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7年ぶりに故郷で過ごした夏休み
#恋愛小説 #ショート #登場人物少なめ #田舎から都会へ上京 #幼馴染 #23000文字
#三角関係 #田舎と都会 #ギャップ #女2人男1人 #幼なじみ #20年超しの初恋
18歳のときに大学進学を理由に静岡の田舎町から上京した康夫は7年振りに夏休みを利用して墓参りに行くことにした。都会の喧騒に少し辟易としていたことも理由の1つだった。偶然にも大学時代に少しだけ付き合った典子も帰省していたので、田舎に残っていた明美を含めた3人の少し大人になった三角関係が始まった。
康雄は高校まで静岡の田舎町で暮らし、大学は田舎にいるのが嫌で、親の反対を振り切り東京へ進学した。大学卒業後も東京の就職先を探し、東京での暮らしはもう7年になっていた。25年間生きてきて、3分の1近くは東京に住んでいることになる。東京へ出てきてからの方が、静岡の田舎にいた18年と比べると、多感な年齢のせいもあるがそれ以上に、田舎暮らしとは刺激の量が圧倒的に違うので、康雄にとってはどちらが自分の居場所なのか、日々の暮らしの中で疑問を感じずにはいられなかった。両親は康雄が東京へ出てからすぐに、自動車の事故で他界してしまい、康雄には兄弟が居なかったので、田舎には身寄りはなくなってしまった。だから康雄は、両親の葬式以降に田舎へ戻ることはなかった。両親のお墓は田舎にあったが、管理人にまかせっきりで、殆ど放りっぱなしだった。お寺から7回忌の案内状が届き、たまにはお墓参りにも行かなければ、親に悪いと思い、会社の夏休みに田舎へ立ち寄ってみることにした。
実はお墓参りは後から考えた自分に対する口実で、本当の理由は都会暮らしの空虚感に、少し耐えられなくなってきたことにあった。東京には大学時代の友人も数名は残っていたし、会社の同僚もいる。仕事で落ち込んでいたりしたときには、何件かの電話をかければ、愚痴を聞いてくれる相手には困ることはない。メールを送れば、相手の都合さえ良ければ、5分とかからずに返事は返ってくる。しかし、一時的にはそれで気分は収まるが、どこか虚しさが残った。田舎にいる頃は、余計な人付き合いが煩わしく、周り近所が全て知り合いという環境が嫌だった。都会で暮らしたいと思ったのは、その煩わしさから逃避したかったからが一番の理由だった。けれども、7年を経過した今は、都会の希薄な関係が康雄を淋しくさせた。恋人でもいれば、そんな風に煮詰まることもなかったのだろうが、今の康雄には特定の恋人はいなかったので、そんな気分が溜まりに溜まってしまっていた。上京してからずっと住んでいるアパートの窓を開ければ、深夜であろうと騒がしいほど車が通り、光が渦巻いていて休む暇もない。田舎の真っ暗な静かな夜とは別世界だった。しかし、周りが賑やかであればあるほど、康雄の心にはどんどん淋しさを積もらせていった。出て来た当初はハシャいで喜んでいた都会の喧騒に嫌気がさしていた。
康雄と小学校から高校までずっと同級生だった典子も、康雄と同様に東京で就職し暮らしていたが、活発で明るい彼女にとっては、田舎暮らしより東京の方が、水に合っているらしい。友人と飲み屋などへ行っても、隣りの人に気さくに声を掛け、すぐに昔からの友達のようになれる。彼女の携帯電話には800件以上も連絡先が入っている。典子は仕事をある程度のところでさっと切り上げ、アフターファイブは必ず友人の誰かと遊びに行き、時と場合によっては新しい出会いで、また友人を増やす。静岡の田舎で暮らしていたときには、見る物聞く物の全てが同じで退屈な毎日だったが、東京へ出てきてからは、退屈ということを感じたことはなかった。
典子は高校の卒業式で、中学1年生のときから好きだった康雄に告白した。東京の大学へ行くことが決まっていた康雄と離れる前に、自分の気持ちを伝えたかった。本当は康雄と同じ大学へ行きたくて受験もしたが、学力が足りず合格できなかった。二人は家も近く、気付いたときには始終一緒にいる幼馴染だった。康雄にそれとなく自分の気持ちを伝えたことは、それまでにも何度かあったが、康雄が気付いてないのか、本当に判ってないだけなのか、いつも答えは聴けずじまいだった。離れて行く康雄に危機感を感じ、卒業式の日に意を決して、初めて面と向かって康雄に自分の気持ちを伝えた。確かめたかいがあって、康雄からのOKの返事をもらった。せっかくのチャンスをモノにしたかった典子は、それまでは大学浪人して、1年間は田舎でゆっくり過ごそうかと思っていたが、急遽東京の就職先を探し、ゴールデンウィークの間に東京へ引っ越した。本当は康雄のアパートの近くに住みたかったが、金銭的な理由で会社の寮に入ることにした。寮といっても借上げのアパートだったから、管理人がいるわけでもなかったので窮屈ではなかった。東京に来てしばらくは田舎とのギャップに馴染めず、恋人でもあり同郷の人でもある康雄のアパートに入り浸りだった。
都会暮らしも半年すると、会社の先輩にかわいがられ、色々な遊びを教わった。先輩に化粧の仕方を教えてもらい、派手な洋服を借りて繁華街やクラブへ遊びに行くようになった。今までの田舎暮らしでは、想像もつかなかったようなことが毎日待っていて、典子は楽しくて毎晩のように飛び回った。両親の死去で親の援助を充てに出来なくなってしまった康雄は、学費と生活費をバイトで稼がなければならず、時間も派手な遊びをする金銭的余裕もなかった。典子が遊びを覚えてからは、康雄と居るのが田舎に居るのと同じくらい退屈に思えてきた。康雄には金銭的な余裕がなかったので、どこかへ連れて行ってもらえることもなく、いつも康雄のアパートで自炊し、TVを見て過ごしていた。遊びを覚えた典子にとっては康雄がつまらない人間に思えてきて、自然と康雄のアパートへ行く回数も減り、年を越す頃には康雄のアパートへ行くことはなくなっていた。
康雄と典子にはもう一人、幼馴染みの女の子がいた。二人の故郷は静岡県の小さな田舎町だったので、小学校から高校までずっと1クラスしかなく、当然ながらその彼女も康雄や典子と同級生だった。彼女の名前は明美といい、名前とは反対に性格はどちらかといえば暗くて地味な方だった。昔から活発で明るい典子とは正反対だったが、3人は家が近所で、田舎では珍しく皆が一人っ子だったので3人で一緒に過ごすことが多く、性格は違うものの何故か気が合って、物心付いたときには既に友達だった。
性格は地味目だったが恋愛に関しては、明美は典子よりも早くに康雄に恋心を抱いていた。明美が小学校に入った頃、異性というものを意識しはじめたときには、康雄のことが好きになっていた。康雄に抱いた初恋からずっと、明美は康雄以外の男性には興味が湧かなかった。康雄への想いは自覚していたが、明美はいつまでも言い出せずにいた。
引っ込み思案な明美の精一杯の表現が、康雄と典子と3人で遊ぶことだった。典子とは性格的に噛み合わないのは幼い頃から自分でわかっていたが、康雄と仲がいい典子と一緒にいれば、康雄の傍にいられると思って無理して仲良くしていた。明美が意を決して康雄に自分の想いを告白しようと思ったのは、奇しくも典子と同じタイミングの高校の卒業式だった。典子と同じように康雄が離れて行ってしまう前に告白しようと思っていた。いつかは言わなきゃと思っていたが、ズルズルと気持ちを引きずったまま高校3年生になってしまった。康雄から東京の大学へ進学することを聞かされたとき、卒業式に告白しようとようやく自分覚悟を決めた。もう何ヶ月も前からその日のことを考えると、胸がはちきれそうで、思考はパニックに陥った。
卒業式の前日の夜、【どう言ったら気持ちが伝わるんだろう、康雄が迷惑に思うんじゃないか、ダメだと言われたらどうしよう…。】横になって寝ようとしても、康雄とのやり取りを想像すると、自分の心臓の音が酷く大きく聞こえて眠れず、一晩中康雄への告白のセリフを何回も口に出したり、紙に書いたりしていた。そんなことをしているうちに朝になり、その夜はとうとう一睡もできなかった。卒業式へいつものように3人で高校へ登校した。学校への道を歩いているとき、康雄の何気なく言った【こうやって3人で登校するのも最後だね】という言葉に、明美も典子も告白のことを考えて、つい無口になってしまった。いつもは明るくおしゃべりしながら登校する3人が、お通夜に向かうかのように静かに登校した。
卒業式が始まり、寝不足だった明美は次々に話される退屈なスピーチのおかげで、式の最中に何度も眠りそうになった。眠さを我慢した卒業式が終わると、明美は康雄の姿を探した。康雄は他の同級生や後輩達に囲まれていて、なかなか一人にならなかった。明美は別の輪の中で康雄が一人になるのを、始終確認しながらもどかしく待っていた。待っている間に緊張が嵩じてトイレへ行きたくなり、トイレから明美が戻ってくると、さっきまで居た人の輪に康雄の姿がなくなっていた。
【しまった】と思い、明美は急ぎ足で学校中を捜しまわり、やっとのことで、体育館の裏に康雄の姿を見付けた。一旦体育館の影に隠れ、駆け足で乱れた息を落ち着け、深呼吸をしてから声を掛けようとしたとき、別の女性の声が康雄の名前を呼んだ。その声に明美は聞き覚えがあった。そっと覗いてみると、想像通り声の主は典子だった。典子の言葉に聞き耳を立てて、明美は愕然とした。典子に告白を先にされてしまったのはまだしも、康雄の典子に対するOKの返事も聴いてしまった。明美の初恋は相手に告白することなく終わってしまった。泣き声を押し殺し、二人に聴こえないように手で口を覆って、その場を走り去った。誰もいなくなった教室で、明美は声を出さずに気の済むまで泣いた。教室の窓から漏れ聴こえるみんなの笑い声が、明美にはとても辛く感じた。
卒業後の明美は、家業の旅館ではなく最近できた地元のホテルに就職することになっていた。明美の家の旅館は古くからあり、老舗と言えば聞こえはいいが、やや時代遅れの印象が強い老朽化した旅館だった。まだ女将である母親が健在で、毎日手伝うほど忙しくはなかったので、女将の修行がわりにそのホテルへ就職することにした。明美は性格からして接客業は向いていないと、自分でも思っていたが、一人娘の責任感からいずれ家業を継ぐつもりだった。小さい頃から家を手伝っていた明美にとって、働くことは苦にならず、ホテルの仕事と家の手伝い、夏は叔母の経営する海の家も手伝う働き者だった。就職してからは働いてない時間を過ごすことが、あまり好きにはなれなかった。それまでいつも一緒に過ごしていた康雄も典子も東京へ行ってしまい、他に仲の良い友達を作らなかった明美は読書や音楽を聴いたりと、一人で過ごす時間が殆どだった。一人でいるとき、ふと康雄のことを思い出し、一緒に過ごした過去を思い出していた。明美は康雄の典子に対する返事を聴いた後も、変わらず康雄のことを慕い続けていた。明美にできる精一杯の表現は、毎年暑中見舞いと年賀状を康雄に送り続けることだけだった。暑中見舞いには返事をくれないが、年賀状は毎年ちゃんと返事をくれていた。明美は康雄からのハガキを大事にアルバムに挟み、たまにそれを眺めていた。明美の勤めているホテルは、周囲に大きなホテルが他になかったので、月に2~3回はブライダルがあった。幸せそうな花嫁のウェディングドレス姿を見る度に、それを着ている自分と隣に康雄が居ることを妄想した。
康雄は田舎に帰る日取りが決まると、明美の勤めているホテルに予約の電話を入れた。康雄の実家は両親が亡くなってからすぐに取り壊してしまい、田舎で泊まるところがなかった。同級生の誰かに頼めば、泊まらせてくれる家も何件か心当たりはあったが、煩わしくなりそうなので誰にも頼まなかった。明美の実家の旅館も思い浮かんだが、明美と始終顔を合わせなければならず、典子と別れたことを少し後ろめたく思い、わざと避けた。避けたことに罪悪感を感じながらも、明美の勤めているホテルなら義理立てもできるだろうと、自分を納得させた。予約の電話を入れたとき、電話口に出たのは男性だったので、明美にかわってもらおうかと思ったが、行けば会うだろうと思い、そのまま男性に予約を告げた。お盆のハイシーズンだったので、シングルは空いておらず、ツインのシングルユースを2泊3日で予約した。夏休みは1週間あったが、気が向けばそのまま過ごしてもいいし、気が向かなかったら帰って来るなり、どこか別の処へぶらぶら出掛ければいいと思っていた。
康雄がホテルに予約の電話を入れているとき、明美はその電話を受けていたマネージャーの隣りにいた。マネージャーが予約の確認で復唱する声を聞いて、明美は康雄が帰ってくることを知った。まず康雄と逢えるという喜びが浮かんだが、すぐに自分がこのホテルにいるのを知っているのに、康雄が替わろうとしなかったことと、明美の実家の旅館ではなかったことに悲しさを感じた。その日、明美が実家へ帰ると典子の母親が遊びに来ていた。典子の母に挨拶をすると、お盆休みに典子がこっちへ帰ってくると教えてくれた。明美は康雄には逢いたかったが、1対1で逢う勇気は持てなかった。昔のように3人で逢えればいいと、どこかで願っていたのが神様に通じたとのだと思った。ただ恋のライバルだった典子と、うまく話せるかは少し心配だったが、康雄と1対1で逢うよりは気が楽だと、自分に言い聞かせ二人が帰ってくることを喜んだ。旅館の2階にある自分の部屋で着替え、下に降りると典子の母親はまだおしゃべりを続けていたので、【典子が帰ってきたら逢いたい】と伝言をお願いした。康雄が同じ時期に帰ってくることは、自分の母親にも典子の母親にも黙っていた。
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