或る姿の美しさ

1Kに住みたいんだよね。

少し都内を外れた、例えば駅徒歩25分とかの文明から凄く離れたところ。
風呂なんか無くていいし、トイレも供用でいい。コンビニも遠くていいからひとりで何も持たずにひっそり住みたいんだよね。

週4回軽く働いて、適当にご飯食べて、平日はボーッとして休みの日は散歩して、適当に河原でギター弾いて、合間でYouTube見て映画を見て。なんかそんな生活をしたいってずっと思ってる。

現在はそんな思いとは裏腹に三交代でビチビチに働いて、毎日ご飯食べて、家族と出かけ、自転車にせっせと乗り、外を走り、曲を作り、推しのYouTubeを追う忙しない生活をしている。

多分憧れなんだろうな。要はないものねだり。
漠然とした憧れがあるからせっせか作品を作り、自転車に乗り遠くへ行くんだろう。
憧れへ上位互換を当てて昇華しようとしているなんて我ながらとても臆病な行為だと思う。

男はホラ、本来アレ。たらふく酒飲んでいっぱいのおっぱいに埋もれて部下に説教垂れるのが1番脳に効くんだっけ？だとしたらおれの理想は真逆だ。

たま〜に飲み会をやり、コソコソと風俗に行き、蛮虐性を博打でいなすスタイルがサラリーマンの間でメタになるのも分かる。

おれはめっきりコレがダメ。逆張り星人だからってのもあるけど刹那的に生きられないんだよね。飲み会の次の日は悪い体調と空の財布に辟易するし、風俗で射精しても心がさもしくなる。そもそもドケチだから博打なんてやったら蕁麻疹が出る。

と来て何になったかと言うと空いた時間に体を鍛えて曲を作るVtuberおじさんが出来た。

今度はそれすらも逆張りし出してふんわりスローライフに思いを馳せているんだね。

阿佐ヶ谷駅徒歩25分のボロ屋で、何をするでもなく遠くを眺め、散歩をして昼寝をするおれに思いを馳せてる。

1Kに住んでみたら良いんじゃないかな。
その音楽とやらで稼いだ金で。

-音楽が金になるかいな-
-ほなヒット曲をドンドン模倣せい-


-そりゃちょっと…興が削がれるってもんよ…-

ないものねだりの鬼ですなぁ。
その次は何かな。海の近くに住みたいかな。
キャンプ始めたいんだよね。かな。

空想を巡らす自分は変な奴だ。満足出来ない時間も愛おしい。

アラモ

谷垣くんの家は地区でも随一の豪邸だ。
漫画みたいな門の奥に、漫画みたいな豪邸が建っていて、サルチネスのサイキック家そのものだ。
谷垣くんは家に帰った時にアラモって言う。
貴族みてぇな母ちゃんもアラモって返す。おれらはｵｼﾞｬﾏﾝﾏｽと小声で言う。

ある日魔が刺して学校で谷垣くんにアラモと言ってみた。
あいつはマントルが吹き出したみたいにキレておれを殴り狂ってきた。
あまりの殴りっぷりに仲間がドン引きして止めに入ってきた。
仲間たちは怒り狂う谷垣を宥めながら引き攣った顔でおれに注意した。
殴られたことがあるやつは分かると思うがあまりに殴られ過ぎると口の中にジャムが広がる。
おれは給食のダージリンを口に含み即席ロシアンティーを作った。クソみたいな味がした。みんな◯ねばいいのに。

帰り道、車窓に流れるドヤ街を眺める。みな真っ黒な顔に不満を貼りつけくたびれ果てている。いい歳こいた大人が取っ組み合いの喧嘩をしている。犬がホームレスを食っている。

おれもいつかこうなってしまうのかと恐れ慄くがショーライのコトなど知ったことではない。
毎日狂ったように続くキョーイクってやつと、いつか来るオジュケンってやつを頑張ればこうはなるまい。

やがて家に着いた。
重厚な門を抜け
玄関の扉を開けておれは一言
ポマダと言った。