村田陽一『Tapestry Ⅱ』 2024年インタビュー Vol.2(Interviewer:内田正樹)
2024年7月1日、村田陽一がニューアルバム『Tapestry Ⅱ』をリリースした。
本作は、2012年リリースの前作『Tapestry』同様、全作曲、演奏、アレンジ、録音を村田が一人で行ったソロアルバムだ。
リリースに際して、同月、村田に行ったロングインタビューをnoteに寄稿する。
Vol.2では、全9曲の収録曲について話を訊いた。
前後編トータル9,000字のテキストを通して、トロンボーンという楽器の可能性を存分に追求した『Tapestry Ⅱ』の世界へ、より深く分け入ってもらえたら幸甚である。(内田正樹)
夜の高速道路にぴったりなアルバム
──では、ここからは各楽曲についてうかがっていきます。まずは1曲目の「深く沈む」について。
「4年前に原型を作った曲でした。コードもメロディもビートも、同時にすんなりと浮かんできましたね。タイトル通り、イメージとしては海の奥深くに沈み込む感じで。今作はアルバム全体を通して、昼か夜かで言えば夜、しかも夜の首都高とか、都市の高速道路で聴いてもらえるとぴったりな曲が多いですね」
──実際、僕も夜の首都高で聴いたんですが、ものすごくハマりましたよ。デザイナーの下野ツヨシさんが手掛けたアルバムジャケットも、まさにそういうビジュアルですね。
「実はこのジャケットも、下野さんが車で夜中の首都高で撮ってきてくれた写真を元に、AIで生成しているんですよ。僕の今回の制作スタイルを話したら、それに下野さんが呼応してくれた形で。ライフスタイルはどんどんオーガニック志向になっているのに、反対に、なぜか今回のサウンドはかなり都会的に仕上がった。そこは自分でも不思議ですね(笑)」
──後ろでグロッケンみたいな金属打楽器のような音も鳴っていますが。
「グロッケンではないのですが、そうですね。本当に静かな環境で集中して聴いていただくと、結構いろんな音が聴こえてくるはずです」
──2曲目の「混在」も、文字通り、トラップっぽい音をはじめ、いろいろなサウンドが混ざり合っています。
「そうですね。ソロパフォーマンスのために作った曲なんですが、今の自分が最近のチルっぽいものをやるとどうなるんだろう?と思って、Aメロ、Bメロ、Cメロを全てルーパーでスプリットして、それをスイッチャーでひっくり返して、さらにAメロの刻みをトロンボーンでダビングして。メロディーはちょっとマイルス(・デイヴィス)っぽい感じがいいかな、なんて思いつつ、割とアブストラクトなハモリを意識してハーモナイザーを使っている。
でも、Bメロになった瞬間、すごくグルービーな柔らかいサウンドとシルキーなトロンボーンになる。ソロパフォーマンスでやっている素材の混在ですね。アルバムにあたって、滲ませることなく1曲に繋げてみたという感じですね」
──3曲目の「Catch Up」は?
「これはもうシンプルにグルービーなものがやりたかった。Aメロはリフもシンプルに、4つのコードをただループさせるような感じで。あと、スピード感があるトラックにしたかったので、サビをいわゆるダブルタイムのジャズスウィング風に。ウッドベースのスピードを人工的に速めたり、ドラムだけの箇所を設けたりしながら、メリハリやコントラストを付けて。録音し始めてから構成を変えていきましたね」
──途中、ちょっと弦奏っぽいシンセも聴こえますが。
「グランドハープのサンプルやシンセのアルペジエーターですね。曲の“臍(へそ)”として面白いかなと思って。この曲はすでにバンド形態のライブでもやっているんですが、人力で演奏すると随所が滲んで、それはそれでまた面白いんですよ」
──4曲目の「Wedge」は?
「3月に制作をはじめてから、こういうタイプの曲が欲しいなと思って作りました。アドリブではなく、ソリ的なものを楽譜にしてダビングをしていますが、このコード進行をなぞってのアドリブソロはかなり大変だと思う(笑)。デジタルなトラックだけど、ライブの時は速めのブラジリアンにしてみるのもいい。クロスオーバー/フュージョン系の進行とブラジル音楽のドラマ感の同居というか。
スティーヴィー・ワンダーみたいなサビの進行をイメージして。僕の曲の特徴を自分で強いて挙げると、メロディーが口ずさみやすいくらいシンプルなのに背景のコードが結構複雑という点があると思うんですが、これはまさにそういう曲ですね」
──村田さんの音楽性の基礎となる要素としては、ファンク、ギル・エヴァンスをはじめとするジャズ、クロスオーバー/フュージョン、ドビュッシーやラベルといったクラシック、そしてブラジル音楽が頭に浮かびますが、スティーヴィー・ワンダーとはどういう位置付けなのでしょうか?
「自分の中で意外と大きな存在だったことに最近気付きました。よく聴くようになったのは、仕事をし始めてからでしたね。結構謎なコードやすごく綺麗なコード進行もあるけど、それでいて割とロジカルではないところが好きですね。あと、何で黒鍵ばかり使うのか不思議だったんですが、おそらく視力の関係で、すぐ探りやすかったのかもしれないなって」
──タイトルの「Wedge」という言葉には、くさびを打つ、割り込む、詰め込む、無理やり押し込むといった意味があります。
「PC用語でも使われていますね。全体的にアルベジエーターをずっと使っていて、速い箇所は速いんですが、止まる箇所はしっかりと止まる。それでシンプルに名付けました」
今作に影響を及ぼしたミュージシャン
──5曲目の「Existence」のアレンジは、途中のピアノが効果的ですね。
「これも元々はソロパフォーマンス用に作った曲。ピアノは後付けで、ちょっと実験的なことをしようと思っていて、SEをたくさんトラックに入れていたんです。例えば電話のベルの音とか、黒人のコーラスとかを、曲のピッチやタイミング合わせて入れて。ちょっとシチュエーションを意識したようなパフォーマンスをしたかったんですね。仮タイトルも「SOUNDTRACK」でしたから。
トロンボーンのアドリブソロも、AIで自分のソロを抽出してMIDI化したものを、後ろでオルガンみたいな音とユニゾンで鳴らしている。普段、最も自分がやらなさそうなアナログシンセとトロンボーンのユニゾンという試みですね。
AIというと眉をひそめる人も多いし、使い方は気を付けなければいけませんが、個人的には、自分のソロで使う分には、あまりネガティブな印象も躊躇も無いんですよ。「いいものはいい」という考え方でして。デジタルなサウンドが好きな人の心にも響いてくれたらうれしいし」
──6曲目の「Marble」は?
「シャッフルのゆっくりしたバラードっぽいものを、ヴィブラフォンとトロンボーンのユニゾンでやりたいというのが動機でした。ヴィヴラフォンって、やっぱりトロンボーンと相性がいいんですよ。僕の中ではベスト3ぐらいに入るくらい、いい。
僕にはジャズやクロスオーバーに興味を持ったきっかけがあって。高校3年の時、NHK-FMでやっていた「クロスオーバーイレブン」という深夜番組で聴いた、トロンボーンとヴィブラフォンのユニゾンだったんです」
──それは誰の演奏だったんですか?
「ジャズ・クルセイダーズでした。数年後、たまたまアナログを漁っていて見つけました。 トロンボーンはウェイン・ンヘンダーソン、ヴィブラフォンはロイ・エアーズですね。知的レベルが高い音というか、めちゃくちゃロジカルでかっこいい。
それで、いつか自分もやってみたいと思っていたんですが、ヴィブラフォンってアタックが強かったり、案外と録音が難しい。なので、今回は自分でヴィブラフォンの音を再現してみました。かなり思い描いていた音になりました。音の印象が硬く、何となく大理石の床みたいなイメージが浮かんだので、「Marble」というタイトルにしました」
──ここでもちょっとマイルスっぽい印象的なリフレインが聴けます。
「たしかに。それはトロンボーンのカップミュートによる効果ですね」
──7曲目は「Vista Distante」。“遠景”のポルトガル語ですね。
「最初はこの半分くらいのテンポのボサノヴァだったんですが、最終的にはこのぐらいのサンバになった。作っていくうちに、自分が思っていたものと違う方向に進んだ一曲ですね。打ち込みだからこそ成せたリズム技というか。ひと頃言っていた“ワールドミュージック”的なテイストもありますね。ブラジルの典型的なコード進行できちんと曲の表情を描くという意味では、ブラジル音楽特有の特徴的なクリシェを使っています。
あとは渡辺貞夫さんからの影響も小さくない気がします。最初にご一緒したのは、貞夫さんが60歳、つまり、今の僕と同じ年齢の頃でした。それから31年をご一緒させていただいて、今では貞夫さんは91歳。ですが、現役バリバリだし、今も凶暴で(笑)。今の若い人にも、もっと貞夫さんのライブを見てほしいですよ。僕自身、今でも学びがあり過ぎますから。
近年、渡辺さんとビッグバンドのライブでご一緒する際は、僕の曲も演奏してもらっているんですよ。貞夫さんがこの曲を吹いてくださったら、きっとかっこいいと思う。なので、本当に、どこかで吹いていただけたらうれしいですね」
──8曲目の「Freeze Last Scene」については?
「タイトル通り、低温な情景をイメージしました。これも元々はソロパフォーマンス用に作った曲。AメロとBメロがちょっと違っていて、Aメロは8小節のひんやりとしたループ。コード付けも最初の4小節は案外とありそうでない感じだと思います。あと、この曲にもジャズ・クルセイダーズっぽい感じはありますね。
ジャズ・クルセイダースのピアニストだったジョー・サンプルや「スタンド・バイ・ミー」で有名なシンガー、ベン・E.・キングと自分のビッグバンドで共演出来たことは、僕の大切な財産の一つ。二人とも、共演から間もなく亡くなってしまいましたが、本当にクルセイダースの音楽からの影響は大きいですね」
──最後の曲は「靄の中へ」。この曲にも「混在」同様、トラップっぽいというか、EDM的な音が入っていますね。
「アルバム序盤の音に帰結していくというイメージ。これもたくさんのトロンボーンをきめ細かく重ねています。靄のかかった暗闇に車で入っていくような情景を意識しました」
ライブハウスとCDが最適解
──改めて、村田さんにとって、『TapestryⅡ』は、どのようなアルバムになりましたか。
「自分にとって、ソロ作品でデジタルを多用する意図というのは、決して奇を衒うような意図ではないんですね。シンプルに、こういう表現がしたいな、こういう音楽があったらいいな、という動機のみでした。
例外的にファンクの場合は同じリフを10分やろうが20分やろうが気持ちいいんですけど、どの曲も、しっかりと構成のフレームを決めて、ただ気持ちいいだけの音楽にはしたくないというか。そこは自分の性格なのかもしれませんが、アレンジのアプローチが建築っぽいんですね。
最初にしっかりと基礎を築いて、そこからどう組み立て、もしくは逸脱してくのかというアプローチ。椎名林檎さんの曲でオケを書くときなんかは特にそうですね。ビートを変えることでストーリーを作るのはある意味手っ取り早いんですが、コード進行でメリハリをつける方が、率直に自分としては心も感情も大きく動く。
これだけ配信がポピュラーになって、CDというメディアもよりマイノリティになっていますが、このアルバムも、僕のオフィシャルサイトにおける通販と、ライブ会場での“手売り”で届けています。対面で、同じ空気を味わってもらいながら、目の届く形で、直(じか)に作品を届けたい。僕にとって、そこで売れた枚数は、メジャーレーベルで売れた同じ枚数よりも非常に重要な意味があります。
だから僕にとっては、ライブハウスでのパフォーマンスとCD販売が、今もリスナーの皆さんとのコミュニケーションにおける最適解なんです。これからも全国でライブを重ねつつ、既出の作品共々、時間をかけて、じっくりと丁寧に、大切に、自分の音楽を届けていくつもりです。この『Tapestry Ⅱ』を、自由に楽しんで聴いていただけたら、それが僕にとって、この上ない喜びです。そして、「HOOK UP」、「村田陽一ORCHESTRA」、「村田陽一Big Band」、ソロパフォーマンスと様々な形態がありますので、今後のライブにも、ぜひ気軽に足をお運びいただけたらうれしいです」
(了)