「社員を大切にする経営」の原点

「『社長』はどう考える? お客様と社員とどちらが大切?」の投稿で、ネッツトヨタ南国株式会社相談役の横田英毅さんが今から30年以上も前に「社員を大切にする経営」を重視されていたことに触れました。

世間の多くの経営者が「顧客満足」をしか考えていないという中で、どうして横田英毅さんは社員の幸せこそが第一という信念を持たれていたのでしょうか。その原点について伺わせていただいたことがあります。

横田さんは、1980年にネッツトヨタ南国株式会社を創設した、その時点で「社員の幸せが第一」「社員を大切にする経営こそが必須のもの」と確信されていたそうです。経営というものは、社員の幸せを第一に考えてするものであり、それ以外の何物でもないということです。

近年になってようやく「社員が大切」「社員の幸せが第一」と発言する社長が増えてきましたが、その傾向についても横田さんは、「それが正解だということが理解されたというだけで、本心からそう思って経営をしているかどうかは別ですよ」と評価されていました。

横田さんの場合、どうしてそのように考えるに至ったのか、経営の経験を通じての結論というわけではなく、ごく自然とそのような考えを持って経営にアプローチされていったようです。それは、横田英毅さんのお祖父さまであり、西山グループ共同創設者である横田亀太郎さんからの影響が大きかったのではないかとお話されていました。

横田亀太郎さんは明治の終わりごろ、28歳で高知県に赴任してきた牧師と出逢います。横田亀太郎さんが30代の頃のことです。たまたま牧師さんのスピーチを聞いた横田亀太郎さんは、「この考え方は会社経営にとても役立つ」 と直感されたそうです。

牧師さんの考え方は、まず「価値前提」。「事実前提」ではないということです。なぜかというと、宗教というのはもともと人を幸せにするためのものだから。「幸せ」という観点から宗教を見つめてみると、「価値前提」以外にも経営に関係する事柄がたくさんあるのです。宗教は「全体最適」を考えています。それから、「目標よりも目的が大事」ということも重視されています。「満足」より「幸せ」が大事であるとか、「結果」より「プロセス」を大切にしないといけないとか。それらは全て宗教において教えられていることで、そのまま経営に結び付けて捉えることができます。

そうして横田亀太郎さんと、ビジネスパートナーであり西山グループ共同創業者の西山亀七さんは、日曜日のたびに二人で教会へ出かけるようになったそうです。さらに、その牧師さんのお話を社員の皆さんにも聞かせたいということで、日曜日を休業日にしました。当時、日曜日にお休みするのは学校・役所・銀行くらいで、一般の民間企業は日曜日は休みではなく、盆・暮れ、正月以外はずっと仕事していました。そんな時代に日曜日をまるまるお休みにして、全社員を連れて教会へ行っていたというのです。

朝礼では聖書の一節を読んで、皆でディスカッションする。いま西精工さんが実施されているようなことを、聖書をもとにしてやっていたそうです。一週間のうちに一日休むのですから、生産性が7分の6になるはずです。でも、生産性、生産高は下がらなかったそうです。西精工さんでも、一日のうち1時間朝礼をするから生産性は7分の6になるはずなのに、生産性は下がっていない。むしろ上がっている。沖縄教育出版さんでも朝礼を1時間以上もやっていらっしゃいますよね。朝礼を長くすればいいというわけではありませんが、朝礼の場を社員の価値観を合わせる、働きがいを高めていくための仕組みとして活用しているのです。良い会社づくりの一つの方法として有効なのですよね。

そんな経営をされていたお祖父さまからの影響、刷り込みがあったのかもしれない、というのが横田英毅さんのお話でした。

また、横田英毅さんが5、6歳のころの記憶として、毎日お祖父さまと並んで同じ布団の中で寝ていた頃、お祖父さまが毎朝6時くらいにスイッチを入れるラジオから聞こえてくる言葉が強く残っているそうです。福沢諭吉の言葉「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」で始まって、その言葉で終わる30分くらいの番組だったそうです。それが聞こえてくる。5、6歳ですから内容自体はあまり理解していなかったと思うけど、そのラジオ番組の記憶は明確に残っているとのことでした。

そんな記憶の影響もあるのでしょう。横田英毅さんは「高級車に乗らない」という方針を貫かれています。自分が経営する会社が販売している車のなかで、中くらいのものを選ばれているそうです。要するに、社員との格差をできるだけつくらないという方針です。椅子や机も社員の皆さんが使っているものと同じ。一週間のうちに半分くらいはメカニックウェアで会社で過ごす。ヒエラルキーをぶち壊すということは意識してやっているそうです。上記のラジオ番組の福沢諭吉の言葉とリンクしているのかもしれませんね。

そんな横田英毅さんは、ずっと、「全社員が経営者」という会社を作りたいと思って経営をされてきたそうです。

20代のころ参加した企業経営セミナーで「全社員が経営者という会社を作ったらよい」とか「目先のことだけを考えていてはうまくいかない。100年先を考える人は、人を育てる」などというお話をさんざん聞かれたそうです。そのとき、横田さんは「なるほど、そうだ。でも周りを見るとそんな経営を誰もやっていない」と考え、であれば自分がそれをすればうまくいくはずという発想だったそうです。

横田英毅さんには、世の中で人が学ぶことはだいたいぜんぶ論理的で、正解。でも実際にはそうではないことがなされている。だからみんなうまくいかないんだと見えるようです。自分だけでも論理的に、正解に基づいてやってみようという感覚だそうです。そんな横田さんに「考えが甘い」「そんなことできるはずない」という言葉を投げかける人は少なくなかったようです。

最近になってようやく、高い価値観に基づいた理念を掲げていない会社には人が集まらなくなってきています。それでも横田さんは、「それこそが事実前提」と評します。人が集まらないから、高い価値観に基づく理念を掲げるようになったというのです。

胸に突き刺さるお言葉でした。

近年の「働き方改革」「人づくり革命」という風潮についても、「革命」とか「改革」というのは不可能なことだと指摘されていました。人を劇的に変えることなど不可能で、ちょっとずつ変えていくしか方法はないと。

耳障りがいいから「働き方改革」とか「人づくり革命」などと言うけど、「革命」とは180度方向を変えることだから、今までやってきたことを全否定して次に何をするのかということがないと「革命」とは言えないはずです。また、「改革」にしてもジャンプアップを意味しますが、人間がそう簡単にジャンプアップできるのでしょうか?「改革」「革命」という言葉を使う限りは、そこを明確にしておかないといけないと横田さんは指摘します。

「良いことは、かたつむりの速度で動く」

横田英毅さんはガンジーの言葉をひいて、人はかたつむりの速度で育てないといけない。子育てと同じといいます。ネッツトヨタ南国株式会社で有名な「指示命令しない」ということと通じるのかもしれません。失敗しても、そこで気づいて、気づくことによって成長する。

それから、自分の目の届く範囲で失敗をさせないようにしようというのは、実は「自己満足」だというのです。その相手の人は自分の知らないところで無数に失敗しているはずで、そこはいっさい直せていない。だから、指示命令して人を動かすというのは、そこの部分だけで見たらいい結果につながっているにすぎないということで、その人成長させることにはまったくつながらないのだということでした。

なぜ「社員を大切にする」のか?という問いからこのようにお話がひろがっていく経営者・横田英毅さんを研究することは、「社長」としての本質的な在り方に近づいていくために大いに有用であると感じています。

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