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2023年2月1日

ウクライナへの戦車供与をドイツ政府が先週、決定した。ロシアの軍事侵攻で「時代の転換」を明言し軍事費の大幅拡大方針を打ち出すなど、安全保障上の責任を積極的に打ち出す姿勢を示していながら、ウクライナの軍事攻勢に大きく寄与する「レオパルド2」の提供を決めるのに長い時間を要した。決定を保留するショルツ首相に対しては国内外から強い批判が出、日本のメディアも指導力・決断力がないと否定的な見方を示した。

筆者も、一体どういう腹積もりなのだろうかともどかしさを感じていたが、背景に踏み込んだ『フランクフルター・アルゲマイネ』紙の記事を読んで、そういうことだったのかと納得した。
ショルツ氏はドイツだけでなく米国も戦車を提供することにこだわっていた。米国抜きで供与することを拒否していたのである。その理由は次のようなものだ。

独・欧州はロシアの軍事力に単独で対処する能力はなく、米国の通常・核兵器に依存せざるを得ない。このためロシアが戦争をエスカレートさせ、ドイツを軍事的な攻撃の標的とすることを回避するためには米国の直接的な関与が必要不可欠である。ドイツが単独供与することを米国が是認するだけでは不十分で、ロシアに対する抑止効果が足りない。

シュルツ氏は開戦当初から、ウクライナ戦争をロシアとNATOの戦争に発展させないことを最重視してきた。西側の支援を受けるウクライナがロシア軍を圧倒するようになると、プーチン政権が欧州諸国に矛先を向けるリスクが高まることから、ウクライナへの支援は石橋を叩いて渡る形で行っている。これが「弱腰」とみられ批判を浴びたわけだが、同氏の考えでは、そうした圧力に押される形で戦車を供与することこそが「指導力の弱さ」なのである。ロシアの攻撃を受けて自国民が死傷すること、戦争に発展してさらに多くの市民が死傷すること、そうしたリスクは最大限回避しなければならないこと、ショルツ外交の根底には責任倫理に基づくこうした考えがある。「歴史家論争」など戦後ドイツの重要な政治論争で大きな役割を果たしてきた哲学者ハーバーマスは開戦から間もない4月の時点でこの慎重な姿勢を称賛している。

ショルツ外交には手本があった。高い危機管理能力で歴史に足跡を残したシュミット元首相である。シュミット氏は、米国が反撃を躊躇するとソ連が判断した場合、ソ連は冷戦の最前線に位置する西ドイツに攻撃を仕掛ける可能性があると判断。ソ連との対立に絡んだすべての問題に米国が関与するよう注力した。これは、米国はいざというときに日本の防衛のために本当に駆けつけるのだろうかという問題と重なる。
ショルツ氏が今回、批判を受けたことに関しては、しかしながら彼自身にも責任の一端があると思う。同氏は今回の問題に限らず、政策を明確に伝えないのである。記者会見やプレスリリースの声明には抽象的な言葉や代名詞、二重否定が多用されており、結局のところ何を言いたいのかが分からないことが多い。明確に述べることで政策の余地が狭められるのを避ける狙いがあるのかもしれないが、方向性をはっきりと示して議論を促し、最終的に市民の理解を得るという民主主義国家の指導者の重要な義務を疎かにしているように思える。

シュミット氏の発言と文章は常に明快であり、知性も感じられた。ショルツ氏にはこの点も見習ってもらいたい。

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