シンガポールで研究者をするまで~海外での研究への道のり~
はじめに
2022年10月から国立シンガポール大学のDuke-NUS Medical schoolのPost-doctoral research fellow(博士研究員)としての生活をはじめました。この記事では海外の研究に向けた準備と経緯について書こうと思います。これから海外で研究したいなと思っている人の参考になれば幸いです。
なんとなく海外憧れ期
大学院に入るまで
大学6回生(医学部は6年制)の時に初めて一人でニューヨークに1週間海外旅行に行きました。海外が好きになり比較的よく海外旅行にはいった方だと思います。
救急医になってから救急、外傷外科をもっと勉強したいと思い、南アフリカ共和国に1ヶ月研修に行ったのと南部バングラデシュに医療支援に1ヶ月行った程度で、長期間の留学はしたことありませんでした。
大学院に入学した頃にはなんとなく海外に行ってみたいと思っていました。誰しもが一度は「留学してみたい」みたいなフワッとした希望があると思いますが、そんな感じでした。
大学院に入学前後に海外で研究した経験をお持ちの先生とお話しする機会を得ました。どの先生も、「海外で生きるためにはお金がなくなる、1000万/年は覚悟しないといけない」とおっしゃっていました。当時は「またまたー、ほんまかいな、話盛ってるやろー」と思っていました。それ以外にも、どうやら奨学金のようなものを得る必要があり、そのためには業績が必要らしい、ということも学びました。
大学院に入ってから
フワッとした海外への憧れだけでしたが、大学院に入学後からは、教室のOBが海外で研究していることもあって、より具体的に海外での研究を意識するようになりました。研究室の教授には面談で「海外に行きたい!」とことあるごとにアピールしていました。教授からは「XXとかYYはいいんじゃない」といくつか候補を考えてくれました。また学会などで興味のある研究をしている研究者のところに突撃し興味があると申し出てみたりしました。
この当時から奥さんと大学院を卒業する頃には海外に行く機会があるといいね、と家族で海外にいくことを相談していました。いくつか候補となりそうな場所に実際に海外旅行に行ってみて、その大学のキャンパスを訪れたりして雰囲気を体感しに行ったりしました。
話を具体的に
そんなこんなで大学院生も3回生となりました。この当時、新型コロナウイルス感染症が流行し、多くの人の留学が延期となったり、キャンセルとなっていた時期でした。また留学していた人も帰国を余儀なくされたり、ロックダウンで自宅から一歩も出れない生活になっていると聞きました。しかもしばらくこの雰囲気は続きそうで、なんとなく「海外に行くタイミングじゃないな・・・。」と思ってしましました。そう思い始めると、だんだんモチベーションが下がってしまい、「まあ自分には縁がなかったんだな・・」なんて思うようになりました。
そんなこんなで大学院3年も終盤に差し掛かり、教授と面談した時に「学位論文も目処が立ったので、留学について相談しようか」と言われました。私は「ちょっとタイミングじゃないんかなと思ってて、諦め半分なんです。」なんていうと、教授は「コロナなんてそのうちに収まるだろうし、海外留学のチャンスがあるなら是非とも行った方がいい!」と励まされました。教授と色々話をし、また奥さんにも相談して再度、海外留学について考えるようになりました。
研究滞在先はどこに?
どうやって見つけるのか?
いろんな人に「どうやって研究先を探したのですか?」とよく聞かれるようになりました。結論から言うと教授の紹介です。
研究滞在先を決める方法はいくつかあると思います。学会で履歴書をもって突撃する、自分で調べてメールするなどの方法もあるかと思います。しかし、結局は「紹介」と言うのが重要かと思いました。移住するまでは別記事に書いたようにWork Pass(ビザ)の取得やお金の問題で相手先研究室の指導教員にたくさんのご協力をいただく必要があります。何処の馬の骨とも知らぬ、海のものとも山のものとも知らぬ相手を信頼し受け入れてもらい、たくさんのご協力をいただくにはやはり身元保証がないと難しいと思いますし、正直なかなか相手にしてもらえないのではないかと思います。
その点、紹介は相手からも信用を得やすいし、相手の雰囲気などの事前情報も得ることができます。自身の直接の指導者でなくとも、誰かからの紹介というのは重要ではないかなと思います。
教授はいくつかの候補を提案してくれましたが、「自分のいままでの研究内容と連続性があり、さらに発展させることができる場所がいいのではないか」とおっしゃっておられました。紹介であれば自分の研究と相手先の研究の連続性を考えることもできますし、共同研究に発展することもできます。
家族の生活
また家族との生活を含めて考えることも重要です。安全性、子供の環境、教育面、生活の快適性、家族にとって有意義な生活となるか、メリットがあるかどうかも重要です。特に配偶者のキャリアについても考える必要があります。留学先を決める前からこうしたことを家族と相談しないといけません。家族との折り合いがつかず留学をあきらめた、と言う話も聞きます。色々なパターンがあるかと思いますが、早めに相談して家族みんなで納得して渡航できることが重要と思います。
今から改めて考えても、自分の研究の発展性と家族の生活の2点は留学先を考える上で最も重要かなと思います。
大学院3年生の2月頃から教授と相談し始め、大学院4年生の4−5月に相手先の指導者を交えてZOOMで紹介してもらいました。何回か相手先の指導者とのミーティングを行い研究テーマを決めました。この研究テーマを決めるのが重要です。
資金を確保するまで
お金がいるのか…?
シンガポールはお金の目処がない人はビザ(work pass)がおりないので長期滞在できません。貯金があってもだめで、固定収入(または奨学金など)があってシンガポールでの生活を確約できる人にしかWork Passは取得できません。しかも月収60−70万円相当の固定収入や奨学金での生活保証ができないといけません。1年いくにしても720万円、2年行くなら1500万円相当の給与または奨学金を最低限確保する必要があります(実際の生活費を考えると1000万円/年以上は必要)。よく貯金を切り崩しお金がなくなると高額の非常勤の仕事を日本にしに帰るという作戦で留学するという話も聞きますが、この作戦はシンガポールでは使えません。(貯金を研究先期間に納入してそのお金で雇ってもらうという作戦もあるらしいですが、、、詳細は私もよく知りません。)
シンガポールに滞在経験のある人にこの話を聞いて愕然としました。
留学に真に必要なのは、英語力でもコネでもなく
「お金」
だという現実を知りました。
お金を得るには?
結論から言うと、奨学金・海外研究助成金・研究費といった類のものが必須です。お金が必要だという単純な事実を知り、xx財団やyy財団といった財団の奨学金・海外研究助成金を応募書類を書きまくることとなりました。留学先が決まってから、資金を得て実際に出発するまで実に一年半かかりました。
応募書類を書くには「研究テーマ」が必要です。なんとなく滞在先を決めるだけではだめで、具体的に「こんな研究をするためにここに行くんだ、この研究機関にはこんな魅力があり、自分がここで研究すれば素晴らしい研究になるんだ」ということを申請書にかく必要があります。この点を渡航先の研究室の指導者とよく相談する必要があります。
また日本の財団だけでなく、海外の研究資金やシンガポールの奨学金にも申請しました。この海外の財団に海外研究の申請書を書く過程はとても勉強になりました。
(またこの申請書の書く過程のことは記事を改めて書くかもしれません。)
私が応募した海外留学助成の採択率はどれも20-40%程度と狭き門でした。一番有名な学術振興会の海外特別研究員がだいたい20-25%程度です(しかもビザ取得のためには複数の助成などを受ける必要があります)。また財団の海外留学助成に応募するためには、そもそも大学内の審査がある場合もあります。例えば大学の中で申請書を出せる人間は1人(学科長に推薦してもらえる人間が1人)と決まっていて、学内の審査で落選すると、そもそも申請すらできないこともあります。この留学資金を確保できるかどうかが、留学が可能かどうかの最大の山になると思われます。
この資金の確保においてもありがたいサポートもたくさんいただきました。サポートをいただけるような期待されるような人間にならないなと思いますし、研究を頑張らないといけないなと思うところです。
留学?
「留学」と書きましたが、実は厳密には留学ではないのかもしれません。大学院も卒業して博士の学位もいただくと学生の身分ではないからです。
海外での研究助成の書類を書いていて、これが職業的研究者の始まりなんだということに途中から気付かされました。こうやって研究資金と自分の時間を確保し、研究しその成果によって、また次の研究につなげていく。これを繰り返していくことで研究者は生きていくわけですが、今回の海外での研究助成応募はそのスタートなんだなということに気づきました。
そういう意味で研究者としての海外に渡航して研究を開始するというのは研究者生活の一つの「登竜門のようなもの」なのかもしれません。自分が今後どのように研究を続けていくかわかりませんが、今回の準備は研究者として一つ大きな経験となったと思います。
まとめ
シンガポールでの研究者として渡航するまでの準備について振り返りました。
最も大事なことは「お金を確保」することです。
この記事が海外での研究を考えている人の参考になれば幸いです。