セコンドサーフ
*この作品は「第三回かぐやSFコンテスト 選外佳作」に選んでいただきました。
テーマは「未来のスポーツ」でした
巨大な時計の秒針に乗る競技がある。競技者はセコンドサーファーと呼ばれている。速さを競うのではない。1分は60秒と決まっている。
秒針が一周する間、つかまっているのを「ベーシック」と呼ぶ。要求されるのは体幹力と腕力、それに脚力だ。
初めての練習は「お茶会」と呼ばれる。12時から3時までを飽きるほど繰り返す。お茶の子さいさいだしね、とニカは笑う。そんな古い言い回しは知らない。紙の本があるという酔狂な家に生まれたニカは「ヤモリクラス」からの同期でライバル。子どもクラスは落下防止のため特別にヤモリの手袋を使っているから、そう呼ばれている。「ファンデルワールス力」と3回続けて口にする遊びで、ニカに勝てたことはない。
いつまでもヤモリな子どもはいずれ辞めていく。幼なじみだったオハナもマリクも消えていった。クラスを卒業するときは慎重に見定められる。頭から滑り落ちた場合、重大な事故につながることもあるから。ヨスルの右腕は今でも動かない。ヤモリクラスのトップサーファーだったヨスル、卒業式コンペティションでまさかの墜落。粉々に砕けた鎖骨とともに夢も消えた。今ではヤモリクラスのコーチをしている。一本の腕と二本の足でも軽々とベーシックをこなす。
「巨大な時計」はなんのために存在するのか。どの街でも中央の広場に高い塔があり、大きな文字盤に1から12までの数字が刻まれている。その盤上を一本の針だけが回っている。永遠に、たゆみなく。世界が平和で続いていくことの証なんだよ、と子どもは皆学校で教わる。中には根拠もなく「古代、針は三本存在した」と唱える人たちもいる。「三位一体論」者と呼ばれ、まずまともな人だとは見なされない。
「三本もあったら、わたしたちすり潰されちゃうよねぇ」とニカは満面に「恐怖」という感情を貼り付けて笑う。すでに次の選抜クラスに向けての訓練をしている。焦りがチクリと肌を刺す。それにしても針と針の間に挟まって圧死するなんて、想像しただけでゾクッとする。日常では滅多にお目にかかれない貴重な感情を味わう。秒針に巻きつくために鍛えあげた、太腿の奥にある小さな壺がトロリと満ちる年に。
今何時ですか、という問いかけは意味を持たず、時はもう私たちを縛らない。ただセコンドサーファーだけは、すべてを秒で換算する体感を知っている。針が一周する間に自分の胸が打つビートを熟知しているから。
ツァラツァラツァラツァラ、と私の胸は歌う。
ツゥインクツゥインクツゥインクツゥインク、とニカの胸は鳴る。
二人の鼓動が合わさるとツァゥインラツァゥインラツァゥインラと、倍の速さで。
古い世代にはチクタクチクタクととラップもどきに唱えたり、カチコチカチコチとドラムのようにリズムを取る一神教もいるけれど、自分の胸のビートで時を測ることを知らないのかな?
「アーティスティック」になると、技術力と演技力が加算される。すなわち、いかに華麗に巻きついたり、絶望的でありながら扇状的な微笑みを浮かべて滑り降りたりできるか。ニカとともに選抜クラスに上がり、化粧や演技を叩き込まれる。ニカは顔の造作も身体つきも華やかで舞台映えした。痩せっぽちで地味な自分を変えたくて、ヨスルに近づいた。「扇情的な微笑み」とエクスタシーを身につけるために。
ねえ、ヨスル。互いの身体に巻きつき終わった後、耳に秘密を滴らせる。細工をしたの、あなたの出番の前に。コンペの時よ。ヨスルの片腕が首にかかる。目の前が暗くなる。待ち望んでいたエクスタシー。ニカの悲鳴が聞こえる。残したメッセージ「252,000秒後に私の部屋で」の通りに。そう、私たちはセカンドサーファー、秒を支配する者。その夜を最後にヨスルは消えた。ニカは拒食と過食を繰り返し、競技界から脱落した。
世界でトップ3を争う競技者として、次のオリンピックに出場が決まった。
決め技はターメリック・パウンディスティック・スクリュー。最も難関とされる5時の時点で、秒針の先寸前まで滑り降り、足で絡みつきながらスィングを利用して上昇する。秒針が7時に達する、わずか10秒で。
映えあるその日、全世界の人たちと巨大VR空間でオリンピックの開会式に参加する。初めて見る黒い肌のマルチチューバーは肩を震わせて演説した。
「先の大戦で同時多発のミサイルが世界を破壊した後、多くの街が壊滅的な打撃を受け、生き残った人々は新しい生活を再建するために辛苦を重ねました。街の広場にエターナルセコンドの塔を刻み、戒めとしました。私たちは二度と速さを競わない、強さを競わない、ただ美しさと感動を競うことを誓います。私たちは争いのない世界を求め、オリンピックの開会を宣言いたします」
多くの人たちが涙を流すなか、ひとり胸のビートを数える。ツァラとゥストラツァラとゥストラツァラとゥストラ。高まっていく、潤っていく。誰よりも美の女神に愛されるために。
〈了〉
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