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階シリーズ

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足を出しても進まない。膝を上げても昇れない。下っていくほど深くはない。 旅ではなく、迷い躓くための「階シリーズ」の詩集。
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2022年7月の記事一覧

階の四 「ニューロとエルバー」

君の立ち上がったあと 残された木の椅子が 周りの石造りの灰のなかで その位置を示す時 見上げるほど高い柱よりも その空席が僕を刺す 「先に行くよ」と そんな空言を残して あの知識の山の頂まで半分の高さに達した 残りの半分は300年後に積み上げたあとで辿ろう 7合目で君を待つ賢人が 僕を待つ愚行を犯す前に 万華鏡の内側の ステンドグラスの虹が 空の色だけは映さずに 冬を作っている 監獄の中に入れずに苦しむニューロ 囚われの身になれず悶えるエルバー 君は登らなくていい ニュ

階の五 「それは人が支えし宮殿」

4000年をかけてそれは創られた 100年に一人の逸材を100年に一人ずつ用い 10の建材で構成された施設を1000年と見立て 4000年を4つの区画で表す宮殿 それは四季ではない――それは脳幹の頭蓋である それは四方位ではない――それは心臓の肺腑である それは四神ではない――それは背骨の踵である それは四君子ではない――それは内耳の目蓋である 設計士は永遠の象徴を生命の意趣に代えた 芸術家は郷愁の風景を神秘の意訳に換えた 建材は健在であったころの名を忘れられ 新たに名付

階の六 「ロレ・エアラヴィルの書店」

背表紙を眺めるだけで 読んだことになる本はないが 一通り読んでみたとて 背表紙の文字すら記憶にとどまらない本もある そんな本への復讐か そんな読者への嫌味か そんな作者への敬意か はたまた印刷業者への崇拝かは不明だが その本屋では棚に納められた書籍の背表紙を 遠くから眺めることしかできない 通路と本棚は硝子板で仕切られ 書籍を手に取ることは許されておらず 店員に持ってきてもらうこともできない ここは本の美術館や博物館のようなものだ 見上げるほど背の高い棚の本の背表紙を拝

階の七 「レサットとオズ・レノール」

肉肉しく絡み合う触腕が壁沿いを這う チーズケーキが食べたくて食べたくて 彼女は今日も髪よりも長く手を伸ばす あの蕩けるようなチーズの舌触り 思い出すだけの今日に耐えかねて 明日も髪よりも多くの手を伸ばす あの焦げた焼き目の歯と舌触りと 口内で崩れて混ざる甘味と苦味を 反芻する夢を昨日も忘れてしまう されど毎日毎日毎日の現実のなか 明かりなき部屋で指が触れるのは いつもたったひとつの肉の塊だけ チーズケーキのように甘くはない 満ちているくせ満たしてはくれず 蕩けているく

階の八 「小さな噴水」

水が 水が 水が 絶え間なく湧き 湧き 湧き 喉を 喉を 喉を 削るように乾き 乾き 乾き 腐り落ちた肉を 肉を 肉を 泳がせた 堀の外に針を垂らし 釣れますかな や 釣れませんな や 釣りませんな や 釣ろうとしてませんな や 釣りかねてますな や 釣りきれませんな 腰を椅子に縫い付けられた  小便小僧の大便が 泉の水を浄め この池に落としたものは こちらの小便ですか それとも こちらの大便ですか いいえ どちらでもなく どちらでもなく 混ざり合う 精霊の経血が 噴き