若者を応援したいときこそ外野は反若者勢力を批判すべきではない、という仮説 #009
兵庫県芦屋市の教育委員人事が市議会で否決された、というニュースがありました。
このニュースに対し、Xでは「若い市長の足を引っ張るな」「若い市長の挑戦を邪魔するな」といった感じで「新しい風を吹き込もうとする若い市長 VS 保守的な議員」という構図に当てはめるような意見が見られました。
確かにそういう側面はあると思います。ひょっとしたら、側面というかそれがすべてなのかもしれません。
しかし、それを外部の人間が指摘することは有益ではないし、害にすらなり得るので、あまり良くないと考えます。
批判が反対派を動かすことはない。
なぜなら、SNS上の「若い市長を潰すな」的な批判を見て、反対した市議会議員の方々が考えを変える可能性は極めて低いと考えるからです。
異なる世代や立場間で感覚や考えが違うのは世の常ですが、対立の原因は、理屈や合理性とはまったく違うところにあることが少なくありません。そのため、ただでさえ、理屈をぶつけたところで分かり合えることはかなりレアケースなはずです。
相手が市議会議員であれば、なおさらではないでしょうか。過去の慣行、支援者の思惑、さまざまな事情が絡み合って、もし考えを変えたいと思っても、行動に移すことは、ほぼ不可能なはず。
それに、(たとえそれが客観的には不合理であったとしても)反対派にもそれなりの理由があるところに「保守派や年寄りが若い市長を邪魔するのは良くない」と一方的にレッテルを貼られたら、余計に反対したくなるのが人間です。
今回も、市外の人間がどんなに理論武装して批判をしても「余所者には芦屋のことはわからない」や「反対したのは市長が若いからではない。こういう理由があるのだ」で終了ではないでしょうか。
仮に批判がめちゃくちゃバズっても、それは変わらないでしょう。SNSは確かにパワフルですが、現状、ローカルの政治を制する力までは持たない、と考えます。
だとすると、市外の人間が「若い市長 VS 保守的な議員」の戦いという構図で批判することは対立を煽るだけで、市長の志の実現からかえって遠ざけてしまう危険があります。
「選挙で意思表示しようよ!」ならアリ
では、これはけしからん!なんとか声を上げたい!と思ったらどうすれば良いでしょうか。
私は、
次の市議会議員選挙では今回賛成した議員に投票しよう!
または
次の市議会議員選挙では市長派の議員を擁立しよう!
という動きに繋げるならアリだと考えます。
先に述べたとおり、SNS上で指摘しても、それがどんなに盛り上がっても、反対派が考えを改める可能性はとても低いです。
しかし、それが次の自分の選挙に影響するかも、という危機感に繋がれば話は違います。
このままでは次の選挙は厳しいかもしれない、また、次の選挙で当選しても今のポジションを取ることはできないかもしれない、そういった危機感こそが、彼らを動かすのではないでしょうか。
もちろん、次の選挙まで待つのは時間がかかりますが(芦屋市は2027年4月らしい)、選挙を待たずして動きがあれば、多少なりと影響はあるはずです。
こういった地道な動きの積み重ねで、ローカルの政治は少しずつ新陳代謝が図られるはず。
私は芦屋市にも髙島市長にも全く縁もゆかりもありません。しかし、志を持って起こした行動はなるべく尊重されてほしい、と願いつつ、初めて時事ネタを取り上げてみました。
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