戦時におけるガザへのエネルギー供給
イライ・レティグ博士 (バルイラン大学のポッドキャスト、バル・ダアト2023年12月初旬放送より意訳)
https://www.youtube.com/watch?v=o7WngkHxR3s&t=256s&ab_channel=%D7%91%D7%A8-%D7%93%D7%A2%D7%AA
問題の焦点
ガザへのエネルギー供給に関しては2つの主張がある。
1.国際社会の主張。ガザには十分な燃料がなく、酷い人道的危機に陥っている。それゆえイスラエルは十分な燃料を供給しなければならない。
2.イスラエル側の主張。ガザには十分な燃料がある。150万リットルもの軽油がある。
実際には双方とも正しい。ハマスは十分な燃料を有しておりガザには燃料がない。問題は、ガザへの燃料供給はイスラエルにとハマスどちらに責任があるのかということ。
イスラエルのエネルギー供給責任
国際社会では、ガザはイスラエルが占領しているということになっている。2005年の撤退や2006年の選挙結果などの議論はあるが、国際社会は「イスラエルがガザを包囲しており事実上(de facto)イスラエルが占領国(occupying power)であり、それゆえイスラエルが水、食料、エネルギーをガザに供給する責任がある」と見ている。これは義務ではなく、イスラエルに対する法的効力はない。しかしガザの場合、特に戦時になると飲料水などはすぐに底をつくため、問題が複雑になる。
水の問題
イスラエルはガザ全体の水の使用量の10%を供給している。残りの90%はガザの湧き水である。問題は、ガザの水は多くが飲料に適していないため、浄水や海水の淡水化などの措置が必要であること。ガザでは個人や民間団体がハマスを信用していないため、独力で井戸を掘り引水している。ガザには数百の井戸があり、雨が降れば湧き水は増えるが水道設備が不十分で汚染水が混入する。また海水も浸透するため水がしょっぱく衛生的にも伝染病などの原因となる。それゆえガザの水は浄水機や淡水化機器を通る必要がある。ここにエネルギー問題が集約されている。ガザで最も大きい淡水化機器を動かすには、毎時3300リットルの軽油が必要である。そしてこれは24時間動かす必要がある。つまりガザに電気や燃料の供給が止まると、ガザは機能しなくなり飲料水もなくなる。
電気の問題
電気に関してはイスラエルは平常時に50%の電力を供給している。ハマスは電気代を支払わず、請求はパレスチナ自治政府に行くがパレスチナ自治政府は2017年以降ガザの電気代はハマスが支払うとしている。そのためイスラエルの電力会社にはパレスチナ自治政府の債務が蓄積し、現在20億NIS(約800億円)となっている。結局数年ごとにイスラエルはその債務を免除または間接的に帳消しにしてる。イスラエルはそれでも水の問題があるためガザへの電力供給を止めることはできない。
あとの半分はガザ独自の電力で賄っている。イスラエルが供給する電力は125MWであり、25%は毎時13,000リットルの軽油で稼働しているガザの電力発電所からの供給が65MWで、残りは個人の発電機で賄っている。ガザには個人、病院、ベーカリー、工場、倉庫などが使用する発電機があちこちにある。また浄水機や淡水化機器は軽油つまりディーゼル燃料で動かしている。それ以外にソーラーパネルがある。ガザはソーラーパネルを有する建物の割合が世界一である。個人の発電機とソーラーパネルによる電気供給が戦争が始まってもガザで電気がついている理由である。しかし発電機は軽油を必要とするため燃料がなくなると電力の供給は極端に減ってしまう。
軽油の問題
軽油に関しては2つの問題がある。水や薬などと違い、軽油や人道面と戦争面の両方に使用できる。ハマスはトンネルへの酸素供給や通信や明かりのために発電機を使用している。理論的には軽油燃料の底が尽きればハマスは地下に潜ることができなくなるので、戦いは終わりに近づくことになる。ロケット弾発射には固形燃料が使われるため軽油は使用されないが、ロケットの製造には軽油が必要である。
問題は一般住民が軽油燃料を必要としていることである。ガザの生活は軽油への依存度が非常に高い。軽油は主に3つのことに使用される。1つは発電機。1つは淡水化。1つは水を運ぶためのトレーラーである。ガザの水道システムは、水道管をハマスがロケット製造に使用したため機能していない。そのため水の運搬はトラックを使わざるを得ない。食料や薬の運搬もトラックやトレーラーを使用する。運搬車両の燃料は軽油である。つまり軽油はすべてにおいて必要な燃料なのである。UNRWAの推計によると、ガザは1日に130,000リットルの軽油をㇵマス以外の一般住民の生活に必要な量としている。この推計が正しいかどうかは議論の余地があるが、たとえ半分の65,000リットルだとしても大量の軽油を必要が必要である。ガザに届く支援物資のトレーラーの燃料は、20,000~30,000リットルの軽油を必要とする。最低一日に2台のトレーラーで運搬するにしても60,000リットルの軽油が必要である。
ハマス保有の軽油
ハマスが保有している軽油の量はどのくらいか?この問題は現在ハマスがどのような行動をとっているかに関係する。もしイスラエルがハマスの保有燃料を枯渇させる戦術を行なった場合、一般住民の命にも関わることになる。このことを考慮してどのくらいの期間枯渇させることが可能なのかを考えなければならない。そのためにもハマスが保有している軽油の量を知らなければならない。しかし正確な量を知ることは不可能である。イスラエル国防軍の衛星写真や軍の特定により、地上には500,000リットルの軽油があったことが分かっている。その他様々なサインからハマスは予め準備していた軽油の大部分を地下に保有していることが考えられる。たとえば、イスラエルが電気や軽油の移送を閉鎖することを発表したその夜に、ハマスは発電所の燃料がなくなったと発表した。これは通常ありえないことで、発電所には最低3日分の燃料を在庫として持っているはずである。発電所には少なくとも400,000リットルの軽油がなくてはならない。またそれ以外にも病院用の軽油もあるので、ハマスが最低限100万リットルを地下に持っているだろうと推測される。ハマスが地下のトンネルで酸素供給や通信などのための燃料を3~4ヶ月分は持っているだろう。
問題はハマスが持っている軽油を、どのくらいガザの住民に提供するかである。イスラエル国防軍が録音したハマス工作員の会話から、ハマスは少量の軽油をガザの住民やガソリンスタンドに高値で売りつけていたことが分かっている。病院に関しては、燃料は大規模な病院で優先的に使用されるため、約30の小さな病院には燃料が全く供給されない。軍の録音記録では病院の経営者がハマスに1~2日分の燃料を分けてほしいと訴えていたが、このような場合にはハマスは売ることもある。
ハマスの主張とイスラエルへの国際的圧力
ハマスはガザの住民に対して自分たちは責任を持っていないと考えている。これは重要な点である。国際社会も我々イスラエルもハマスをガザの統治者だと考えている。しかしハマス自身は自分たちがガザの統治者であるとは考えていない。彼らは自分たちが「解放軍」であり、一時的にガザに滞在しているだけだと考えている。ガザの住民を治めることが自分たちの役割ではないと考えており、アルジャジーラなど様々なメディアでもこのことを述べている。彼らは、ガザの住民の責任は国連、あるいは占領国(occupying power)であるイスラエルの責任であると考えている。
現実にガザの子どもたちの教育はUNRWAが行なっている。ガザの健康衛生に関してはUNRWAとカタールやインドネシアなどの国際組織が運営している。この20年間のガザの基本的なインフラ、つまり道路や電信柱、淡水化機器などは、ハマスが建設したのではなくUNRWAやUNDP(国連開発計画)など国際組織が建設してきた。ハマスは税金を徴収するだけの、地域を支配している犯罪組織のようなものであり、統治者ではないのである。ガザの住民に対する責任はUNRWAなどの国際組織や占領国であるイスラエルが負っているとする。悲劇的なことに、国際社会がハマスのこの主張に同意しているのである。国際社会がガザに燃料を供給する責任をハマスにではなくイスラエルにのみ押し付けるのはその表れである。
軽油の監視
事実、イスラエルはこの国際社会(主にアメリカ)の圧力に屈しガザ地区に軽油を運搬することを許可した。11月初めにイスラエルは1日に2台のトレーラーで60,000リットルの軽油を運搬することを発表した。これは必要とされる量の半分だけではあるが、例えば淡水化には十分な量である。ここで重要な問題は、この軽油がハマスの手に渡らないようにすることである。それは可能であるのか?イスラエル国防軍が行なっていることは、UNRWAを通して各病院や淡水化工場などの各機関から報告を受け取ることである。各機関に必要な量と期間を尋ね、供給後にその結果を聞く。例えば病院から4日間分の軽油を何リットル必要だと要請された分量を分配する。もしそれが2日間でなくなったと報告を受けると、ハマスが残りを奪ったと判断する。問題は11月末の休戦時に、大量のトレーラーがガザ地区に入ったことである。戦争開始後1ヶ月は全くトレーラーがガザに入らなかった。次の2週間で1日に2台のトレーラーが入ったが、あるていど監視ができた。しかし休戦時には数十台のトレーラーが入ったため監視ができなくなってしまった。休戦終了後に再び1日2台のトレーラーがガザに入っている。
国際戦時法と燃料の戦術的使用
ガザで燃料が人道面とハマスの戦闘の両方に使用されている場合、イスラエルが燃料供給をストップするなど燃料問題を戦術的に利用できるのか?戦時法ではとうなのか?この問いに対しては、答えはイエスでもありノーでもある。どの程度だったら許されるのか、その範囲はどうなのかなどが問題になる。
例えばハマスが電力を戦争の武器として使用しており、攻撃側が戦術的に期間を決めて電気と水と軽油を止め、期限が来たら供給を再開するとした場合、これは戦時法で許される範囲となる。許されない場合とは、それが集団的懲罰と認識される場合である。我々の場合、期間が来ても電気や水の供給が行なわれない状況になった時である。例えばガザの発電所を爆撃した場合、これは「期間を決めた戦術」とは言えない。戦争後も発電所は機能せず、ガザ住民に対する集団的懲罰を作り出したことになる。この場合は戦時法を犯したことになる。イスラエルはこの一線を越えないように非常に注意している。イスラエルは戦争が終わったらすぐに燃料や水や電気の供給を元に戻すとしている。
戦後のシナリオ
破壊されたガザを復興するためには、人を戻すためにまず基本的なインフラ、水、電気を復興しなければならない。戦後どのような政策がとられるかは学術界でも多くの議論がなされている。歴史的な戦後インフラの現実を見ると、例えば冷戦時代に西ベルリンと東ベルリンが分断されていたが、西ベルリンは東ベルリンからガスを借りていたし、また双方をつなぐ電線もあった。つまり政策とともにエネルギー関連は協力関係にあった。多くの場合、インフラが我々の政策の規制を決定する。実のところ我々イスラエルも長い期間電気や軽油を止めることはできない。なぜならインフラが存在するからである。これはイスラエルや国際社会がどのような政策シナリオを描かなければならないのか、この地域を我々がどの方向に持っていきたいのかという問題である。確実な答えはないが、インフラに関しては以下の3つのシナリオが考えられる。
1.国際機関によって運営される独立した地域。ガザはイスラエルへの依存度が少なくなり、イスラエルは電気を無料でガザに提供するようなことはない。そしてガザには数年前から話題になっているGas for Gaza Projectと呼ばれる企画の一環で大きな発電所が建てられるだろう。また20年間全く開発してこなかったガザの沖にある小さな海洋ガス油田もガザの発電所として開発されるだろう。淡水化機器もより優れたものになるかもしれない。電力あるいは軽油をエジプトから輸送されるかもしれない。国際機関によって運営される独立地域となる。
2.1とは真逆で、イスラエルにより依存度が高くなる非独立地域。その場合、ガザは自分たちの発電所による電力供給ではなく、イスラエルから電力を供給され、インフラはイスラエルの発電所に依存したものとなる。
3.パレスチナ自治政府がガザを管理するというものでパレスチナシナリオと呼ばれ、国際社会が最も望むシナリオである。西岸地区とガザ地区をインフラで繋げ、双方が共に一つの独立地域となる。イスラエルがラマッラに発電所を建てて電力をガザに送り、ガザでは海水を淡水に変えそれを西岸地区に送るというシナリオである。そうすればインフラ的には一つの国家となり、国際社会が望む二国家が実現する。しかし問題は、国際社会もパレスチナ自治政府もイスラエルに完全に依存した国家を作ろうとしていること。