一歩前へ! 台本
「頑張っている」全ての人にこの物語を贈ります。
(すずき商事)
斉藤 栗原さん、来週のプレゼンの資料の叩き台ができました。ご確認お願いします。
栗原 おう、わかった。午前中に目を通しておくから、待っててくれ。
斉藤 はい。よろしくお願いします。
栗原 業務量はどうだ。無理はしてないか。
斉藤 はい。これまでの業務との両立ですから、多少は大変かと思いましたが、他の方にも手伝っていただきながらしっかりできています。新しいプロジェクトのリーダーを任されたからには、しっかりとやっていたいと思います。
栗原 斉藤、プロジェクトリーダーとして大事なのはなんだと思う。
斉藤 大事なこと・・・ですか。
栗原 そう。
斉藤 はい。プロジェクトの内容をしっかり把握して、プレゼンで精一杯結果を残すことだと思います。
栗原 もちろん、それも大事だな。ただ忘れてるぞ。これはプロジェクトだ。自分一人で何から何も抱えて頑張ることは違う。
斉藤 プロジェクト・・・そうですね。確かにその視点が足りませんでした。初めて任された大きな仕事でしたから、かなり気負っていたと思います。
栗原 そう。頑張っている姿勢はとてもわかるが、同じチーム内メンバーと話している時間をとっていないと思わないか。
斉藤 はい。確かに声がけをする時間が少なかったと思います。リーダーの立場でお願いすることを偉そうにしているような先入観があったと思います。
栗原 お願いはお願い。メンバーには上下はない。リーダーは取りまとめをする。そのためのお願いは当然のことだからな。
斉藤 はい。もっと皆さんを頼りたいと思います。
栗原 それでいいぞ。精一杯チャレンジしてみろ。
斉藤 はい。ありがとうございます。
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栗原 アイツ、だいぶ張り切っているな。慣れてない中、初めてのプレゼンの資料作りも大変だったろうに。
神崎 おい、栗原。どうだ、斉藤は。
栗原 部長。はい、かなり張り切っています。この資料をたった一週間で作ってきました。後でしっかり目を通します。
神崎 君の推薦だからな。期待のエースといったところか。
栗原 はい、ただあまり成長しすぎると、私の席がなくなりますね笑
神崎 そうかもな笑 だが、張り切りすぎると得てして、思わぬ落とし穴があるものだ。しっかりサポートしてやってくれ。
栗原 承知しました。
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栗原 斉藤、資料、目を通したぞ。
斉藤 あ、ありがとうございます。
栗原 全体的によくできている。
斉藤 ありがとうございます。
栗原 ただ、あくまで全体的にだ。例えば、この区画整備計画の指定会社。別区画に、同じ会社がリストアップされてしまっている。今回の計画では一会社につき、一区画利用までしか規定されていないまだまだ確認が不足しているぞ。
斉藤 あ…はい、申し訳ございません。
栗原 神は細部に宿るともいうからな。どんなに細かい点でも可能な限りミスを潰せるように心がけてくれ。
斉藤 承知いたしました。
栗原 ただ、さっきも言ったが、全体的にはよくできている。短時間でよく頑張った。
斉藤 はい、ありがとうございます。
栗原 他にも必要な箇所には付箋を貼っているから、しっかり確認してくれ。
斉藤 はい、承知いたしました。
栗原 あと、全部の指摘箇所を自分だけで考えるなよ。
斉藤 はい。
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栗原 あの調子なら、役員部長会議に提出できるのも早くなりそうだ。さて、俺も頑張らないとな。アイツを見てると昔の自分を思い出す笑
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(榎戸物産)
高頭 おい、北原。来週のプレゼンの進捗はどうなっている。
北原 はい、ほぼ出来上がっております。後ほど説明にあがります。
高頭 わかった。そういえばすずきの栗原とやらは同じ大学の同期だったらしいな。
北原 栗原・・・ですか。確かに同じゼミでしたが、大したことはありません。聞けば、今度のコンペではやつでなく、部下に任せているとかいないとか。ことの重要性を理解できていない凡人です。
高頭 ずいぶんと手厳しいじゃないか。さては相当やり合ったな。
北原 何を言われるんですか。所詮いいところのボンボン。大したことはありません。
高頭 わかったわかった。あまり目くじらを立てるな、まぁなんにせよ君の力量は分かっているつもりだ。頼んだぞ。
北原 了解しました。(くそ、このたぬきジジイめ。気をつけないと手柄を独り占めしかねないからな。待ってろ、あんたの椅子は俺が奪ってやる。)
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(田上不動産)
小鳥遊 さてさて、すずきと榎戸。まぁどちらに決まっても構わんが、こちらの要望はすべて従っていただくことは変わらんしな。
秘書 失礼いたします。専務、社長がお呼びです。
小鳥遊 わかった、すぐ行くと伝えてくれ。
秘書 承知いたしました。
小鳥遊 ふん、2世社長風情が小うるさい。奴が陣頭指揮をとった前回の再開発プロジェクトは芳しくない結果だったからな。このプロジェクトが成功した暁には奴を引き摺り下ろす最高の機会だ。社長派の連中も前回の件があって結束も弱くなった。こちらの根回しは大方済んでおる。さて、しょうがない。ひよっこのお守りでもしてやりに行くか。
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(すずき商事)
西原 ですから、何度も申し上げたとおりです。経営企画部としては今回のコンペ参加について、了承しかねます。まだ取締役会での審議もかかっていないのですから取り上げるべきと考えます。
神崎 しかし、このプロジェクトを足がかりに田上との取引が増えれば、我が社の収益には大きく貢献できるはずだ。
西原 以前いただいた試案ベースでは、リスクが高い割には収益面で大きなメリットがないのでは。
神崎 だから、ここを足がかりにすると何度も説明しているじゃないか。
西原 収益性をおっしゃるのであれば、現在進行している曙市大規模土地開発に注力すべきでは。榎戸にこだわる必要ないでしょう。実際このプロジェクトは社長直轄の開発事業本部で進めている案件。営業部の案件ベースよりプライオリティが高い。そのあたり所管のトップであれば十分ご理解いただけると思いますが、いかがですか。それに聞けば、プロジェクトリーダーには主任クラスを当てているとのことではありませんか。ハイリスクな案件を任せること自体軽率と考えますが、いかがですか。
神崎 それは若手育成を考えての事、営業部として最大限のバックアップを行う。何が問題なんだ。
西原 若手育成ね。まあ営業部の若手育成にあまりとやかくいう気はありませんが。
神崎 もういい。この案件は営業部が全面主導で進めさせていただく。
西原 せいぜい頑張ってください。ただし責任は重いですよ、神崎部長。
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神崎 (とんとん、ドアを開ける音)失礼いたします。
西園寺 神崎か、どうだ例のプロジェクトは。
神崎 まだ経営企画を落とすことができておりません。
西園寺 西原か・・・。頭の堅いアイツを落とすのは骨が折れるだろう。
神崎 はい。先ほどもやり合いましたが、曙駅再開発プロジェクトを優先するようにという姿勢は崩しそうもない状況です。
西園寺 なるほどな。まだ取締役会にはかけていない案件。入札の勝算はあるのか。
神崎 はい。そこは営業部全体で進めております。主任の斉藤をプロジェクトリーダーとしておりますが、栗原に全面的にバックアップさせています。
西園寺 栗原か。優しすぎるのが弱いところでもある。よしわかった。この件は俺もしっかりハンドリングはする。ただし神崎。俺を失望だけはさせるなよ。
神崎 承知いたしました。必ず成功させます。
西園寺 さて、どう西原の首を縦に振らせるのか。神崎の力量を試す、いい機会かもしれんな。
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神崎 斉藤、ちょっと来てくれ。
斉藤 はい。
神崎 資料を少し目を通したが、だいぶ進んでいるようで安心だな。
斉藤 ありがとうございます。まだまだ爪が甘い箇所が甘い点が多く、大変勉強することばかりです。栗原課長にはご迷惑ばかりおかけして、大変恐縮しております。
神崎 栗原とはどうだ、うまくやれているか。
斉藤 はい!ご指摘いただく点が大変わかりやすく、恵まれております。
神崎 それは良かった。君も栗原も今回のプロジェクトの中心だ。しっかり頑張ってくれ。
斉藤 はい、承知いたしました。
神崎 若手か・・・。それを育てるのが、管理職の仕事だろうが・・・。西原め。必ず首を縦に振らせてやる。
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斉藤 私の名前は斉藤勇太。このすずき商事の営業部営業第一課の主任だ。この度、錦町(にしきちょう)区画整備計画の契約獲得のプロジェクトリーダーを任されることとなった。かなりの重責で緊張の毎日ではあるが、上司の栗原課長の元で精一杯に仕事にあたっている。今回の件でもそうだが、私は上司に恵まれていると思う。契約を絶対に取って社に貢献したい。先日、プレゼン資料作成を任されることとなった時のこと。
栗原 斉藤、今度のブロジェクトの件、資料の作成はお前に任せる。
斉藤 私が資料作成を。
栗原 慣れない資料を作ることになるが、以前の資料を見ながらでいいので、作ってみろ。
斉藤 承知いたしました。
栗原 それから、困った時は隠すな。聞くことは恥じゃない。知ったような気になっている方が恥だからな。
斉藤 はい。ありがとうございます。がんばります。
栗原 頑張らないでいい。楽しめ。
斉藤 はい。
引き受けたものの、かなり細部まで作り込まれた資料を見ながら、焦りばかりが募ってくる。計画概要と詳細だけで十数ページ。他のものも合わせればかなりの分量だ。だが、それに怯んでばかりでは、何も成長できない。とにかく見よう見まねで作り始めることとした。
そして、資料づくりは思った以上に難航した。これまでも契約獲得のためのプレゼン資料作りならしたことがある。しかし、ここまで大きな案件に中心人物として関与したことはほとんどない。資料を作るということよりも、これだけの重責を普段から手がける栗原課長には、頭が下がる一方だ。
この仕事に関与してから気がついたことがある。日々のルーティン業務が少しずつだが軽減している。いつもなら確認を求められる業務が少なくなっていた。これはきっと栗原課長の配慮からだろう。そうして配慮していただけることに嬉しさもあったが、逆にそうして配慮を頂かなければ、完成に到達できないと思われているかもしれないということでもある。
斉藤 今日の確認事項はまだありますか。そうですか。わかりました。確認が必要なものがあったら、すぐに回してくださいね。
やはり、業務軽減をしていただいているようだ。
正直、悔しかった。
もっと普段の仕事も任された上で、このプロジェクトの陣頭指揮を とりたかったと思うのはわがままであろうか。
これまで、栗原課長へはあまり自我を出したことはなかった。自分でできることは自分でやる。これをモットーにしていた。だからこそ、お願いしないといけないと思ったことは事実である。
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斉藤 栗原課長。プレゼンの資料作成は順調に進んでいます。定型業務については、普段通りでお願いしたいのですが。業務の負担具合が気になりまして。
栗原 おお、順調か。それは良かった。なるべくプロジェクトへの関与へ専念してくれ。
斉藤 そのようにご配慮いただけるのは嬉しいと思うのですが、私にもいくばくかの余裕を持てます。ですので、これまで通りの業務分担でお願いいたします。
栗原 察していたか。
斉藤 はい。明らかに回ってくる業務が少なくなっています。
栗原 わかった。これまでと同じようにしてもらう。逆にすまなかったな。
斉藤 いいえ、ご心配をおかけしてしまったのは私の力不足ですので。
栗原 ではよろしく頼む。
斉藤 はい、承知いたしました。
初めて栗原課長に物申したことに自分のことながら驚いた。だが、自分にもすこしばかりはプライドがある。ここで甘えてしまっては、自分の成長につながらないと思う。自分なりに負担を負うことで少しでも力を身につけたい。
そして翌日から通常業務の負担が大きくなってきた。プレゼン資料作成に当てられる時間にも制限が加わってくる。正直大変だが、やりがいはこれまで以上にある。極力、残業には制限がかけられているし、業務秘匿の関係から仕事の書類を家に持ち帰ることはできない。ただ、家でもやれることは十二分にある。褒められものではないが、きっちり頑張っていこう。
おっと、頑張るんじゃなくて、楽しむんでしたね。
楽しんでいきますよ、栗原課長。
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栗原 私の名前は栗原公平。このすずき商事の営業部営業第二課の課長を勤めている。
すずき商事には新卒で入社し、最初は個人営業担当の三課を担当していたが、課長昇格を機に法人営業担当の二課へ配属になった。個人営業と法人営業では業務内容も異なるが、周りのサポートもあって、今ではそこそこの営業成績を収めている。
今回の錦町(にしきちょう)区画整備計画については、相手が以前自分も担当者していた田上不動産の取引のため、部下の斉藤をプロジェクトリーダーに推薦し、神崎部長からはバックアップを任されている。斉藤にはかなりのプレッシャーもかかるだろうが、真面目なアイツのことだ。存分に力を発揮できる仕事として最適だと思っている。課長として最大限のフォローをしてやろうと考えている。
今回、榎戸とのコンペとなったわけであるが、大学の同期だった北原が担当責任者になったらしい。だとすると、かなり厳しいコンペとなることが十分予測される。北原が大学時代と気性が変わらなければ、例え田上不動産との取引だとしても決して手を抜くどころか、全力でこちらを叩きのめしにかかるだろう。厄介な奴が相手になったものだ。
斉藤にしてみれば、俺たちの間のいざこざなど全く関係ないわけで、そうしたことが全く表に出ないようにしないといけないことぐらいは私でもわかる。ただ、斉藤へは困ったことは隠すなと言っておきながら、自分に隠すことがあるのは滑稽だな。
神崎 栗原、ちょっといいか。
栗原 はい。
神崎 田上不動産のことで、ちょっと話しておきたいことがある。奥の談話スペースが空いているな。そこで。
栗原 はい。
栗原 部長、話とは。
神崎 田上不動産の小鳥遊さんのことだ。
栗原 はい。前回、田上不動産との新規契約の担当をしておりましたので。
神崎 なら、話が早い。田上不動産の新人事で専務に昇格していることは知っているか。
栗原 はい。先日の新聞での昇格人事で目を通しております。
神崎 内情は詳細にはわかっていないが、社長との対立が噂されている。今度のコンペでさらに動きが出るかもしれん。
栗原 動き・・・ですか。
神崎 そうだ。今度の計画では、かなり厳しくみられることは想像に容易い。本来ならお前に担当を任せたいところだがな。
栗原 ありがとうございます。そう言っていただけるのは大変嬉しいです。ですが、課として一丸となって取り組むために必要と思ったことです。
神崎 わかった。しっかり頼んだぞ。
栗原 田上の内部のいざこざか・・・。面倒なことになった。このことは斉藤には話さないほうがいいだろう。ただでさえ気負いすぎている感があるのに、余計なプレッシャーになってしまう。
前回のコンペの際でも小鳥遊常務・・・おっと専務か。あの人の匙加減でだいぶ苦労させられたことを思い出す。そこにきて、北原か・・・。榎戸の規模からいえば、今回の案件は大きな案件ではない。そこにきて、プライドが人一倍強いあいつのことだ。大方「こんな案件をなぜ俺が」くらいに思っているだろう。今回のコンペ、ますます一筋縄では行かないな。
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北原 俺の名前は北原圭一。榎戸物産の営業部営業第一課課長を勤めている。今回、錦町(にしきちょう)区画整備計画の契約獲得の責任者となった。
この契約獲得は、正直、榎戸物産にとっては差したる影響もない内容だ。こんな案件に営業成績トップの俺が担ぎ出されたことを忌々しいとさえ思う。
この榎戸物産にはヘッドハンティングでやってた。前職は証券会社の管理本部にいた。もともと営業畑でガツガツでやってきた俺からすると、物足りない気持ちしかなかった。
その気持ちが最高潮に達していた時に取引先の榎戸から声がかかり、営業部への配属が約束されていたことから、そのまま転職してきたわけだ。
そして転職が決まり、俺は法人営業が主たる業務の営業第二課へ配属となった。しかし、配属した二課の連中のレベルの低さを見て愕然とした。これが天下の榎戸物産かと、正直拍子抜けしてしまった程だ。
法人営業といえばルート営業が多いが、本気で取引先から、新規案件を獲得してこようとする気概のある連中があまりにも少ない。
営業とは名ばかりで、子会社から上がってきた案件を来たそのまま別の小さな取引先にコンペにかけて仕事を丸投げ。まさに右から左へ仕事を回すやつばかり。新規開拓にガツガツした奴があまりにも少ない。
北原 部長、新規案件の取得を課全体として、推進していきたいと思うのですが。
高頭 新規顧客の案件取得は一課が引き受ける。ここは既存の顧客ケアをしっかりやってくれ。
北原 しかし、これでは当初の採用時の約束が違います。私はもっと新規開拓を行なっていきたいと申し上げたはずです。
高頭 それは十分聞いている。ただ新規の相手先の案件獲得の前に、まずは既存顧客へ提案することから始めたらどうだ。
北原 では私にはここでくすぶっていろと。
高頭 そうは言っていない。他社での活躍を多少は聞いているが、ただ、私の下に来たからには、私のやり方に従ってもらう。それだけのことだ。
北原 くっ・・・。
高頭 まぁ頑張ってくれ。
そういわれたものの、当然のことながら俺の不満は一気に高まっていった。
高頭とのやりとりの後、課長へは具申したものの、むしろ厄介ものあつかいをされるようになった。顧客に新しい提案をすることを課長へ相談すると、その案件はこの取引先に、違う案件は別の取引先へと仕事を回し、出てきた案を相手先に提案しろとさえ言ってくる始末。
怒りの頂点に達した時、課長と大きな口論となり、そんなに新規案件がやりたければ他で拾ってもらえとまで言い出した。そんな中、人事から営業第一課配属を命じられた。一課は新規顧客案件獲得を主に担当する部署。
高頭 ずいぶんやる気があるようで何よりだ。
北原 ありがとうございます。
高頭 君の力量なら一課でも十分に成果を発揮できるだろう。まぁ頑張ってくれ。
渡りに船とはこのこと。
しかしながら、これも高頭のやり方の一つだった。散々、ムチを振っておきながら頃合いを見計らってアメを用意する。そうやって人心掌握をする。ずいぶんとこずるいやり方だと思ったが、一課に配属となればやりたいことが十二分にできる。ここで、上りつめてやるという気持ちしかなかった。
そこでは、子会社へ丸投げなどしない。俺がやりたいようにやらせ ていただく。幸い、そのやり方が大きく功を奏して、営業成績も上がり、一課での存在感も大きくなった。
転属して数年で課長へと昇進し、営業成績もトップクラス。大きな契約獲得も多くなり、さらに上が見えてきたと思っていた時に降りてきたのが今回の契約獲得計画だった。
これまで手がけた案件よりも規模が小さく「なぜ俺が」という気持ちだけでいっぱいだった。それに、そもそも俺が拾ってきた案件でもない。他にも仕掛かり始めた案件を進めていこうと思った矢先のことだった。高頭がやりそうなことだ。
やる気も起きないこの案であるが、コンペ相手がすずきと聞いて気が変わった。そう、相手先はおそらく大学の同期の栗原だ。奴が絡むなら多少はやる気を出してやろう。
待っていろ。
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斉藤 栗原課長、資料へのご指摘ありがとうございました。何度もお手間をおかけしてすみません。
栗原 部長への説明資料として完成したな。それから謝るな。俺は当然のことをしたまでだ。
斉藤 はい、ありがとうございます。
栗原 では神崎部長へ事前説明に行くか。
斉藤 はい。
栗原 神崎部長、プレゼン用の資料が完成しました。斉藤が相当がんばってくれたおかげです。
神崎 できたか。では詳細を聞くとしよう。
栗原 斉藤、空いている会議室はあるか。
斉藤 1021(いちまるにいいち)会議室が空いています。
栗原 わかった予約しておいてくれ。
斉藤 はい。
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(会議室)
神崎 では、説明をしてもらおうか。
斉藤 はい、では資料に沿って説明させていただきます。
(説明中)
斉藤 ここの数字は同業他社との・・・
斉藤 この点につきましては、次のページをご覧ください・・・
斉藤 見積もりとしての妥当性は・・・
斉藤 高いリスクをここまで抑えて・・・
斉藤 説明は以上となります。
神崎 かなり良くできたプレゼン資料だ。少々整理して欲しい点はあるが、大変わかりやすい。田上もこれなら納得してくれるだろう。
斉藤 ありがとうございます。
栗原 ありがとうございます。
神崎 この段階で構わんので、もう一部用意してくれ。斉藤、後で一緒に経営企画へ行くぞ。栗原、いいな。
栗原 はい。斉藤、頼んだぞ。
斉藤 はい、承知いたしました。
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(経営企画部)
西原 説明は大体わかりました。
神崎 で、経営企画としてはどう考える。
西原 斉藤主任。貴方がプロジェクトリーダーとして進めているようですが、今、曙駅(あけぼのえき)再開発計画が進んでいることは承知していますか。
斉藤 承知しております。
西原 もう一度お聞きます。それでもこの企画を進めていくことが絶対に必要と断言できますか。
斉藤 はい、この企画は必ず我が社にとって大きな利益を生みます。そして周辺地域の方にとって、暮らしやすい場所を持続的に提供できる公共性も高く価値ある事業です。精一杯、契約獲得に向けて努め上げます。どうか、よろしくお願いいたします。
神崎 おい、西原・・・。
西原 わかりました。神崎部長、経営企画としてはこの件について営業部が統括する案件として認識いたします。
神崎 では・・・
西原 これ以上は申し上げることはありません。
神崎 わかった。西園寺取締役へ上げさせていただく。斉藤、戻るぞ。
斉藤 は、はい。
西原 実に青いとしか言いようがありませんね。まだまだ存分に揉まれる必要があるようです。ですが、それを十分な力にできるかと。いつか私の下(もと)で鍛えたいものです。
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(廊下)
斉藤 あれでよろしかったのでしょうか・・・。
神崎 西原はそういうやつだ。あれが奴なりの了解の意思表示だ。
斉藤 では・・・
神崎 早急に指摘した点を整理してくれ。出来上がり次第、取締役のところに説明に行く。
斉藤 承知いたしました。
神崎 取締役には君がしっかりと説明しなさい。
斉藤 私が・・・ですか・・・
神崎 当然だ。この企画のリーダーは君だ。君が経営企画の首を縦に振らせたんだ、自信を持て。
斉藤 はい、ありがとうございます。
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(西園寺執務室)
西園寺 では、今回のプロジェクトについての詳細を聞こうか
神崎 はい。斉藤ご説明しなさい
斉藤 承知しました。今回のプロジェクトにつきましてご説明いたします・・・・
斉藤 以上となります。
西園寺 斉藤くん、君は入社して何年目かね。
斉藤 今年で6年目です。
西園寺 そうか。仕事は楽しいか。
斉藤 はい、恵まれた環境で仕事させていただいていると思います。本当に皆様には感謝しきれません。
西園寺 それはよかった。だが、恵まれた環境が必ずしもいい結果を生むわけではないことを覚えておいた方が良い。
斉藤 は、はい。
西園寺 神崎部長。委細承知した。斉藤くん、しっかりと進めてくれ。
斉藤 はい、ありがとうございます。
神崎 よし、斉藤、いくぞ。栗原課長にも報告せんとな。
斉藤 はい、かしこまりました。(恵まれた環境だけではいけないと言うのはどういうことだろう・・・。)
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(榎戸物産)
北原 高頭部長、そろそろプレゼンに向かう時間です。
高頭 そうだな、では出かけるとするか。プレゼンはあの内容なら問題あるまい。
北原 はい、シミュレーション結果でも我が社には十分な収益も上がりますし、先方への提示内容も必要十分です。すずきがどう出ようとどうと言うことはありません。
高頭 そうだな。ところで北原。最近ずいぶんと総合企画の連中とよろしくやっているようだな。
北原 ただの意見交換です。
高頭 なるほど、ただの意見交換か。営業のお前と総合企画の人間が意見交換とは面白いことをやっているな。
北原 何をおっしゃりたいのですか。
高頭 なに、部下の動向をしっかり把握するのも上長の役目だからな。気にするな。
北原 (勘づいていたか・・・。まあ知られたからといってどうと言うことはない。ただの牽制くらい十分承知の上だ。)
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(すずき商事)
栗原 斉藤、準備はいいか。
斉藤 はい、資料も全て準備完了しています。神崎部長、今日はよろしくお願いいたします。
神崎 君が手がけた大きなプロジェクトだ。自信を持ってプレゼンに臨みなさい。
斉藤 はい。栗原課長、フォローいただけると心強いです。
栗原 何をいってるんだ。自分でやり遂げますくらい言え。もちろんフォローは任せろ。
斉藤 はい、ありがとうございます。
(田上不動産エントランス)
北原 これはこれは栗原さん、お元気そうで何よりですね。
栗原 北原もずいぶんと活躍しているそうじゃないか。
北原 活躍ねぇ・・・この程度は当然のこと。大したことはないですね。
栗原 今日はお手柔らかにな。
北原 相変わらずですね。せいぜい頑張ってください。
斉藤 栗原課長、あの方は。
栗原 ああ、大学の同期でな。ゼミではよくやりあった仲だ。
斉藤 そうですか・・・ずいぶんと厳しそうな印象です。
栗原 相変わらずだよ。昔から変わらない。俺たちも早くいくぞ。
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(田上不動産会議室)
小鳥遊 本日はご足労いただきありがとうございます。今回の錦町区画整備計画は我が社にとって命運をかけたプロジェクトです。是非とも両社の皆様のご提案を大変期待しております。それでは、すずき商事さんからご説明いただきましょうか。
斉藤 はい、それではお配りいたしました資料をご覧ください。弊社の提案の中核は・・・このコストについてですが・・・計画における周辺への配慮につきましては・・・最終見積もりは次の資料のとおりとなります・・・
斉藤 弊社からのご提案は以上です。
小鳥遊 なるほど、周辺地域にまで実によく寝られた提案ですな。大変素晴らしい。では榎戸さんからのご提案をお聞きいたしましょう。
北原 はい、お手元の資料をご覧ください。
弊社の提案は次の三点です・・・第一に・・・第二に・・・第三に・・・以上を踏まえまして、最終ページの通り、提案させていただきます。
高頭 小鳥遊専務。弊社の提案に一点付け加えますと・・・
北原 (何!突然、出しゃばってきてなんなんだ)
高頭 以上です。
小鳥遊 ほう。なかなか魅力的なご提案ですな。両社ともよろしいですかな。それでは本日のご提案を役員会にかけさせていただきます。結果につきましては後日ご連絡いたします。ありがとうございました。
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(田上不動産エントランス)
栗原 北原、お疲れ様。いいプレゼンになった。
北原 栗原、何か勘違いしていないか。ここはビジネスの場。エールの交換をしている暇はない。
栗原 あぁ・・そうだな。
北原 失礼。
栗原 相変わらずか・・・。
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(すずき商事営業部)
斉藤 はい、すずき商事営業部斉藤です。はい、はい、先日はありがとうございました。はい、ご提案させていただきありがとうございました。え、は、はい。はい、承知いたしました・・・。失礼いたします。
栗原 田上からか。
斉藤 はい・・・。
栗原 どうした。
斉藤 それが今回は榎戸物産の提案を採用するとのことでした・・・。
栗原 なんだって。それは確かか。
斉藤 はい・・・。
栗原 神崎部長、今回のプレゼン、榎戸にやられました・・・。
神崎 なんだと・・・。決して榎戸には劣らない提案だったじゃないか。
斉藤 神崎部長、栗原課長・・・誠に申し訳ございませんでした・・・。
神崎 ちょっとまて、私からも連絡する。私、すずき商事の営業部の神崎と申します。小鳥遊専務へとお取り継ぎいただきたいのですが。は、はい・・・そうですか。承知いたしました。失礼いたします。
栗原 どうでしたか。
神崎 やはり榎戸を採用するとのことだ。我々の負けだな・・・。
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(榎戸物産)
北原 はい、承知いたしました。何卒よろしくお願いいたします。
高頭 どうだ。
北原 はい、こちらが受注です。当然でしょう。
高頭 よくやった。では、プロジェクトの陣頭は引き続きお願いするよ。
北原 は?しかし、今回の受注後は別案件のプロジェクトを担当すると言う話ではなかったんですか。
高頭 そちらは営業三課に回すことにする。引き続きよろしくな、北原統括課長。
北原 は?
高頭 今度の昇格人事に統括役として推薦しておいた。まぁ頑張ってくれ。
北原 あ、ありがとうございます。(アメとムチか、きっと何かあるな)
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(田上不動産執務室)
小鳥遊 今回は、榎戸に恩を売った形となったな。すずきと榎戸ならある意味当然の結果。榎戸の高頭の提案を付け加えたら、役員会では簡単に全員首を縦に振りおった。これで次の役員人事が楽しみだな。
秘書 小鳥遊専務、社長がお呼びです。
小鳥遊 わかった、すぐ行く。おべっかでも言うのか。だとしたら笑えるな。
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(すずき商事営業部)
神崎 斉藤、会議室の予約をお願いできるか。
斉藤 はい、かしこまりました。
神崎 栗原、斉藤、すぐにきてくれ。
栗原 はい、わかりました。
斉藤 はい、かしこまりました。
(すずき商事会議室)
栗原 そ、そんな・・・。
神崎 もう決まったことだ、仕方ない。斉藤、次の人事でお前にはすずき土地開発に出向してもらう。
斉藤 すずき土地開発ですか・・・
神崎 そうだ、すずきの開発部門の子会社だ。来月から行ってもらう。
斉藤 はい、承知いたしました。
栗原 どうして斉藤が子会社に。
神崎 こればかりは何とも言えん。言えることはすでに決まったことだけだ。
斉藤 神崎部長、栗原課長、ありがとうございました!すずき土地開発に行っても精一杯頑張って参ります!
(すずき商事経営企画部)
西原 すずき土地開発は経営企画部からも関与できる子会社。斉藤くんがどれだけ成長できるか、見届けましょうか。
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(すずき土地開発)
斉藤 本日付で、配属いたしました斉藤です!何卒よろしくお願いいたします!
了
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