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Amazon pharmacyと薬局業界について考えてみる②

前回はAmazonについて、EC業界を中心にShopifyと比較しながら学んでみました。今回は、お題のAmazon pharmacyについて学んでいこうかとおもいます。

Amazon Pharmacyについて

アメリカでのAmazon Pharmacyの設立背景とビジネスモデル

Amazonは、2018年にオンライン薬局PillPackを10億ドルで買収し、2020年にAmazon Pharmacyとして薬局業界に参入しました。PillPackは処方箋を調剤し、自宅まで配送するオンライン薬局です。*13
Amazon Pharmacyのビジネスモデルは、低価格、利便性、そして他のAmazonサービスとの統合を特徴としています。Amazonは、その巨大な物流網と顧客基盤を活用し、医薬品を迅速かつ低価格で提供することで、従来の薬局チェーンに対抗しようとしています。*14
例えば、Amazon Pharmacyは、プライム会員向けにジェネリック医薬品と先発医薬品を割引価格で提供したり、ドローンを用いた迅速な配送オプションを通じて利便性を向上させています。*15
さらに、Amazon Pharmacyはテクノロジーとデータ分析を駆使して顧客エクスペリエンスの向上と業務効率の最適化を図っています。この取り組みの中核には、PillPackが開発したPharmacyOSがあります。PharmacyOSは、処方箋管理、保険管理、顧客とのコミュニケーション、服薬指導、配送など、薬局業務全般を効率化するために設計されています。*16
以上の様な取り組みを通じて、Amazonは、薬局業界でのプレゼンスを高めつつあります。

日本市場への参入と現状

Amazon Pharmacyは、日本市場においてもサービスを展開しています。日本でも電子処方箋を利用したオンラインサービスが中心で、医療機関で電子処方箋を取得した後、Amazonショッピングアプリを通じて薬局を選び、処方内容を送信することで、自宅での処方薬受け取りやオンラインでの服薬指導を受けることが可能です​。*17 米国での経験をもとに、日本でも競争の激化、コスト削減、イノベーションの促進、患者中心のケアの強化を目指していると考えられます。*18
ただ、現状は、電子処方箋を入り口としているサービスのため、そこまでスケールはしていない印象です。薬局では電子処方箋の導入は40%ほどとなっておりますが、それ以外の医療施設では5%を下回っているため、この辺りの数値が上がっていくにつれAmazon pharmacyのユースケースが増えていく可能性があります。*19

デジタル庁.電子処方箋の導入状況に関するダッシュボード(2024年9月2日参照)

Amazon Pharmacyの米国展開による薬局業界への影響

恣意的で、網羅しきれていない部分もあると思いますが、米国でAmazon pharmacyがサービスを開始したことにより、どの様な影響があったかについても調べてみたいと思います。

薬局業界への影響

2020年11月、Amazonは米国でオンライン処方薬サービス「Amazon Pharmacy」を開始し、大きな注目を集めました。
従来型薬局への脅威として、Amazon Pharmacyの参入はCVS、Walgreens、Rite Aidといった大手薬局に大きな影響を与えています。*20 また、Amazonの低価格戦略とPrime会員向け割引が価格競争を激化させ、消費者にとっては低価格の医薬品は嬉しいのですが、従来型薬局にとっては収益を圧迫する可能性につながっています。*21
さらに、Amazon Pharmacyの登場でオンラインで処方薬を購入する消費者が増加し、今後オンライン処方市場の50%まで浸透する可能性も指摘されています。*20 また、Amazonは顧客体験の向上に注力しており、24時間365日薬剤師に相談できるサービスや、処方薬を事前に日付や時間ごとに分けるPillPackの買収など、利便性を追求しています。*21 このようにAmazonの強みである低価格、オンライン化、顧客中心のサービスは、従来型薬局のビジネスモデルに大きな圧力をかけているといえるでしょう。

①事例レポート:CVS Health

CVSは、全米に9000店舗以上を展開する大手ドラッグストア・ヘルスケアサービス企業です。*22 Amazon Pharmacyの参入以前から、CVSはヘルスケア業界の進化に対応するため、様々な取り組みを行ってきました。個人的には以下の3点について整理して考えています。

・実店舗戦略の強化
CVSは全米の9000店舗以上の実店舗のネットワークが強みになります。Amazon Pharmacyのオンライン戦略に対抗し、CVSは実店舗でのサービスを拡充しています。
Alex Hoopes氏は、「Disruptive innovation」を例に、ローエンド層に焦点を当てているCVSの戦略について考察されています。Alex Hoopes氏は、Amazon pharmacyなどと競合する層は主に軽度慢性患者層であるのに対し、CVSは軽視されがちなローエンド層である軽度急性患者の体験向上を図ることで、ハイエンドである重度慢性患者層の市場にまでも破壊的な変化を起こす可能性があると示唆されています。*23
具体的な取り組みとしては、簡易診療所「MinuteClinic」を併設し、軽度の病状の診療や予防接種を提供しています。また、「CVS HealthHUB」で慢性疾患の管理や健康相談も展開し、軽度慢性患者層への接点も作られています。*23 オンラインサービスも用意はしておきながら、主軸は軽度急性患者との実店舗での接点をファネルの入り口として導線を整備している戦略であるように感じられます。

垂直統合からのサービス拡大
CVSは2018年に医療保険大手Aetnaを買収しています。これにより、保険加入から、「MinuteClinic」の簡易診療、薬の受け渡しからなる医療におけるバリューチェーンを垂直統合している形になります。*24 Aetnaの保険加入者にはCVSの薬局やMinuteClinicの利用が推奨され、患者の流入が促進されます。さらに、データ共有が可能になり、個々の患者の健康管理をより効果的に行うことができ、PBM(Pharmacy Benefit Manager)における価格交渉力の強化も期待できるのかと思います。*25
また、在宅医療サービスである「Signify Health」も買収しています。*22 上述の実店舗戦略の重度慢性患者であるハイエンド層への水平展開もかねていると思われます。
これら一連のトピックを踏まえて、CVSは、ヘルスケアサービス事業を「CVS Healthspire」にリブランディングし、垂直統合した自社アセットから統合エコシステムの実現を目指しています。*26

顧客エンゲージメントとロイヤルティプログラムの強化
CVSは「ExtraCare」プログラムを強化することで、パーソナライズしたマーケティング戦略を可能とし、顧客体験を向上させ、リピート率を促進することにつながっています。*22 具体的には、パーソナライズされた割引と特典、無料配送と当日配送、CVSヘルスブランド商品の割引、年中無休の薬剤師との相談などを通じて、顧客との長期的な関係性維持を目指しています。*27

まとめ
Amazon Pharmacyの参入による業界の変化に対し、CVSは実店舗戦略、垂直統合によるサービス拡大、顧客ロイヤルティプログラムの強化という多面的なアプローチで対応しています。
個人的な理解としましては、オンラインや在宅医療にもCVSは取り組んでいますが、主軸は実店舗で培ってきた対人業務への最大化に集約していこうとしている様に感じました。
また、レッドオーシャンのセグメントには全力投球せず、軽度急性患者へのアプローチを拡充していくことで、結果として、ヘルスケアの無関心層にもサービスが行き届き、プライマリケア市場自体のパイを広げることにもつながっているのかなと思いました。

②事例レポート:Walgreens Boots Alliance

Walgreensは、米国、ヨーロッパ、ラテンアメリカに約 13,000 の拠点を持つリテール薬局です。*28
Walgreensに関しても3つの視点で考えてみようと思います。

Fee-for-ServiceからValue-Based Careへ
Walgreensは、従来の出来高払い制(Fee-for-Service)から質を重視したサービスである価値に基づく医療(Value-Based Care)に移行することを計画しています。*29
これは収益源の多様化や競争優位性の構築といった目的が背景にあるかと思います。処方箋での収入への依存を減らし、予防接種や診断検査など多様なサービスで収益拡大を図り、地域密着型のケアを通じて競争優位を確立、患者との長期的関係を築くことを目指しています。ただ、その道のりは課題が多い現状も浮き彫りとなっています。*30

プライマリケアからSpecialty Pharmacyへ
Walgreensは、VillageMDとの提携によりプライマリケアを強化しましたが、業績不振やCEO交代に伴い大きな課題に直面しています。*31
今後の戦略として、Walgreensは、プライマリケア重視戦略から、Specialty Pharmacyへのシフトを進めているのかと考えます。
Walgreensは遺伝子・細胞治療を扱う新しい薬局やAllianceRxを統合し、「Walgreens Specialty Pharmacy」を立ち上げています。これにより、高額なバイオ医薬品の需要増加を背景に、収益性の高い分野での成長を目指しているのかと思います。*32

業績不振
Walgreensは、業績不振により今後3年間で約2,150店舗を閉店する可能性が報告されています。これは、従来の薬局モデルがもはや持続不可能であり、インフレによる消費者の支出減少なども影響したと考えられています。その結果、一部地域では薬局不足に陥ることが懸念されています。*33
プライベートブランドの拡大や収益性の高い分野への注力を進め経営改善を進める一方、競合他社に対する価格競争力の低さや、処方薬の利益率低下、人手不足などが以前課題として残る状況になっています。*34
また個別事項として、Walgreensのオピオイド調剤に関する問題についても業績不振との関連があるかと思っています。この事案は、KPIがオピオイドの処方受付数になっていたため、ガバナンスが崩れたり、安全面の管理が疎かになるなどが複合的に作用した結果と考えられます。その結果、訴訟につながる様な問題に発展してしまい、信頼低下につながったことが指摘されています。*35

まとめ
Walgreensは、業績不振や競争激化の背景から、Value-Based Careへの移行やSpecialty Pharmacy事業へのシフトが急務となっております。
これは、コロナ禍やインフレなど外部要因の影響も大きいかと思いますが、Amazon Pharmacyの参入により、一部オンライン市場への流出もあったのではないかと思います。
また今後の戦略としては、上述のCVSとは真逆のハイエンド層である重度慢性患者へのアプローチを主体としており、店舗閉鎖と高単価層へのアプローチを主軸にし、PLの改善を目指しているように思います。
個人的な見解ですが、数値達成をしやすい対物業務の効率化などに重点が偏ってしまい、短期的な目標達成に留まり、外部環境の変化についていけなかったり、社会的信頼を損なう結果につながった可能性があるのかなと思いました。その視点から見ると、Value-Based CareやSpecialty Pharmacy事業の方向性はいいとは思うのですが、根本の思想が対物業務を中心とした上に成り立っているのであれば、今後も難しい展開になるのかもしれないと思います。

③事例レポート:Walmart

Walmartは、世界最大のオムニチャネル小売業者として、顧客第一主義を掲げ、約210万人の従業員を大切にしながら、環境保護や地域貢献にも積極的に取り組んでいる企業です。*36 米国でも約5,000店舗を展開しています。*37
Walmartに関しても3つの視点で考えてみようと思います。

オンラインと実店舗の融合
Walmartは、実店舗とオンラインを組み合わせたオムニチャネル戦略で、顧客にシームレスなショッピング体験を提供しています。Walmartは自社の強力な店舗ネットワークを活かし、処方薬のオンライン注文と店舗での受け取りを促進しています。これにより、顧客はオンラインで迅速に注文を済ませ、必要に応じて最寄りの店舗で薬を受け取ることができ、利便性と時間の節約を同時に実現しています。*38
さらに、Walmart+会員向けの特典として、送料無料のオンライン注文や一部薬品の割引が提供されており、コストパフォーマンスにも優れたサービスを提供しています。*38
Amazonの配送網にただ対抗するだけでなく、Walmartは地域に根ざした店舗の利用を促進することで、迅速な対応と顧客との直接的な接点を維持しつつ、オンラインとオフラインの融合を強化しています​。*39

低価格戦略
Walmartは、低価格戦略を武器に、処方薬市場でもシェアを獲得しようとしています。*37
一部のジェネリック医薬品を30日分を4ドル、90日分を10ドルで提供するなど、低価格な医療サービスの提供に注力しています。ただ、このサービスは2006年10月からスタートしていますが、2007年のメディケア受給者に対する調査では、利用率は約20%に留まり、理由としては、年間節約額が20ドル以下のユーザーが半数ほどおりインセンティブが働きにくい結果となっておりました。距離の関係なども指摘されており、より包括的なインセンティブ設計の必要性が指摘されています。*40
正確な数値は見つけられませんでしたが、現在では、社会環境の変化、他社の追随もあり、低価格帯利用の普及は進んでいそうです。ただ、価格のさらなる低下圧力にもつながっている可能性があります。*41

プライマリーケアへの取り組みと撤退
Walmartは、2019年に医療サービスの行き届いていない地方住民にプライマリーケアを提供する目的でWalmart Healthを開始しました。しかし、収益性の低さ、人材確保の難しさ、医療費償還制度の複雑さなどから5年で事業撤退を余儀なくされました。*42 このことは、小売業界の巨人であっても、医療分野への参入が容易ではないことを示唆しています。
一方で、Amazonは、短期的でなく長期的な視点に立ち、Medicare AdvantageやPBMに依存しない仕組みなどに投資することで、独自のポジションを築こうとしています。*43

まとめ
Walmartは、広範な実店舗ネットワークを強みに、オムニチャネル戦略で低価格かつ利便性の高い医療サービスの実現を目指しましたが、収益性や医療ビジネスの複雑さから、Walmart Healthは5年で撤退を余儀なくされました。一方、Amazonは長期的な視点で医療分野に投資し、既存のテクノロジー基盤を活用して安定した収益を確保するビジネスモデルの構築を目指しています。
また、Amazonは、プライム会員を起点とした都市部の中高所得層を重点にしている一方で、Walmartは、低所得層や地方市場に焦点を当てていたため、収益化が困難だった可能性があります。
今後、小売市場におけるオムニチャネル戦略と同様に、Amazonのモデルのただの模倣でなく、ヘルスケア分野でも独自のポジションを築き、オムニチャネルならではの価値を考えていく必要があるのかもしれません。

今回は、Amazon pharmacyを軸に個人的な視点で薬局業界周りを調べ学んでみました。
次回は最後にAmazon pharmacyと薬局業界について考えてみたいなと思っています。

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【参考資料】
*13:Medium.Nov 27, 2020.Dylan Hughes.Amazon Pharmacy Won’t Be a Disrupter Now, But It Could Be Later
*14:Medium.Aug 9, 2018.Nisarg Patel.Amazon Pharmacy
*15:DRONE.2023年10月19日.オンライン薬局「Amazon Pharmacy」がアメリカでドローン配送開始。処方箋薬が60分以内に自宅へ
*16:PillPack.PharmacyOS.The pharmacy system that goes beyond the pharmacy.
*17:Amazon.Amazonファーマシー(2024年8月28日参照)
*18:Real Gaijin.Mark Kennedy.Jul 26, 2024.Amazon Poised to Disrupt Japan’s Pharmacy Industry
*19:デジタル庁.電子処方箋の導入状況に関するダッシュボード(2024年9月2日参照)
*20:Medium.Jul 7, 2018.MGR Agency.Amazon: Your New Favorite Drug Dealer
*21:In Silico.Dec 01, 2020.Scott Xiao.Amazon Pharmacy: an obvious first step
*22:CVS Health.2023 Annual Report
*23:Medium.Jan 23, 2021.Alex Hoopes, PharmD, CAHIMS.CVS is a Disruptor; But is Amazon Pharmacy?
*24:Medium.Sep 21, 2022.Kairos Policy Group.Amazon vs CVS Health
*25:ニッセイ基礎研究所.2018年02月13日.松岡 博司.米国:大手ドラッグストアチェーンと大手医療保険会社の経営統合-CVSヘルスとエトナの垂直統合は医療勢力図を変えるか-
*26:Forbes.Dec 04, 2023.CVS To Rebrand Growing Health Services As ‘CVS Healthspire’
*27:FOX News Network.March 22, 2024.How to save with the CVS ExtraCare and ExtraCare Plus loyalty programs
*28:Walgreens Boots Alliance.Annual Reports & Proxies
*29:Healthcare Dive.Sept. 12, 2023.Walgreens inks deal with startup Pearl Health on value-based care for doctors
*30:American Hospital Association.Will Walgreens, Walmart Value-based Care Plays Pay Off?(2024年9月7日参照)
*31:Fierce Healthcare.Sep 21, 2023.An inside look at Walgreens' primary care and pharmacy model
*32:Forbes.Apr 25, 2024.Walgreens To Launch $24 Billion Business Dedicated To Specialty Pharmacy
*33:CBS News.June 27, 2024.Walgreens to close up to a quarter of its roughly 8,600 U.S. stores. Here's what to know.
*34:The Detroit News.June 27, 2024.Walgreens to close ‘significant’ number of stores as profits fall
*35:Clever Chiu,et al.Drug Alcohol Depend Rep.2023 Nov 2:9:100199.PMID: 38089554
*36:Walmart.Investor Relations.Proxy Statement
*37:Medium.Apr 4, 2018.Nisarg Patel.Walmart Health: A Deep Dive into the $WMT Corporate Strategy in Health Care
*38:AppsRhino Pvt..31 August, 2024.What is the Walmart Pharmacy: An Inside Look 2024
*39:Rupinder P Jindal,et al.J Bus Res.2021 Jan:122:270-280.PMID: 32952233
*40:Yuting Zhang,et al.J Gen Intern Med. 2012 Oct;27(10):1251-7.PMID: 22311333
*41:ASPE.Mar 7, 2024.Generic Drug Utilization and Spending Among Medicare Part D Enrollees in 2022
*42:The Becker's Hospital Review.May 1st, 2024.Why hospital executives think Walmart Health failed
*43:The Surgeon's Record.Aug 13, 2024.Ben Schwartz, MD.Retail Health Headwinds + Amazon's Long Game


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