小説、というかnote→仕切り直し、です

 長く生きていると、付き合う人も広がり。そのつながりも様々であるがゆえに。「話した気になっているのに、実はあまり話していないこと」というものがございましてね。「あれ、言ってなかったっけ?」と。長い付き合いの友人・知人であっても、話したことがないモノ・コトということがございます。

 ふと気づいたのですよ。私、ロックとかプロレスが好きな人、昔の左翼文体でいつも何か吠えている人、働き方や会社、仕事、就活、自己啓発について異様に熱い人(というか、労働社会学、人材マネジメントが専攻の人、なんですけど)、メディアでコメンテーターをしている人、大学の教員として認知されているかと思うのですが。「江戸川乱歩が好きな人」ということは、実は上記のようなパブリックイメージと比べると、かなり薄いのではないか、と。10代のうちに乱歩作品の9割くらいは読んだのではないかと思います。

 あ、私の代表作『僕たちはガンダムのジムである』(ヴィレッジブックス、文庫は日本経済新聞出版社→さらに日経BP社)を書いたときの担当者、乱歩そっくりだなあ、しかも名字が平井さんだなあと思っていたら、なんと江戸川乱歩のひ孫さんでしたよ。これ、すごくないですか?

 その乱歩の有名なエピソードといえば、話の辻褄が合わなくなり、謝罪文を出した、と。作家って、こういうことあるのですよね。気づけば矛盾している、というかね。

 『ジョジョの奇妙な冒険』の第2部もそうでしたね。なんで、妻も子もいないツェペリさんに孫がいるんだよ、と。著者の荒木飛呂彦さんは「おとはなウソつきではないのです。まちがいをするだけなのです……。」と謝罪をしています。これは、これで、名文ですけどね。

 で。江戸川乱歩や荒木飛呂彦ほど、もちろん有名でも、売れているわけでもないのですけど。noteは「創作のプラットフォームにしよう」と意識高く考えていたのですけど。そこで、年始に小説を書き始めたのですけど。ちゃんとモレスキンのノートに設定まで書き出したのですけど。更新がしばらく止まっていました・・・。すみません。第一話、第二話ともそれなりに読まれたのに。
 
 思いのほか大学の仕事が忙しくなり。時間がなかったことも理由なのですけど。物語の矛盾が見つかったこと、さらに表現したいことがnoteという場に不適切だなと思い。さらには、意識高い系あるあるも、こういう経営者の色恋沙汰も、「現実」が赤裸々に報じられる時代となり。それをこえる何かを描けていない、と。

 事実上、止まっていますが、いったん小説の続編はストップし、通常の執筆活動に集中します。すみません。いや、これを草稿として、設定の矛盾を解消し、新たに書き下ろす可能性はありますが。

 意識高い系ウォッチャーとして、これをテーマに小説を書くことは夢ではありましたが。いったん、このもやもやと止まっている状況を打破するために、公式にストップします。すまないです。

 で。このnoteですが。せっかくつくったので、ブログや他の連載、SNS投稿とうまく棲み分け。「モノを書く人の苦悩」や「中年物書きのぶっちゃけ話」を書くことにします。まさに、今日みたいな記事です。お金はとらない予定です。

 そうそう、noteの運営方針として、フォロー返ししません。申し訳ないです。ご理解ください。

 というわけで、私の会社員時代〜出始めの頃のブログがそうであったように、ゆるく仕事の喜怒哀楽、ちょっと共有したいことなんかを書き綴りますね。夜露死苦です。

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