
自然が学校になる時
* 自然や動物、環境保全などに関する海外メディアの中で、個人的に気になった記事や番組を紹介し、そのことから思い浮かんだこと、思い出したことなどを綴る *
今回は「外の学校」について。
フランスのラジオ番組「De cause à effets, le magazine de l’environnement」から、2024年8月24日の放送「Quand la nature fait école」の内容を一部引用しつつ、心に浮かんだあれこれを記す。
* De cause à effets, le magazine de l’environnement : 環境問題に関連する一つのテーマを取り上げ、研究者、アーティスト、思想家、活動家などのゲストと共に考える番組。ラジオ・フランス「france culture」にて毎週火曜日放送。司会 Aurélie Luneau(歴史学者)
「Quand la nature fait école」
ー自然が学校になる時ー
ゲスト
Julie Delalande:人類学者、Caen-Basse Normandie大学教授
Moïna Fauchier-Delavigne:ジャーナリスト、作家
Corine Martel:国立教育査察官、環境学博士
外に出て自然に触れる機会が少なくなっている現代の子供たち。そんな子供たちを自然へと帰す取り組み「外の学校」が番組で紹介されていた。森の中で自然との関わりを通し、さまざまな体験をすることで感性を育てるという教育の方法は、1950年代にデンマークで始まった。その後ドイツなどにも広がり、日本でも「森の幼稚園」として知られるようになった。
フランスでは、子供たちを学校の外に出すことに対して、保護者や教育機関がリスクを恐れ、他のヨーロッパ諸国に比べて野外学習の導入が遅れているという。共働きやひとり親家庭が多い社会的背景も影響し、子供たちは外で「安全に」過ごす機会を減らし、自然からも遠ざかっているとのことだ。
これまでの環境教育は、教室の中に座り、紙の上での学習が中心であった。実際に自然の中で行われる体験プログラムなどに参加できるのは、一部の家庭の子供たちに限られている。自然の中での学びは、大きな森林だけでなく、地域の森や林、公園、学校の畑などの身近な自然でも十分に可能で、教室の外に出れば多くのことを観察できる。そのような野外での活動を日常的に学校教育の中に取り入れることが必要である。
現代の子供たちは、学校でも屋内で過ごすことが多く、学校外でも屋内にいる時間が増えている。これまでは外で遊ばせることへの危険が懸念されていたが、屋内に閉じ込めておくことにも同じようにリスクが伴うと理解されるようになってきた。長時間の座りっぱなしや肥満、画面ばかり見ていることで他者との交流が減り、孤独感が増すなど、子供たちの心身の健康と発育にも悪影響を与えている。
子供たちの自然環境への意識を高めるためには、子供たちと一緒に野外で楽しい時間を過ごすことが重要である。子供たちは自分が興味をもったことには自然と関心を示す。誰かに言われて関心をもつわけではない。外に出て遊び、木に触れ、草むらの中に入り、小さな生き物を観察するなど、野外での楽しい体験が自然を身近に感じさせ、環境保全への関心を深めることにもつながる。
小学校6年間の断片的な思い出の中に、校外学習として行われた「オリエンテーリング」がある。チェックポイントがいくつか記された地図とコンパスを持たされ、同じクラスの子数人と知らない森の真ん中に連れて行かれた。おそらく、事前に担任の先生が説明していたにちがいないが、初めて聞いたカタカナの行事をいつもの遠足と適当に解釈していたのだろう。深い森のように感じた場所もきっと子供のために安全に整備された公園の林で、長時間歩いた記憶も本当は1時間程度だったのかもしれない。でも、大人なしの冒険はとても刺激的でワクワクしたことだけは鮮明に覚えている。大人になって山歩きが好きなのも、この時に体験した興奮が影響しているのではないかと思う。
フランス人の友人によく道に迷う人がいて、見ている地図をいつもぐるぐると回している。そして、本人も、同じ場所を地図と同じくらいぐるぐる回っていることが多い。そんな彼の時代のフランスの高校卒業試験のスポーツ科目は「オリエンテーリング」だったそうだ。絶対に無理だと自覚していた彼は、他のできる生徒を見つけ同行し無事に合格したと話していた。試験の判定基準ではなさそうだが、生きていく上では誰かに頼る力も必要である。
東京から地方に引っ越した時のこと、都内の公園ではあまり見かけない、アスレチック並みの大胆な大型遊具によく驚かされた。そして、そこの地方の子供たちの遊び方は遊具にも負けず大胆で、春にきれいに咲いている桜の木に女の子が遠慮なくよじ登っていたり、夏には中学生たちが海に接する河口の水門から水の中に飛びこんだりするのを見かけた。ある時、年齢の違う小さな子供たちが10人くらいで、公園の丘の急な斜面を登る遊びをしていて、その中の年少の子が斜面から滑り落ち大声で泣き出したことがあった。近くにいる保護者が駆けつけるのかと思っていたら、他の子供たちがすぐに集まってきて泣いていた子を慰めた。泣き止んだその子は、年長さんと一緒に少し緩めの傾斜を通り、今度は無事に丘の上まで登ることができた。そんな子供たちの遊びに、地元の大人たちは注意したり慌てたりする様子もない。声をかける大人がいても、その遊びに興味があり何か談笑しているようだ。あれはダメこれは危ないとか、何となくのルールにいつの間にかとらわれていた自分に気がつき、少し恥ずかしかった。子供たちを信頼し、見守ることも大切だと思わされる光景だった。