「ナイブズ・アウト 名探偵と刃の館の秘密」期待以上の本格サスペンス

*このnoteのコンテンツ感想は基本的にネタバレがあります

もともと私は小学校の頃からアガサ・クリスティを読んで育ったので、名探偵、館、殺人事件みたいな構図に弱い。そこにいちばん好きなジェームズ・ボンドであるダニエル・クレイグが名探偵役で登場するというのだから見ないわけがない。と、いうわけで行ってきた。

古典的なミステリを想像していたが、その期待は割と序盤で裏切られる。まず登場人物から。死んだは著名なミステリ作家であるハーラン・スロンビー。喉をかき切っての自殺、と当初は目されたが警察は殺人事件として念のため捜査を始める。ここで登場するのがダニエル・クレイグ演じる名探偵、ブノワである。しかし、割と期待から外れていたのがこのブノワ、口数が少ないしあまり前面に出てこない。登場人物の嘘を次々暴いたりもしない。名探偵である、というのもあくまで伝聞であり、警察が一目置いている様子から本物だろう、という程度。

実質的な主人公と言えるのは被害者の看護師、マルタ(アナ・デ・アルマス)で本作はその後、ほぼマルタの視点で進行する。マルタは被害者の孫娘と友人で人柄が良く、屋敷内でも好かれているが基本的には部外者。被害者の息子と娘、さらに死んだ息子の妻、そしてそれぞれの子供達がおり、それぞれ感じが良いわけではないが取り立てて悪人ではない、という状況である。被害者が死ぬ直前、それぞれ遺産についてややもめており、そこが焦点なのだろう、というところまでは予想どおりと言える。

ここでけっこう驚かされるのだが、なんとハーランがなぜ死んだのかはかなり序盤でわかってしまう。なぜなら前日、看護師のマルタが鎮痛剤とモルヒネの瓶を誤り、致死量のモルヒネをハーランに注射してしまったことが本人の回想から明かになるからだ。ハーランは親しいマルタが罪を背負わないようトリックを考え、自ら自殺してしまうのだ。マルタ自身は罪を認めたい、しかしマルタの母は不法移民であり、何かあれば国外退去となってしまう。おまけにマルタ自身、嘘をつくと嘔吐してしまうという特異体質の持ち主で、周囲もそれを知っているのだ。さらに追い討ちをかけるように、ハーランは遺書ですべての財産をマルタに残すと書き残しているのだ。

これまで親しくしてきたハーランの家族はあの手この手でマルタを丸め込もうとし、マスコミはマルタを追い、おまけに名探偵が事件の捜査をしているという状況下、マルタはどのようにこれを乗り切るのか!?

つまりこれは名探偵ブノワが事件を解決するのが主眼ではなく、名探偵に見破られないよう善人で人柄の良い看護師が奮闘する、という話なのである。最初にマルタが嘘をつくと吐いてしまう、という話が語られたときはそれ何のための設定? と思ったが、実はマルタが死因なのだと明かされた瞬間、世界はまったく変わってしまう。この座組みだけでもすごいが、そこに至る見せ方も見事。無口なブノワはほんとうに何を考えているかわからず非常にドキドキする。

いったい話がどういった方向に転ぶのか、これはミステリなのか、コメディなのか、それともサスペンスなのか? と次々展開が変わり最後まで飽きさせない。ダニエル・クレイグの名探偵をトレイラーでもビジュアルでも前面に押し出すことで、多くの観客は最初からもう騙されているのだ。

と、いうわけでこれは非常に傑作だった。笑いも涙もあり、ドキドキする。登場人物もみんな癖があって面白い。いけすかない館の人々もそれぞれどこか憎めないので不思議である。あとキャプテン・アメリカを演じるクリス・エヴァンスが放蕩孫をやっているところも注目しておきたい。ある種、軽薄にも見えるさわやかさを見事に演じ切っている。

そんなに注目していないところからこれだけ素晴らしい映画が出てくるのだから油断ができない。

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