Multimorbidity - 複数の慢性疾患について
『Multimorbidity』についてまとめてみました。
【Multimorbidityとは】
『Multimorbidity』とは、2つ以上の状態を有していることをいい、状態とは、疾患数を指すことが多いが、肥満などのリスク因子となるもの、腰痛などの病状もカウントに含む場合があり、定義は一貫していないようです。*1
海外の研究によると、下図のように、年齢とともに、複数疾患を抱える割合は増えていき、70代以上では、約3割の方が4つ以上の疾患を有していると言われています。*2
複数の慢性疾患、特に4つの疾患を有している人は、入院のリスクが高くなり*3、疾患数が増えるほどQOLが減少する可能性があるようです。*4 また、複数慢性疾患を有する高齢男性では全死亡率の上昇と関連があると報告するコホート研究もありました。*5
2005年の文献では、複数の慢性疾患を有する高齢者に対して、診療ガイドラインの適用性を評価しています。*6 この文献では、代表的な慢性疾患を高血圧、慢性心不全、安定狭心症、心房細動、脂質異常症、糖尿病、変形性関節症、慢性閉塞性肺疾患、骨粗鬆症としており、それらほとんどの診療ガイドラインでは、併存疾患についてのコメントは見られず、患者の嗜好を反映させるようなガイダンスもないと指摘しています。仮にこれらすべての診療ガイドラインの治療を遵守しようとすると、12種類の薬物治療(月額406ドル)と複雑な非薬物治療を実行しなければならず、患者にとって達成困難な治療であるだけでなく悪影響が生じる可能性も否定できないという見解でした。
【Multimorbidityとの向き合い方】
複数の慢性疾患(糖尿病、うつ病、変形性関節症など)をもつ高齢者を対象としたケアのプロセスを検討した質的調査では、高齢者が望むのは、医療提供者とのアクセスの利便性、関係性の継続、良好なコミュニケーション、個別ケア、傾聴であると報告しています。*7
プライマリケアにおけるMultimorbidityとの向き合い方として、『アリアドネの原則』を提示している文献があり*8 、この文献では、医師と患者による実現可能な目標の共有をベースに、以下の3つのことに気を付けていく必要があると提唱しています。
①相互作用の可能性の評価 – 患者の状態と治療法、体質と状況
②好みと優先順位の聞き取り – 患者の最も望ましい結果と最も望まれない結果
③交渉された治療目標を達成するための管理の個別化
American Geriatrics Societyでは、患者の好み、エビデンスの解釈、予後の評価、臨床的実現可能性の評価、治療の最適化とケアプランの5つのドメインに基づき、下に示すようなMultimorbidityへの意思決定をする際のアプローチ法を提案しています。*9
ヨーロッパでは、Multimorbidityにたいして、統合ケアアプローチの必要性を訴えています。*10 また、Multimorbidityに対しての下図のようなフレームワークも提示しており、統合された人を中心としたケアに関して、6つの主要な[WHO]構成要素に従ってミクロ、メゾ、マクロレベルでのケアの統合を体系的に扱っています。*11
【Multimorbidityへの介入の検討】
Multimorbidityに対する介入を調べたコクラン*12 とBMJ*13 のシステマティックレビューの文献があります。これらによると、ほとんどの試験では、うつ病、糖尿病、心血管疾患に重点を置いており、介入は複雑で多面的なものが多く、主に組織型介入(ケースマネジメント、ケアの調整、多専門種によるスキルミックスの強化)と患者志向型介入(教育、自己管理支援)がありました。結果も様々で、精神的健康のアウトカムは改善される可能性があり (based on high certainty evidence) 、うつ病の参加者を対象とした併存症試験の平均うつ病スコアはやや低下傾向でありました(standardized mean difference (SMD) −2.23, 95% confidence interval (CI) −2.52 to −1.95)。参加者の機能障害を特に標的とした2件の研究では機能的アウトカムにプラスの影響を及ぼしており、そのうちの1件は4年間の追跡調査で死亡率の低下を報告しており(Int 6%, Con 13%, absolute difference 7%)、患者報告のアウトカムのわずかな改善の可能性があるとしています(moderate certainty evidence)。コストに関するデータは限られていましたが、介入により、医療サービスの使用にはほとんど影響を与えず(low certainty evidence)、服薬アドヒアランスのわずかな改善 (low certainty evidence)、患者関連の健康行動のわずかな改善 (moderate certainty evidence)、処方行動と医療の質の点から見た医療提供者の行動の改善 (moderate certainty evidence)の可能性を示していました。ただ、研究自体が少なく、有効性については不確実性が残り、総合的な知見を得ることは難しいと述べています。
また、これまでの知見に基づき、患者中心のケアモデルに基づいた3DアプローチによるMultimorbidityへの介入を評価したクラスターランダム化比較試験があります。*14 この研究で一次アウトカムである健康関連QOLに有意差は見られませんでした(adjusted difference in mean EQ-5D-5L 0·00, 95% CI -0·02 to 0·02; p=0·93)。3Dアプローチは、健康・不安・薬剤の次元を、医師・看護師・薬剤師で、多次元・総体的に取り組む方法です。3Dアプローチは、患者のケアの質についての認識を向上させるが、生活の質については向上させない可能性がありました。 ただ患者の経験を向上させることは、実施において不利な点はなく、患者中心のケアを提供すること自体は十分に正当化できるとの見解を示しています。
【感想】
現時点では、何か効果的な介入方法があるというわけではないようでした。ただ、多職種、患者志向型、統合など、多方面からのアプローチの必要性に期待が集まってきているような印象でした。高血圧症ならこうすべきという疾患型の治療から、患者さんにも自分の健康と向き合ってもらい、医療職とどうしていきたいかを話し合う患者志向型の治療に重点が移ってきているようです。アドバンス・ケア・プランニング(人生会議)ともとても親和性のあることのように感じます。人生100年時代とも言われ、病気を治療する時代から、病気とどう向き合うか・どう付き合っていくかのケアの時代にまさに突入しているのかもしれません。薬剤師として、この転換期にどう対処していくべきなのか。「対物から対人へ」、既存の概念を超えた専門性の発揮が求められているのかもしれません。
【参考文献】
*1:The role of diseases, risk factors and symptoms in the definition of multimorbidity – a systematic review.Scand J Prim Health Care. 2016 Jun;34(2):112-21.PMID: 26954365
*2:Burden of multimorbidity in relation to age, gender and immigrant status: a cross-sectional study based on administrative data.BMJ Open. 2016 Dec 21;6(12):e012812.PMID: 28003289
*3:Prevalence, expenditures, and complications of multiple chronic conditions in the elderly.Arch Intern Med. 2002 Nov 11;162(20):2269-76.PMID: 12418941
*4:Multimorbidity and quality of life: systematic literature review and meta-analysis.Ageing Res Rev. 2019 Apr 29. pii: S1568-1637(19)30006-6.PMID: 31048032
*5:Prevalence of morbidity and multimorbidity in elderly male populations and their impact on 10-year all-cause mortality: The FINE study (Finland, Italy, Netherlands, Elderly).J Clin Epidemiol. 2001 Jul;54(7):680-6.PMID: 11438408
*6:Clinical practice guidelines and quality of care for older patients with multiple comorbid diseases: implications for pay for performance.JAMA. 2005 Aug 10;294(6):716-24.PMID: 16091574
*7:Processes of care desired by elderly patients with multimorbidities.Fam Pract. 2008 Aug;25(4):287-93. doi: 10.1093/fampra/cmn040. Epub 2008 Jul 14.PMID: 18628243
*8:The Ariadne principles: how to handle multimorbidity in primary care consultations.BMC Med. 2014 Dec 8;12:223. doi: 10.1186/s12916-014-0223-1.PMID: 25484244
*9:Guiding principles for the care of older adults with multimorbidity: an approach for clinicians: American Geriatrics Society Expert Panel on the Care of Older Adults with Multimorbidity.J Am Geriatr Soc. 2012 Oct;60(10):E1-E25.PMID: 22994865
*10:Managing multimorbidity: Profiles of integrated care approaches targeting people with multiple chronic conditions in Europe.Health Policy. 2018 Jan;122(1):44-52. doi: 10.1016/j.healthpol.2017.10.002.PMID: 29102089
*11:The SELFIE framework for integrated care for multi-morbidity: Development and description.Health Policy. 2018 Jan;122(1):12-22. doi: 10.1016/j.healthpol.2017.06.002.PMID: 28668222
*12:Interventions for improving outcomes in patients with multimorbidity in primary care and community settings.Cochrane Database Syst Rev. 2016 Mar 14;3:CD006560.PMID: 26976529
*13:Managing patients with multimorbidity: systematic review of interventions in primary care and community settings.BMJ. 2012 Sep 3;345:e5205.PMID: 22945950
*14:Management of multimorbidity using a patient-centred care model: a pragmatic cluster-randomised trial of the 3D approach.Lancet. 2018 Jul 7;392(10141):41-50.PMID: 29961638