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階シリーズ

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足を出しても進まない。膝を上げても昇れない。下っていくほど深くはない。 旅ではなく、迷い躓くための「階シリーズ」の詩集。
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2022年6月の記事一覧

階の一 「レインラグの劇場入り口にて」

大理石で設えられた劇場の入口で 二人の男が君を待つ 一人は剣を携え 一人は天秤を掲げている よく似た双子の二柱 剣の男は右眼が碧玉で左眼が蛍石 天秤の男は右眼が蛍石で左眼が碧玉だ シャンデリアの蝋燭が揺らめくたびに 男たちの瞳が煌めきを返す 階段を登り切る君を 観客として相応しいか見定める眼差し 君よ 測られることを恐れるな 彼らの足は石に縫い付けられたもの 君の足は段を乗り越えて 君を世界へ運ぶもの 君よ 刺されることに狼狽えるな 彼らの口は開かれることを許されぬもの 君

階の二 「蝸牛クレム」

劇場の入口を抜けたら 巨大な蝸牛がいた 名はクレム 道を修めるもの 無数の金色のピンを刺された 鈍い灰白色の殻を負い 行道を食み進めるもの クレムの這いずった跡は天の川よりも光り輝き 彼が這い回らなかった部分の道は 夜空より黒く染まってしまう まるで足の踏み場もない底抜けの暗闇 クレムは自分の足跡を辿られることは気にも留めないが 自分の足跡を横切られることを大いに嫌う 触覚を顰めて その巨体を戦慄かせたあと みずからの殻に閉じこもるだろう その時がチャンスだ

階の三 「太陽の下の牢獄」

螺旋の行く先は太陽の照らす箱庭の中の牢獄 中心となる噴水池をぐるりと囲うように 均等に並べられた柵つきの牢屋が 雛壇のように六段に重ねられている 牢に囚われているのは青々とした植物たち 葉を伸ばし 蔦を伸ばし 根を伸ばし 空にわが身を懸けようと藻掻いている 衣を脱ぎ捨てた看守たちが目線を切ると たちまちのうちに根は枯れ  蔦は千切れ 葉は焼け焦げる 他の株が見切られている間に 我先にと尖塔に絡みつく 花弁に仏性が宿っていたなら 蜜を求めて数多の媒介者たちが集っただろう