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父と数字についてかんがえる

実家に帰ってから父とテレビを見ることが増えた。全国の特産品を外国の人たちに試食させてランキングを決めるという番組をぼんやり見ていたら父が紙に丸をいっぱい描きはじめて、なにか言っている。なにを言っているのかは聞き取れない。

父のことばが聞き取れないことはよくある。父は脳梗塞の後遺症で失語症の状態にあり、発話をしても意図とはちがうよくわからないことばになってしまうことがとても多い。よくよく耳を傾けると「1、10、100」と数えているようだ。「数字?」とわたしは言う。父はどうやら「1000、万、10万」とその続きを言っているらしい。

「値段?」父が強くうなずく。そういえばこのあいだなんでも鑑定団を見て「500万円か〜〜〜」と感嘆していた。値段! しかし丸をたくさん並べた父がなにを言いたいのかははっきりしない。

父は丸を並べては1、10、と続けている。そのうち父が「4つ?」と言ったのがわかる。4つ?? 父は丸を4つごとに仕切りはじめる。ああ、とようやくわたしにも見当がつきはじめる。数字の数え方が変わる(1万へ、1億へ、など)区切り目はゼロが4個か? と問うているのだ。4つ!

わたしは父といっしょに数字をかぞえる。1億を超えると父は「たかいな〜」と言った。1億円なんてわたしは見たことがない。しかし数字のうえなら扱える。「たかいね〜」とわたしも言う。その数字のあり方を父はわからなくなっていて、きっとまたすこししたらわからなくなってしまうだろうと思う。そういう症状なのだ。それでもよくて、わたしは父と何度でも考えるつもりでいる。

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井口可奈
ものを書くために使います。がんばって書くためにからあげを食べたりするのにも使うかもしれません。