Amazon pharmacyと薬局業界について考えてみる(全体版)
Amazon pharmacyが日本で始まりました。今回は、それにより薬局業界にどの様な影響が起こるかを他業界の事例も踏まえながら個人的に考えていけたらと思います。
また、今回はオフトピックの以下のエピソードを起点に考えさせていただいています。
Amazonについて
Amazonの歴史
Amazonは、1994年にジェフ・ベゾス氏によって設立されました。*1 当初のビジョンは「無限に大きな陳列棚のある店を作ること」でした。オンライン書店から始まり、現在では世界中の多種多様な商品やサービスを提供する巨大企業へと成長し、そのビジョンを実現していると思えます。*2 また、その成長の背景には、いくつかの重要な戦略と事業展開があります。
顧客中心主義
Amazonの最大の強みは「顧客中心主義」です。創業当初から顧客満足度を最優先とし、価格交渉や物流の効率化などを通じて、顧客に対して低価格かつ迅速なサービスを提供してきました。1995年に導入された商品レビュー機能は、顧客が購買の際に参考にできる情報を提供し、購買意欲を高めるための重要な施策でした。*3
Amazonの成長を支える重要な要素として、「相互ネットワーク効果」があります。Amazonは、ユーザー体験を向上させることで、顧客と売り手が集まり、商品セレクションが充実するという好循環(相互ネットワーク効果)を生み出しました。さらに、Amazonはもう一つのループを裏で動かし、規模の経済と低コスト構造を活かして低価格を実現しました。この二重のループを駆使し、他社が真似しにくい強力なビジネスモデルを築き上げています。*4
多角化戦略
Amazonは「多角的な事業展開」にも注力しています。主力のeコマース事業に加えて、AWS、Kindle、Amazonプライムなど、多岐にわたる事業を展開しており、これらの事業はAmazonの収益の柱となっています。*1,2 また、ヘルスケア領域への参入やソーシャルコマースへの進出の動きも見られています。*5
Amazonの成功には、「無駄をなくす」効率化の追求が不可欠です。Amazonは、物流ネットワークの最適化やデータの活用によって、コスト削減とサービス品質の向上を実現し、他社との差別化を図ってきました。*2
以上のように、Amazonは顧客中心主義、相互ネットワーク効果、多角的な事業展開、そして効率化の追求によって、今日の成功を収めていると考えられます。
EC業界におけるAmazonとShopifyの比較
Shopifyとは
Shopifyは、オンラインストアを開設・運営できるeコマースプラットフォームです。2004年にスノーボード販売サイトを運営していたTobi Lutke氏によって創業されました。当時、既存のECプラットフォームが使いにくく高価だったため、彼は自らツールを開発し、それがShopifyの始まりとなりました。現在では、175カ国以上で100万人を超える事業者がShopifyを利用しています。*6
Shopifyの特徴としては、簡易なオンラインストア開設・運営、カスタマイズ性・決済ゲートウェイ・配送オプションなどの豊富な機能、サポート体制などがあります。*7
これらのことから、Shopifyは特に中小規模事業者から人気を集めています。*6
ShopifyとAmazonの比較
ShopifyとAmazonは、どちらもECに関わる企業ですが、ビジネスモデルは大きく異なります。
つまり、Shopifyは事業者が 「自分のお店を持つ」 ことを支援するビジネスモデルであるのに対し、Amazonは事業者が 「Amazonに出店する」 ことを支援するビジネスモデルであると言えます。*6,9
また、ShopifyとAmazonは、ターゲットとする顧客層も異なります。
ShopifyとAmazonは、データ活用とカスタマイズに関しても違いがあります。
プラットフォームとアグリゲーターについて
「プラットフォーム」という言葉は、頻繁に使われますが、その正確な意味や定義については、曖昧であるのが現状です。多くの人がこの言葉を漠然と「良いもの」と捉えがちですが、実際にはその背後に複雑なメカニズムと戦略が隠されています。Thompson氏は、プラットフォームと呼ばれるものには2種類あると指摘しています。*10
プラットフォームは第三者の供給者とエンドユーザーの関係を促進する基盤を提供し、その上でさまざまなビジネスが成り立つ環境を整えます。一方、アグリゲーターは供給者とエンドユーザーの間を仲介し、関係を完全に管理することで、自らのネットワーク効果を最大化します。この違いにより、プラットフォームはエコシステム全体の価値を高める一方、アグリゲーターはユーザー体験を最優先にして支配的な市場地位を築きます。*10
これらの視点から再度、ShopifyとAmazonについて考えてみたいと思います。
Shopifyはプラットフォーム型ビジネスであり、第三者の事業者が独自のオンラインストアを構築し、運営するための基盤を提供します。Shopify自体は消費者と直接的な関係を持たず、事業者が自身で顧客を獲得し、販売を行うことを支援します。*9
一方、Amazonはアグリゲーター型ビジネスの典型例です。Amazonは大量の消費者を引き付け、そのネットワーク効果を活用して第三者の販売者を自社のプラットフォーム上に誘引し、消費者との関係を完全に管理します。これにより、Amazonは市場での支配的地位を維持しつつ、自社商品の販売も積極的に行います。*9
メリットとデメリットについては以下の様に整理できるかと思います。
以上のように、Shopifyは、プラットフォームのあり方から、Amazonとの棲み分けを実現してきました。ただ、Amazonは、最近ではプラットフォーム化を目指す傾向も出ております。*11 また、facebookなども、マーチャント志向を別角度で持ちながら、リードタイムの短縮からの価値提供の動きも出ております。*12 Shopifyの立ち位置は参考になる部分が多いとともに、今後の棲み分けに関しても注視していく必要がありそうです。
Amazon Pharmacyについて
アメリカでのAmazon Pharmacyの設立背景とビジネスモデル
Amazonは、2018年にオンライン薬局PillPackを10億ドルで買収し、2020年にAmazon Pharmacyとして薬局業界に参入しました。PillPackは処方箋を調剤し、自宅まで配送するオンライン薬局です。*13
Amazon Pharmacyのビジネスモデルは、低価格、利便性、そして他のAmazonサービスとの統合を特徴としています。Amazonは、その巨大な物流網と顧客基盤を活用し、医薬品を迅速かつ低価格で提供することで、従来の薬局チェーンに対抗しようとしています。*14
例えば、Amazon Pharmacyは、プライム会員向けにジェネリック医薬品と先発医薬品を割引価格で提供したり、ドローンを用いた迅速な配送オプションを通じて利便性を向上させています。*15
さらに、Amazon Pharmacyはテクノロジーとデータ分析を駆使して顧客エクスペリエンスの向上と業務効率の最適化を図っています。この取り組みの中核には、PillPackが開発したPharmacyOSがあります。PharmacyOSは、処方箋管理、保険管理、顧客とのコミュニケーション、服薬指導、配送など、薬局業務全般を効率化するために設計されています。*16
以上の様な取り組みを通じて、Amazonは、薬局業界でのプレゼンスを高めつつあります。
日本市場への参入と現状
Amazon Pharmacyは、日本市場においてもサービスを展開しています。日本でも電子処方箋を利用したオンラインサービスが中心で、医療機関で電子処方箋を取得した後、Amazonショッピングアプリを通じて薬局を選び、処方内容を送信することで、自宅での処方薬受け取りやオンラインでの服薬指導を受けることが可能です。*17 米国での経験をもとに、日本でも競争の激化、コスト削減、イノベーションの促進、患者中心のケアの強化を目指していると考えられます。*18
ただ、現状は、電子処方箋を入り口としているサービスのため、そこまでスケールはしていない印象です。薬局では電子処方箋の導入は40%ほどとなっておりますが、それ以外の医療施設では5%を下回っているため、この辺りの数値が上がっていくにつれAmazon pharmacyのユースケースが増えていく可能性があります。*19
Amazon Pharmacyの米国展開による薬局業界への影響
恣意的で、網羅しきれていない部分もあると思いますが、米国でAmazon pharmacyがサービスを開始したことにより、どの様な影響があったかについても調べてみたいと思います。
薬局業界への影響
2020年11月、Amazonは米国でオンライン処方薬サービス「Amazon Pharmacy」を開始し、大きな注目を集めました。
従来型薬局への脅威として、Amazon Pharmacyの参入はCVS、Walgreens、Rite Aidといった大手薬局に大きな影響を与えています。*20 また、Amazonの低価格戦略とPrime会員向け割引が価格競争を激化させ、消費者にとっては低価格の医薬品は嬉しいのですが、従来型薬局にとっては収益を圧迫する可能性につながっています。*21
さらに、Amazon Pharmacyの登場でオンラインで処方薬を購入する消費者が増加し、今後オンライン処方市場の50%まで浸透する可能性も指摘されています。*20 また、Amazonは顧客体験の向上に注力しており、24時間365日薬剤師に相談できるサービスや、処方薬を事前に日付や時間ごとに分けるPillPackの買収など、利便性を追求しています。*21 このようにAmazonの強みである低価格、オンライン化、顧客中心のサービスは、従来型薬局のビジネスモデルに大きな圧力をかけているといえるでしょう。
①事例レポート:CVS Health
CVSは、全米に9000店舗以上を展開する大手ドラッグストア・ヘルスケアサービス企業です。*22 Amazon Pharmacyの参入以前から、CVSはヘルスケア業界の進化に対応するため、様々な取り組みを行ってきました。個人的には以下の3点について整理して考えています。
・実店舗戦略の強化
CVSは全米の9000店舗以上の実店舗のネットワークが強みになります。Amazon Pharmacyのオンライン戦略に対抗し、CVSは実店舗でのサービスを拡充しています。
Alex Hoopes氏は、「Disruptive innovation」を例に、ローエンド層に焦点を当てているCVSの戦略について考察されています。Alex Hoopes氏は、Amazon pharmacyなどと競合する層は主に軽度慢性患者層であるのに対し、CVSは軽視されがちなローエンド層である軽度急性患者の体験向上を図ることで、ハイエンドである重度慢性患者層の市場にまでも破壊的な変化を起こす可能性があると示唆されています。*23
具体的な取り組みとしては、簡易診療所「MinuteClinic」を併設し、軽度の病状の診療や予防接種を提供しています。また、「CVS HealthHUB」で慢性疾患の管理や健康相談も展開し、軽度慢性患者層への接点も作られています。*23 オンラインサービスも用意はしておきながら、主軸は軽度急性患者との実店舗での接点をファネルの入り口として導線を整備している戦略であるように感じられます。
垂直統合からのサービス拡大
CVSは2018年に医療保険大手Aetnaを買収しています。これにより、保険加入から、「MinuteClinic」の簡易診療、薬の受け渡しからなる医療におけるバリューチェーンを垂直統合している形になります。*24 Aetnaの保険加入者にはCVSの薬局やMinuteClinicの利用が推奨され、患者の流入が促進されます。さらに、データ共有が可能になり、個々の患者の健康管理をより効果的に行うことができ、PBM(Pharmacy Benefit Manager)における価格交渉力の強化も期待できるのかと思います。*25
また、在宅医療サービスである「Signify Health」も買収しています。*22 上述の実店舗戦略の重度慢性患者であるハイエンド層への水平展開もかねていると思われます。
これら一連のトピックを踏まえて、CVSは、ヘルスケアサービス事業を「CVS Healthspire」にリブランディングし、垂直統合した自社アセットから統合エコシステムの実現を目指しています。*26
顧客エンゲージメントとロイヤルティプログラムの強化
CVSは「ExtraCare」プログラムを強化することで、パーソナライズしたマーケティング戦略を可能とし、顧客体験を向上させ、リピート率を促進することにつながっています。*22 具体的には、パーソナライズされた割引と特典、無料配送と当日配送、CVSヘルスブランド商品の割引、年中無休の薬剤師との相談などを通じて、顧客との長期的な関係性維持を目指しています。*27
まとめ
Amazon Pharmacyの参入による業界の変化に対し、CVSは実店舗戦略、垂直統合によるサービス拡大、顧客ロイヤルティプログラムの強化という多面的なアプローチで対応しています。
個人的な理解としましては、オンラインや在宅医療にもCVSは取り組んでいますが、主軸は実店舗で培ってきた対人業務への最大化に集約していこうとしている様に感じました。
また、レッドオーシャンのセグメントには全力投球せず、軽度急性患者へのアプローチを拡充していくことで、結果として、ヘルスケアの無関心層にもサービスが行き届き、プライマリケア市場自体のパイを広げることにもつながっているのかなと思いました。
②事例レポート:Walgreens Boots Alliance
Walgreensは、米国、ヨーロッパ、ラテンアメリカに約 13,000 の拠点を持つリテール薬局です。*28
Walgreensに関しても3つの視点で考えてみようと思います。
Fee-for-ServiceからValue-Based Careへ
Walgreensは、従来の出来高払い制(Fee-for-Service)から質を重視したサービスである価値に基づく医療(Value-Based Care)に移行することを計画しています。*29
これは収益源の多様化や競争優位性の構築といった目的が背景にあるかと思います。処方箋での収入への依存を減らし、予防接種や診断検査など多様なサービスで収益拡大を図り、地域密着型のケアを通じて競争優位を確立、患者との長期的関係を築くことを目指しています。ただ、その道のりは課題が多い現状も浮き彫りとなっています。*30
プライマリケアからSpecialty Pharmacyへ
Walgreensは、VillageMDとの提携によりプライマリケアを強化しましたが、業績不振やCEO交代に伴い大きな課題に直面しています。*31
今後の戦略として、Walgreensは、プライマリケア重視戦略から、Specialty Pharmacyへのシフトを進めているのかと考えます。
Walgreensは遺伝子・細胞治療を扱う新しい薬局やAllianceRxを統合し、「Walgreens Specialty Pharmacy」を立ち上げています。これにより、高額なバイオ医薬品の需要増加を背景に、収益性の高い分野での成長を目指しているのかと思います。*32
業績不振
Walgreensは、業績不振により今後3年間で約2,150店舗を閉店する可能性が報告されています。これは、従来の薬局モデルがもはや持続不可能であり、インフレによる消費者の支出減少なども影響したと考えられています。その結果、一部地域では薬局不足に陥ることが懸念されています。*33
プライベートブランドの拡大や収益性の高い分野への注力を進め経営改善を進める一方、競合他社に対する価格競争力の低さや、処方薬の利益率低下、人手不足などが以前課題として残る状況になっています。*34
また個別事項として、Walgreensのオピオイド調剤に関する問題についても業績不振との関連があるかと思っています。この事案は、KPIがオピオイドの処方受付数になっていたため、ガバナンスが崩れたり、安全面の管理が疎かになるなどが複合的に作用した結果と考えられます。その結果、訴訟につながる様な問題に発展してしまい、信頼低下につながったことが指摘されています。*35
まとめ
Walgreensは、業績不振や競争激化の背景から、Value-Based Careへの移行やSpecialty Pharmacy事業へのシフトが急務となっております。
これは、コロナ禍やインフレなど外部要因の影響も大きいかと思いますが、Amazon Pharmacyの参入により、一部オンライン市場への流出もあったのではないかと思います。
また今後の戦略としては、上述のCVSとは真逆のハイエンド層である重度慢性患者へのアプローチを主体としており、店舗閉鎖と高単価層へのアプローチを主軸にし、PLの改善を目指しているように思います。
個人的な見解ですが、数値達成をしやすい対物業務の効率化などに重点が偏ってしまい、短期的な目標達成に留まり、外部環境の変化についていけなかったり、社会的信頼を損なう結果につながった可能性があるのかなと思いました。その視点から見ると、Value-Based CareやSpecialty Pharmacy事業の方向性はいいとは思うのですが、根本の思想が対物業務を中心とした上に成り立っているのであれば、今後も難しい展開になるのかもしれないと思います。
③事例レポート:Walmart
Walmartは、世界最大のオムニチャネル小売業者として、顧客第一主義を掲げ、約210万人の従業員を大切にしながら、環境保護や地域貢献にも積極的に取り組んでいる企業です。*36 米国でも約5,000店舗を展開しています。*37
Walmartに関しても3つの視点で考えてみようと思います。
オンラインと実店舗の融合
Walmartは、実店舗とオンラインを組み合わせたオムニチャネル戦略で、顧客にシームレスなショッピング体験を提供しています。Walmartは自社の強力な店舗ネットワークを活かし、処方薬のオンライン注文と店舗での受け取りを促進しています。これにより、顧客はオンラインで迅速に注文を済ませ、必要に応じて最寄りの店舗で薬を受け取ることができ、利便性と時間の節約を同時に実現しています。*38
さらに、Walmart+会員向けの特典として、送料無料のオンライン注文や一部薬品の割引が提供されており、コストパフォーマンスにも優れたサービスを提供しています。*38
Amazonの配送網にただ対抗するだけでなく、Walmartは地域に根ざした店舗の利用を促進することで、迅速な対応と顧客との直接的な接点を維持しつつ、オンラインとオフラインの融合を強化しています。*39
低価格戦略
Walmartは、低価格戦略を武器に、処方薬市場でもシェアを獲得しようとしています。*37
一部のジェネリック医薬品を30日分を4ドル、90日分を10ドルで提供するなど、低価格な医療サービスの提供に注力しています。ただ、このサービスは2006年10月からスタートしていますが、2007年のメディケア受給者に対する調査では、利用率は約20%に留まり、理由としては、年間節約額が20ドル以下のユーザーが半数ほどおりインセンティブが働きにくい結果となっておりました。距離の関係なども指摘されており、より包括的なインセンティブ設計の必要性が指摘されています。*40
正確な数値は見つけられませんでしたが、現在では、社会環境の変化、他社の追随もあり、低価格帯利用の普及は進んでいそうです。ただ、価格のさらなる低下圧力にもつながっている可能性があります。*41
プライマリーケアへの取り組みと撤退
Walmartは、2019年に医療サービスの行き届いていない地方住民にプライマリーケアを提供する目的でWalmart Healthを開始しました。しかし、収益性の低さ、人材確保の難しさ、医療費償還制度の複雑さなどから5年で事業撤退を余儀なくされました。*42 このことは、小売業界の巨人であっても、医療分野への参入が容易ではないことを示唆しています。
一方で、Amazonは、短期的でなく長期的な視点に立ち、Medicare AdvantageやPBMに依存しない仕組みなどに投資することで、独自のポジションを築こうとしています。*43
まとめ
Walmartは、広範な実店舗ネットワークを強みに、オムニチャネル戦略で低価格かつ利便性の高い医療サービスの実現を目指しましたが、収益性や医療ビジネスの複雑さから、Walmart Healthは5年で撤退を余儀なくされました。一方、Amazonは長期的な視点で医療分野に投資し、既存のテクノロジー基盤を活用して安定した収益を確保するビジネスモデルの構築を目指しています。
また、Amazonは、プライム会員を起点とした都市部の中高所得層を重点にしている一方で、Walmartは、低所得層や地方市場に焦点を当てていたため、収益化が困難だった可能性があります。
今後、小売市場におけるオムニチャネル戦略と同様に、Amazonのモデルのただの模倣でなく、ヘルスケア分野でも独自のポジションを築き、オムニチャネルならではの価値を考えていく必要があるのかもしれません。
Amazon pharmacyと薬局業界について考えてみる
最初の項では、EC業界の考察から、アグリゲーターとプラットフォームについて考えてみました。
日本の Amazon Pharmacy は、Amazon アプリを入り口としてエンドユーザーが薬局を選択する仕組みであることから、アグリゲーターとしての特徴を持っているかと考えられます。
また、日本の薬局業界では、Shopify のような新しいプラットフォームが生まれる可能性は低いと考えられます。 理由は、医療分野の規制の多さにより、差別化やニッチ戦略が難しいこと、プラットフォーム構築のメリットが享受しにくいことが挙げられます。
eコマースの薬局版をe pharmacyとすると、その領域ではAmazon pharmacyの影響は大きそうに思います。現状、電子処方箋がボトルネックとなっておりますが、今後医療でもオンライン化の需要は高まっており、なんらかの対策は必要になるかと思われます。
ここでは最後に3つの視点で個人的に考えていけたらと思っています。
セカンダリーケアからプライマリーケア
WalgreensとWalmartは、プライマリーケア領域から事実上撤退していますが、これはプライマリーケアの需要がなかったわけではなく、収益化や効率化を図るのが難しい領域であったためと考えられます。その中で、CVSの取り組みは個人的には非常に興味深いものでした。
CVSは、患者層を「急性慢性」および「重軽症」に分け、特に軽度急性患者に焦点を当てていると考えられます。*23 軽度慢性患者は医療市場における主要な顧客層であり、現在はベビーブーマー世代が中心ですが、競争が激化しているこの市場で持続的な成長を図るには、次の世代、すなわちミレニアル世代との関係構築が求められます。
CVSが軽度急性患者へのアプローチに投資しているのは、こうした世代間のヘルスケア接点を強化し、医療サービスへのアクセス向上を目的としているのかと考えています。
日本においても、団塊世代の高齢化が進む中、団塊ジュニア世代とのヘルスケア接点を構築する必要性が高まっています。CVSは、簡易診療所や予防接種を提供することで、患者に身近な医療サービスを提供していますが、これらの施策は日本の薬局では規制上困難です。しかし、日本にも検体測定室などの制度があり、CVSの取り組みをそのまま模倣するのではなく、日本の医療制度や文脈に合わせた戦略を構築することが重要かと考えます。*44
ヘルスケアの小売化とValue-Based Healthcare
Walgreens Boots Alliance は、従来の出来高払い制 (Fee-for-Service) から、質を重視した価値に基づく医療 (Value-Based Care) への移行を計画しています。
Value-Based Careとは、医療者が提供したサービスそのものではなく、患者にもたらされた価値に対して報酬を支払うべきだとする医療モデルです。*45 これは、医療者中心のモデルから患者中心のモデルへの移行を意味しており、日本の薬局の文脈では、対物業務から対人業務への移行に通じるものがあると考えられます。
また、Value-Based Careは、ヘルスケアの小売化というトレンドとも関連しています。ヘルスケアの小売化とは、従来専門的だった医療サービスが、アクセスしやすく、便利で、患者にとってよりフレンドリーな形で提供されるようになっている現象です。*46 この動きは前述のプライマリーケアにも共通しており、急性顧客の利便性が向上することで、結果として慢性顧客に対するケアも強化されることになります。
日本の文脈でヘルスケアの小売化を考えると、皆保険制度によるフリーアクセスの仕組みがその一例として挙げられます。*47 一方で、コンビニ受診の問題も指摘されていますが、フリーアクセスが適切に機能していることは、世界的にみてValue-Based Careやヘルスケアの小売化においても重要な要素です。*48
もし、フリーアクセスの問題が医療提供者側にあるのであれば、その部分を「アンバンドル化」し、適切に「バンドル化」する仕組みや戦略を考えていく必要があるかと思います。例えば、オンライン化や薬局でのOTC薬の提供を通じてセルフメディケーションを促進することが一つの解決策として考えられます。
このように利便性を向上・維持していくことでValue-Based Careを達成することは可能かもしれませんし、現状、利便性の面で日本は一つ先の段階にいるかとも思います。そこで患者中心のモデルの真価を引き出すためには、もう少し踏み込んだ考察が必要だと思っています。利便性は重要ですが、それは臨床における代用のアウトカムに近く、対物業務の延長にあると個人的には思っています。真のアウトカムとしての対人業務の指標を設定し、それを実践し、仕組み化していくことができれば、真にValue-Based Careを実現できるし可能性が広がっていると考えています。
オフラインとオンラインの間
患者中心のモデルであるValue-Based Careやヘルスケアの小売化が進むと、利便性の面で特にオンラインとの相性が良いと考えられます。しかし、そこにはいくつかのギャップが指摘されています。*49 たとえば、Amazonのヘルスケア事業は依然として収益化に課題があるとされています。*43
医療のオンライン化において、Walmartはオムニチャネル戦略を通じて顧客にシームレスな購買体験を提供しましたが、Walmart Healthはビジネスモデルの確立が難しく撤退を余儀なくされました。このことは、単にオフラインとオンラインを融合させるだけでは成功しない場合もあり、アイデアやテクノロジーに対する社会の受け入れが追いついていないことも要因の一つであると考えられます。
現状のオンライン診療では、フィジカルアセスメントや血液検査が必要な分野に限界があり、テクノロジーが進化していても社会実装が追いついていないケースが多いと考えられます。ガートナーのハイプサイクルを参考にするなら、現在は「Trough of disillusionment(幻滅の谷)」にいると言えるでしょう。*50 どの段階でテクノロジーの波に乗るかには、忍耐と戦略が必要になってきます。*51
現状、医療の入り口である受診に関してオンライン化が十分に進んでおらず、オンラインが必須となるユースケースがまだ醸成されていないため、医療のオンライン化が社会に広く実装されるにはまだ時間がかかるだろうと考えています。ユースケースが増えていかないと、インフラ構築は進まず、ハイプサイクルは滞ります。*52 そのため、オフラインとオンラインの融合を急ぐのではなく、両者の「間」を埋めるようなサービスが必要なのかもしれません。たとえば、自動運転技術と通常運転の間を埋める形でUberが普及したように、ヘルスケアにおいてもオフラインとオンラインの間を埋めるサービスが重要となるのではと思っています。在宅医療はその一つの事例と考えています。CVSが在宅医療サービス「Signify Health」を買収したことは、未来のオムニチャネル戦略への投資とみることも出来ます。
このような「間を埋めるサービス」を通じて多様なユースケースを検証することで、ガートナーのハイプサイクルにおける「Slope of Enlightenment(啓発の坂)」に到達し、医療のオンライン化が社会に実装される可能性が高まり、オムニチャネル戦略の準備をすることができます。これにより、オムニチャネル戦略の真価が発揮され、実店舗としての薬局のインフラ価値も再評価されていくと嬉しいなと思います。最終的には、こうした取り組みにより、Amazon Pharmacyとの差別化にもつながると考えられます。
最後に
Amazon pharmacyについて調べるつもりでしたが、風呂敷を広げすぎた感があります。ただ、散らかっているかもしれませんが自分では知らないことが学べて面白かったです。個人的に背景としてヘルスケアの小売化があることが一番の学びでした。これからは、顧客価値というものをそれぞれのビジョンに沿う形で言語化し、定性・定量共にどうデータを収集していくかを考え、理想的にはsoftware2.0をベースとしたシステムを構築し、イノベーションの波に乗っていくタイミングを見極める必要性があるのかと思いました。
そして、ヘルスケアの多様化に伴い、患者中心のモデルは望まれつつもバリューチェーンは複雑化していくと思います。バリューチェーンをシンプル化し、その総和であるスループットを最大化するために、今後も何ができるかを考え貢献していきたいなと思います。
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【参考資料】
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