どうしたら社員の自律性を育むことができるか②
成長ドライバ理論のフレームワークにおけるサブドライバ「自律」とは、社員が自分の価値判断基準に基づいて考え、判断し、顧客の立場に立って主体的に行動することを意味します。
そして、会社が成長する原動力としてこのサブドライバ「自律」が機能するためには、
①組織、会社の経営理念・ビジョンをしっかり理解して、自分の価値観を会社の価値観と同一にしていること
②権限の委譲をしていること
③情報を会社全体で共有できていること
が必要だということ、
さらにはその前提として、
1.何を大切に経営するか。業績軸で経営しないこと
2.経営者や幹部、上司自らが自律していること
3.社員が自らを動機づけるような状況を生み出していること
が必要だということを前回のnoteで述べました。
すなわち、成長ドライバ理論のフレームワークでは、社員を大切にし、社員と会社が共に成長する良い会社を生み出す原動力の一つとして、結果として「自律した」行動がなされているかどうか、どの程度なされているかということを見ているわけですが、当然のことながら、社員一人一人の根本的な自律性がその結果を導き出すものですから、良い会社づくりにあたっては、自律性が育まれる環境をいかに作るかがポイントとなります。
社員に「自律しなさい」と言ったところで自律性が高まるはずがありませんし、権限移譲や経営情報の共有などを推し進めたとしても、必ずしも社員個人の自律性が高まるわけではありません。
したがって、組織としては、上記の前提条件を整えることのみならず、一人一人にしっかりと向き合って、社員の自律性を支援することに真剣に取り組むことが求められるのです。
では、どうすれば社員の自律性を育むことができるのか。
このテーマについては、動機付けやモチベーションなどさまざまな先行研究があり、数多くの出版物等で学ぶことができます。ここでは、成長ドライバ理論のフレームワークにおける他のメインドライバ、サブドライバとの関係に視点を置いて考えてみましょう。
成長ドライバ理論のフレームワークでは、社員を大切にし、社員と会社が共に成長する良い会社を生み出す原動力として、5つのメインドライバ、さらにメインドライバ「行動環境」の構成要素として5つのサブドライバを特定しています。そのそれぞれのドライバが望ましい状態にあることはもちろん大切なことなのですが、より重要なのは、ドライバ間の整合性や影響に目を向けることです。成長ドライバ理論のフレームワーク図においてドライバ間に描かれている矢印がこれに該当します。
では、そもそも「自律性」とは何か。「自律した状態」とはどういう状態のことを意味するのでしょうか。
自律とは「自己と一致した行動をすること」を意味します。誰か、何かに統制された行動をするのではなく、偽りのない自分自身のほんとうにしたいことを自発的、自由に行うことです。よく言われる「内発的動機付け」がこれに当たるもので、人は外部の何かから動機づけられるよりも、自分で自分を動機づけるほうが質の高い創造的な活動を積極的に行い、かつ、その活動を継続、進化させることが、これまでのさまざまな動機づけの研究から明らかにされています。但し、内発的動機付けは活動それ自体に没頭している心理的な状態を意味するもので、なんらかの目的に到達することとは無関係な概念ですので、それだけでは会社経営において「社員と会社がともに成長する」状態を創出することはできません。
以上を前提にお話を進めていきましょう。
経営理念・ビジョン
「経営理念・ビジョン」は会社経営におけるすべての局面での判断基準となるものです。サブドライバ「自律」がうまく機能するためには、社員が会社の経営理念・ビジョンをしっかりと自分のものとして、判断が必要な局面でそれを拠り所として自分で考え、行動する。こうした状態であることが望まれます。
そのためには、社員が「自分のもの」とするにふさわしい経営理念・ビジョンかどうかがポイントとなります。
経営理念を「浸透させる」というフレーズを用いる経営者、幹部、コンサルタントの方は少なくありません。でも、これは見方によってはあまり意味のない、むしろ逆効果となってしまう発想だと考えています。「外的コントロール」の発想だからです。このような他人を統制するスタンスでは、社員の側に内発的な動機を引き起こすことなど難しいでしょう。
それよりも、どうしたら「浸透する」のかを考え、さまざまな働きかけをすることです。そのために、まずは、経営者自身の確固とした個人理念・ビジョンを確立することです。これがないことには何も始まりません。また、経営者個人の理念・ビジョンとかけはなれた経営理念・ビジョンを掲げていたのでは、社員はそのことにすぐに気づいてしまうでしょう。経営者の魂の込められた経営理念・ビジョンが経営者の口から繰り返されることで、人に感動を与え、共感・理解を生むのです。感動し、共感・理解した経営理念・ビジョンであれば、「判断の拠り所」として機能するでしょう。
経営理念・ビジョンへの共感・理解を引き起こすもう一つ重要な側面は、それが社員個人の夢や自己実現と重なり合っているかということです。
「ワークライフバランス」という言葉が定着し(あえて「ライフワークバランス」と呼称する人もいます)、そのこと自体はとても大切なことなのではありますが、これを「ライフ・ワーク・セパレート」と捉えてバランスを図ろうというのでは、「社員と会社がともに成長する会社」にしていくことは難しいでしょう。「会社は経済的な生活の糧を得る手段として労働を提供する場」であり、個人としての喜びや夢の実現はそことは離れたところに別途存在するという働き方も否定はしませんが、こうした状態では職場において社員の自律性を期待することは難しいでしょう。
ビジネスモデル
経営理念・ビジョンを具現化することができる「ビジネスモデル」かどうか。経営理念・ビジョンに共感し、自分のものとすることができているのであれば、それを具現化するビジネスモデルは、正に、自分の夢、自分の個人ビジョンの実現と重なり合うはずのものです。そうすれば、自然と顧客のため、社会のためにこのビジネスモデルを通じて役に立ちたい、そして自分も成長したいという気持ちが生まれるでしょう。
同時に、社会の要請や顧客のニーズの変化に合わせてビジネスモデルを変革し、それを機能させるためのシステム化・型決めの変革をも自ら率先して取り組もうという気持ちや行動を引き起こすことにつながっていくはずです。
このように、社員の自律性を育むためには、経営理念・ビジョンとビジネスモデルとの整合性がとても重要です。
システム化・型決め
社員の自律性を育むさまざまな働きかけを「仕組み化」することによって、その効果をさらに上げ、持続させることができます。
思いつきや行き当たりばったりで何か施策を講じるというのも、何もしないよりはマシなのかもしれませんが(何もしない方がマシということも大いにあり得るので注意が必要です)、その経営行為の目的や影響、効果、施策の有効性や効率性をより高める実行手段など、考慮、検討すべきことは数多く挙げられます。
「システム化・型決め」による効果は、例えば、幹部や上司の「サポート」を強化、促進し、持続させるために、幹部・上司の評価基準(幹部・上司が評価される基準)にそれらの項目を組み込むことなどを思い浮かべると容易にご理解いただけるでしょう。
ストレッチ
ここからは「行動環境」です。まず、「ストレッチ」です。ストレッチとは、社員が自らの能力を上回る課題に挑戦することです。そして、組織がそのことを奨励、尊重することが大切です。このストレッチも、社員の自律性を育むのに重要な役割を果たします。
それは、有能感を育むということです。
内発的に動機づけられ、組織と共有した目標を目指して行動するとしても、その仕事をしっかりとこなすことのできる能力があるかどうか。その力があると感じられることが、自律性にとって極めて重要です。その仕事をこなすことのできる能力があると感じられることは仕事への満足を生みますが、そうでない場合には不安やプレッシャー、また、組織からの疎外感を覚え、動機づけが低下することとなってしまいます。
また、有能感とは自分自身の内面的なところで完結するだけではなく、周囲との関わりを通じて有能感を得たいという欲求もあります。組織において成果をほめることは、この欲求にこたえる一つの有効な行為です。但し、ただ褒めればなんでもよいというわけではありません。ほめるという行為が統制の要素を少しでも含んでいると、内発的動機付けを低下させる逆効果を生んでしまいます。
そのため、社員に対して常に適切な挑戦の機会を提供することが大事です。そして、その挑戦が自ら選択し、自ら納得して取り組むものであるときに、社員の自律性を育む大きな力となるのです。
サポート
社員の自律性を「サポート」するということはどういうことか。それは、対義概念である「統制」と比較して考えれば分かりやすいでしょう。経営者、幹部、上司は(また、同僚間であっても)、常に「今の言動は統制的ではなかったか」「外的にコントロールするものではなかったか」と自省を繰り返すことを習慣づけ、「自律性の支援」をしっかりと身につけたいものです。
「サポート」の観点から、いくつか重要なポイントを挙げさせていただきます。
まず、社員がどのような行動をするとどのような成果を上げることができるのか、行動と結果との間の関連性を明らかにして見せてあげること。このことで社員は動機づけられます。さらに、その行動による結果をよりスムーズに上げることができるような仕組みや支援を講じることによって、社員の成長を促進することができます。但し、仕組み化が進み過ぎると、その仕組みが社員の思考や行動を「統制」することになってしまい、自律性を阻害することがあることに注意が必要です。仕組みは有効なものですが、仕組み自体で成果を上げるという要素よりも、その仕組みを活用して成果を上げることができたという有能感を感じさせる要素をより重視すべきでしょう。
さらに、「選択」「理由付け」「承認」の3つも重要です。
選択の機会を提供すること。自ら選択したことについては、それがたとえ困難なストレッチを要するものであったとしても、十分に納得して取り組むことができるものです。
選択の機会を与えられることによって、自分が尊重されていると感じることができます。例えば、指示するのではなく、「目的と条件を付したうえでどうするか」は、問いかけてみるのです。そうすることで、部下は自分で考え、選択することができます。
ただ、選択の機会が与えられたとしても、十分な情報をもっていなければ適切な判断を下すことはできません。そのような情報なしに選択の機会が与えられたとしても、自律どころか、むしろそのプレッシャーで負担や不安を感じるだけです。
理由付けは、社員の納得感を引き起こすものです。経営者・幹部と社員との間の情報ギャップによって、結果として、社員にとっては理由付けが不十分であるという状態になることがあります。社員の立場にたって、この情報、理由付けをもって十分に納得してその活動に取り組むことができるかどうか、社員の視点で考える習慣を身に付けることが望まれます。
承認については、慎重な考慮が必要です。例えば、社員の成長を後押しする人事評価制度は極めて重要なものですが、評価制度がしっかりと機能していさえすればなんでも良いというわけではありません。例えば、極端な成果報酬。報酬は外的コントロールの典型的な手段であり、せっかく内発的な動機付けによって取り組んでいた社員の行動を、知らず知らずのうちに外部から統制される行動へと変えてしまう強い力を持っています。そして行動が手段的な性質を帯びてしまうと、組織との一体性が弱まり、いわゆる「疎外」という心理状態へ追い込んでしまうこととなります。報酬は社員のモチベーションを高めるために必要なものですが、内発的動機付けを低下させない提供の仕方を考慮しなければ逆効果となってしまうのです。評価や報酬をえさにして成果を求めるという意図、スタンスが少しでも感じられたら、その評価、報酬は早晩、効果を失うでしょう。報酬を提供する側の意図や態度に細心の注意を払い、社員が成し遂げたことに対する「承認」として提供されるのであれば、内発的動機付けを低下させることはありません。
また、承認の前に、常に社員を見ていること、気にかけていることが決定的に大切です。社員からすれば、ほったらかしにされ、自分ことをよく見ていない上司から取って付けたように褒められても嬉しくはないでしょう。逆に、叱責されても、自分のことを普段からしっかり見てくれていると感じている上司からだと、素直に受け止めることもできるというものです。これは、後述の信頼を構築する際のベースの一つでもあります。
サポートのシステム化・型決めとして、目標(場合によっては「ノルマ」)や締め切り、監視体制、評価などを含む業務フローを構築することが考えられますが、これも要注意なのです。これらは自律性とは正反対の統制、外的コントロールとして機能しがちです。表彰制度も、それ自体が「競争」を促すものとして機能してしまうと、これも自律性を阻害するものとなってしまいかねません。
そして、サポートする側の経営者、幹部、上司自らが自律していることが大前提となることは何度か述べた通りです。
規律
成長ドライバ理論のフレームワークにおけるサブドライバ「規律」とは、会社や部署で決まったことを守る、また、しっかりとやり切る、継続するということです。ルール、規範に準拠し、行動するということです。
そういうことですから、先の「自律」とこの「規律」とは相反するものなのではないかと捉えられがちです。また、成長ドライバ理論に基づく総合経営診断システム「会社の健康診断」においても、確かに、「自律」が高く「規律」が低い、もしくは、その逆の結果となっているケースが多く見受けられます。
しかし、総合スコアである「会社健全度」がある程度以上のレベルにまで到達している会社では、「自律」と「規律」も相互に高め合っているという様子が浮き彫りにされているということは珍しいことではありません。
これはどういうことかというと、自律と規律は決して相反するものではなく、共存し、相互に良い影響を及ぼし合うものだということを意味します。
自律性を育むとは言っても、何から何まで個人の選択を許容するということではありません。何らかの規範やその根底にある価値観を自分のものとしていかに内在化させるか。表面的に従うのではなく、自らの規範として統合することができるか。このことが、社員一人一人の「責任感」を育み、その責任感に拠って成果を生み出す原動力となるのです。
このように自律性を支える制限というものと、自律性を阻害する「統制」とは全く異なるものなのですが、混同されることがよく見受けられますので注意が必要です。
信頼
「信頼」は他の全てのサブドライバの基盤となるものです。
信頼がなければ、どんなに崇高な経営理念・ビジョンを掲げたとしても、それに共感・理解して自分の価値判断基準としようという気持ちは生じてきませんし、ストレッチして自らの有能感を育もうという気にもならないでしょう。自律性を支援する他者からの働きかけも素直に受け止めることができず、規律は統制的なものとして「反抗」「反発」といった気持ち、態度、言動につながってしまいがちです。
信頼が深まると、ある程度の依存心が芽生えてきます。ただ、これは自律に反するものとして否定するのではなく、むしろ健全な自律を育むものとして包容することが望まれます。人には皆、「関係性」への欲求があり、自律性と関係性の両者を常に感じられるような状態であることが健全な社会生活を過ごす上で必須条件となります。組織に属していることによる安心・安全感といった依存が、より積極的な挑戦や価値発揮に結び付くのであり、その意味では、自律と依存は共存できるものであり、決して相反するものではありません。だから、自律性と独立性とはまったく異なる概念だということです。これらを混同することなく、社員の自律性を育む必要があります。
このように、信頼は、自律との関連において、社会や組織と自己との関係性を健全なものとし、その関係性における自己の役割、責任を明確に認識して、自律的に行動することの原動力となるものなのです。
「本来の自律」と「見せかけの自律」
これまで他のメインドライバ、サブドライバが「自律」に与える影響について見てきましたが、「自律」自体の解釈にも注意が必要です。
自律とは、ほんとうの自己にしたがって、自分のやりたいことを自発的・自由に行うことですが、それは決して独善的な行動を許容するものではありません。自律性を高めれば高めるほど、より深く他者との関係をもつことができるようになるのです。組織において独善的な自律は(本来、それを「自律」とは言えませんが)、見せかけの自律に過ぎません。すなわち、「本来の自律」と「見せかけの自律」とをしっかりと区別して取り組む必要があるということです。成長ドライバ理論に基づく総合経営診断「会社の健康診断」においても、自律のスコアだけが突出して高い状態にある場合には、このような状況になっていないか注意してデータを見るべきでしょう。 (東渕)
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