なぜ「良い会社づくり」は進まないのか
「いい会社」や「良い会社」への興味・関心が高まってきました。「社員や関わる全ての人の幸せを実現する」といった経営者の言葉を耳にする機会も増えています。書店へ行けば、利益追求一辺倒ではない、幸せを基軸にし成長を実現した会社の軌跡や、そうした会社のつくり方を指南する書籍が数多く並んでいます。
この傾向はもちろん歓迎すべきことで、利益を上げるためには他者の犠牲も厭わないという利己的な経営スタイルが「陳腐なもの」という共通認識が社会に醸成されれば、さまざまな企業不祥事も、それによって被害を被る市民、消費者、社員の数も減っていくことでしょう。
一方、「いい会社」や「良い会社」とはどのような会社なのか。どうしたら、そうした良い会社づくりが実現するのか。こうしたことへの理解が十分に進んでいるかというと、疑問に感じてしまうことが少なくないのも事実です。
それは、「社員を大切にする」とか「社員の幸せを第一に考える」といったことが、半ば流行の一種のように、表面的に捉えられているという一面があることに起因するのでしょう。
社員を大切にする経営をテーマにした講演会、社員の幸せを第一にした良い会社づくりに成功した会社を訪問・視察するツアーに多くの経営者が集まり、周りの多くの人たちが感動し、時に涙する姿などを目にして影響を受け、「自分の会社でも、こうしたことを考えなければならないな」と、講演会や視察会で目にし耳にしたことを持ち帰って、それらを断片的にマネしてみる。社長の突然の言動に社員は茫然とし、うまくいくはずの施策は自社ではまったく機能せず、社長の意欲だけが空回りしてしまう。そんなことを何回か繰り返しているうちに、「あれは『きれいごと』にすぎない」とか「うちの社員は、何をしてやっても俺の気持ちをわかろうとしない」などといった感情が高まり、むしろ元よりも社員との関係性が悪化してしまう。そうした経営者のお話を聞いたことは、一度や二度ではありません。
社員を大切にし、社員の幸せを第一に考える良い会社づくりの大切さや、そうした会社づくりを指南する講演会やセミナーに参加しても、ただ単に出来上がった良い会社の事例を次から次へと紹介されるばかりで、現状を踏まえてどこから何をどのようにして取り組んでいけばよいのか、具体的なプロセスの話を聞くことができず、理想ばかりが膨らんで頭でっかちになり、経営の現場ではまったく役に立たない話に終始していたとコメントする経営者と会ったことも、一度や二度ではありません。
せっかく「良い会社」や「社員の幸せ」といったことに興味・関心が高まっているにも関わらず、どうして経営の現場では「良い会社づくり」が進まないのでしょうか。
それは、上述のように、社員を大切にしている「ように見受けられる」経営行為、社員の幸せを第一と「口に出して表現している」経営者の言葉といった表面的な部分にばかり目がいってしまい、それを機能せしめている経営の全体像、全体的な経営の仕組みやその機能を見ようとしないことによって、普遍的な理論として理解することができず、自社に持ち帰って応用することもできないということにつながっているのです。
どんな経営行為も、企業内、組織内の他のさまざまな要素と関係しあっています。その経営行為が他の要素に影響を及ぼすこともありますし、他のさまざまな要素がその経営行為の効果の大小を左右する前提条件となることもあります。
講演会や視察会で聞いた、目にした経営行為が、なぜその会社で機能しているのか。他の要素との間でどのようにして整合性を持たせているのか。そうしたところまで視点を拡げていかないと、自社で応用できるレベルの「情報」にまですることはできません。
そのように視点を拡げていくためには、経営を全体的に捉えたフレームワークを手にすることが絶対的に必要です。
人体解剖図と同じだと表現すると理解しやすいかもしれません。
「頭が痛い」「喉が痛い」「鼻水が止まらない」「おなかが痛い」と症状を訴える患者を前に、単にそれらの症状を軽減する効果のある薬を処方するのであれば、それは医者でなくてもできることです。頭が痛いという症状が表れる疾病にどのようなものが考えられるか。ほかの症状の有無を聞くことによって原因となっている可能性のある疾病を絞り込んでいき、特定する。医者がこのような診察、治療ができるのも、人体の構造や機能を熟知しているからです。
会社などの組織についても同様のことが言えます。
会社がどのようにして成長し、発展するのか。また、逆に、どのようにして傾いていくのか。多くの事例研究や先行研究を踏まえてまとめ上げられた「成長ドライバ理論」のフレームワークは、経営を全体的に捉えたフレームワークであり、個別・断片的に見える経営行為や施策が企業内の他のさまざまな要素とどのように絡み合っているのかを理解するのに極めて有用なものとなっています。
さて、「いい会社」や「良い会社」への興味・関心が高まってきている半面、そうしたコンセプトを「情報」として持っておきながら、実際には従来と同様の経営を続けているという会社が少なくない、「良い会社づくり」に真剣に取り組もうとシフトチェンジする会社が決して大多数であるとは言えない現実もあります。
それは、上述のように、良い会社づくりに取り組もうとしても、その具体的な手法が分からないために頓挫してしまうということも一つの理由となっていることでしょう。
でも、「良い会社づくり」に取り組もうとすらしない会社、経営者についてはどうでしょうか。
「社員を大切にする」とか「社員の幸せを第一に考える」ということが大切なことだと頭では理解しているが、利益を上げて会社を維持するにはそうも言ってられないというように、「理想と現実は異なる」と決めつけてしまっているのではないでしょうか。社員を大切にするとか、社員の幸せを第一に考えるというコンセプトを掲げなければ、人材を集めることができない。だから、そうしたコンセプトに賛同の意を表明はするが、行動が伴っていないということです。
そこで、私たちは、「良い会社づくり」の取り組みと業績との関係を調査してみることにしました。良い会社づくりの進捗度合、経営のさまざまな要素が理想的な良い会社に見られる特徴とどの程度近いのかなどを測定し、その結果と業績との関係を分析してみたのです。3年間にわたって約200社の企業のご協力をいただきながら調査を進めたところ、良い会社づくりと業績の間に正の強い相関関係があることを実証することができました。
これは、今は利益を上げていても、良い会社の観点から望ましくない状態が継続すると業績が低下する可能性があることを示唆するものです。この観点から直接的な実証研究を設計、実施することは容易ではないのですが、この仮説が正しいであろうということについては多くの賛同が得られるのではないかと考えています。
これからも経年変化をしっかりと追いながら、良い会社づくりが会社経営のスタンダートとなるように研究に取り組んでいきたいと思います。