マテックス株式会社の松本浩志社長を囲んで

昨日は、経営者・経営支援者仲間数名で、創業91年のガラス卸販売会社、マテックス株式会社3代目の松本浩志社長を囲んでの勉強会を行いました。

マテックスの松本浩志社長のような事業承継の成功事例は、なかなかお目にかかれません。

大手電機メーカーで合理性・効率性を重視した競争社会の先頭を走り続け、MBAも取得している松本さんが家業であるマテックス株式会社に入社されたのは2002年3月のこと。入社のその日から、「お前が息子か」「お前に何ができるんだ」という視線が突き刺さり、決して歓迎はされていないのだということを認識するところからのスタートだったそうです。

入社後に最初に担当したプロジェクトは、社内の基幹システムの入れ替えという大掛かりなもの。MBAの松本さんは、合理性、効率を重視した業務フローをデザインしようとしますが、なかなかうまく進みません。1年もかけて会社中のさまざまな社員さんたちと会ってお話を聴くうちに、「(当たり前だけど)いろんな社員さんがいるんだなぁ」と、少しずつ気付いていきます。

入社後1年ほど経過したころ、当時の監査役から言われた「松本くん、ようやく僕らと目線が合ってきたね」という一言で目が覚める思いがしたと言います。「そうか、自分が原因だったのか」「変わるべきなのは、自分だったのか」と。

社長に就任される前のことで、しかも1年という期間で「社員さんたちを変えようとするのではなく、変わるべきは自分」と気づいたというのは、もともと松本さんに備わっていた人間性によるところが大きいのでしょう。

そんな松本さんも、自分に目を向けてスタンスを完全に変えることができるようになるまで、それから2年ほどはかかったと言います。それほど「経営者が変わる」ということは難しいことなのです。その2年間は、営業部長として徹底してお客様に寄り添い、お客様の声を聴くことに全力を注いだとのこと。そんな松本さんの姿が、社員の人たちの心に及ぼした影響も小さくはなかったことでしょう。

そして、リーマンショックの影響が業績にも及ぶ中、「これ以上悪くなることはない」という先代の配慮もあって、2009年、松本さんが3代目の代表取締役社長に就任します。

その翌期から「リーマンショックの反動需要ですか?」と聞かずにはいられないほどの目覚ましい増収・増益という実績を上げることとなるのですが、それは、松本さんの社長としての最初の大仕事が奏功したものだったのです。

松本さんが最初にしたことは、経営理念の策定でした。

それまでも経営理念らしきものはあったそうですが、額に掲げられていて誰もその文言を覚えていないという、ありがちなものだったそうです。

松本さんはまず、社会に貢献しなければ会社として存在する価値はない。マテックスはどのようにして社会に貢献することができるのか、それを経営理念として明らかにし、経営の基軸とすることを決めたのです。そして、80年続いた会社にはそれなりの「何か」があるはずだ。時代が変わっても変えてはならないその何かを大切にして、時代環境の変化に対応したこれからのマテックスを作ろうと、8か月間かけて経営理念を策定しました。

創業者は松本さんが生まれる前に亡くなられていたため、先輩社員やOBの方々を訪問し、創業者や先代の経営や事業に懸ける想いをヒアリングして回られたそうです。

創業者は、まずお客様に喜んでいただき、次に従業員が幸せになり、そしてお客様と従業員が安心して働ける信頼関係を構築すれば、自然と利が上がるものという当時としては斬新な考えを持たれていたことが分かりました。また、先代の、卸としての本分を全うすること、本業とは関係のない目先の利益を追わないこと、そして、継続は何にも勝る力といった信念を感じ取り、それらをまとめて、
・窓をつうじて社会に貢献する
・「卸の精神」を貫く
・信用を重んじ誠実に行動する
・薄利を追わず堅実を旨とする
・人間尊重を基本とする
という5つの経営理念を策定しました。これらはすべて、マテックスという会社で80年間培われてきた目に見えない大切なものを明文化したものだと言います。

そして、この明文化された経営理念が上述したリーマンショック後の大きな増収増益という成果に、早々に結び付くのです。

窓ガラスは、メーカー、卸売業者、ガラス・サッシ店、工務店・ハウスメーカー・リフォーム業者、そしてエンドユーザーへと流通していくものなのですが、新規住宅着工件数が大幅に縮減していく中、限られたパイを奪おうと「中抜き」が平然と行われるようになっていたそうです。卸売業者がガラス・サッシ店を飛ばして直接工務店や一般生活者へ販売する、直接販売の横行です。

しかし、窓というものは究極のオンデマンド商品です。集合住宅はともかく、戸建て住宅は一軒一軒、一部屋一部屋、窓ガラスのサイズが異なりますし、リフォームでは建物の歪みなどの事情から現地での細かいサイズ補正が要求されます。地域に密着した工務店、販売店でなければ迅速・きめ細やかな対応など極めて難しいでしょう。エンドユーザーの利便性を無視して目先の利益を追うことは、やがて自らの首を絞めてしまうことにもなりかねません。

松本さんはメーカーや同業者のそうした動きには目もくれず、ガラス・サッシ店や工務店等に対する支援や一般消費者への正しい情報提供などをつうじて業界の適切な発展に貢献する道を選びます。それが、経営理念として明文化された「『卸の精神』を貫く」を体現したものだったのです。

そのようなマテックス、松本さんの姿勢を知り、新たなお客さまがどんどん集まってきたそうです。それが、リーマンショック後の増収増益の主要因だったのです。

さて、そうした経営理念も松本社長が語っているだけでは、経営の基軸として機能しているとは言えません。今でこそ「社会志向型企業」を目指すという理念を社員全員で共有しているマテックスさんですが、経営理念を明文化した当初は、当然のことながら、すぐに社員に共感され納得してもらえるような状況ではありませんでした。

そこで松本さんは性急に「経営理念の社内浸透」という結果を求めるのではなく、じっくり腰を据えて取り組むことにしました。毎月、全事業所を回って「経営理念浸透カフェ」と名付けた社内対話の会を開催します。事業所の全員が参加。ここでも松本さんは、「当社の経営理念は・・・」と大上段に構えて説き伏せるということはせず、環境問題などさまざまな社会課題をテーマに掲げ、徐々に徐々に自社の事業の社会性というものに目を向けてもらえるように配慮したとのことです。

日常にごく当たり前に存在する「窓」ですから普段は全く考えることがないのですが、窓には実に大きな「社会的価値」があり、また、多くの社会課題にも関連しています。

窓と関連するキーワードとして、「防犯」「防災」「防音」「健康維持」「省エネ」「安全」といったものが即座に挙げられます。

居宅の熱効率の観点から整理すると「窓は熱の出入り口」とも言うべき状況で、冬の暖房時の熱が戸外に流失する割合は、換気15%、外壁15%、屋根5%、床3%に対して、窓の開口部からの流出割合は58%と試算されています。また夏季においても、戸外からの熱流入は、屋根11%、外壁7%、換気6%、床3%に対して、夏の冷房時(昼)に窓の開口部から熱が入る割合は73%にも上ります。

そこで登場する商品が、高性能な「エコ窓」です。マテックスさんはフェアで「高性能窓」にかけて「後世への窓」というキャッチフレーズを用いて、メーカー、販売店や一般消費者に対する啓もうを行ったこともあります。

そして、窓のリフォーム事業ですね。

窓ガラスメーカーも、卸も販売店も、マンションや商業施設など新築物件にいかに大量に自社製品・商品を入れるかというところで競争していました。リフォームは手間がかかる割に儲からない・・・といって軽視されていたのです。

その動きは、一般消費者の潜在ニーズや社会課題からかけ離れた、供給者側の論理によるものです。

上述のように、窓を通じたエネルギーロスが、一般的な戸建て住宅の場合、冬季に58%、夏季に73%にも及ぶという事実、こうしたエネルギーロスを大幅に抑制する高性能な窓が存在するということ。そうした情報を世間に知らしめることなく、新規着工物件に高性能ではないエネルギーロスの大きい製品・商品を押し込んでいるというのはいかがなものでしょうか。

マテックスさんでは、2006年ごろから窓リフォームに力を入れて取り組むようになり、窓リフォームで新規顧客を獲得したり、リフォームでも十分に利益を確保することができるような仕組みを販売店や工務店に提案、提供することなどを通じて、リフォーム、しかも高性能窓への転換を促進させてきました。

そうした取り組みが評価され、2015年には経済産業大臣から「先進的なリフォーム事業者表彰」を受賞しています。

松本さんは、窓リフォームにまつわるこうした背景事情を紹介しながら、この賞の受賞は大変誇らしいとおっしゃっていました。

さて、こうした「経営理念浸透カフェ」などの取り組みと並行して上位組織の見直しを進め、トップダウン型からサーバントリーダー型の組織体制へと移行を進めました。どんなに小さなことでも、自ら発案・企画してものごとを進め、実行した成果を体感してもらう。指示待ちではなく、自分で考えて行動するということを、少しずつ習慣化させていきます。このことが、さまざまなイベント運営ができる会社へと変化していく大きなきっかけとなりました。

講演セミナー「マテックスの社会的取り組み」、主宰するエコ窓普及促進会を通じてのイベント出展、販売店や工務店を支援する展示会「マテックスフェアー」、窓リフォーム事業に新たに取り組む販売店を支援する「地域一番店プロジェクト」などなど、数多くのイベントを社員が主体的に企画・運営し、そのことを通じてさらに経営理念への共感・理解を深めていくという好循環が生まれたのです。

2009年に開始したインターンシップも、その一環と位置付けてよいでしょう。大変な就職氷河期で、学生たちはなかなか希望通りの就職先を見つけることができません。そんな学生たちにマテックスのような中小企業では「採用」という形で応えることはできないが、学生時代にインターンシップを通じて私たちのような社会志向で事業に取り組む者たちの想いを体感することは、その後どんな道に進んだとしても糧となるだろうということで、インターンシップに力を入れていくのです。インターンシップの運営を通じて社員の皆さんが学ばれたこと、気づかれたことも多くあったということです。

こうして、マテックスの経営理念がしっかり自分のもの、自社のものとして定着しました。次に松本さんが取り組んだことが、「うちの会社らしさ」を育もうという活動です。「コアバリュー」ですね。

身体に例えると、経営理念は創業者や先代、先輩社員の皆さんから与えていただいた「骨格」で先天的なもの。一方、コアバリューは筋肉や体脂肪率といったものに例えることができます。それらは自らの努力で時代環境に合わせていくらでも進化・発展させていくことができるというのです。

そんな時、たまたま『ザッポスの軌跡』(石塚しのぶ著 廣済堂出版)を読んだ松本さんは、すぐさま米国へ飛び、ザッポスを視察します。そして、経営の基軸として定着した経営理念をいかに自分の手から手放していくかということを考えるようになりました。自分が何かを言ったり、したりしなくても、社員がそれぞれ考え、話し合い、「うちの会社らしさ」を作り上げ、それを体現する。そんな組織を作ろうと企業文化の醸成に力を入れたのです。

社員全員に「うちの会社らしさ」を言葉にしてもらった結果、重複を除いて二百数十件挙げられたそうです。それを基に松本さんが言葉を整理していき、社員さんとの間で何往復かのやりとりを重ね、最終的に「10のコアバリュー」にまとまりました。
http://www.matex-glass.co.jp/about/corevalue.html

松本さんが入社した当時は、「会社を良くしたい」というよりも「自分の事業所(の業績)を良くしたい」という風潮が強く、そして、それを実現するために「自分の言うことを聞け」というスタイルの上司・先輩社員がほとんどだったそうです。

それが、10年かけて社員さんたちが経営理念に沿って「うちの会社らしさ」を言葉にし、体現化し、コアバリューに即した行動をお互いに賞賛し合う会社へと変化しました。

この松本さん、マテックスさんのプロセスから多くのことを学ぶことができます。

社長自らが変わること。
性急に変化することを求めない。
社長の想い(創業者や先代、歴々の先輩社員たちの想い)を明らかにし、時代が変わっても変えてはいけないものは何かを正しく理解する。
社員の皆さんが自分たちの仕事の意義、意味を深く理解することを支援し、その理解に基づき、自ら判断、行動し、事業や仕事をさらに進化・発展させるようにする。
これらの想いを全社で共有し、社員の日々の言動に結び付けることができるよう、環境を整える。

一朝一夕で結果を求めるゲームのような経営では、このような成果を生むことは不可能でしょう。

最後に松本さんが「思いやりの心は個人にしか宿らない。『いい会社を作ろう』と取り組む前に、ぜひ、一人一人の社員個人に目を向けてほしい」とおっしゃっていたのが印象的でした。 (高橋)

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