移住生活開始
<パサデナに移住>
カリフォルニア州の面積は42万4000キロ平方メートル。
日本全土の面積は37万8000平方キロメートル。日本全土がカリフォルニア州にすっぽりと収まってしまう!そして、カリフォルニア州の他にあと、49州もあるのがアメリカ合衆国。巨大な国だ!
日本人には馴染み深いアメリカの西海岸に位置するカリフォルニア州、北から南まで長く、ずっと太平洋に面している。ただ、Heart of America(ハートオブアメリカ)と呼ばれるアメリカの真ん中辺に住む人々は、海を見た経験がない人が多いと聞いたことがある。日本は東西南北、数時間走ればすぐに海に辿り着いてしまうが、アメリカ本土を車で横断すると、ゆっくり走ると1週間近く掛かってしまうほど。約4000キロメートルあるから仕方はない。よって日本人に比べて海への親近感が薄く、海産物にも興味を持たないのかもしれない。
縦に長いカリフォルニア州に属するロサンゼルスは州の中央近くに位置し、日本の県に相当するようなロサンゼルスカウンティーに属している。そしてロサンゼルスの郊外の小都市が、私が10年住んだパサデナ市だ。
パサデナ市はアメリカンフットボールの聖地でもあり、130年続くお花のパレード「ローズ・パレード(Rose Parade)」、また、バカバカしい格好でパレードをする「デューダ・パレード(Doo Dah Parade)」も有名で見ていると笑いがこぼれる。アメリカ中から70万人集まる人気イベントのある街。場所の説明をすると、日本人なら誰でも知っているサンタモニカから東にアメリカの中心に向かって真横に車で走って約30分。110フリーウェイの終点だ。
そこのメイン通りはかつてのルート66が街を横切っている。奥に入ると緑あふれる住宅地が広がっている。ここは商業地区と住宅地区がきっちりと条例で分けられているのだ。看板などの規制もあり、そのため街が本当に美しい!
ただ、日本の東京都世田谷区の三軒茶屋の三角地帯のような”ごった煮”の面白さはこの地区にはない。ゴミは落ちてない、酔っぱらって千鳥足で歩く人は見た事がない、電信柱が少なく、青空が広い。銃撃戦もなければ犯罪も少ない。住宅地区では鳥類やリスやアライグマ、そして3キロ近く周囲に耐え難い臭いをまき散らすスカンクなど、自然との出会いが豊富だ。
元々は長男が住んでいた街だったが、次男も私もぞっこん気に入り、ここに居を構え、CDストアをオープンすると決め、活動開始。
パサデナに住んでみると、移住前のアメリカのイメージとの大きな相違を感じさせられ、加えて街や住まいへの想いが日本とは違っていて、大いに反省させられた気がした。総じてアメリカの田舎街は驚くほど美しく、整えられていて、街の行政の素晴らしさも印象的だ。新しい国のせいだろうか?この町の思い入れは強くなって行った。
<ハロ~、って言うの>
ウケた!
ロサンゼルスは完全な車社会。車とガソリンさえあればどこでも行ける。それは高速道路が一部を除いてほとんどが無料だからだ。ガソリンも生活物価と比較するとかなり安いので、日本に比べて気軽に遠出が出来てしまう。乗っていたトヨタのカムリは7キロ/リッター走っていた。70キロ走ると10リッター使う。1ガロンは約3・8リッター。よって、70キロ走っても2・6ガロン。20年前の2000年ではガソリン代が2ドル/ガロンもしなかったので必要なガソリン代はたった5ドル強だ。当時の円は110円/ドル前後を推移していたので、つまり、70キロ走って円に換算してもたった660円ほど。乗っている人数で割れば本当に安い。例えば、
「サンディエゴまで行こうよ!」
などと遠出を誘っても
「どうしようかな~?」
と一瞬迷っても、大体はすぐにOKとなる。
ビザ取得のために開くCDストアの準備も紆余曲折もありながら、順次、進んでいた。そんな忙しい中でも家系的に“食べることが大好き人間”の集まりのため、常に“美味しいもの”に対してのアンテナを張っている。そのアンテナがキャッチした情報!
日本人がシェフだという噂のお寿司屋さんの情報だ。
メキシコとの国境の近くのサンディエゴの店だという。家族3人と息子の友達2人とで車を飛ばしてフリーウェイを4時間南下。なかなか見つからず、海辺から少し入ったところで、まるで「海の家」のような店にやっと到着。店内は20席ほどの飾らない簡単な造りの小さな店。
シェフは30歳代くらいの若者。真っ黒に日焼けしていて、どこから見てもサーファー。サーフの合間に寿司を握っている感じだ。テーブル席が空いていなかったので、カウンターに横並びに座る。私たち5人が来て、店内はほとんど満席になった。見回すとお客さんはすべてアメリカ人風。日本人は一人もいない。
私の左隣は中年の白人男性。箸を上手に使って握りずしを食べている。”通”なのだろうか?
やっと手が空いたシェフが
「いらっしゃい!」
と勢い良く私たちに声をかけて来た。笑顔がとても良い。
「私たち、こちらに住み始めてまだ、間もないのですよ」と答える。
「何が美味しいのですか?」と長男が聞く。すると、
「今日、近海で獲れた良いのが入っているよ」
と、カウンターの下から取り出して見せてくれたのは、
縦50センチくらいの大型の活き伊勢エビ!
「ウオ~ッ」
と皆、声を上げる。
「25ドルでイイよ」
とシェフ。一瞬、間があったが、全員、声をそろえて
「お願いします!」と返事。
シェフはカウンターの内側で見掛けからは想像できないほどの華麗な包丁さばきで活き伊勢エビを調理して行く。刺身を造り終わると大皿を用意し、切り揃えた刺身を綺麗に円形状に並べて行く。透き通ったようなエビの白い刺身が外から入る昼の陽光に反射して輝いている。
そして、最後に活き伊勢エビの赤黒い頭を大皿の真ん中に、まるで”塔”のように立てて完成。シェフは大きな声で、
「一丁上がり~!」
と、カウンターの上に大皿を、
「ドン!」
と、置いた。
その大きな音で店中の客がエビに注目。エビは胴体が刺身になって頭だけになっても、まだ、生きていて、苦しそうに足を上下にバタバタと動かしている。おしゃべりを楽しんでいた客の全員が黙った!
店内から音が消えた!
持っていたお箸を空中で止めてしまっている人もいる。
日本人は”アジの活き造り”なども食べるから慣れていて、ただ、
「美味しそう!」
と思うだけ。
シーン、としてしまったその時、私の左隣の中年の白人がこちらを向いて話し掛けて来た。
「ねぇ、それって食べる前に、ハロ~、って挨拶するの?」
私たち、全員……
間があって、店内一斉に爆笑!
でも、帰りの車の中では大盛り上がり。
「面白かったね」
「そう、挨拶するの、と返事したね。あの人、嬉しそうに笑っていたね」
「他の人たちは、さすが、”腹切り”の日本人、って言ってたかな~?」
アメリカの活きづくりにまつわる話でした。