VOL.12寄稿者&作品紹介21 美馬亜貴子さん
美馬亜貴子さんの今号への寄稿作「きょうのおしごと」は、第9号に掲載した「パッション・マニアックス」(2018年)の主人公・ミサンガこと中川美佐枝が亡くなったことから始まります。享年27。「パッション〜」でも良い感じのアイドルさんに描かれていたので、今作の主人公・マナミの悲しみはまるっきりの他人事でもなく、私もちょっと悲しい。そう言えば、同作でとても印象的な持論を展開していた秋山。彼はすでに“推し変”してしまったのでしょうか? 秋山は自分のことを「ドルオタ」と名乗っていましたが、マナミはミサンガを「推し」と語っていまして...この2010年代後半〜2022年における、トラディショナルな表現で言うところの「ファン」の呼称(あるいは応援作法?)の変化はなにを意味しているのか? 宇佐見りんの「推し、燃ゆ」が芥川賞を受賞したのが2020年度下半期、「推し活」という語句が新語・流行語大賞にノミネートされたのが2021年の年末。。。じつは私、「推し」という概念がいまいちよくわからないので、今回の美馬さんの語句解説付き作品、とても勉強になりました。といってもまだ耳(←目かw)学問なので、いずれ自分にもそういう対象が現れないと実感できなさそうですが。
「推し」とはなにか、を作中で探ってみて、いちばん具体的だなと感じられたのは、マナミとお父さんの会話のなかの、「朝起きた時に死ぬほどダルくても『推しががんばってるから私も今日もがんばろう!』って思うし、存在そのものに励まされるっていうか、『推しの幸せが自分の幸せ』って思わせてくれるみたいな」という部分でした。...つまり、朝起きてダルかったら、まず「推し」のSNSなんかを見るってことかな? そうするとそこには「おはよー、今日も頑張ろー」みたいなコメントがあったり、更新された笑顔の写真があったり(←やはり、わかってないっぽい私...)。なんだか「推されている側」もつねにポジティヴじゃないとやっていけなそうで、たいへんな世の中です。
美馬さんは音楽雑誌で長く人気ミュージシャンのインタビューなどをこなしてきたかたなので、トラディショナルな表現で言うところの「スター」と「ファン」の関係性や力学に繊細なのかな、とも推察しましたが、いやいや、もしかするとそんな理屈っぽい話ではなく、ご自身が根っからのミーハー気質みたいなものを備えているから、ごく自然にマナミの心象も描けてしまうんじゃないか、とも。いずれにしても、私も時流に習って「まだ見ぬ推し」を探さなければ(やや本気)!
推しのいない生活は寂しいを通り越して虚しいものだ。周りの人たちはみんな推しと共に生きている。マナミの祖母は若い頃から沢田研二という歌手の大ファンだし、そんな祖母から生まれた母も、高校生の頃からB’zを箱推ししていて、今も推し事に精を出している。マナミは小中学生の時は嵐のニノを推していたけれど、結婚した時にショックで担降りした。結婚や解散、不祥事で自ら担降りしたのと違い、推しが突然亡くなってしまったケースは珍しいので、友達もかわいそうだと思うらしく、遠慮して自分の推しの話もしてこなくなった。
〜ウィッチンケア第12号〈きょうのおしごと〉(P114〜P118)より引用〜
美馬亜貴子さん小誌バックナンバー掲載作品:〈ワカコさんの窓〉(第5号)/〈二十一世紀鋼鉄の女〉(第6号&《note版ウィッチンケア文庫》)/〈MとNの間〉(第7号)/〈ダーティー・ハリー・シンドローム〉(第8号)/〈パッション・マニアックス〉(第9号)/〈表顕のプリズナー〉(第10号)/〈コレクティヴ・メランコリー〉((第11号)
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