるんですよ。トウリルートとか全員の株が上がるんですけど、夜刀くくるがなんか意味分からん勢いで上がり続けますしね。出てくる度に株を上げる。

 夜刀くくるはもう「この子が好き」、「この子と凪くんの関係性が好き」なので、ただ喋ってるだけでも満足できるな……という特大信頼で最後に置いたのですが、共通と他3ルートを通過したことで無事夜刀くくる大好き人間にされたので、この状態での夜刀くくるの過剰摂取は死の危険があると本能が告げていました。体験版時点で基準値を余裕で超えていた女ですからね。見えている死に飛び込むようなものです。崖から飛び降りたら人は死ぬのよ。

 無事に死にました。

 非常に重要な話があります。体験版時点で僕は凪くんを「スラム育ちの兄貴分」だと思っていました。そうして、本編3ルートを経て「凪くんかわいいなあ!」と思うようになりました。6割くらい奏命様ルートのせいですが、トウリにすらちょくちょく可愛く思われてますからね。蓼科さんはそこの部分はニュートラルで(いや、そうか?)、一色家は「うちの手のかかる可愛い弟凪くん」で、トウリとの関係では「ただの兄妹」が変わっていきます。なんかもう大歓楽街のお姉様方が凪くんと仲良いの、凪くん可愛いからなあ……と納得しかなかったですよね。

 僕は忘れていた……凪くんのお兄ちゃん力を……

 いや、凪くんがお兄ちゃんなだけならまだ良かったんですよね。まだ耐えられたと思います。夜刀くくるの末っ子力が凄いんですよ。末っ子みたいな甘え上手みたいな面は全然ないというか、むしろ不器用なんですけど、共通から3ルート辿ってくると「いつものメンバー」が勢揃いしていると夜刀くくる末っ子だよな~感がすごいです。

 滅茶苦茶聡明で頼れるんですよ。こう、一般に末っ子で想起されるような要素はあんまりないんです。慣れてないのか笑顔へたくそですしね。

 でもキュートの塊なんですよ。だいたいどのへんがスイッチになるのか本人がよくわかっていないので、トウリがバグって抱きついているときよくわかっていないし、めっちゃ目をキラキラさせてものを食べているときの本人の魅力を本人がよくわかっていません。

 興味関心の出し方が滅茶苦茶シンプルなので「好き嫌い」もはっきりしています。トウリ大好きガール。トウリは孤児院で姉属性を鍛え上げた関係性の怪物の妹なので、末っ子の夜刀くくるがトウリに懐くのは当然です。めっちゃ懐いてめっちゃ可愛がってますからね。無限に見ていられます。

 くくるのために、と七さんが短い余生を必死に燃やしていたのも共感しかできません。七さんは滅茶苦茶、滅ッ茶苦茶良い人なので、そして夜刀くくるは大切にしたくなるだけの価値がある子なので、わかりまくります。凪くんやトウリが夜刀くくるをもみくちゃにしだしてだんだん解れていったとき、七さん本当に安心しただろうな……と滅茶苦茶感慨深いです。

 凪くんはお兄ちゃん性が強くて夜刀くくるは末っ子性が強い。関係性の威力しかなかったです。わしゃわしゃ撫でられるのは好きじゃないけど優しく撫でられるのは好きだと秒で機嫌直して凪くんにくっついている夜刀くくるはなんらかの概念的な危険性がありますからね。こんな危険物セクター6以外の場所にあっていいんですか。セクター6にはないものだよ。

 とりあえず体を重ねようとするのは奏命様と同じなのですが、子を作るのと情報収集で目的が違うというのが面白いところでした。

 奏命様の場合、とりあえず子供を作ろうとしているのですが、夜刀くくるの場合データが欲しいです。恋愛感情は要らず、相手が凪くんであれば望ましいですが、凪くんでなければならない理由はありません。

 凪くんは「正しい順序で正しい結婚」の順序マンなので(ヒロインが守ってくれない!)、そういう性交渉はよくない、データも恋愛感情が付随している方が良いと主張して、その付随は確かに価値があるかもしれないと夜刀くくるも猶予をくれます。

 奏命様も難攻不落ですが、夜刀くくるも難攻不落です。どちらも拒否しているわけではなく、むしろ協力的なのに気持ちが湧いてこないので凪くんが七転八倒することになります。奏命様の場合それを可愛いと見ていますが、夜刀くくるの場合また見え方が違います。

 彼女にとって凪くんはとても大切な人で、一人で「何か」をする際も凪くんを思い浮かべていますが、自覚的には凪くんが恋愛的な意味で「好きな人」というわけではありません。凪くんのことは大切ですが、研究も大事です。

 性交渉に恋愛感情が付随することに有意義さを見出してはいますが、性交渉のデータがいつまで経ってもとれないことを許容し続けるわけにもいきません。

 凪くんが認めないなら女性向けのそういったサービスがあるのでそこで処理してくる、と平然と言い放ってきます。交渉のカードとして切るとかではなく普通にそうすると言い放つので、無限に心配になる……

 凪くんは順序大事人間なのですが、それ以上に身内大事人間であり、夜刀くくる大好き人間でもあるので、そんなことをされるくらいなら順序飛ばしてでも自分がやるほかなく、夜刀くくるは掌の上で転がしたわけではありませんが、凪くんとすることができるようになります。そして直前になって拒否。

 夜刀くくる本人は「???」となりつつ凪くんのことは大切に思っているので拒否したことに混乱しながら謝罪しつつ凪くんのことが嫌いでやったわけではないと大混乱しながら誤解されたくないと必死で弁明するのですが、凪くんはめちゃくちゃ喜んでます。ルートヒロインに寝室拒絶されて嬉しすぎて頭おかしくなってる主人公……

 凪くんといえば奏命様の掌の上で転がされる男です。拒否しようとしても結局いいように転がされます。

 夜刀くくるの前では凪くんはそもそも自分は夜刀くくるにノーと言えないのでは? ストッパーになれないのでは? 飼い慣らされた従順なわんちゃんだわ、とかなりおしまいになっています。転がされる以前の問題。末っ子にお兄ちゃんが勝てるわけがなかった。

 はじめて本気で凪くんを誘ったときもドキドキより安心が強い、いないと不安、と言っているので夜刀くくるもだいぶおしまいです。さすが一緒にお風呂入って密着してリラックスしながら一人でしているときのことを話す子は違う。お兄ちゃん性を有していると弱点を突かれて夜刀くくるを滅茶苦茶大切にしてしまうのですが、夜刀くくるを滅茶苦茶大切にすると夜刀くくるに効くので両方陥落する……夜刀くくるは異性愛者なのでお姉ちゃんと妹で発生するとトウリとくくるになります。なるほどなあ……

 末っ子なのですがどんと構えているのですよね夜刀くくる。凪くんは手汗とかめっちゃ気にするのですが、気にならないと平然と安心させてくれたり。テイオーの姿勢を肯定するときも夜刀くくるは自信を持って彼を肯定しています。末っ子なんだけど滅茶苦茶聡明でしっかりした軸持ってて尊敬できるところがあってぇ……と夜刀くくるを語るとクソ面倒くさい溺愛お兄ちゃんみたいになります。お前が夜刀くくるを自慢したいのはもうわかったよ。

 割とあたふた可愛がっている、可愛さに振り回されている兄と余裕たっぷりに甘やかされて好きだから安心しろと構えている末の妹みたいな感じになっているので、無限に無敵を浴び続けることになります。七さん良い空気吸ってるなあ。

 夜刀くくるが可愛くてしっかりしていてすごいやつだという話は無限にできるのですが、夜刀くくるにも重要な話があります。家族の時間的な有限性です。

 夜刀くくるの両親は早世しています。家族への愛が強かった彼女だからこそその傷は非常に深く、もう二度とそれを負いたくないと思っているので家族を作ることに恐怖があります。正確には自分を置いていく家族を作りたくない子です。

 だからオートマタ研究を達成し、自分を絶対に置いていかない家族を作ることが夜刀くくるの目的でした。家族が欲しいけど失いたくはないわけです。人間相手では達成不可能な願い、なぜなら人間はどれだけ注意しても不慮の事故で突然死にかねないからです。オートマタならマテリアルボディに何か不慮の問題が発生してもそのリスクに最初から備えておくことができます。作り上げることができれば、自分を置いていくことのない家族ができる。だから夜刀くくるは頑張って研究しています。

 一時期の七さんもひどく必死でした。彼女の余命が短いからです。夜刀くくるは七さんにはかなり心を許していますが、夜刀くくるのそばに家族がいないのも事実です。だから、自分が力尽きる前に夜刀くくるを一人にすまいと七さんは必死でした。研究を達成すれば、自分がいなくなってもひとりぼっちにさせることはない。

 凪くんたちが来て、七さんの焦燥感はなくなりました。もう大丈夫。

 七さんはとんでもなく優しい人です。思い遣りのある人です。余命幾ばくもない、タイムリミットがあるのになぜそこまで、と思えるほど必要な時期まで「待てる」人です。

 くくるの「大切な人を大切に思う」気持ちが凪くんとの関係で十分育まれてから、七さんは「永遠はない」と口にします。くくるからすればオートマタ開発が成果を出し、モンステラが家族に値する存在になれば永遠の家族を得られます。

 くくるの視点では。

 モンステラがくくるの家族に値する存在になってしまったならば、今度はくくるがモンステラを置いていってしまう。利用する対象としてではなく、とても大切な存在としてモンステラを完成させようとくくるはしていたので、くくるが望む形でモンステラが完成すると、絶対にくくるがモンステラを置いていくという形が訪れてしまいます。

 七さんはモンステラの完成に意欲的です。そして、くくるがモンステラを置いていく形になってしまうことにも否定的ではありません。むしろ、残るのはネガティブなものだけではないと肯定的に扱おうとしています。

 くくるがモンステラを置いていくこと。くくるが両親に置いていかれたこと。近い将来七さんがくくるを置いていくこと。全部ネガティブなだけのことではないのだと、くくるが身内として深くに人を置いて大切にするようになったからこそ七さんは告げて、そのアドバイスも性急に答えを出さずにゆっくり考えていいという扱いです。

 理知的な二人らしく、考え方がぶつかっても不仲になることはなく、むしろ研究者としては日常茶飯事なのでぶつかることはあまり気にせず、七さんはくくるにとって大切な家族のような人のままで、モンステラにもそういう人がたくさんできてほしいとくくるは思っています。

 これは義論的な問題ではなくて情緒的な問題なので、七さんとしてはくくるが孤独なら死ぬまでにオートマタを完成させねばならず、くくるによりよい希望が見えそうなら適切な時期まで待ってから必要なことを言う人です。とんでもなく愛情深い上に、思慮深い。くくるが当初から身内に置いているのも当然という存在でした。なんだァこのどちゃくそいいひとは?

 くくるは最終的にモンステラを人間に尽くすパートナーとしてだけではなく、自分の夢を探すオートマタとして定義しました。モンステラはそのような存在としてファイブを救出し、三人は家族になっています。

 くくるを中心にファイブとモンステラが座る様は家族の姿そのものです。少なくともくくるとモンステラは母娘と断じて間違いない関係であり、くくるとファイブ、ファイブとモンステラも家族です。制度的な話だけではなく、くくるがはっきりとファイブを「うちの子」と断言しています。

 不健康な大食いをするくくる(その始点はトウリにあるというのがトウリパワーを感じます)は、ファイブとモンステラのお小言を受けて幸せそうな顔をしていて、家族というかお母さんそのもののような表情をしています。どんと構えて末っ子オーラを出し、怒られながらお母さんオーラを出す。夜刀くくるは無敵の存在かもしれません。

 それを外野から七さんと凪くんが見守って、呼ばれた凪くんがその輪に入っていくという姿は一種の芸術なのでこの風景にはとんでもない値がつくと思います。モンステラとファイブにくどくど言われつつ幸せそうなくくるのもとへ駆け寄る凪くんを見守る七さん。「全て」がここにありますからね。

 ファイブの周りにはくくるに甘い人間しかいない。くくる様には誰も敵わない。夜刀くくるは二人が言うような形で愛されていてほしいですし、その愛をファイブにもモンステラにも注いでいるので完全に完成した思いで、もう何も思い残すことはありません。

 家族のため駆け出した手負いの獣である凪くんの物語からはじまり、この作品を締めくくる最後のルートとして「くくるルート」を終えたこと、本当によかったと思っています。

 僕にとっては全てのルートが宝物で、しかもこの順番でプレイする必要がありました。家族になる。家族を含めたたくさんの人たちと繋がって奇跡を起こす。家族はいつか自分を置いていくし、自分もいつか家族を置いていくけれど、ネガティブなものだけが残るわけではない。そして今に価値がある。プレイしてよかったと、強く思います。

関係性を描くキャラゲー

 「セレクトオブリージュ」はピーキーなキャラゲーだと思います。シナリオゲーなら掘り下げるだろうギミック・設定をキャラゲーには必要がないので精緻に開示することをしません。

 キャラゲーでありながら悪意や憎悪といった負の感情が結構な生々しさで立ち絵つきのサブキャラクターに搭載されています。たとえばハミクリでも生卵のようなえげつない悪意はもちろんあったのですが、スポット的にではなく作品に通底するものとして悪意や憎悪はそこにあります。セクター6はあるのですし、そこには死人や廃人がいくらでも転がっているでしょう。

 キャラゲーだからキャラゲーに不要なものを掘り下げることはしないのですが、キャラゲーにしてはえぐい要素がしっかりあります。

 冒頭で述べたようにそれを中途半端であると評することも適切だと思うのですが、私としては「徹底的にキャラゲーをしてくれたな」という思いです。

 キャラゲーはキャラクターと関係性を見せてこそと私は思っています。そこに価値があると。全てはそこを輝かせてこそと。そして「セレクトオブリージュ」はシナリオゲーでなく、キャラゲーの枠内に汐莉ちゃんや龍司くんを強く置くことができ、最後には彼らとも大団円に至ることができると僕には示してくれました。珠賀良区のような場所を突然奇跡的に解決することはできないとしても、一歩一歩頑張っていく姿勢を見せてくれました。

 「反逆の成り上がり学園恋愛ADV」についてはだいぶ嘘吐け!! と思っているのですが、珠賀良区も汐莉ちゃんも龍司くんも凪くん自身も、「どうしようもない」などということはないと牙を剥いて、一見「どうしようもない」現況を少しでもよくするために、善い人としてさらに善く、さらに有能に、成り上がってみんなで力をあわせていく姿はジャンル嘘吐いてないかもしれん……とも思います。

 トウリが龍司くんに向けたような、「最前線」を走ろうとして挫けて悪をなしてしまった人への、加害者への再起の可能性と、再起する前にそもそものその苦しみに寄り添う姿勢が伴っていたのはなお素敵でした。テイオーのような姿勢も、トウリのような姿勢も、本当になかなかできることではないですからね。

 キャラクターと関係性の編み目でかなりアクが強いまま汐莉ちゃんや龍司くんを排斥せず、必死で寄り添おうとしたことにキャラゲーとしての愛情の深さみたいなものを強く感じて僕はとてもこのゲームが好きです。

 キャラゲーでその苦しむ背に触れることは無理なんじゃないかと思っていたので、「セレクトオブリージュ」が懸命に切り拓こうとする姿に強く胸を打たれました。体験版やってからずっと龍司くんの心配してましたからね僕は!!!!!

 家族の話も加害の話も永遠の話もキャラゲーとして真面目にやったことを絶賛したいです。

 キャラゲーの可能性に挑戦したというだけでなく、主たるヒロインの魅力も途轍もないものがあったと思います。蓼科さんに何されたのかわからない、謎の特大感情を食らっているのですが、蓼科さんのことマジで言語化できないので何……? ってずっとなっています。蓼科さん変なことしてないはずなんですけどね。トウリ、僕の根本的な好みはひよりんなんですけど、逆に開いて煌めいたトウリの姿を眩いものだと思っています。眩い、僕の拙い人間への最高表現。ひよりんのように「社会の中で閉じる」ことはとても、とても難しいことです。ですが、一定の関係性の中でぼんやり生きることはそれなりに楽です。「すごい人をたくさん巻き込みながら最後には自分が闇の底にいる人の手を掴み、しかもその人とは関係なく自分は自分で夢を叶え、自分の好きな人について心配していたことを解決する」――異常存在ですからね。なんだこいつ。こわ。デバフ系妹の特化存在がひよりんだとしたらサポート系妹の特化存在がトウリです。こいつら滅茶苦茶する……入れといた方がいいですよパーティー組むなら妹は……夜刀くくる、体験版で一日の摂取基準を遙かに超える夜刀くくるをブチ込んできた女。防御態勢をとりながら製品版に挑み、ルートを終えるたびに夜刀くくるを読むのが怖くなり、最後に無事叩き潰されました。やめてよね……最大出力の夜刀くくるの射出は法で禁止されているんだよ……セクター4以降には法執行機関が介入できない? そっか……一色奏命様!!!! 美少女ゲームで絶対僕の癖にならない女がぶっささって癖の扉が開かれました。今全ての世界が違って見えます。蒙を啓かれた僕は今まできちんと理解できなかったものたちへの再履修の必要を強く感じています。奏命様、色んな人に刺さると思うんですけどたぶん哲学徒に特効ついてませんか? いや確かにご本人が哲学書好きとはいえ、おそらく岩波の青ラベルのような古哲を愛読しているとは思うのですが、僕みたいな英米系の現代分析哲学好きの人間の心臓をブチ抜く形もしている。他分野の哲学徒、奏命様刺さる?(何?) キャラゲーは主人公も大事なんですけど、凪くんが本当によくて。僕「反逆」も「成り上がり」もジャンルとしては好きじゃないんですよ。でも「セレクトオブリージュ」は読めた。凪くんの性格によるところが大きいと思います。彼は説教臭いお兄ちゃんなんですけど、邪魔者を排除して成り上がっていく過程で無理矢理他人の価値を塗り替えたり、蹴落としてから痛めつけたりしないんですよね。ただただ家族のために一生懸命。身内に入れたらその人のためにも一生懸命。他人の価値観も尊重しようとする。だめなところもあるからボロボロになったり、かっこ悪いところを見せたりもしながら、精一杯頑張ってくれる。ヒロインみんなに対してそうなんですけど、順序を大切にしようと求める姿がとても彼らしいです。恋愛ってよくわからないけど、恋は大切だと思う。僕はこの初心さが好きです!!! エロ本作りまくってたエロさを持っていてなお、恋が大切で相手も大切という所が滅茶苦茶好きですね!!!! くくるをはじめとして順序が滅茶苦茶になってしまうことが多々ある凪くんですけど、大事なのは順序それ自体じゃなくて、何もわからないなかで相手を大切にするために恋は大事だと思うと叫ぶことなんですよね。必死で相手のことを想ううちに順序がぐちゃぐちゃになることはあるとしても、なにもわからないなかで相手を大切にしようとするための最初の指針に普通の恋を掲げる姿、とても好きです。相手を大切にすることばっか考える。もっと自分のことも考えろ~というトウリの念が飛ぶ。

 スーパー早口マンになりましたが、「セレクトオブリージュ」は可能性を切り拓く実験的作品に留まっておらず、キャラゲーとして各ヒロインや主人公を代表としてとらえても僕には魅力的でした。滅茶苦茶!!!!

 でも、ピーキーなのもわかるんですよ……!

 僕にとって「セレクトオブリージュ」は滅茶苦茶素晴らしい、ずっと大切に思う一作になったのですが、「セレクトオブリージュ」が一般に高い価値を有するのかは全然わかりません……商業として有力なのかも……

 でも、めっちゃ売れてめっちゃ良かったって声をたくさん聞きたいです。

 なぜならキャラゲーの可能性がこれだけ開かれても問題ないことが常態になってほしいからです。キャラゲーにも色々種類があると思うのですが、あわよくばこういったピーキーなものに一定の需要があるととても嬉しい……な、なぜなら需要があることがわかったら供給がくる期待があがるだろうから……へへ、こういうのたくさん読みたくて……へへへ……我欲です……!!

 なので、これは「あったよ! 需要がひとつ!!」という叫びです。サンプルとしては1の数値しか持っていないのですが、叫ぶやつはやかましいですからね!!! 声量は出せます! あわよくば騙くらかされてくれ……

 もちろん僕は「キャラゲーってよくわからないけど入門何やればいい?」って訊かれたら「ハミダシクリエイティブ」と即答する人間なので同時にそっち方面を研ぎ澄ませることを応援するものでもあります。全方位応援団。

 あと、伝わるかどうかわからないんですけどタイトル画面で夜刀くくるが抱きついてるのがトウリではなく奏命様で、奏命様が若干驚いた感じの顔してるの良すぎませんか? 奏命様の奏命様性を徹底的に味わい尽くし、夜刀くくるの夜刀くくる性を受けきった後にこの構図見るとかなり頭がおかしくなります。好き。

非攻略対象という地獄

 体験版時点でファイブと叫んでいた僕は成仏しましたよ。もちろんファイブルートがアペンドで出たら欣喜雀躍しますよ? しますとも。それはそれとしてくくるルートの最後を見たらもう成るじゃないですか。ファイブがそこでしょうがなさそうな顔をしているなら、僕はそれだけで幸せなんです。いや、満足しているだけで供給が来るなら気が狂って食いつきますけどね!!

 七さんも完全じゃないですか。あの三人のもとに歩み寄っていく凪くんを見送る七さん。もうそれで全てですよ。僕は全てをもらいました。これ以上求めるのは欲張りが過ぎます。いや、それでも痛切かもしれない、希望に走るかもしれない、何もわからない七さんルートが来るというなら予備動作なしで飛びつきますよ!! それはそれとして、七さんはすごい人だ。七さんみたいなことをするの、絶対に難しいと思うんですよ。相手のことが大切であればあるほど自分の時間制限に焦ってしまうというか。タイムリミットを自覚していながら、適切な時まで待ち、適切な時に適切なことを言う。人格ができすぎてません? ふ、わ、の。本人も述べていましたが彼女の口から放たれるこの3つの音の連なり、綺麗過ぎます。好意を持ってそう呼び続けてくれたことに意味と価値しかない。完璧。

 ですからね、体験版時点で「好き過ぎる!!!!!」ってなっていた二人については満足なんです。素晴らしい景色を見せてもらったので成仏してます。でも悪魔の女がいるんですよ。

悪魔の女

 こいつ!!! 北条空!!!!!!!!

 いや、聞いてくださいよ。僕年下キャラ好きなんですよ。なので、全員先輩で弟扱いしてくる一色家とか好みの射程範囲外であれ??????? 何が起きている???? 奏命様にバグり散らかしながら同時に北条姉妹からの弟扱いに完全に破壊されていたんですよ。意味わかんなかったですね。

 北条姉妹、華奢じゃないですか。繊細な外見というか。一年の外見というか。三年なんですよね!!!!!! 奏命様と同学年!!!!! 一色家の三人はそりゃあ仲良しだろうなあ!!!!!! 発狂。

 で、北条空とかいう悪魔なんですけど、冷たく接してくれてる間は安心なんですよ。体験版の時点で危険性を認知してませんでしたからね。

 でも奏命様のルートに入ると、北条姉妹がどんどん身内判定出してくるじゃないですか。北条空、この澄ました表情と澄ました声でラフに弟扱いしてくるじゃないですか。奏命様のルートを進めながら北条姉妹の危険性にジワジワ気づきつつあったのですが、「えらいっっ!!! 偉すぎるよっ!」を食らった瞬間にあっもうおれダメだってなりました。その直前の北条花さんの「よーくぞ言いましたぁぁぁあ、布波能くんっ!」もだいぶヤバいのですが、北条花さんのことを深く考えると新たな癖の扉が開きそうなので必死に考えないようにしています。北条空は考えてしまったので終わりです。

 あの華奢で澄ましててだいたいゴミカスみたいに見てくる三年の北条空がですよ、滅茶苦茶感極まって「えらいっっ!!!」って褒めて激近距離になるんですよ。

 だいたいあいつ口調がずるくありません? ラフなのに涼やかな品がちゃんとあるというか。凪くんが頑張ろうとしたら「うん、いい心意気だよ」とか「焦らず頑張っていこうね」とか言ってくるんですよあいつ。頑張ったら「勉強の成果が出てきてるねっ!」とか。

 凪くんはどこの馬の骨ともしれん、いえ一色家が一時支援してたPJのデザイナーチャイルドなのでどこの馬の骨なのかしれんとは言えんのですが、ともかくスラムの薄汚い野良犬が国を背負うご当主様の婚約者の家で過ごすことになって、家族同然の従者がその野良犬にこの距離感で接してくるんですよ。

 しかもこの悪魔三年で野良犬二年ですよ。頭おかしくなる。

 しかもからかうだけからかって「反応がいいからつい、ね」とか。この距離感でアイス一口食わせてきたりするので悪魔以外に形容する言葉がないです。なんといっても上が魔王ですからね。悪魔で何もおかしくないです。

 意識したら奏命様の婚約者として「自覚が足りてないよ」って窘めてくる。挙げ句に「自分たち以外の女とは」この距離感は駄目してきますからね北条姉妹。悪魔の女。何らかの法に触れるというか普通に奏命様のお仕置き案件になりましたね。当たり前。まあお仕置きされたのは反応してしまった凪くんなのですが……魔王と悪魔……

 いやでも凪くんやトウリが「弟妹」判定出したやつに出す距離感見てると北条姉妹の「手のかかる弟」としてのバグ距離も凪くんは文句言えないですよね。くくるもそうだと言っています。僕の頭はおかしくなりますけどね!!!

 「一色姓になったら凪様呼び問題」にうわー夫婦別姓にしない? とか布波能くんは布波能くんって言ってた北条姉妹が良い機会だからの一言で布波能くん呼びから公的な場では凪様、私的な場では凪くん呼びすることに何の抵抗もなくなっていて、そうされることに凪くんは照れるけど嬉しさの方が大きくて、彼女たちも同じとかバグり散らかしてるとしか言いようがないです。

 一色奏命、布波能凪、北条花、北条空で一色家の家族ですからね。一緒に暮らす家族の仲が良いのは良いことではないでしょうか。四人の仲が良すぎるのでこの家の空気が無限にうまいのですが、一色家とかいう魅力の塊で攻略できるの奏命様だけなんですよ。バグ?

 この近さ、この距離感で「姉属性出してる北条姉妹と手のかかる弟の凪くん」しか関係性を見れないんですよ。

 なんか北条空を意識しだして頭おかしくなってる凪くんに北条空本人は「えぇ……」みたいな顔してて、北条花は最初反対派で段々ノリノリになって弟判定出すようになってきて、奏命様はルート突入の段階で凪くんは一色家入りで詰み宣言して凪くんにそれはないって言わせてエピローグで奏命様に煽ってもらいたいじゃないですか。「えぇ何?」ってなってる北条空に初心すぎるアプローチを繰り返す凪くん無限に見たいですからね。北条花さんについては考えないようにしています。考えると癖が開闢しかねないので。

 ルートがない! ルートがない!!!!

 ルートがね、ないんですよ……非攻略対象……

 僕の射程範囲は年下で何故三年しかいない一色家でこんなことになっているのですかね。おかしいんじゃないですか一色家。おかしくなっているのは僕なんですよね。

 最高のゲームだったんですけど、だからこんなことになってしまっているんですね。

 北条空、何?

 たすけてください。

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