微かな残り香、鮮烈な芳香 〜ひのきやひばの底力
室内の手すりをつける時には、必ずビスを打ち込む前に下穴を開ける。
そうしないと、奴らは木目に沿って明後日の方を向いてしまい、こんなネジ、矯正してやる!と悪戦苦闘することになるからである。
でも、その下穴を開けた瞬間、ふわっ、と知った匂いが立つことが、たまにある。ひのきの柱である。なんとなくツヤもある、程よく硬い感触の木材だ。
そんなときは、お客さんにそのことを話し、良い材料を使ってますね、とお伝えしたりもする。
ご本人が建てたものならその先見の明が讃えられるわけだし、もうこの世に不在の方の遺産である場合は、空の上からそのことを誇ってくれるだろう。
なんにせよ褒められることは嫌な気持ちにはならないと思うので、ここは正直にお話しするのだ。
すごいのは、これが築50年超えの日本家屋でも、結構ザラにあることだ。木は木材になっても生きている、と思う瞬間である。
実は、ヒノキのその芳香や防虫効果をもたらしていると言われる、ヒノキチオールという物質は、今の日本のヒノキには含まれていないとのこと。発見が太平洋戦争以前の話で、当時は台湾ヒノキがあり、そこから見つかった物質のようだ。
なので、厳密には今の日本ヒノキはヒノキチオールの効果を持たないそうなのだが、あの香りは何かしらに効きそうなので、たぶん他の精油成分が活躍しているのだろう。
そして、実は国産材にもまだ、ヒノキチオールを含む木材がある。それはヒバ。ヒノキと違って材色は黄色めの、人肌っぽい材である。
実はこの材、種としてはアスナロ(もしくはヒノキアスナロ)という名前の木である。
この歌でご存知の方もいるかもしれない。
なんか、ヒノキの2軍みたいな扱いで、ちょっと可哀想な歌詞である。
そして匂いもまた独特で、いかにも抗菌性がありそうなものではあるが、ヒノキに比べて存在感がある。なんというか、もうちょい控えてほしい。
微妙な例えで恐縮だが、その微妙さはウチの近所でよく鳴いている画眉鳥(がびちょう)という鳥を思い出す。
あの鳥、さえずりが得意で中国で大人気だったことから日本に連れてこられたそうなのだが、とにかく鳴き止まないのと、これがまた微妙にボリュームがでかい。
なのでいつしか籠から放たれて野良鳥となり、特定外来生物という不名誉な称号までいただいたことなどつゆ知らず、今日も適当な歌(奴ら、他の鳥の鳴き声を真似るそうなのだが、それがまた適当かつ微妙なアレンジなのだ)で好き放題に啼き、ああもう煩いあっちの家で鳴いてくれんかな、と微妙に敬遠される、そんな存在である。
ヒバ材も、ちょっとこの匂いがカンに触る人もいるかもな〜、というのがちょうどそんな感じなのだ。
だけども、そんな材だからこそ使い所がある。お風呂なら別なのだ。換気しまくるところだし、何よりヒバは水にも強い。個人的な感覚ではあるが、お風呂ではヒノキよりヒバ材のほうが耐久性は高いように思う。
なので、こういう既製品の補強板が性能的にふさわしくない板壁の浴室では、ヒバの板を補強に使って手すりをつけたりする。
ここのケースはハーフユニットバスの、上半分がサワラ材の板張りだったのだが、その下の防水層をあまり痛めてほしくないとのことで、それがちゃんとできそうなウチにケアマネさんよりお鉢が回ってきたのでした。
幸い、利用者さんは新築時の工務店さんとも良好な関係を維持されていたので、そこと図面のやり取りの上、このやり方なら大丈夫とお墨付きをもらった上でお客さんに説明し、アメリカ産のヒバ板(米ヒバといいます)を補強に使って手すりを取り付けたのでした。
水回りは壁の中に水が入るのが怖いので、建物をよく知らない業者さんに改修を任せるのは怖い。
その辺のコミュニケーションを関係者と取り、利用者さんに安心していただくことも、この仕事の大切な部分なのである、と思う。
そしてそんな仕事をするためには、やはり適材適所の知識は欠かせないのだ。