読書感想文/榎本篤史・植井陽大(2023)『図解 すごい立地戦略』(PHP研究所)
読書感想文。
榎本篤史・植井陽大(2023)『図解 すごい立地戦略』(PHP研究所, 189p)
出版社のリンク:https://www.php.co.jp/books/detail.php?isbn=978-4-569-85558-5
文字が大きめで行間もそれなりにゆったりしているので、読みやすいと思う。目次は以下の通り。
章目ごとのお題目に沿った例題が出て、その答えと解説を通じて学んでいくということになる。大体1問に対して5~7ページ程度というところだ。4章をのぞき、これらの問いは基本的にはプロローグで定義される、以下の立地戦略の基本となる「10の思考法」のいずれかの要因が関連している。なお、どちらかというとロードサイド、少なくとも自動車でアクセスすることが主となるタイプの店舗の立地に関する記述の比重が大きいという印象だ。
集客に成功する店舗の成功理由(と思われるものの一部)を言語化して、かつ素人でもわかりやすいように細かい要素に切り分けたところに本書の価値があると思う。それぞれの解説が非常に合理的であるがゆえに、「なんだよ当たり前だろこんなの」という感想さえ口に出かねない。「店の看板は通行者/道路に向き合う形で設置される方が視認性は高い」とか、「信号の手前よりも信号の先の店舗の方が、信号待ちで視認性が高い(し入るという判断がなされやすい)」とかそういうことは、書かれると当たり前だが、言語化することそれ自体がこれまでは案外難しかったのだと思う。実際に評者は本書を読み終えた後に街を歩いたり、あるいはリーシングに苦戦している店舗物件の概要書を見たりすると、この要素や事例のどれに該当するのかを抽象化して考えられるようになった気がする。
一方、この本で言われる3万件の調査実績というのは筆者の経験のブランディングにはなっているものの、本書がデータドリブンな書籍であることを意味していないと感じた。僕がこの数値を見て期待したのは、「交差点の信号の手前に立地する店舗(n=X)の売上高の平均値は、交差点の信号奥に立地する店舗(n=Y)の売上高の平均値と比較して、平均してZ%低い/高い」といった数値に基づく主張だった。そういうものは基本的にない。終盤で人口規模については言及されているものの、本書の大部分は「経験則上、この立地が良い(悪い)んです。あなたもそう思いますよね(感覚でわかるよね)」という論調でQ&Aが進んでいく。データの秘匿性や、店舗の不動産における物件の個別性の強さという事情もあるだろうが、このあたりの感性が筆者と一致しない読者は、読むときに少し骨が折れるかもしれない。例えば、上述の通りロードサイド店舗の事例も多いので、車にほぼ乗らない人なんかは、ぼんやりした前提理解になりがちだという恐れはある。
ただ、それはこの書籍の価値をそこまで貶めるものでもない。著者の経験に基づく知識は机上のデータ分析と同じ程度に(場合によってはそれ以上に)重要だし、経験に基づく知識を言語化して第三者が理解できる形に落とし込まれているところこそが、本書の最大の価値であるはずだからだ。
店舗物件のリーシングを――全然経験がないのに――これからやらざるを得ない人がまず読んでみる、というのが一番満足度の高い使い方になるのではないかと思う。あれこれテナントや貸主に聞ければよいのだろうが、専門性がなさ過ぎるのも顧客に不安感を与えて商機を逃してしまうことになりかねない。この本に書かれているような勘所というか基本を抑えておけば、より個別性の高い議論に早い段階で進めるのではないか。ビジネスにおいてはそういうことも大事だと思う。
と、ここまで書いたけど、本書の必要性に悩んだ人にはGoogle Booksで一部立ち読みができるので、そこでテイストを把握してから判断しても遅くないと思う。立ち読み部分とそれ以外で大きく変わるところは無い。
おわり。