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Amazon pharmacyと薬局業界について考えてみる③

前回は Amazon pharmacyを軸に、一部あまり関係ない部分もあったかもしれませんが、薬局業界について調べてみました。

Amazon pharmacyと薬局業界について考えてみる

最初の項では、EC業界の考察から、アグリゲーターとプラットフォームについて考えてみました。

日本の Amazon Pharmacy は、Amazon アプリを入り口としてエンドユーザーが薬局を選択する仕組みであることから、アグリゲーターとしての特徴を持っているかと考えられます。
また、日本の薬局業界では、Shopify のような新しいプラットフォームが生まれる可能性は低いと考えられます。 理由は、医療分野の規制の多さにより、差別化やニッチ戦略が難しいこと、プラットフォーム構築のメリットが享受しにくいことが挙げられます。
eコマースの薬局版をe pharmacyとすると、その領域ではAmazon pharmacyの影響は大きそうに思います。現状、電子処方箋がボトルネックとなっておりますが、今後医療でもオンライン化の需要は高まっており、なんらかの対策は必要になるかと思われます。
ここでは最後に3つの視点で個人的に考えていけたらと思っています。

セカンダリーケアからプライマリーケア

WalgreensとWalmartは、プライマリーケア領域から事実上撤退していますが、これはプライマリーケアの需要がなかったわけではなく、収益化や効率化を図るのが難しい領域であったためと考えられます。その中で、CVSの取り組みは個人的には非常に興味深いものでした。

CVSは、患者層を「急性慢性」および「重軽症」に分け、特に軽度急性患者に焦点を当てていると考えられます​。*23 軽度慢性患者は医療市場における主要な顧客層であり、現在はベビーブーマー世代が中心ですが、競争が激化しているこの市場で持続的な成長を図るには、次の世代、すなわちミレニアル世代との関係構築が求められます。
CVSが軽度急性患者へのアプローチに投資しているのは、こうした世代間のヘルスケア接点を強化し、医療サービスへのアクセス向上を目的としているのかと考えています。

日本においても、団塊世代の高齢化が進む中、団塊ジュニア世代とのヘルスケア接点を構築する必要性が高まっています。CVSは、簡易診療所や予防接種を提供することで、患者に身近な医療サービスを提供していますが、これらの施策は日本の薬局では規制上困難です。しかし、日本にも検体測定室などの制度があり、CVSの取り組みをそのまま模倣するのではなく、日本の医療制度や文脈に合わせた戦略を構築することが重要かと考えます。*44

ヘルスケアの小売化とValue-Based Healthcare

Walgreens Boots Alliance は、従来の出来高払い制 (Fee-for-Service) から、質を重視した価値に基づく医療 (Value-Based Care) への移行を計画しています。
Value-Based Careとは、医療者が提供したサービスそのものではなく、患者にもたらされた価値に対して報酬を支払うべきだとする医療モデルです​。*45 これは、医療者中心のモデルから患者中心のモデルへの移行を意味しており、日本の薬局の文脈では、対物業務から対人業務への移行に通じるものがあると考えられます。

また、Value-Based Careは、ヘルスケアの小売化というトレンドとも関連しています。ヘルスケアの小売化とは、従来専門的だった医療サービスが、アクセスしやすく、便利で、患者にとってよりフレンドリーな形で提供されるようになっている現象です​。*46 この動きは前述のプライマリーケアにも共通しており、急性顧客の利便性が向上することで、結果として慢性顧客に対するケアも強化されることになります。

日本の文脈でヘルスケアの小売化を考えると、皆保険制度によるフリーアクセスの仕組みがその一例として挙げられます​。*47 一方で、コンビニ受診の問題も指摘されていますが、フリーアクセスが適切に機能していることは、世界的にみてValue-Based Careやヘルスケアの小売化においても重要な要素です。*48
もし、フリーアクセスの問題が医療提供者側にあるのであれば、その部分を「アンバンドル化」し、適切に「バンドル化」する仕組みや戦略を考えていく必要があるかと思います。例えば、オンライン化や薬局でのOTC薬の提供を通じてセルフメディケーションを促進することが一つの解決策として考えられます。

このように利便性を向上・維持していくことでValue-Based Careの達成することは可能かもしれませんし、現状、利便性の面では日本は一つ先の段階にいるかとも思います。そこで患者中心のモデルの真価を引き出すためには、もう少し踏み込んだ考察が必要だと思っています。利便性は重要ですが、それは臨床における代用のアウトカムに近く、対物業務の延長にあると個人的には思っています。真のアウトカムとしての対人業務の指標を設定し、それを実践し、仕組み化していくことができれば、真にValue-Based Careを実現できるし夢があるなと考えています。

オフラインとオンラインの間

患者中心のモデルであるValue-Based Careやヘルスケアの小売化が進むと、利便性の面で特にオンラインとの相性が良いと考えられます。しかし、そこにはいくつかのギャップが指摘されています​。*49 たとえば、Amazonのヘルスケア事業は依然として収益化に課題があるとされています​。*43

医療のオンライン化において、Walmartはオムニチャネル戦略を通じて顧客にシームレスな購買体験を提供しましたが、Walmart Healthはビジネスモデルの確立が難しく撤退を余儀なくされました。このことは、単にオフラインとオンラインを融合させるだけでは成功しない場合もあり、アイデアやテクノロジーに対する社会の受け入れが追いついていないことも要因の一つであると考えられます。

現状のオンライン診療では、フィジカルアセスメントや血液検査が必要な分野に限界があり、テクノロジーが進化していても社会実装が追いついていないケースが多いと考えられます。ガートナーのハイプサイクルを参考にするなら、現在は「Trough of disillusionment(幻滅の谷)」にいると言えるでしょう​。*50 どの段階でテクノロジーの波に乗るかには、忍耐と戦略が必要になってきます。*51

現状、医療の入り口である受診に関してオンライン化が十分に進んでおらず、オンラインが必須となるユースケースがまだ醸成されていないため、医療のオンライン化が社会に広く実装されるにはまだ時間がかかるだろうと考えています。ユースケースが増えていかないと、インフラ構築は進まず、ハイプサイクルは滞ります。*52 そのため、オフラインとオンラインの融合を急ぐのではなく、両者の「間」を埋めるようなサービスが必要なのかもしれません。たとえば、自動運転技術と通常運転の間を埋める形でUberが普及したように、ヘルスケアにおいてもオフラインとオンラインの間を埋めるサービスが重要となるのではと思っています。在宅医療はその一つの事例と考えています。CVSが在宅医療サービス「Signify Health」を買収したことは、未来のオムニチャネル戦略への投資とみることも出来ます。

このような「間を埋めるサービス」を通じて多様なユースケースを検証することで、ガートナーのハイプサイクルにおける「Slope of Enlightenment(啓発の坂)」に到達し、医療のオンライン化が社会に実装される可能性が高まり、オムニチャネル戦略の準備をすることができます。これにより、オムニチャネル戦略の真価が発揮され、実店舗としての薬局のインフラ価値も再評価されていくと嬉しいなと思います。最終的には、こうした取り組みにより、Amazon Pharmacyとの差別化にもつながると考えられます。

最後に

Amazon pharmacyについて調べるつもりでしたが、風呂敷が広がってしまいました。ただ、散らかっているかもしれませんが自分では知らないことが学べて面白かったです。背景としてヘルスケアの小売化があることが一番の学びでした。これからは、顧客価値というものをそれぞれのビジョンに沿う形で言語化し、定性・定量共にどうデータを収集していくかを考え、理想的にはsoftware2.0をベースとしたシステムを構築し、イノベーションの波に乗っていくタイミングを見極める必要性があるのかと思いました。
そして、ヘルスケアの多様化に伴い、患者中心のモデルは望まれつつもバリューチェーンは複雑化していくと思います。バリューチェーンをシンプル化し、その総和であるスループットを最大化するために、今後も何ができるかを考え貢献していきたいなと思います。

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【参考資料】
*44:日本薬剤師会.平成27年4月.薬局・薬剤師のための検体測定室の適正な運用の手引き(暫定版)
*45:Medium.Jack Plotkin.Sep 24, 2019.The What and Why of Value-Based Care
*46:Andy Dow.February 11, 2020.The Retailization of Healthcare: A marriage of convenience or the answer to all of our problems?
*47:日本医師会.日本の医療保険制度の優れた特徴(2024年9月16日参照)
*48:集中出版.2022年6月13日.第82回 世界目線 「フリーアクセス」とオンライン診療再考 ①
*49:In Silico.Scott Xiao.Nov 02, 2020.Retailization: an unlikely answer
*50:Wikipedia.Gartner hype cycle(2024年9月16日参照)
*51:Every Media.Nathan Baschez.November 16, 2022.Technology Waves and How to Ride Them
*52:Union Square Ventures.Dani Grant and Nick Grossman.Oct 1, 2018.The Myth of The Infrastructure Phase


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