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階シリーズ

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足を出しても進まない。膝を上げても昇れない。下っていくほど深くはない。 旅ではなく、迷い躓くための「階シリーズ」の詩集。
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2022年8月の記事一覧

階の九 「美術館のモモ」

あたしこんなところにいるはずじゃないのよ ほんとはもっとステキなところにいるはずなのよ なんてったってあたしがいちばんステキなんだから 真っ赤なおべべが目立っているわ 目立ちすぎているのだわ まわりの絵なんか目じゃないわ こいつら生きちゃあいないもの 平べったくって 仰々しくって やってられないわ 澄ましたようで 苦々しい表情も 見ちゃいらんないわ そんなに鼻を近づけて 食い入るように見つめるもの? あたしのことを見なさいな 吐息がかかるほど近づいて 風に揺れる髪のリズムを 

階の十 「印度の井戸から」

印度の井戸から子どもが這い上がる 聖なる穢れた水の流れを胎として かつてふた親が危めた者の血を継ぎ 束ねられた因果を精として 小粒のチョコ菓子のように生まれてくる 「わたしはお前が燃やした柊の枯れ葉だよ」 「わたしはお前が聞き逃した土鳩の13番めの鳴き声だよ」 「わたしはお前が自転車に乗っていたから通れなかった道の先だよ」 「わたしはお前が…」 役に立たない白い柵を乗り越えて 濡れた脚でペタペタと乾かない足跡をつけて 子どもたちは世界へ拡がる 地表面を埋め尽くすように

階の十一 「聖地ソイデメアへ」

もう無理です セニョーラ この先を登らなくてはならないのですか 老骨に鞭打ちここまで来ましたが この先にある廟に参りたかったですが 足が動きません セニョーラ こんな遠くから見ても見上げるほど高い塔 とても辿り着ける気がいたしません 尖塔の先の十字架 あれは私の墓標でしょうか 爪が割れそうです セニョーラ あの噴水の側で しばし腰を下ろすことは叶いませんか 考え直すのであれば今ではありませんか セニョーラ ああ 脚が棒のようであればまだ良かった 我が脚はただひたすらに重