「行動環境」と「ビジネスモデル」とが重なり合った瞬間、劇的に成長スパイラルが動き出す - 旅館甲子園グランプリ「さかえや」さんの事例から

一般社団法人豊島いい会社づくり推進会(代表理事:あさ出版 佐藤和夫社長)が、長野県の志賀高原渋温泉、旅館「さかえや」の湯本晴彦社長を、東京・池袋にお招きして経営塾を開催されるということで、参加してきました。あさ出版さんは、『日本でいちばん大切にしたい会社』など、良い会社づくりに関するベストセラー書籍を数多く世に送り出している出版社さんです。

春蘭の宿 さかえや https://e-sakaeya.jp/

湯本晴彦社長のご講演に関する感想はいろんな人がブログやSNSで発信されていることでしょうから、ここでは「成長ドライバ理論」から、湯本社長の主なご発言について考察してみましょう。

まず注目したのは、今後の展開に関して「参考にされているホテル、旅館などはありますか」との質問に対して、湯本社長が「業界でベンチマークされる代表的な有名旅館を目指していたのでは、ありきたりの温泉旅館となってしまう。そうなれば、価格競争に巻き込まれるだけで終わる」とお話しされていたことです。

世にごく当たり前のように存在する「いい宿」「いい温泉」「いい食事」を目指すのではなく、「さかえや」らしさを追求したいということです。その強い想いが原動力となって、既に「旅館x福祉」というコンセプトで、高等学校の卒業資格を付与することのできる「フリースクール」を開設し、不登校・引きこもりの若者を卒業させ、就労支援するなどの実績を上げているほか、今後、旅館業の現場で就労継続支援施設、就労移行支援施設の開設を目指すということです。

講演を聴講された株式会社リブラン創業者で現・相談役の鈴木静雄さんは、「『旅館業』『観光産業』を目指すのではなく、自社の事業を『人間産業』と捉えて先進的な取り組みをされている。これからの時代、そうした中小企業には大きな飛躍の機会があるはずだ」と高く評価されていました。

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これは、「社長」の確固たる想いが「経営理念・ビジョン」に反映され、これを具現化する「ビジネスモデル」を確立していくプロセスだと言えます。この一連の思考プロセス、構想が時流に合ったもので、自社にそれを実現するリソースが備わったとき、確実に「成果」「成長」に結び付くこととなります。

それから、もう一つ。もう少し時代を遡って「さかえや」さんの成長プロセスを見てみましょう。

「さかえや」さんは、ちょうど湯本晴彦さんが父から経営を引き継ぐタイミングで、年間売上高の5倍にも相当する銀行借入れを起こし、大リニューアル工事を敢行します。長野オリンピック・パラリンピックが開催される前年のことでした。

オリンピック・パラリンピック開催までは良かったものの、翌年から客足は遠のき、大幅な減収減益に見舞われます。そこからは破綻すれすれの状態でなんとか会社を持ちこたえさせるという暗黒の時代が長く続いたとのこと。厳しい資金繰り対応に加えて、ナンバー2だった元社員との間での労働裁判、労働組合との団体交渉、社長の理解者で最も頼りにしていた料理長の急逝など、苦難が続いたそうです。

それから湯本社長は、藁をもすがる思いでさまざまなセミナーや講演会に出かけ、師と仰ぐ杉井保之氏と出逢います。杉井保之氏の助言に従い、愚直にトイレそうじや、一日一枚お世話になった人に葉書を出すという複写はがきの取り組みなどを続けているうちに、だんだんと社員がそうした活動に参加するようになり、いつしか一体感のある関係性が構築されたと言います。

もちろん、最初は相当きつかったようです。社長が早朝から一人で黙々とフロアの清掃やトイレ掃除をしている様子を見ても、周りの社員は無関心。でも、時間はかかったものの、一人、また一人と、社員がそれを手伝うようになり、徐々に、皆が一緒に、湯本社長が一人で取り組んでいた「自己啓発」的な活動を一緒にやるようになっていったそうです。時にはワイワイと。

会社の雰囲気がどんどん良くなっていく手応えを感じつつあったころ、「居酒屋甲子園」ならぬ「旅館甲子園」というイベントが開催されることを耳にします。「挑戦してみるか!?」という湯本社長の提案に、皆が賛同。

社内でコツコツと、ごく当たり前のようにやってきたことが、第三者からは極めて高く評価され、グランプリを受賞してしまいます。しかも翌々年の大会でも連覇するのです。

そこで一気に世間の期待値が上がってしまいました。

すると、どうなるか。

「何も変わっていない」自分たちが提供するサービスだから、案の定、「日本一のサービス」を期待するお客さまからコテンパンにやられてしまう。口コミサイトではさんざんな酷評を受け、旅館甲子園に出場したことによって、むしろ自信を失ってしまうという結果になってしまいました。

そこで初めて、「行動環境」だけで閉じこもっていたのではだめなんだ。自分たちの成長を、「ビジネスモデル」や「システム化・型決め」の進化・発展に結び付けなければなんら意味がないのだということに気づくのです。

トイレ掃除も、お世話になった人に葉書を出し続ける活動も、すべて自分に目を向けた活動で終わってしまっていたことに気づきました。確かに、そうした活動を「みんなで」やる、やり続けることによって、社内の結束力は高まっていきました。でも、それが事業、経営にまで結びつけられなかったのです。

ほんとうの意味で自分たちが変わらなければならないと気づいた、そこからの数年間、「全員経営」「全員営業」をキャッチフレーズに、全員で経営の勉強をし、全員が同じキーワードを理解し目標を共有するということに徹底して取り組み、入社したばかりの新卒社員まで決算書を作れるというレベルにまで究めていきました。

その結果、著しい成長を見せ、これまでには想像もできなかったほどの成果を上げていきます。

なんのための「行動環境」なのか。そこに一つの指針が与えられたことによって潜在的なエネルギーが生かされ、「行動環境」が他のドライバを強力に引き上げるパワーを発揮するようになったのです。

なんとかしてここから脱出したいともがき苦しんでいる中で、ごく当然のように師に出会うのです。出逢ったときには「師」とは思っていなかったかもしれません。いや、逆に、「師」だと強く「思い込む」ようにしていたかもしれません。

でも、それだけではほんとうの意味での「良い会社」にはなれなかったでしょう。旅館甲子園グランプリという看板とそれを可能ならしめた高レベルの行動環境。それだけでは、良い会社にはなれなかったのです。

でも、良い会社になるための気づきを得ることができました。それは、メインドライバ「ビジネスモデル」「システム化・型決め」と、「行動環境」との間に大きなギャップがあったからです。大きなギャップは違和感を生みます。その違和感に対して、なんとかしてその苦痛を埋めようと努力した結果、「行動環境」と「ビジネスモデル」「システム化・型決め」が有機的に結び付き、成果を上げることができたのです。

成長ドライバ理論のフレームワークで、時間軸を持って良い会社づくりのプロセスを考える際に大いに参考になる事例だと思いました。

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