断片小説 逃がした魚は大きい
魚を釣った。
しかもマンホールに糸を垂らして引っ張り上げたら、釣り上がった。
魚の種類についてはまったく詳しくないが、全身が金色に輝いていた。これはめでたい。
生モノを家に飾ることはできなさそうなので、魚屋で捌いてもらうべきか(食えるのかどうか分からん)、海か川に放流するべきか(海水魚なのか淡水魚なのか分からん)悩んでいると、なんと魚のほうから声をかけてきた。
「あなたが釣り上げたのは、金の魚ですか、銀の魚ですか」
なんで釣り上げられた本人が自分が金の魚か銀の魚か分からんのや、と思ったが、魚は鏡で自分の姿を見つめることなんてないだろうから、案外そういうものなのかもしれない。
昔読んだ童話を思い出した。たしか鉄の斧を湖に落とした男が、女神様にあなたが落としたのは金の斧か銀の斧かを聞かれて、正直に鉄の斧だと答えると、金の斧銀の斧含めた3点セットをゲットした、という話だ。
世の中謙虚が一番だ。
「いや、ワイは魚を釣ろうと思うたんやなくて、マンホールに落ちた10円を拾おうと思っただけなんや」
すると魚はこう答えた。
「いや、経緯はどうあれ釣ったのは金の魚でしょうよ。質問にはちゃんと答えなさい」
魚は目の前で桜吹雪のように霧散した。そして手にはいつの間にやら、10円玉が握りしめられていた。
謙虚であるよりも、正直であるべきだったか。逃がした魚は大きい。