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健康の不平等と健康の社会的決定要因について考えてみる①
はじめに
健康の不平等と健康の社会的決定要因について学ぶ
健康はすべての人にとって基本的な権利であり、その公平性を確保することは現代社会における重要な課題かと思います。今回、健康の不平等に関連する「健康の社会的決定要因(SDOH)」に焦点を当て、その各要素を掘り下げながら、健康の不平等を解消するために何ができるのか、自分なりに色々学んでみようと思います。
健康の社会的決定要因(SDOH)
健康の社会的決定要因(SDOH)について
健康の社会的決定要因(SDOH)は、個人の健康状態に影響を及ぼす社会的・経済的・環境的要因を指します。これには、人々が生まれ、成長し、働き、生活し、老いる環境や、日常生活の条件を形作る広範な権力やシステムが含まれます。SDOHは、個人の行動や生物学的要因を超えた社会的な力として、健康の公平性や不平等に大きく寄与します。これらの要因を理解することは、健康の不平等の解消と、すべての人が健康的な生活を送るための基盤を築くうえで不可欠です。*1
SDOHへの関心は、19世紀に遡ります。Rudolf Virchowが貧困をペスト流行の主要な原因と指摘したことなどがきっかけとなり*2、その後、1998年に世界保健機関(WHO)が発表した報告書「Social determinants of health: the solid facts」などから、世界的にも重要視されるようになってきているかと思います。*3 SDOHを理解し、健康の不平等の解消を目指す上では、いくつかの主要なモデルがあります。*4
Dahlgren-Whiteheadモデル
Dahlgren-Whiteheadモデル(レインボーモデル)は、健康に影響を与える要因を個人レベルから社会レベルまで包括的に視覚化したフレームワークです。中心には個人の体質的・遺伝的要因が配置され、それを取り巻くようにライフスタイル、社会的つながり、生活・労働条件、社会経済的環境が同心円状に示されています。 *5
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Commission’s 2008 conceptual framework on SDH
WHOが2008年に発表した「健康の社会的決定要因に関する委員会の概念的枠組み(CSDHフレームワーク)」は、健康の不平等を生むメカニズムを体系的に示し、これを解消するための政策介入の指針を提供するものです。 *6
この枠組みは、以下の3つの要素で構成されています。
社会経済的・政治的状況
ガバナンス、マクロ経済政策、教育制度、文化、社会的価値観などが、社会階層を形成し、その維持に影響を与えます。構造的決定要因
所得、教育、職業、性別などが、社会階層における個人の位置を規定し、社会経済的地位を決定します。中間的決定要因
物的環境(住居や食料アクセス)、心理社会的環境(ストレスや社会的支援)、行動・生物学的要因(食事、運動、遺伝)、医療制度などが、直接的に健康状態に影響を与えます。
これらの要因は相互に関連し合い、社会経済的・政治的状況が構造的決定要因を通じて中間的決定要因に影響を及ぼします。また、健康状態の悪化は個人の社会経済的地位を低下させるなど、フィードバックのメカニズムも存在します。
CSDHフレームワークは、健康の不平等を解消するには中間的決定要因だけでなく、根本的な構造的決定要因への介入が必要であることを強調しています。そのため、教育、福祉、労働など多部門が連携し、市民の参加を促進することで、各地域の状況に適した持続可能な政策を策定することが求められます。
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CDC conceptual model of SDH
アメリカ疾病予防管理センター(CDC)の健康の社会的決定要因(SDOH)概念モデルは、健康に影響を与える社会的・経済的・環境的要因を包括的に理解するためのフレームワークを提供します。このモデルは、健康を個人の行動や遺伝的要因のみに帰さず、より広範な要因が健康に及ぼす影響を明らかにするものです。CDCモデルは、以下の5つの相互に関連する主要ドメインで構成されています。*4
経済的安定性:貧困、雇用、食料安全保障、住居などが健康を支える基盤となります。
教育へのアクセスと質:ヘルスリテラシーや雇用機会に直結し、健康的な生活を促進します。
医療へのアクセスと質:質の高い医療へのアクセスは健康の維持と回復に不可欠です。
物理的環境(居住地域と生活環境の影響):安全な住宅、清潔な空気や水、緑地へのアクセスが健康を促進します。
社会環境(地域とコミュニティの状況):社会的つながりや支援がストレス軽減や精神的健康に寄与します。
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健康の不平等について
健康の不平等とは、回避可能な健康状態の格差を指し、社会的・経済的・環境的な要因によって引き起こされます。これらの格差は、人々の寿命、疾病罹患率、生活の質などに悪影響を及ぼし、特に社会的に不利な立場にある人々がより強く影響を受ける傾向があります。*7
たとえば、生まれた場所や社会的地位によって健康状態や寿命に大きな差が生じているという報告があり、最も裕福な国と最も貧しい国の間では、平均寿命(life expectancy at birth)に40年以上の差があると言われています。*7 また、社会経済的地位が低い人々ほど病気や早死のリスクが高い「健康の社会的勾配(social gradient in health)」が指摘されています。*8 さらに、貧困や劣悪な居住環境、教育や医療へのアクセス不足といった生活環境の違いも健康リスクを増幅させる可能性があります。例えば、大気汚染や安全でない地域での生活は、心身の健康に悪影響を及ぼし、特定の集団に深刻な健康問題をもたらすと報告されています。*9
今回はここまでとし、次回も引き続き健康の不平等と社会的健康決定要因について深ぼっていければと思います。
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【参考資料】
*1:Robert A Hahn.2021;PMID: 34162174
*2:Khushbu Chelak,et al.2023;PMID: 36751221
*3:World Health Organization.1998.Social determinants of health: the solid facts
*4:World Health Organization.18 January 2024.Operational framework for monitoring social determinants of health equity
*5:Göran Dahlgren,et al.2021;PMID: 34534885
*6:World Health Organization.13 July 2010.A Conceptual Framework for Action on the Social Determinants of Health
*7:World Health Organization.27 August 2008.Closing the gap in a generation: health equity through action on the social determinants of health - Final report of the commission on social determinants of health
*8:Roberto De Vogli.2004;PMCID: PMC509363
*9:World Health Organization.Social determinants of health: the solid facts, 2nd ed