地獄の釜の中へ入るときはスキップすること
「地獄の釜の中へ入るときはスキップすること」
と書いてあった。
目の前には鈍く光る通路。
地獄へ堕ちるという。地獄へは歩いていくのか。いやスキップするのだ。
ボンギャラギャ〜ン!
ハリボテかいうくらい音が響く金棒でケツを叩かれ通路に追い出される。足は勝手に跳ねはじめる。命令されたからではない、熱い! 床が熱いのだ。
このヘタクソ!
鬼が怒鳴る。
なんじゃあ、その潰れたカエルみたいな飛び方。はらわたちぎれて道路にグシャじゃわ。本の間に挟まった納豆だわ糸引くわ。もっと楽しそうに跳ねんかい!
衣服は三途の川で全部後期高齢者にはぎ取られた。靴も。すりむけた足に焼けた路面。熱い!あうち、おおうち、たうち、たなか、たしろ、たどころ、あきら、あつし、アマケロ、あさま、ありゃこりゃ〜!
跳ねる、思わず跳ねる、やけになるどうせなら華麗なステップをしてやろうと思う小学校の時はバレエをやらされていた。男の子は特別待遇なんだと後で知った。おつくんいいわね〜ぇぇぇえ〜こちゃんのママが妬ましそうに言った。オレこそ羨ましかった。チュチュを着たかったのに。片足で飛び、つま先を伸ばしてジュテ、いっそグラン・ジュテ! いいぞ、大きく飛べば着地も少なくて済む。調子が出てきた。得意だったパ・ドゥ・シャ、ええいグラン・パ・ドゥ・シャ。ナニはとっくに縮こまっている。金玉をかすめ流れる空気を感じた時、オレは扉の前に到着していた。ぜいぜいぜいぜいぜいぜい。
背後から拍手と大喝采がやってくる。それにかぶさる怒号。なんじゃ〜われ〜、このイカれポンチん!
後続に向けられる怒声。一息つく。
扉は両開きで、鬼の目が片方ずつこちらを見ている。ジロリと睨む。っと、片方の目がウィンク、回転しオレを飲み込む。…そこは分厚いガラスで仕切られた空間で先住者は一人だけ。子どもだ。
運がよかったの〜。
そこにいる鬼も鬼のように笑う。
あの通路を突破するもんはそうないけんね〜。
ガラス張りの向こうは灼熱の地獄の釜だ。そこにポンポンと薪が放り込まれる。薪じゃない、人だ。元ひとだったものだ。音はない。一切聞こえない。燃えただれ、焼けこげても死にはしない。なぜってもう死んでいるから。
誰かがまとわりついてくる。湿った小さな塊。先ほど見た子どもがいつの間に僕に張り付いているすりついてくる混ざってくる。おれはあれであれはおれでああここではもう個人でなくて死人なんだと実感する。地獄の釜の扉は開き続ける。永遠に見続けることは罰だろう罪だろう償いだろう。いやただのカウチポテトならぬかまうちぽてっと。