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普通列車でいこう (中)

前回 ↓



三日目

パスのオプションで北海道新幹線に乗れると分かったので急いでホテルを出て新函館北斗までの特急に乗ったがその特急は室蘭本線を通ることが分かった。もう車内に乗ってしまったので引き返すことはできない。つまり今回の旅行で室蘭本線を3回行き来することになる。本当は違う景色を見たかったが…まぁいいさ…長生きしよう。今後の楽しみがひとつ増えたのなら。
それにこの列車は小幌を通過するのだ。見るだけだとしても日本一の秘境駅を実見できるのは良かった。別にどこにだって楽しめるものはあるのさ。
特急車内の3時間半、後悔と言い訳の絶えないポジティブ思考が始まった。
駅で妻が夫を見送る。いいね。
芒と白樺の森がよく見える。いいね。
近くに綺麗な女性が座っていたのでずっと見ていた。花より団子、なによりも美女である。その女性は黒髪であった。整えすぎない肩までの髪に、若干くたびれた服とスニーカー。その不揃いさが絶妙だった。彼女に触れられたら、どんなにいいだろう。
小幌駅を通過する。トンネルとトンネルに挟まれているので通過するのは一瞬だ。がんばって見た。1日目にここに泊らなくて良かったと思った。あれは秘境以外のなにか寂しさのようなものを感じる。
芒野原に一本の道、雲影の映る田園、海なりに沿って弧を描く線路、蒼い碧い海、その向こうに函館山が見える。
夏の一大冒険綺譚となるはずだったが、青さみずみずしい青春とはまた違う、もっとなんでもないものに美しさを感じる旅だ。

新函館北斗駅に着く。
ここから新幹線で新青森駅まで行く。
青函の長いトンネルを抜けると本州であった。
青森に入ってからの景色。北海道は植物も木々も独特な気がしたが、本州に入ってからはただの濃い緑の森、山。といった感じで親近感を覚えた。
新青森駅に着く。ここからまた鈍行の旅だ。
駅のホームにておばあちゃんに仏ヶ浦までの行き方を聞かれ説明しているうちに自分も青森まで行って正解なのか不安になり乗らなかった。結局正解ではあったのだがまた30分ほど待たねばならない。ため息が出そうになったが、これも旅の付き物だ。思ったとおりにならなかった楽しさというのもあるのさ。
青森から、八戸まで。部活おわりの汗の乾いた学生たちが多く乗る。ちょうど夕陽が列車の真後ろに。俺たちは今、日の入りから逃げているのだ。
熱く耀く空は森の暗さを助長する。
八戸から、盛岡まで。すっかり日は暮れて外は暗い。暖かい座席に窓から流れる外の風があたる。
ちょっと肌寒い感じ、嫌いじゃないよ。
盛岡に近づくにつれて街の灯が増えてくる。やはり光は人間にとっての安心であり、ホッとした気持ちになる。
盛岡駅で駅寝したかったが、駅員に辞令的に追い出され深夜の街を彷徨う。連々とぶら下がる裸電球の川沿いで酒を呑んでる人々がいた。5・6人くらいか。深夜1時というのに小学校低学年くらいの少女の遊ぶ声がする。だが相手をする大人たちの声はとても良い人そうだ。このままここに居ても、おチビとその取り巻きを不安にさせるだけなので思い切って話しかけた。その内の一人がホテルまで案内してくれたが閉まっていた。
「さっき子どもと遊んでいましたが…」
「川沿いのカフェテラスで店をやっているんですが、そこの常連
のお客さんとそのお子さんですよ」
「でも明日も学校があるんじゃないですか」
「まぁ…眠くても行くでしょう」
…嘘だろうか。別に犯罪を疑ったわけじゃない。
あの優しさは本物だ。
結局駅前のベンチで寝た。よりによって風が強い。夏なんて微塵も感じない、これは極寒だ。
駅のなかでも少し寝ようとしたが、すでに場所をとっていた覇気のないジジババたちのオーラに圧倒されたのでやっぱり外で寝た。


四日目

朝の光。寒い。残暑はどこ行った。
仙台行き。車内から空を見上げる。太陽が真円にくっきりと見えた。まるで満月のように。
山と田んぼのただの田舎。景色がひらけていると空も広く感じる。
途中巨漢が乗ってくる。同い年ぐらいで、普通にいい奴そうだったが。何でこんなにウインナーの匂いがするんや。
近くに座る貴婦人たちが「寂れたねー」と話していた。
そうかここも昔は。
仙台駅に着いてからご飯を食べる。なんでもない食堂でカツ丼を食ったが、どこか懐かしさを感じてしまうほど素朴な味だった。我々は舌が肥えすぎてしまったのかもしれない。
仙台駅から宇都宮駅へ。到着したころにはすでに茜色の夕日といった具合で、学校帰りの高校生たちが輝いて見えた。
つい数か月前までは私も高校生だったのにね。
宇都宮のホテルに泊まる。寝落ちしてしまったので夜11時にコンビニへ向かう。客引きに遭う。
「カワイイコイッパイイルヨー(甲高い声)」
「お兄さん夜どうですか?(野太い声)」
しつこくなかったのが幸いだがやはり怖いと思った。礼文駅で終夜過ごすより怖いと思った。
夜おそく、ホテルのコインランドリーを使う。
疲れた脳はなにも動かない。
乾燥を使っても熱く湿るんですね。


五日目

朝起きて簡素な朝食を食べ、チェックアウトし外へ出る。細雨であって冷んやりする。沖縄の人はこれぐらいじゃあ傘はささないだろうな。昨日寝過ごしてしまい宇都宮の餃子を食べに行けなかったので喰いにいく。普通のものと違いがよく分からなかった。
湘南新宿ライン逗子行き。平日の昼前なので人は少ない。途中鬼怒川を渡るので見ようとしたが、寝過ごしてしまった。赤羽へ通りゆく橋の上。水色の街の遠くにスカイツリーが見えた。遂に東京へ来たのだ。
錦糸町に着く。二泊三日で景色の綺麗なホテルに泊まる。ホテルに着いてチェックインを済ませ部屋へ向かう。せっかく良い部屋にしたんだからお願いだぞ。心配と期待と寝不足でふわふわしていたが、部屋からの景色は中々のものであった。
黒の摩天楼が林立し、誰も通らない一本道には街灯だけが順序よく光を照らしている。その中に一本、
徒手空拳に空へ突くスカイツリーが見える。
きれいじゃないか。

すこし曇っている



最終回 ↓


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