VOL.12寄稿者&作品紹介20 長谷川裕さん
改編期の業務調整でお忙しいなか、お原稿を届けてくださったTBSラジオのプロデューサー・長谷川裕さん。タイトルの「ふれあいの街 しんまち」は、府中市新町にある商店街にかかったアーチの文言をそのまま使ったものです。寄稿作は本編と【後日談】の2部構成で、本編前半は日ごろから歩き慣れているであろう、東京都小金井市にある蛇の目通り近辺を起点とした、愛犬ルークとの近隣散歩の様子。JR中央線武蔵小金井駅の周辺は長谷川さんにとって「生まれてから三歳までを過ごし、結婚を機に2000年から再び住みはじめた場所」とのことで、三鷹〜立川間高架化後の風景の変貌や、地元では「はけ」と呼ばれる国分寺崖線を下る坂道〜野川あたりの地形の成り立ちなどが、豊かな知見をもとに語られています。でっ、この日の長谷川さんとルークは、遊歩道が切れる市境まできて、ちょっとした冒険を。これまでいったことのなかった、国分寺駅とは反対の南方へと足を向けてみます。小金井市、国分寺市、府中市が複雑に絡み合った裏道を目的もなく歩いていると、目の前に突如現れたのが「ふれあいの街 しんまち」という、古ぼけたアーチなのでした。
ここからが、日テレ「ぶらり途中下車の旅」やテレ朝「じゅん散歩」とはひと味違った、ある意味“報道のTBS”らしい(!?)とも感じられる展開なのです。「孤独のグルメ」で紹介された「中国料理 Sincerity」を偶然見つけたりしながら、和菓子屋店主と会話を交わし、ここ府中市新町は「もともとは戦後に中国から引き揚げてきた人たちが住んでいたらしい」という情報を小耳に挟む。その後、蕎麦屋や古書店でもさり気なく真偽のほどを確かめてみたものの判然とはせず、そろそろルークも疲れちゃったようで...でも、さらに【後日談】へと続きます。
長谷川さんのお原稿、今回は〆切直前の到着でした。ルークとのミニ散策紀行だけでも楽しいエッセイなんですが、ご自身が「中国からの帰国者」の件に引っ掛かって、ギリギリまで郷土史や過去の新聞記事を調べてくださったようなのです。なかなか解決の糸口が掴めなかった長谷川さんは、最後に民俗学者・宮本常一の文献もあたってみて...この先はぜひ、小誌を手に取って確かめてください。ご多忙ななか、ここまで掲載作を大事に扱ってくださったこと、あらためて感謝いたします!
すると若いカップルが小さなお店から出てきた。「おいしい和菓子 深雪屋」と書いてある。ルークを抱いて引き戸を開けると、年配の夫婦が笑顔でどうぞと言ってくれる。ガラスのケースに並んだ和菓子はどれもおいしそうだ。上用饅頭と温泉饅頭を一つずつ選び、この街について訊いてみる。
「こちらのお店はもう長いんですか」
「もう五十二年になりますね。昔はこの商店街にもお店がたくさんあって賑やかでしたよ。八十軒くらいあったんじゃないかしら。今はだいぶ少なくなってしまいましたけど」
「このあたりの街は都営住宅ができてからですか?」
「私らが来た頃には、もう都営住宅もあって商店街もでき上がっていましたけど、もともとは戦後に中国から引き揚げてきた人たちが住んでいたらしいんですよ。いま三階建ての都営住宅になっているあたりに、私らが越してきた頃は平屋の同じような家が何軒も並んでいて、そこが引揚者の住宅だったらしいです。私らがその話を聞いたのもだいぶ後のことでしたから、詳しいことはわかりませんけど」
〜ウィッチンケア第12号〈ふれあいの街 しんまち〉(P108〜P113)より引用〜
〈長谷川裕さん小誌バックナンバー掲載作品:〈アマウネト──Kさんのこと〉(第11号)
【最新の媒体概要が下記で確認できます】