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「地域を創るデザイナー」。福井・鯖江が面白い。

手仕事で作られるモノ=工芸と定義したとき、工芸は斜陽産業と捉えられることが多い。

工芸は、歴史的な背景と結びついているものが多く、何百年と連綿と紡がれてきたものでもある。
だが、安くて品質の良いモノが大量に溢れるようになった現代においては大ヒットと言えるほどは売れず、そして売れないからその地域から人が都会に出ていってしまう、だから継ぎ手もいないという循環に陥ってしまっている。

大量生産型の安くて良いモノは、一見メリットだらけだし、自分もごく普通に生活の中に取り入れている。そういった大量生産のモノは、品質が一定で個体ごとの揺らぎがない。100円ショップですら品質が良く、長持ちするモノもある。
一方で自分は揺らぎがあるものに温度感のような情緒的なものを感じるから、手仕事から生まれたモノが好きだし、何より作り手たちの背景にある歴史や物語に共感やロマンを覚えるのだ。

山口周さんの「ニュータイプの時代」で言及されているが、日本にはもはやインフラ面・物質面で不便なことはほぼ存在しなくなってしまった。ネットのスピードが4Gから5Gになったとして、それは便利なのだろうが、現在の4Gで何か困っているかと言われたら困っているとは思わない。
生活に必要な大抵のモノが簡単に手に入るようになった結果、人はプラスアルファの何かを求め彷徨っている。
そのひとつの道が、モノが生まれる背景に興味を持ち、共感のあるモノを持ちたいということなのだと思っている。この感覚はコロナ禍のなかで特に浮き彫りになった感覚だと思う。

だから、自分は工芸に可能性を感じているし、「工芸のある生活」が広がっていって欲しい。ただ、一言に工芸と言っても、昔ながらのデザインのモノをそのまま売れば良いかといえば、そうではないと思う。やはりその時代の価値観にあったデザインに変換してあげて、現代の生活に馴染むようにしてあげることが大切なのだ。
私自身、この仕事をしていて実感するのは、良いモノを作ることのできる良い技術を持っているだけではダメで、それを良いプロダクトに整えるデザインと、マーケティング観点などを伴った良い打ち出し方が揃ってはじめて、売れる土俵に上がれるということだ。

そんな折、ふとしたきっかけで「おもしろい地域にはおもしろいデザイナーがいる」という本に出会った。福井県の鯖江で〈TSUGI〉というデザイン事務所を運営している新山直広さんが中心となって書かれた本だ。鯖江は実に小さい街だが、モノづくりが密集している。モノづくりの職人とのハブのような形でデザイナーが機能し、現代の生活に馴染むようなモノが生み出されている。そんな面白さに興味を惹かれた。
そして新山さんには、マクアケが昨年、北陸に拠点を立ち上げる時、メディアへの挨拶周りのために北陸を回った際にお会いすることができた。〈TSUGI〉の事務所は古い建物をリノベーションしたデザイン事務所で、建物内に〈TSUGI〉が携わったプロダクトが販売されているスペースも併設している。昔ながらの古い空間に、デザインが良い意味で新しく佇んでいる。そして何より働いているデザイナー陣が若い。いわく鯖江は年々若者の移住も増えているそうだ。また〈TSUGI〉が中心となって開催しているファクトリーイベントRENEWは、毎年県外からわざわざデザイナーの卵のような若い方が来るほどらしい。
そんなことから、実際にお会いして、「おもしろい地域にはおもしろいデザイナーがいる」を肌で感じた次第だ。

日本は地理的に縦長で山や川も多い国だ。そのことが土地それぞれの風土と文化、そして産業を生み出すことに大きな影響を与えている。日本は面積が小さいながらも、実に地域性豊かなのだ。
多様性が認められつつある現代で、それは高い可能性を秘めているとも言える。コロナ禍を経て、地域に引っ越す人が増えているなかで、地域ごとの個性を強みとして伸ばすチャンスなのだ。そしてそのとき、デザインはきっと大切な役割を果たす。

そして、デザインを経て生み出されたモノが、生き残っていくこと、つまり継続的に売れることが次の課題でもある。良いプロダクトが生み出されても、生活者に見つからなかったら、あるいは売り場に並んでいなかったら。利益が出ず、そのプロダクトは残っていかないのだ。
Makuakeは、自らを0次流通市場と呼び、テストマーケティングとしてのプラットフォームでもあると自認している。バイヤーも見ている。
生まれるべくして生まれたモノが広がり、残るように。その役割を果たしていかなくてはならない。

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