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理不尽な豚カツ#文脈メシ妄想選手権

午前1時
課長からの呼び出しで会社の携帯が鳴った。

理由は決まっている。

クレーム処理だ。

生産ラインが1分止まれば100万の賠償と脅されながら、夜勤稼働に間に合わせるのために正規品を荷台に積み、4トントラックを走らせてクライアントの現場に向かった。

「甘いですね。」
持参した再発防止報告書は、親会社の役員に一蹴された。

「猶予は1週間とします。再度対策案を提示してください。」
「…承知いたしました。」

下げた頭に、悔しさをこらえるために食いしばる歯軋りが、ガチガチと響く。

「帰り運転代わるわ。いくぞ。」
課長と共に引き上げ品を積みなおしたトラックに乗り込む。

「製品の包み方が悪い」
夜中にしては理不尽なクレームだった。
歯軋りついでに唇を噛んだせいか、口の中は少しだけ、血の味がした。
「すいませんでした‥」
そう言いながら、ドアに肘を突いて、ダルそうに片手運転をする課長の横顔をチラリと見ると、聞こえなかったのか、

「あー!」
突然高速道路の看板を指さして課長が叫んだ。

「な、なんすか!」
「ここのサービスエリア、すっげえ美味いとんかつ定食あるんだぜ!腹減っただろ?なあ、お前何食いたい?」

「え…自分食事はいいです。食欲が。」
「なあんだよシケてんなあ!どうせここまで来たんだから、うまいもん食って帰ろうぜ!おごってやっから!っても会社の金だけどな!がはは!」

課長はラジオから流れるアルフィーの「メリー・アン」を絶唱しながら、左にウィンカーを出して減速し、SAの駐車場に車を停めた。

24時間営業のレストラン。

自動ドアが開くと、湯気と共に、かつおだしメインの「かえし」と練り物の香りが私を包む。

キュウゥゥ…

思わずお腹を押さえて赤面した私を見て、課長はニヤリと笑みを浮かべた。

「ほーらみろ!お前だって腹減ってんじゃんか。」
「はい…あの、匂い嗅いだらなんか」
「そうだそうだ。食え食え。腹が減っては戦が出来ねえぞ。ただでさえお前『鶏ガラ』なんだからよ。」
「鶏ガラ?」
「鶏ガラじゃねえか。お前会社入ってきてどんだけ痩せたんだ?入ってきた時はもっと丸かっただろ。」

そういいながら課長は「とんかつ定食」「きしめん」と書かれた2枚の食券を指に挟んで窓際のテーブルに腰かけた。

管理に回ってから体重は8㎏減った。

「集中しちゃうと、食べなくなってしまって。」
「んまあ、それがいい方に向くときもあるがな。今日はやめとけよ。お姐さん方も今頃、申し訳ないってしょげて待ってるよ。お前の部下だろ?」
「はい…」
「お前そんな泣きそうな顔で現場帰ってみろ、部下の士気が下がるぞ。いいから食え。いいから。」
課長は私が食べるきしめんの器に、ソースと千切りキャベツの付いた豚カツを2切れ放り込んだ。  
「うわっ…」
私は課長のマイペースに半ば呆れながら、きしめんの出汁を吸い込んで、衣が取れかけた豚カツをかじる。

すると、噛み締めるたびに染み出る豚の脂身の甘さと、かつお出汁の旨みがミックスされて、鉄に似た味の口の中が、美味しさで満たされていった。

そして少しずつ、気持ちを取り戻していった。
ここで私が落ち込んではダメなんだ。

私は鼻をすする理由を、汁から出る湯気のせいにしながら、きしめんとふやけた豚カツを平らげた。

「…美味いっすね。」
「だろ?」

レストランを出て外を見ると、日の出と共に美しい富士山が出迎えてくれた。

■□

トラックを会社の駐車場に停め現場へと向かうと、ラジオ体操を終えた部下達がうつむいて待っていた。

私は工場のフロア全体に響くくらいの声で叫んだ。
「あー!」
「わあ!どうしたんですか!」
部下は驚いて顔を上げる。
「これさ、めっちゃ美味いって評判のドーナツなの!みんな甘いものは別腹でしょ?休憩入ったらみんなで食べようよ!色んな味があるから、速いもん勝ちねー!」

私は休憩室へ行って、人数分の飲み物とドーナツをテーブル一杯に広げた。

(理不尽な豚カツーFinー)

※こちらの企画に参加させていただきました!

※実話です。さらにいえば、みんフォトで載せた富士川サービスエリアが舞台です。私がドーナツっていうとこれなんですよねー

池松さんのドーナツで私のドーナツ話は上書きされるのか!ご期待ください!(しない)





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波羅玖躬琉(はら・くくる)
読んでいただきありがとうございました。これをご縁に、あなたのところへも逢いに行きたいです。導かれるように。