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妊婦と仕事と心と身体と
4月末に妊娠が分かった。
妊娠検査薬で陽性を確認したときの、喜びと戸惑いの感情は今でも忘れられない。
脈が速くなる。
自分の中に、自分ではない命があるということ。
経験したことがないその状況で、とりあえず手にしたものはスマートフォンだった。
《妊婦 気を付けること》《出産予定日 計算》
とにかく調べなければ、何の知識もなかった。
そもそもこの命が成長してくれるのか、無事に産むことができるのか。
夫以外には誰にも相談できず、もちろんその夫にも、何の知識もない。
とりあえず次の日は午前休をもらい、会社の近くの婦人科に行った。
「順調ですね」
先生はそう言ったが、まったくピンとこない。
なにがどうであれば順調なの?
不安ばかりを抱えながら、つわりが始まった。
私の頭の中は、お腹の中の小さい命のことで埋め尽くされていた。
何か食べていないと気持ち悪い。食べつわりだった。
仕事をしていても気持ち悪くて集中できない。
そして誰にも言えない。
営業職をしているので、外を歩くことが多いのだが、明らかに今まで感じなかった疲れや動機を感じる。
その度によぎる。
おなかの赤ちゃんも一緒に苦しくなってるのではないか。
先方からのクレーム対応でストレスを感じるたびによぎる。
このストレスがお腹の中の赤ちゃんにも悪い影響を与えているのではないか。
日々、こうした思考により不安に苛まれながら、身体もきつく、なぜこんな思いをしながら働かなければならないのか、と無性に悲しくなったり腹が立ったりした。
残業続きで泣きながら家に帰る日もあった。赤ちゃんに申し訳なくて。
そうした生活のせいかは分からないが、6月中旬にコロナに感染した。
自分はこんなにもおなかの赤ちゃんを苦しめて、親として最低だ。
薬も飲めず、喉は焼けるように痛み、食欲もない。
でも親として私にできることは栄養を与えてあげることくらいなので、喉の痛みに耐えながらご飯だけは食べた。
それでも体重はどんどん減っていった。
コロナから復帰した後も、上司に業務軽減、業務内容の変更等持ちかけ続けた。
とりあえず外出はしなくても良いよう配慮してもらえたが、実際の業務量としてはあまり変わらず、残業続きの日々を過ごした。
4週間に1回の妊婦検診は、毎回エコーの前に祈った。どうか元気で、成長してくれていますように。
動いている姿が見られると安堵で涙が出た。
赤ちゃんがこんなに頑張ってくれているのだから、私も頑張ろうと元気をもらった。
7月中旬、とうとう心がぽっきりと折れた。
何か大きな出来事があったわけではない。
いつも通り、クレームが何個か重なったり、認識の違いから上手くいかないことがあったりしただけ。
それなのに、朝起きたら手足が鉛のように重く、誰ともしゃべれず、にこりとも笑えない。とにかくだるい。眠れない。
仕事のことを考えると心臓がつぶれそうなくらい苦しい。
毎日見るのを楽しみにしていたプレママ用のアプリも、YouTubeも、好きな音楽も、全て受け付けなくなっていた。
無気力。
その言葉がぴったり。
それでもアポイントがあるので、重いからだを引きずって訪問した。
完全にキャパシティーを越えてしまったのだろう。
仕事だけなら、妊娠だけなら、耐えられたはずだ。
でも、両方は無理だった。
部長に言った。
辞めさせてください、もう限界です。
今まで生きてきた中で、一番しんどいと感じた。