2022年7月6日
今冬の天然ガス供給に大きな懸念が出てきたことから、ロシア産への傾斜を強めていったこれまでの政権への批判は一段と強まるかもしれない。そんなことをぼんやり思っていたら、環境可能論という言葉が頭の中にふと浮かんできた。
人間は環境の制約を受けるものの、積極的に働きかけることで環境が持つ可能性を引き出すことができるという考えだ。環境に対する人間の受動性に重点を置いたドイツ人ラッツェルの環境決定論に対する批判として、フランスの地理学者ブラーシュが提唱した。
ロシアは欧州の国際政治の一員であると同時に、厄介な隣人でもある。広大な領土と軍事力を持つ大国であるうえ、民主主義が根付いていない。日々の生活で隣人との関係が修復不能なまでにこじれた場合であれば、引っ越しすることで問題を解決することもできるが、国際政治で国の配置替えはできない。
この状況下ではロシアを欧州の国際秩序にいかに安定的に取り込むかが対露政策の最大の課題となる。そのために欧州の主要国がとった政策は周知のように、ロシアを安全保障面で過度に刺激しないというものだった。ロシア産天然ガスの大量調達はその担保の1つであった。経済政策的にみても、安価な天然ガスを確保できるのに、割高なLNGをわざわざ購入するという選択肢はあり得なかったと言える。
メルケル前政権が取った政策は、ロシアという問題児が存在し続けるという国際政治の所与(環境)を踏まえたうえで、そこから安全保障と経済上の可能性を引き出すというものだ。ウクライナがその犠牲になるという負の側面は認識されていたが、核兵器を持つ軍事大国ロシアとの正面対決が欧州にもたらす影響は甚大である。対処の術が見当たらないこの路線が追及されることはなかった。
理想からはほど遠いものの、現実的な選択肢であった。ロシアがウクライナに軍事侵攻した現在の視点からこれを批判することは簡単だが、ウクライナ進攻を当時、想定することはほぼ不可能だったと今でも思う。
非合理的なロシアの政策決定がなぜ下されたのかは歴史学者などが幅広い情報や資料をもとに将来、明らかにしいくだろうが、ロシアが欧州の隣人であり続ける現実は今後も変わらない。欧州の政策当事者はこれまで政策の失敗を踏まえ、同国を含む安定的な国際秩序を構築していかなければならない。洞察力と構想力、対話力を駆使して、積極的に働きかる姿勢が問われることになる。