「魔女狩りの科学」あらすじ・第一話【創作大賞2024 漫画原作部門応募作品】
あらすじ
時に人は苦境に立たされると魔法の力に目覚め身を守る。だが文明社会が発達するにつれその力は異端とされ排斥の対象になった。魔女狩りを逃れ数百年を生きた魔女クロエは様々な活動を経た末に魔法使いを救う術を科学に求める。
かつて魔法にあこがれたものの学ぶことにより魔法などないと悟り科学者になったキサラギはクロエの訪問を受け、再び魔法使いになる夢を抱く。科学は魔法をこの世から消すのか? それともすべての人を魔法使いにするのか?
思惑はすれ違いつつも、覚醒した魔法使いのひな鳥を守るため世界を飛び回るうち二人の絆は深まっていく。
クロエとキサラギ、敵対する魔女狩りと魔法シンジケート。人類の未来は誰に委ねられるのか?
※完結までのあらすじは記事末尾に記述
本作の特徴とアピールポイント
魔法は人間の拡張能力であるという工学的な観点から魔法を再解釈しています
科学に希望を見出す魔法使いクロエと魔法に魅力を感じる科学者キサラギ、異なる立場の二人の協力と対立を描き、緊張感を持たせます
魔女狩り組織や迫害する人間から魔法使い保護という基本的なミッションを通じて様々な人間ドラマと魔法を駆使した能力バトルを描きます
敵対する魔法使い集団との対決、そしてキサラギの失踪という大きな事件を経て物語は後半は世界の行く末に関わる大きな展開に突入します
魔法を消したいと願うクロエと魔法を人類に授けたいキサラギ、一見対立する両者の願いが共に叶う結末を描きます
第一話
【第一話の主旨】
・魔女狩り側から見た背景世界の説明をする
・魔女と魔女狩りの戦いにより魔女と魔法の凄さを示す
・魔女クロエから見た背景世界の説明を示唆する
【主要登場人物】
リンデ 魔女狩り。20歳前後の女性。北欧系。
ディーター 魔女狩り。20前後の男性。ドイツ系。
クロエ・ル・ヴェール ライトブリッジ財団代表。魔女。フランス系。
ロバート クロエの秘書兼運転手(今回は顔見せ程度) 英国系。
タクミ・キサラギ 研究者。博士(工学)日本人。
【導入】日本 山奥の村(西暦2000年ごろ)
※過去 30年ほど前
日本の山奥。険しい山の麓にある村。人口は数百人規模。大きな屋敷の敷地内に蔵が建っている。蔵は開けられている。
日本式の蔵の中に様々な書物の棚。和書もあるが一角には洋書が並んでいる。
その中に子供が膝をついて座っている。周囲には分厚く大きな本が何冊も積み上げられている。灯となるランプも床に置かれている。
子供は本を開いている。本には複雑な図形が描かれている。魔法陣である。
魔法陣が子どもの瞳に映り込む。
魔法に魅了される子供。目が大きく見開かれる。
※この子供が成長して本作の主人公の一人であるキサラギとなる
【タイトル】
「魔女狩りの科学」
背中合わせに立つ魔女と科学者。二人は仲間だがその間には緊張感が見て取れる。
【1】イタリア 山中(ここからは現代)
説明「ヨーロッパ 某国」
※イタリアですが現実の諸国に根ざした話を展開するわけではないため、具体的な地名は書かない方向です。
山奥に建つ古城(サヴォイア城などをイメージ)
時間は午前中。
古い城だが舗装された道が整えられ、城の前には十数台の車が停まれるであろう広場が作られている。広場は石畳でできている。
すでに数台の車が停まっている。車は大きさやメーカーはバラバラだがいずれも高級で黒塗り。VIPの送迎に使われるものと想像できる。
そこに一台の車が到着し、中から老夫婦が降りてくる。城の正面玄関から執事とメイドが老夫婦を出迎える。
その様子を単眼鏡で眺めるものがいる。若い一組の男女である。
※双眼鏡の方が自然だが顔が見えにくいので
年齢は20歳前後。男性は長身だが細身、女性は小柄である。比較的軽装の観光客のように見えるが、ふたりとも短めのケープを羽織っている。ケープの留め金にはハンマーをあしらったシンボルが刻まれている(そんなに強調しなくてもどこかで見えれば良い)
男性が単眼鏡を道沿いに動かす。
レンズがレトロな高級車をとらえる。
運転しているのは中年の男性。
後部座席には長い黒髪、黒いドレスの女性が乗っている。
二人は頷きあい、移動を開始する。
二人の懐にはナイフが見える。
【2】城館前
レトロカーが城の正面玄関につく。
歩み寄る執事。
運転席からやや小柄な中年の運転手が降りて後部座席のドアを開ける。
シンプルだが高級感のある黒いドレスをまとった女性が降りてくる。女性は年齢不詳だが気品と威厳がある。
執事「ル・ヴェール様。お待ちしておりました」
女性は軽くほほえみ、執事に案内されて城へと入っていく。深々と頭を下げるメイドたち。
玄関ホール。先程入っていった老夫婦をはじめ、老若男女十数人が女性を出迎える。人種も国籍もバラバラで黒人やアラブ系の顔立ちも混じっている。
(国際的な組織であるという演出)
中心に立っているひときわ立派なスーツの男性が満面の笑みで女性におじぎをする。
スーツの男性「マダム・ル・ヴェール、このたびはまことに……」
女性は優しく微笑む。
マダムと呼ばれた女性「どうかクロエをお呼びください、シニョーリ・コンタリーニ」
コンタリーニ「ではクロエ、私のこともジュリアーニと」
クロエ「お言葉に甘えて。ありがとう、ジュリアーニ」
コンタリーニ「さあ、こちらへ」
ぞろぞろと移動を始める一行。ホールの大きな階段から2Fへと移動していく。
※コンタリーニ氏および基金の面々は今後継続的に登場するキャラではありません。
【3】城館裏手
城は小高い崖の上に建っており、建物裏手は崖となる。
グラップリングフックを崖の上にかけて上っていく二人。
その崖づたいに建物の裏手にまわるディーターとリンデ。グラップリングフックとロープを荷物にしまう。先程の登山客のような服装はこのため。
※本来は崖を降りる道具ですがフィクションなので……!
女性「ディーター!」
女性が男性に声をかける。
女性「やれるかな? 何百年も生きた魔女なんでしょ?」
振り向かずに答えるディーター。
ディーター「リンデ、そのために訓練してきた」
リンデ「そうだね」
ディーター「組織は誰一人逃さない」
リンデが建物の構造図を確認して建物の基礎の石垣部分を示す。ディーターがその石に手をかけて引っ張ると隠し通路が現れる。
【4】城館2F・会議室
城の2Fにある会議室。古城だが現代的な設備がしっかり導入されている。大きなスクリーンに資料を写してコンタリーニ氏がプレゼンをしている。
コンタリーニ氏「このように、子どもたちへの支援だけでなく支援活動を行う人材の育成に励んでまいりました」
コンタリーニ氏「そして我々はマダム・ル・ヴェールが運営するライトブリッジ基金の出資によりその活動を広げる事ができるのです」
コンタリーニ氏「まずは地中海周辺、そしてアフリカ、中央アジアへと……やがて活動は世界中へ広がるでしょう」
拍手する参加者、そしてクロエ。
【5】城館2F・隠し部屋
それを狭い隠し部屋から聞くディーター。この部屋はもともとは納戸だが、物騒な時代に避難部屋として改装され、館の持ち主が代わった際に忘れさられている。
※特に描写はしていませんが隠し部屋同士がつながっており上下ははしごで移動、石垣の隠し通路から外まで出られる作りです。
ディーター「たいそうな演説だ」
リンデは側にはいない。
リンデ「なんでコンタリーニ基金に支援を?」
リンデの声は装着したインカムから聞こえている。別行動なのだとわかる。
ディーター「何かたくらみがあるんだろう」
リンデ「世界中の子供に魔の手を……ぞっとするね」
ディーター「運転手は下で休んでる。一人になる瞬間を狙おう」
【6】城館2F・会議室
コンタリーニ氏に続き、署名をするクロエ。
握手をする二人。拍手が起こる。
コンタリーニ氏「この後、ささやかながら食事の席をご用意しております」
クロエ「ありがとうございます。楽しみです。その前に少し、失礼を……」
【7】城館2F・廊下→物置
廊下に出るクロエ。ドアの側にいるメイドに声をかける。
「化粧を直したいの」
すっとおじぎをするメイド。クロエを案内して廊下を歩いていく。
メイドの顔に緊張が見える。リンデだとわかる。
リンデは無言。インカムにディーターの声が流れてくる。
ディーター「訓練を思い出せ」
ディーター「背中からやれ、会話をするなら、魔法を使わせるな」
ディーター「組織は何百人も魔女を討ってきたんだ」
ディーター「俺達はやれる、生きて帰ろう」
緊張した面持ちのリンデ。涼しい顔で歩くクロエ。
メイド(リンデ)「こちらへ……」
メイドの開けたドアに入るクロエ。
入ってゆっくりと部屋を見回す。使われていない部屋で様々な調度品などが雑多に置かれている。
クロエ「ここは?」
同様もなく静かに聞くクロエ。
音もなくドアを閉め、無言で襲いかかるリンデ。その手には軍用ナイフが握られている。ゆっくり振り返りかけるクロエ。その表情は見えない。
二人の身体が交錯する……ように見えたが、振り切った手にナイフがない。
リンデ「!?」
思わず自分の手を見るが何も持っていない。床を見回すが落ちていない。
無表情だったクロエがうっすらと微笑むんで一礼する。
クロエ「こんにちは、クロエ・ル・ヴェールよ。ご存知かもしれないけど?」
クロエを睨みつけるリンデ。
クロエ「あなたは?」
なにか言い返そうと口を開けるが言葉が出てこない。
その瞬間、クロエの背後の物陰からディーターが飛び出してくる。
腰に構えたナイフをまっすぐとクロエの背中に向けて突き出す。
しかし次の瞬間、ディーターの目前にいたのはクロエでなくリンデだった。
鉢合わせ驚愕する二人。ディーターの突進を受け、床に倒れる二人。
「リンデ!」
ディーターの手はリンデに当たっているがナイフはない。
すばやく飛び退いて振り返るディーター。ぶつかった痛みをこらえて片膝立ちになるリンデ。
クロエ「よく訓練されているのね」
左右の手に一本ずつナイフの刃をつまんでいるリンデ。
手品のようにナイフをすっと消してみせる。
慎重に移動しクロエを前後に挟もうとする二人。
クロエ「どちらが背後を取るのかしら?」
クロエ「リンデ?」
クロエ「それとも……?」
「ディーター!」
リンデが名前を出したことに焦るディーター。
だが視線をクロエに戻すと彼女の背後にもう一人誰かがいる。
一方のリンデからも同じように見える。
リンデとディーターはそれぞれ魔女と一対一で向き合っている。
クロエは二人いて背中合わせに立っている。
リンデ「これが……」
クロエ「魔法よ。背中は取れない」
冷や汗をかきながらディーターは懐から拳銃を抜く。
※P226などの小型拳銃をイメージしていますがミリタリ的なリアリティを追求しているわけではなく参考程度です
顔の前で右腕を畳んで構え、左手は右手に添える近距離格闘での射撃姿勢。
狙いはクロエの頭に合っている。
クロエ「発砲にはためらいがあるのね」
不意にディーターの背後から声をかけるクロエ。見まいとするがそれでも思わず眼球を動かしてしまう。
途端に手をつかまれ、視界がぐるりと回転する。
背後にクロエはおらず、対峙していたクロエに投げられている。
ディーター「ぐはっ!」
強く背中を打ち付けられ、息が詰まるディーター。
取り上げた銃の安全装置を動かし、マガジンキャッチを押し軽く振ると床にマガジンが落下する。次いで銃を床に投げ捨てる。
呆然とするディーター。
※ここからのアクションはディーターが銃を抜いたのと同時に起こっています
リンデは魔女の顔面に向けて蹴りを繰り出す。
クロエはくるりと回りながら蹴りの勢いを使ってリンデを空中に放り投げる。空中で回転して頭から落下するリンデ。だが寸前に両手をつき、回転して起き上がり勢いを殺さずにクロエに肘打ちを叩き込もうとするが、魔女はリンデの両肩をやんわりと掴み、体を入れ替えて背後に転がす。転倒したディーターの横で尻もちをつくリンデ。
リンデ「卑怯な魔法を……!」
クロエ「これはあなた方と同じ、誰でも身につけられる技術よ」
クロエ「さて、少しお話しましょう」
クロエ「魔法とはこういうものを言うの」
クロエが指を鳴らすと床から黒いシミのようなものが広がり、ディーターとリンデの身体が沈んでいく。二人はそれぞれ床まで手を伸ばそうとするが、そこにもシミが広がり手をかける場所がなくなってしまう。
「ディーター!」
「リンデ!」
沈みながら二人は手を固く握り合う。
【8】謎の空間
何もない真っ黒な空間。手を握ったまま二人は沈んでいく。
リンデ「ここは……!?」
視覚ではわからないが底についたのか、二人とも足をつく。
握っていた手を離し、油断なく背中合わせに立つ二人。
ディーター「魔法……なのか?」
リンデ「出てこい! 聞こえているんだろ!」
どこかからクロエの声が聞こえる。
クロエ「用件をうかがおうかしら?」
ディーター「お前の命だ!」
叫ぶディーター。
クロエ「それはあなたたちの意思?」
リンデ「そうだ!」
クロエ「なぜ私を狙う?」
ディーター「魔女だからだ!」
クロエ「魔女……ね。そう、私は魔女、魔術師、魔法使い」
まったくの闇の中になんとなくクロエの姿が見える。遠いようでもあり近いようでもある。
クロエ「魔女だとなぜ狙われる?」
リンデ「奪ったからよ、私たちの家族を……!」
クロエ「魔法の……被害者なのね?」
ディーター「そうだ……お前たちが……!」
闇の中にディーターの記憶がフラッシュバックする。ドイツも山奥。さらわれてきた十数人の子どもたち。一人の男が幼い子どもを殴っている。激しく泣く子供。ますますヒートアップする男。
だが、突如子どもの両手から炎が吹き出し男を焼く。燃える建物、逃げ惑う他の子供達。
焼け落ちる建物を背後によろけながら歩く子供。幼い頃のディーターである。
リンデ「魔法使いを野放しにはできない……!」
リンデの記憶がフラッシュバックする。
砲撃を受ける街。戦車。防空壕に退避する複数の家族。隅で固まって震える子どもたち。
兵隊が壕に入ってくる。押し問答。避難していた大人が銃を兵隊に向け、逆に撃ち殺される。悲鳴が上がる。
パニックになった兵隊が悲鳴の方に銃を向けた瞬間、電撃が兵隊を襲う。
様々な金物に電気が走る。兵隊も避難民も感電していく。
怯える幼い少女。子どもたちも倒れている。電撃を発しているのはそれよりも少し年上の男の子。自分のしたことがわからず自分の手を見る男の子は次いで生き残った少女を見る。少年の手と瞳が電気を帯びて妖しく光っている。悲鳴をあげ、塹壕から走り出す少女。銃撃の中を飛び出していく。
クロエ「悲しい過去……でも私は……私たちはあなた方と同じ」
ディーター「何がだ!」
クロエ「魔法による被害を止めたい」
リンデ「信じられるか!」
クロエ「そうでしょうね」
クロエ「あなたたちは過去に追われているから」
現在のディーターに過去の記憶の男が襲いかかる。炎に巻かれながら逃げ出すディーター。
戦場を逃げる現在のリンデ。うずくまっている少女に声をかけると、振り向いた少女の眼が光っている。帯電しだす少女。後退りするリンデ。
クロエ「未来を見られるように……今は眠りなさい」
その場で倒れるディーターとクロエ。
真っ黒な空間が真っ白な空間に変わるとその側にクロエが立っている。
クロエ「ランチ、食べそこねちゃったかしら?」
クロエがつぶやくと元の部屋に戻る。
【10】城館2F・物置
ディーターとリンデを軽々と抱えるクロエ。途中、メイドとすれ違うが誰も気にしていない(見えているが認識の外にある)
玄関を出るとクロエが乗ってきた車が止めてある。運転手の姿もある。運転手が後部座席を開け、クロエからディーターとリンデを受け取って後部座席に乗せる。
運転手が運転席に、クロエは助手席に乗り込む。
すると玄関からコンタリーニ氏と基金のメンバー、さらにもう一人のクロエが歩いて出てくる。談笑するクロエとコンタリーニ氏。互いに握手をし、出てきたばかりのクロエも助手席に乗り込む。もともと助手席に乗っていたクロエと重なるように一人になる。
誰も不思議なことが起こっているのを気にする様子はない。
深々とおじぎをするコンタリーニ氏と他の人々。
クロエたちを乗せた車が発進する。
【11】クロエの車
車の中。運転手(ロバート)が尋ねる。
ロバート「クロエ様、いかがでしたか?」
クロエ「オラクルム・エクソシスタムからの刺客だった。まだ活動してるのね」
ロバート「いえ、お食事を楽しみにされていたので」
クロエ「そっち? 最高の素材と料理だった……とは思うのだけどやっぱり別れると感覚が希薄なのよね」
クロエが胃のあたりを軽く押さえる。
ロバート「基金の方は?」
クロエ「コンタリーニ基金の方々は本当に一点の非の打ち所もない良い人たちだわ」
景色を眺めながらつぶやくクロエ。
クロエ「でもお金で解決できることの限界が見えてきたかも。多くの資金を持つとやっぱり注目を集めちゃうし」
ため息をつくクロエ。
クロエ「オラクルム・エクソシスタムはきっと『魔女がヨーロッパを経済的に支配しようとしている!』とか言ってるでしょうね」
苦笑するロバート。
クロエ「だから別なアプローチも試す。すでに動いてるから」
運転手「どちらに?」
クロエ「日本よ」
【12】京都・大学
日本。京都。
講堂に多くの人が詰めかけている。学術発表ではなく一般向けの講演。
「若手卓越研究者LT大会」の文字。
登壇しているのは若い男性。眼鏡で理知的な顔立ちをしている。
※冒頭に登場した少年の成長した姿。もう一人の主人公であるキサラギです。
キサラギ「十分に発達した科学技術は魔法と見分けがつかない、とSF作家アーサー・C・クラークは言いました」
キサラギ「科学技術が十分に発達すれば」
キサラギは聴衆を見回す。
キサラギ「魔法は消え、科学の一部となるのです!」
第一話 完
物語の結末まで(補足)
第一部
キサラギはかつて魔法にあこがれた少年だった。だが魔法を知ろうと学べば学ぶほどこの世に魔法はないと思い知らされ、彼はやがて科学者となった。
気鋭の研究者として知られるようになったキサラギのもとに訪れたのは莫大な資産を持つ財団の代表であり、数百年の時を生きた本物の魔法使い、クロエだった。
キサラギに魔法を見せ、財団の研究施設に招いた彼女の目的は魔法を研究し、目覚めたばかりの魔法使いによる魔法の暴発事故を防ぐこと。可能なら魔法の力を持つ人類が生まれないようにコントロールすることだった。
人間が極限まで追い詰められると己の肉体だけでは不可能な力、魔法に目覚める事がある。幼い子どもほど魔法に目覚めやすいが、同時に力のコントロールができず事故を起こしてしまうことがある。古来から人類は多くの魔法の暴走を目撃し、恐れ、魔女狩りと称してその力を刈りとってきたのだ。
魔法の力に目覚めたばかりの人間は通常人類との差分が少ない。そう推測したキサラギはクロエとともに魔法に目覚めたばかりの人間「ひな鳥」の保護活動に参加する。そこでキサラギが目撃したのはネグレクト、誘拐、いじめ、戦争など世界各地で起こる様々な悲劇だった。
一方、キサラギは保護したひな鳥たちの脳を解析することにより常人と魔法使いを脳の働きで区別する方法を編み出す。研究の前進を喜ぶクロエとキサラギだったが、実はキサラギはクロエに黙ってブレインスキャナの作業逆転による自身の脳機能拡張、すなわち魔法の習得を試みていた。やがてキサラギは微弱な魔法ならコントロールできるようになる。
クロエとキサラギはひな鳥の保護活動の中で自分たちの邪魔をするのが魔女狩りを行う結社だけではないと気づく。敵対勢力はクロエたちと同様魔法を使い、時にクロエやキサラギに先んじてひな鳥を保護していた。その勢力のリーダー、フェリックスは幼少期に魔法に目覚め、魔女狩りの手を逃れて長らく社会に潜伏していた。フェリックス一派は徒党を組み、魔法を使って組織的に犯罪を行う集団に成長していた。
クロエとキサラギ、そして仲間たちは総力を上げてフェリックス一派と対決し、彼らの組織を壊滅させ、フェリックスを含む構成員の拘束に成功した。
捕獲され魔法を封じられてなお魔法使いの力を自身の欲望のままに使うことを主張するフェリックス。魔法能力の調査とヒアリングのためにフェリックスとたびたび会話をしていたキサラギだったが、フェリックスはキサラギの魔法使いになりたいという願望を見抜き、クロエの意思に反して少しずつキサラギに魔法を教えていく。フェリックスの魔法封印を解き解析をすれば飛躍的に魔法研究が進むと考えるキサラギはクロエにそれを進言するが反対され、クロエとキサラギは徐々に対立するようになっていく。それこそがフェリックスの狙いであった。
第二部
クロエの弟子でありキサラギの助手を務める研究員のエッダは魔法使いであり一流のプログラマーでもあった。エッダの魔法はコンピューターとネットワークに作用するものである。魔法はより深く理解するものをより効果的に操れるため、情報科学のエキスパートであるキサラギの指導によりエッダの魔法能力は飛躍的に向上した。エッダはやがてキサラギを慕うようになる。
クロエとキサラギの対立に心を痛めていたエッダは思い詰めた表情のキサラギに気づき、話をしようと後を追うが解きすでに遅く、研究所では魔法による爆発が発生。フェリックスとその組織の何人か、そしてキサラギが行方不明になってしまう。
エッダはクロエの許可を得てキサラギを追う任に就く。その足取りを追って世界を転々とするうちに、彼女はネットのアングラサイトなどで魔法のちからを身につけられるというデバイスが流通していることを知る。ブレインスキャナの作用を逆転させ、脳機能を拡張して魔法の力を得る。あまりに危険なそのデバイスにキサラギの研究が使われていることを確信する。
キサラギの足取りを追うためキサラギの故郷を訪ねたエッダはキサラギの実家生い立ちについて話を聞く。その中でキサラギ家の蔵に所蔵される本の存在を知ったエッダはその本が本物の魔法の本であることに気づくが、日本にもキサラギの足取りに関する手がかりはなかった。
世界中にばらまかれたデバイスにより急速に魔法使いが増えているという報を受け、エッダは財団本部に帰還する。財団の調査によりデバイスの製造元が特定され、逃走したフェリックスを中心とした魔法犯罪組織の関わりが明らかになる。財団は再びフェリックスの組織との対決準備を進めるが、世界各地で魔法によるテロが発生し、最大の戦力であるクロエは九人に分身しテロの鎮圧に向かうことになる。
残された戦力ではフェリックス一派との戦いは難しく、対決を一度延期したエッダたち。だが首謀者であるフェリックスはその機を逃さず構成に出て財団本部を襲撃する。劣勢にまわるエッダと仲間たちだったが、戦いの最中、エッダはクロエからのメッセージを受け取る。クロエもキサラギを探していた。だが見つかっていない。でもクロエには探せないばしょもある、と。
エッダはキサラギの物理的な痕跡が一切見つからなかった理由に気づき、ネットワークの中を探索し始める。そしてネットワークの奥底に封印されたキサラギの存在を見つけ、開放する。
キサラギの帰還により、フェリックスの能力は周囲の魔法使いの能力をコピーして使用することと判明する。周囲に魔法使いが多ければ多いほどフェリックスの能力は強力になるのだ。キサラギはエッダに財団魔法使いの撤退を提案する。キサラギは魔法の力を身につけているが魔力も肉体的な力もフェリックスには及ばない。しかしネットワークに封印されている間、キサラギはその環境を利用し直接対決のためのシミュレーションを回してきた。
誰もいなくなった財団本部でフェリックスと対峙するキサラギは知恵を微細な魔法を駆使してぎりぎりまでフェリックスを追い詰めるがついには動けなくなってしまう。ふらふらのフェリックスがとどめを刺そうとキサラギに近づく。だがその時、世界各地の魔法テロを単身鎮圧したクロエが帰還する。世界最強の魔法使い、クロエの力をコピーし、本人にその力を向けようとするフェリックスだったがそれはおよそ人間に制御できる力ではなかった。
力の制御を誤りフェリックスはこの世から存在が消えてしまう。
クロエと一対一になったキサラギは、クロエに魔法の存在と財団の研究を公表しようと迫る。良い方向に魔法を使えば人類はより良く、平和になれるとと解くキサラギにクロエはそんなに人を信用できないと首を振る。
そこに戻ってくるエッダ。エッダはクロエにキサラギの実家にあった本を差し出す。そこに書かれた魔法陣は素養のある人間を魔法に目覚めさせるものだった。かつてクロエは多くの人が自分と同じように魔法使いになり、人々に親しまれるようになれば魔女狩りはなくなると考えたことがあったのだ。
結果は失敗に終わり魔女狩りはより苛烈になったとクロエは語る。
だがエッダはさらにクロエを説得する。キサラギは本の魔法陣によって魔法に目覚めていた。一見彼は魔法が使えないように見えるが、キサラギの魔法は魔法を研究するための魔法だったのではないかと。実際にキサラギは数々の成果を上げ、自身も魔法使いとして成長した。エッダ自身もキサラギによってより強い魔法の力を得た。財団という組織も人間社会の仕組みが変わり資本主義経済が進むことによって成立しており、多くの魔法使いを助けることができている。社会は変わったし人が変えた、そして社会は人を変えていくのだと。
キサラギは力強く宣言する。魔法が解析され当たり前の技術になれば魔法は消え、魔法使いもいなくなる。魔女狩りも消える。全員がただの人間であり、魔法使いになるのだと。
キサラギは再び研究者として表舞台に立ち、研究成果を発表し、魔法研究のための学会の設立に動いた。エッダはよりキサラギに近づくため、大学院へ行き博士号取得を目指す。クロエは魔女として自身の存在を公表することはなく、財団も以前と同じ様に活動しているがその多くを魔法テロの被害の補償と魔法被害の調査、保護活動に充てるようになった。
こうして世界は変わっていく。